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第474号 数字の独り歩きに注意(2021年12月21日発行)

執筆者 山田 健
(中小企業診断士 流通経済大学非常勤講師)

 執筆者略歴 ▼
  • 著者略歴等
    • 1979年日本通運株式会社入社。1997年より日通総合研究所で、メーカー、卸の物流効率化、コスト削減などのコンサルティングと、国土交通省や物流事業者、荷主向けの研修・セミナーに携わる。2014年6月山田経営コンサルティング事務所を設立。
    • 著書に「すらすら物流管理(中央経済社)」「物流コスト削減の実務(中央経済社)」「物流戦略策定のシナリオ(かんき出版)」などがある。中小企業診断士。
    • URL:http://www.yamada-consul.com/

 

目次

I.ピンとこない議論

  適切ではないかもしれないが、今回は新型コロナにかかわる素朴な疑問から始めたい。誰もが感じていて、たぶん聞き飽きている例の疑問である。日本の人口1,000人あたりの病床数は13.0床とOECDで最多で、G7の中でも2位のドイツ(8.0床)を大きく引き離す。一方で感染者数は欧米よりはるかに少ない。なのに、感染ピーク時になぜ医療崩壊の危機に瀕するのか、という問題である。
  その理由についてはおおむね、「日本は政府や自治体が指示できる公立、公的病院の数が少ないので、受け入れを強制できない」といった趣旨で報道されている。
  わかったような、わからないような、筆者には今一つピンとこない話である。同じような印象を受けておられる方も多いのではないか。
  腹落ちしない理由が何かはっきりしないままひたすら自粛の毎日であったが、先日の日経新聞の記事で少し納得できた(図表1)。以下に記事の一部を引用する。

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  日本の医師数は約32万7,000人。人口1,000人あたりでは2.5人とドイツ(4.3人)や英国(3.0人)を下回り、経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国の中で27位に甘んじる。
  それ以上に深刻なのは1病院あたりの医師の少なさである。米国(137人)やドイツ(114人)が100人を超えるのに対し、日本はわずか38人にとどまる。決して多くない医師が、海外よりも数が多い病院に散らばっている。一般に病床数は医療インフラの充実度を示すが、日本の場合は病床が多すぎ、患者に寄り添う現場で医療人材の手薄さが際立つ。米国や英国は医師1人がほぼ1病床を診るが、日本は1人で5つの病床を受け持つ。先進国では異例の「低密度」医療の体制になっている。(日経新聞2021年5月30日付け朝刊より一部引用)

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  病床や病院の数こそ多いけれど、医者も看護婦もまったく足りないということである。これに診療部門や経営主体の偏在要因が加わって崩壊の危機に瀕したのであろうが、これまでは病床数の多さだけが強調され、肝心の医療関係者の数や配置が報じられていなかった点が理解を難しくしていたのではないか。

II.数字の持つ力

  いうまでもなく筆者はこの分野についてはまったくの門外漢であり、日本の医療体制を論じるつもりは毛頭ない。ワイドショーのコメンテーターでもあるまいし、素人が論じられるわけもない。もちろん日経新聞を持ち上げるわけでもない。
  ここで申し上げたいのは、「数字の持つ力」と「数字の独り歩き」である。いうまでもなく、数字の持つ力は大きい。定量的な説明は何よりも説得力がある。その一方で気を付けなくてはならないのは、一方向からだけの数字が独り歩きすることである。コロナの例では、病床数の多さだけが独り歩きをしていたから問題の核心をわかりづらくしていたのではないか。
  疑問が一定程度解けた理由の一つが、当初の「欧米より病床が多い」という数字に加えて、「日本の医師数が少ない」という別の角度からの数字が示されたことである。たとえば、人間ドックでは計測されたさまざまな数値から総合的に判断して真の病気を突き止めるように、多面的な数字をとらえることによって、真実が明らかになることがある。

III.トラックの6割は空で走っている?

