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第374号 物流における三つの疑問 (2017年10月17日発行)

執筆者 山田 健
(中小企業診断士 流通経済大学非常勤講師)

 執筆者略歴 ▼
  • 著者略歴等
    • 1979年日本通運株式会社入社。1997年より日通総合研究所で、メーカー、卸の物流効率化、コスト削減などのコンサルティングと、国土交通省や物流事業者、荷主向けの研修・セミナーに携わる。2014年6月山田経営コンサルティング事務所を設立。
    • 著書に「すらすら物流管理(中央経済社)」「物流コスト削減の実務(中央経済社)」「物流戦略策定のシナリオ(かんき出版)」などがある。中小企業診断士。

 

目次

1.物流における三つの疑問

  これまで物流の実務に携わってきた中で感じた、いくつかの素朴な疑問がある。いずれも物流の世界では当たり前といえるかもしれないが、一歩引いて世間常識から見てみると、ちょっとおかしいと思われるような「慣習」である。
  その元をたどると、現在起きている人手不足の問題とは決して無縁ではないと思われるので、今回はその中から三つご紹介する。

2.売り切れがない

  前回の「バブルで何があったか」でもふれたが、無限に複写できるデジタル・コンテンツなどは別として、商品には必ず「売り切れ」がある。形がある商品、たとえばお店の商品が在庫以上に売れれば欠品となる。また、旅行などのようなあらかじめ在庫しておくことができないサービス商品は、宿泊施設や交通機関のキャパを超えればそこで売り切れとなる。だから、顧客は品切れに備えて、早めに予約を入れるなど何らかの対応を考えるものである。つまり、顧客は基本的に売り切れを予測し、自身の責任で自衛策を講じる。
  企業間の取引でも事情は同じである。商品でも原材料でも、「売り切れ」を回避するために信頼できる調達先を厳選し、綿密な調達計画たてることは常識である。メーカーの生産ラインでも、原価を低減するための稼働率の平準化は極めて重要なテーマである。

表1
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  ところが不思議なことに、物流には「売り切れ」がない。正確に言えば、ないのではなく許されないのである。一般的には、出荷日の前日にオーダーが出され、翌日の出荷作業と配送車両の手配が行われる。最近では出荷当日オーダー、配送も珍しくない。しかも曜日によって出荷量は大きく変動する。キャンペーンなどがあれば、出荷量は激増する。2倍、3倍の波動も決して珍しくない。事前に出荷予測を物流会社に伝えているケースも稀である。そもそも荷主自身も予測できないことが多い。
  このような商慣行の中で、売り切れ、欠品は許されない。「出荷できない」「配達できない」ことは認められないのである。その一方で、余分に調達しすぎて余ってしまった商品の返品もできない。当日になって、物流センターの従業員やトラックドライバーに「仕事がないので帰れ」というわけにはいかないのである。そんなことをしたら次から誰も来なくなってしまう。
  もちろん、物流会社側には暗黙の「出荷責任」「配送責任」が存在する。受けたオーダーは最大限の努力をもって出荷し、配達しなければならない。ただ、それも常識の範囲内での義務・責任であるはずである(ちなみに、出荷責任や在庫責任を明記した契約書自体ほとんど存在しない)。メーカーのようにあらかじめ在庫を作りだめしておくことができず、基本的に「人」が商品である物流業において、直前の、しかも激しい波動に対して「売り切れ」の発生がなぜ許されないのか、これが第一の疑問である。

3.価格表がない

  これも正確に言えば、ないのではなく、「あるのにほとんど機能していない」。トラックには運賃タリフという、各社が地方運輸局に提出した届出料金がある。倉庫にも同じく料金表はある。
  トラック運賃について少し詳しく説明しよう。トラック運賃は、1990年まで運輸省(現・国土交通省)が一律に定める認可制が適用されていた。認可制とは、本来認可運賃で取引しなければ違法となる制度である。同じ運輸機関で普段利用するバスやタクシー、電車なども同じく認可運賃である。私たちはその認可運賃にもとづいて、料金を負担しているわけである。
  ところがトラック業界においては、実際は認可運賃とは名ばかりの、荷主と運送会社の交渉によって決まる「実勢運賃」が適用されていた。

表2
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  89年の貨物自動車運送事業法施行により、それまで免許制により参入が規制されていたトラック運送事業が、一定の条件を満たせば新規参入が可能になる許可制に規制緩和されたのにあわせて、運賃も事前届出制へ変更となった。さらに、03年には事後届出制へと移行した。運送会社は独自の運賃料金表(タリフ)を設定できるようになったのである。
  ただ独自のタリフとは言っても、ほとんどの運送会社は、1989年に認可された基準運賃をベースに設定しているのが実態である。しかも荷主と運送会社の力関係による実勢運賃が適用される商慣行は変わっていない。28年前の料金表を使っているうえに、満額収受できているケースはほとんどなく、その「○○割引き」といった適用が当たり前になっているわけである。そもそも届け出タリフをネットなどで公表している運送会社もほとんど見当たらない。料金を公表していないビジネスなど、怪しげな商売と疑われても不思議ではない。
  それだけではない。大手の荷主になると、独自の料金表を自ら作成して、物流会社に提示している。さらには「支払い方式」と称して運賃計算の結果を物流会社に通知し、その通り請求をさせている。この独自の料金表は、専門の物流担当者がひたすら運賃を低減させるためにロジックを積上げた、複雑極まりない仕組みとなっていることが多い。専門のスタッフを配置する余裕のない物流会社では、理解することすら困難で、交渉など到底不可能である。
  同じ運輸業界の中で「人を運ぶ」のと「物を運ぶ」ので、なぜこれほど料金の考え方が違うのか、これが第二の疑問である。

4.上がらない運賃

  昨今の逼迫した需給バランスにあっては、トラック運賃を筆頭とした物流料金は大幅な上昇となるはずである。事実、物流と並んで3K職場といわれ、人手不足が深刻な建設業界では、鉄筋を組む鉄筋工やコンクリートを流し込む合板を組み立てる型枠工の工賃が、見積もりベースで3年前の1.5倍になったそうである(2014年10月17日日経新聞夕刊)。そもそもこの業界では、建築費の高騰で工事予算をはるかにオーバーしたり、公共工事の入札が成立しなかったりといったことが日常茶飯事で起きている。
  需要が供給をはるかに超えてしまった状況では、これは至極当然のことといえる。工賃の上昇をもって、「建設業者が顧客の足元を見て、価格を不当に釣り上げた」などと受け取る人はいないであろう。熟練した技能が求められ、人材育成にも時間がかかる建設業界の事情を考えればやむを得ないところである。
  では、トラック運賃も大幅な上昇となったのだろうか。全日本トラック協会が公表している「運賃水準判断指標」のグラフをご覧いただきたい。貸切トラック業者の運賃に関する景況感の推移を表したものである。「増加・好転」と答えた数字から「減少・悪化」と答えた数字を差し引いたものを指標としたもので、マイナスであれば運賃が「減少している」と答えたトラック業者が、「上昇している」と答えた業者より多いことを意味する。

グラフ1
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  グラフによれば、15年初めには上昇していた運賃が、16年になって減少に転じたことがわかる。消費増税前の駆け込み需要による急激な物量増大が落ち着き、「喉元過ぎれば・・・」となっているようにもみえる。
  もっとも不思議なのは値上げの上昇幅とその理由である。トラック業者に聞いてみると、値上げはせいぜい数%程度にすぎない。それも「人件費の上昇」ではなく、燃料である「軽油価格の高騰」を主な要因として荷主と交渉しているケースが多い。きわめて控えめな上げ幅、そして理由である。
  トラックの原価に占める燃料費は10~20%程度、それに対してドライバーの人件費は40%以上である。本来、人件費の上昇を理由とした値上げであればもっと大きな上げ幅となるはずである。
  どうやら、この業界には人件費のような内部要因を理由とした交渉ができず、燃料費上昇などの外部要因による値上げ交渉しかできない、あるいはしづらい事情があるようである。