  ここからが今回のテーマであるが、最近の物流を取り巻く動きにも同じようなことがいえるように思う。
  業界では物流DX(デジタル・トランスフォーメーション)を目にしない日はない。物流DXの正確な定義はともかく、物流にもようやくデジタル技術による変革の波が到来しつつあるのは喜ばしいことである。本来の意味である「経営の意思決定」や「戦略」などといった大げさな取り組みではなくても、この連載で繰り返し述べてきたように、日々の非定型的で荷主ごとに異なる手配業務やさまざまな帳票類、報告、連絡業務などが標準化、デジタル化されることを大いに期待している。
  ただ、この大きな波の中でひとつ気になることがある。正確に言えば、物流DXでなくともそれ以前からずっと気になっていたことである。それはいま進行している取り組みの多くが「トラックの6割(あるいは5割)は空で走っている」という前提で進められていることである。
  最新の話題である「フィジカル・インターネット」が典型である。筆者の理解が間違っていなければ、フィジカル・インターネットとは、物流をどこか特定の拠点や幹線輸送に集めて運ぶのではなく、業種や事業者に関係なくバラバラに最適な単位(ロールボックスやパレットなど)に分けて目的地に到達させることだという。ちょうどWeb上で送り手の情報がパケット単位に分割され、さまざまなルートを経由して受け手のルーターに届くインターネットのような仕組みであることから、この名称となったといわれている。インターネットのデータ送信と同様の概念で同方面に向かう大量の貨物を分散し、自社・他社を問わず空いている倉庫スペースを経由し、トラックの空いている荷台で運ぶ。その際、一人のドライバーで長距離を走るのではなく、インターネットが世界各地の通信設備を細かにつないでいくように、網の目の結節点を最適に選択して短距離を緻密につないでいく。この場合、AIなどのデジタル技術が最適なルートを指定する。これがフィジカル・インターネットのイメージである。
  考え方としては理解できないことはないが、実業への落とし込み、実現に至るプロセスなどについて詳細に議論されているようには思えない。業界の人間としては、現時点ではかなり乱暴な構想という印象を拭いえない。
  少し本筋からそれてしまったが、本稿はフィジカル・インターネットを評するのが目的ではない。
  フィジカル・インターネットが成り立つためには、目的地の方向へ向かう荷台の空いたトラックがあちこちに走っていなければならない。こうした多くの物流DXが「トラックの大半が空で走っている」ことを前提として構想されているのである。業界では常識とされている、この数字は事実であろうか、というのが今回のテーマである。

IV.「6割は空」の根拠

  「トラックの6割は空」の根拠はおそらく国土交通省が公表している「自動車輸送統計月報」であろう(図表2)。
  直近2020年9月の営業用トラック「積載効率」が39%つまり約4割である。積載効率とは、実際に輸送した「輸送トンキロ」を「能力トンキロ(荷台に目いっぱい積載した状態でのトンキロ」で除した数値である。トンキロとは走行した距離と貨物の輸送重量を掛け合わせたものであり、輸送の規模を表す。たとえば、4トン車に2トン積載して20キロ走行すれば“輸送トンキロ=2トン×20km”÷“能力トンキロ=4トン×20km”で積載効率は50%となる。
  この統計を見る限りでは、たしかにトラックの6割は空で走っている。

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V.貨物には偏りがある

  しかし、長年物流の実務に携わってきた人間として、この数字には大いに違和感を覚える。実感として、トラックはそんなに空で走っていない。実情を肌で感じている物流業界からそうした声が聞こえてこないのは不思議である。
  そこで、この空車がどのような状況で生じているかという別の角度からの数字で検証してみよう。結論から言えば、こうした空車の多くは往復貨物の偏りと運送会社のトラック運行方法により必然的に生じている可能性が高い。
  往復貨物に地域的な偏りがあることについては、国道交通省が5年に1回実地している「全国貨物純流動調査2015年」を参照してみる(2020年度は新型コロナにより中止)。この調査は、2016年10月の3日間の品目別、輸送機関別などの貨物の動きについて、全国6万5千事業所にアンケート調査した結果をまとめたものである。筆者が以前所属していた会社が事務局を務めていたこともあり、貨物流動の実態を反映している点での信頼度は一定程度あるものと考えられる。