5.値上げ交渉ができない

  先日ある荷主の集まりで、中堅特別積み合せ業者が「物流業界の現状と課題」というテーマで講演するのを聞く機会があった。「現状と課題」といいながらも、実際は人手不足により運賃が厳しくなっている現状を訴える内容である。ただ、その割には今一つ現場の逼迫感が伝わってこない。これを聞いた荷主さんはそれほど深刻に受け取らなかったのではないだろうか。本当はもっと切実なはずなのに。トラック事業者には、荷主とのストレートな運賃交渉をためらう傾向があるようである。
  筆者がある運送会社の値上げのお手伝いをした時のことである。大手荷主との値上げ交渉の資料を作成していると、その運送会社の担当者は一生懸命、「荷主の立場に立って」値上げが難しい事情を説明してくれた。荷主の意向を「忖度」しての対応に、荷主と直接話をしているような錯覚を受けたことを覚えている。
  あるトラック事業者の経営者はこれを「心理的要因」あるいは「DNA」と表現した。彼は、バブル崩壊以降、ただひたすらに値下げ要請を受け、運賃のたたき合いを繰り広げてきたトラック事業者には、運賃値上げ交渉に対する強い抵抗感、心理的負い目のようなものが身についてしまっている、と説明してくれたが、なかなか的を射た分析である。
  バブル崩壊以降、運賃値上げなど口にしようものなら「他にトラック事業者はいくらでもあるよ」と言われてしまう時代が20年以上も続いてきたのだから、これもいたしかたないところなのかもしれない。その点、人件費などの内部要因ではなく、トラック事業者の管理責任が及ばない外部要因の「軽油価格の高騰」などは、堂々と主張できる格好の値上げ理由になるのであろう。
  「値上げ交渉ができない」。これが第三の疑問である。

6.急増したトラック事業者

  この三つの疑問の根っ子は密接に関係している。背景には、荷主と物流業者の関係、ストレートに言ってしまえば「隷属関係」の問題がある。この点こそ、物流業界の抱える根本的な問題である。少々誇張した表現を使えば、この問題に踏み込まずして人手不足問題の解決はない、といっても過言ではないかもしれない。
  それにしても、なぜ正当な理由での値上げ交渉さえままならないほどトラック事業者は弱い立場に置かれているのであろうか。実際、同じ物流業者である海運会社や航空会社は対等とまではいかないまでも、荷主とそれなりに交渉する力は持ち得ている。少なくとも、ビジネスパートナーとしてのスタンスは保っているように見受けられる。その一方で、トラック事業者は明確な理由が見いだせないまま、今の荷主との関係が続いているとしか表現しようがない。
  一つだけはっきりしていることがある。それは、この状況に拍車をかけたのは1990年の規制緩和であるということである。先に述べたように、1990年、それまで許可制であったトラック事業が認可制となり、参入障壁が下がった。
  1990年には37,000社程度であった一般トラック事業者(特別積み合せ、特定、霊柩を除いたトラック事業者)は、2006年には57,000社を超え現在に至っている(全日本トラック協会調べ)。16年間でトラック事業者は5割も増えたのである。この急激な供給増が「やってくれるところはいくらでもある」状況を生み出したことは疑いの余地がない。

7.問題は零細性

  ここまで説明してきて、「ちょっと待て。トラック事業者数が増えているから運賃が上がらないというけど、ヤマトは宅急便の大幅な値上げをしているじゃないか」と思われた方も少なくないであろう。それ以外にも最近の佐川急便や日通の「値上げ攻勢」はよく知られているところである。
  問題なのはトラック事業者の零細性である。次のグラフは同じく一般トラック事業者の車両規模別の構成比を示している。

グラフ2
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  中小企業庁は、サービス業の場合、従業員100人以下を中小企業と定義しているから、トラック事業者の9割強が中小企業ということになる。なかでも半分近くが10人以下の零細企業である。こうした零細なトラック事業者がヤマトや佐川と同様に、荷主や元請け事業者に運賃値上げ交渉ができるかというと甚だ疑問である。
  すなわち、ここに人手不足の根底にある荷主とトラック事業者の関係性の問題が浮かび上がってくる。長い間に培われた物流業界の「隷属性のDNA」とトラック事業者の零細性ゆえの立場の弱さである。
  なかでも零細性の問題については、これほど人手不足が深刻化すれば、大手による買収や業界の再編成などが持ち上がってきても不思議はないが、今のところ大きな動きは見られない。業界団体などにとっては「見て見ぬふり」「タブーの話題」なのかもしれない。
  ただ、深刻化する一方の人手不足と、緩和の「決定打」が見いだせない中、避けて通れない課題としてそろそろ話題にしてもいい時期なのではないか。

以上



(C)2017 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.

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