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  図表3は調査結果から、営業用トラックの関東、中部・静岡、関西、中国、九州地域の1日当たり平均発着トン数を抜き出しまとめたものである。この地域の物量で全国の約75%を占める。表の青色部分は地域内で動いている物量を表す。平均で全体の8割強は地域内で動き、2割が地域をまたがって動いていることがわかる。
  地域間の物量(長距離輸送)について発着別にまとめたのが次の図表4である。表のとおり、長距離輸送の往復には偏りがある。関東発着比率(往路に対する復路物量の比率)は124.7%、中部・静岡78.2%、関西108.5%、中国89.9%、九州110.9%である。つまり、地域間のトラック輸送では、貨物量の偏りによりどうがんばっても積載効率は100%にならない。これはネットでの求貨求車マッチングを使っても解決しない。
  さらに、長距離輸送では一般に考えられている以上にトラックの往復貨物は確保されている。偏りがある中にあっても運送会社は可能な限り荷台を埋めるよう配車を工夫している。たとえば、関西の運送会社が関西から関東方面への貨物を輸送する場合、まず関東から関西方面へ運行しているトラックの帰り便を優先確保する。帰り便が確保できない場合にはじめて関西からのトラックを仕立てる(仕立て便)。このようにして無駄な長距離輸送を避け、コストを抑えるため可能な限り空車の活用を行うのは配車の常識である。
  ただしこうした運行方法は通常荷主に明かされることはない。帰り便を利用していることがわかれば、それを理由に運賃値下げを要請されてしまうからである。帰り便の活用はあくまで運送会社の経営努力によるものであって、その利益は本来運送会社に帰属すべきであるにもかかわらず。
  実際、以前素材系の荷主のトラック運行にかかわるコンサルティングを行ったときにも同じような事実が判明した。その荷主は物流子会社の長距離トラック輸送について、積載効率の悪い無駄な運行をしており、そのために高い運賃を請求されているのではないか、と疑っていた。そこで、コンサルに運行実態を調査させ運賃交渉を有利に進めようと考えたのである。
  結果は筆者の予想以上であった。その物流子会社は荷主の素材を運んだ帰りに、その素材を加工した製品を扱う卸の物流をしっかり確保していた。往復の積載効率は9割近かった。事実は事実として素直に受け入れて欲しかったのであるが、想定が外れた荷主の落胆と不満がコンサルに向けられてしまったのは想定外であった。

VI.運行方法で積載効率は低下

  トラック運行方法による数字の上での積載効率低下は、主に全物量の8割強を占める地域内発着の貨物に生じる。

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  地域内へのトラック配送はA地点からB地点への単純な配送ではなく、複数の配送先に小ロットの貨物を順番に配達していく「ルート配送」となることが多い。この場合、積載効率は100%にならない。満載で出発したトラックの積載量が徐々に減り最後はゼロになるわけだから、平均積載量は中間の50%になり、積載効率も50%になる。もっとも1か所へ配達するごとに別の貨物を集荷して次の配達先へ向かうことを繰り返せば理論的には100%へ近づけることも可能かもしれないが、そのように都合のいい場所に都合のいい貨物があるわけではない。
  もう一つの理由は、運送会社は地域内の運行についてトラックの回転率を重視している点である。たとえば、神奈川から埼玉へ配送した帰りに埼玉から神奈川への貨物を探すよりも、埼玉で配送を終えたらさっさと神奈川へ戻って、他の配達を行った方が採算はよくなる。納品先から直接集荷できるならまだしも、別の集荷先までの移動や集荷時間の制約などを考えると発地点に戻った方が有利であることが多い。実際、筆者がある運送会社の収益と運行効率の相関関係を調べたところ、収益と相関関係が強いのはトラックの稼働率と回転率であり、積載効率とはほぼ相関関係が見いだせなかった。
  このケースでも帰りは常に空車となるので往復の運行効率は50%となる。
  結局、積載効率4割の相当部分は物流DXでは解決不可能か、あるいは運行効率上やむを得ない部分があるのである。

VII.数字の独り歩きを疑わないと間違える

  フィジカル・インターネット構想を例に議論を展開してきたが、「できない理由」を列挙してきたつもりは毛頭ない。DXによってトラック積載効率が向上し、ドライバー不足が緩和するのであればそれに越したことはない。
  ただ、前提となる数字についての的確な把握と分析、実態の理解のないままでの構想は極めて危険であるし、取り組みの方向性を誤ってしまう、と懸念している。まして、物流DXによってあたかもドライバー不足が簡単に解消してしまうような論調には大きな危惧を感じる。ドライバー不足の根本的な解決には「適正運賃の収受」と「ドライバーの待遇改善」が喫緊の課題であることを忘れて、安易な構想に飛びつくことは厳に戒めるべきであろう。

以上




(C)2021 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.

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