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経営戦略・経営管理

第102号SCM構築と情報システム(2006年6月22日発行)

執筆者 高橋 史人
MS LABO マネージメント&システム研究所 代表
    執筆者略歴 ▼
  • 略歴
    • ‘61年 東京工業大学 工学部 経営工学 卒業
      専攻:経営科学、オペレーションリサーチ
      同年 味の素(株)入社
    • ‘89年 三宝運輸(現 味の素物流 )出向、のち転籍
    • ‘97年 MS LABO マネージメント&システム研究所 設立
    所属学会等
    • 日本経営情報学会 会員
    • (社)日本ロジスティクスシステム協会 会員
    • ロジスティクスシステム研究会 主査
    • NPO技術データ管理支援協会 理事
    • 学習院大学、 明治大学、OVTAの非常勤講師を歴任
    • O調理器具輸入業顧問, F人材派遣会社顧問を歴任
    • M 商社嘱託、 I SIベンダー嘱託を歴任
    コンサルティング実績
    • S社(物流業)の受注~配送、請求支払の一貫システム構築
    • J社(大手量販店)PB品の在庫アラームシステム構築
    • S社(健康食品卸業)のロジスティクス業務改革指導
    • E社(薬品メーカー子会社)の3PL情報システム基本設計
    • G社(電池製造業)新規事業の市場導入戦略作成
    • O社(調理器具輸入業)の市場導入戦略作成、市場導入指導
    • B社(外資合弁ヘルスケア事業)の基幹業務システム診断
    • I社(量販店)のロジ構造解析、コスト削減策提案
    • H社(資材メーカー)の予測・補充システム設計&開発・導入

目次

<参考文献、引用資料>

1.誰のための全体最適か? -某統合企業のSCM構築の失敗要因-

  先般、ある研究会で某統合企業のロジスティクス担当者から衝撃的な事例報告があった。
  某社は数年前に大手電気メーカー2社の液晶事業部門が統合して設立された年商数千億円の大企業である。両社の情報システム、物流はそのまま踏襲された。特性の異なる複数の事業の中で、特にライフサイクルの短い、需要変動の激しい携帯端末&モバイル事業部門(ディスプレイを部品供給)は、顧客企業の要望に応えるべく、納期回答の精度とスピードのUPを目的にSCP(Supply Chain Program) システムの開発を図った。前工程と製品工程を含む現PSI(Product, Sales & Inventory)システムは3週間サイクルで日程計画を作成しているが、これを週単位に作成する事を目指した。情報システムを統括する情報システム部門は、「全体最適」という大義名分の下で全事業共通のSCPシステムを開発することにした。数億円の投資は殆ど無駄となった。統合前の企業で個別に動いていた複数のPSIからデータを抽出して新規に開発したSCPシステムに連結しただけでは、設計通りに動かなかったのである。某企業はSCMを考える前に、自社にとっての全体最適システムを「顧客視点」で事業プロセスを再構築する見識に欠けていたことになる。

2.ビジネス構造とシステムアーキテクチャ – KDDIの情報システム構造改革の成功要因-

  近年、わが国においても大規模な企業統合が行われるようになり、それに伴う情報システムの統合に失敗して、経営本体に影響を及ぼす事例が少なくない。KDDIは’98年KDDとTWJ合併して新KDDへ、さらに’00年DDI、IDOと合併してDDI、’01年4月に社名をKDDIとした。合併の進展に伴い、’03年の全社レベルの大規模な組織再編が行われ、これに連動したシステム統合を2年後に成功裏に完成させた。
  以下は陣頭指揮に当たった現CIOの繁野氏(執行役員情報システム本部長)の 主張である。
  「情報システムは変化に柔軟に対応できる事が最も重要である」「ビジネスの意味構造をデータ構造としてモデル化する(概念データ・モデル)」「機能を中心にシステムを作るのではなく、ビジネス構造に基づいた全社共通のITアーキテクチャを整える」「ITの役割は実世界の意味構造をデータ構造に置き換えることだ」。すなわち「変わるもの」としてのユーザーフロント、「変わらないもの」としての概念データ構造 を峻別、変化に強い情報システム構築が必要であると主張している。

【図1】ビジネスアーキテクチャ

3.経営体系にSCMを明確に位置づける -生産、販売、物流、調達を統括する-

  伝統的な企業経営論においては、戦略としてのマ-ケテングR&D、その下層として生産、販売、物流、調達の計画機能があり、最下層に業務オペレーションが位置づけられる。ここにはロジスティクス活動(原料から消費者までのサプライチェーンプロセス)をコントロールする機能は認知されていない。最終顧客の価値を最大化するための企業経営では、企業内の諸活動の連携、さらには企業間の諸活動の連携が重要となる。この連携を高めるためにはロジスティクス諸活動を束ねるSCMを経営体系に明確に位置づけることが必須となる。

【図2】経営におけるSCMのポジショニング

4.SCM部と名前を変えて成功 -ロジスティクスに対する期待が変わる-

  ハウス食品は2001年に「全社最適生販在の運用」「流通変化(賞味期限)対応」「コストダウン」を目的にした物流部主導の検討委員会を設置、SCM導入を図ったが、製造、販売部門の十分な協力は得られなかった。2003年物流部を母体にSCM部を設置、全社最適観点の生産、販売を横断する業務役割(在庫計画、需要予測&需給計画・調整)が社内に漸く認知され、SCM導入に成功した。(早川執行役員SCM部長)

5.インバウンド(企業内)SCM の構築が先決

  SCMは流通企業間の「クイックリスポンス」としてスタートした概念が発展したものである。アウトバンド(企業間)SCMを成功させるためには、企業内の調達、生産、販売、物流が十分に連携されていなければならない。即ちインバウンド(企業内)SCMが機能している事が必須である。トップの号令一下、企業間SCMの構築から入るケースを見受けるが、受発注データの交換に留まり、企業を跨いだ業務プロセスの最適化に程遠い結果に終わる例が多い。

【図3】サプライチェーンモデル

6.ERPシステム導入の落とし穴 -現場で必要なデータが利用できるか-

  SCM情報システムには、生産管理システム、販売システム、財務システム等の既存システムとのインターフェースが発生する。既存システムの多くは個別機能サポートシステムであり、設計思想も統一されていないし、異なるベンダーのアプリケーションパッケージである場合が多い。このような状況下ではデータ不整合が発生してSCM情報システムを稼動させることは出来ない。「全体最適、リアルタイム経営、グローバルスタンダード」がERPのセールスポイントである。企業の情報システムがレガシー化している実態を、一気に解決すべく、TOPは全社対象のERPパッケージ導入を指示、合わせてSCMシステムの開発を決断するが、成功した事例は多くない。ERPは「To Be Model(=あるべき姿)」が存在し、それに到達するための「計画」に対して「実績」との差異を明確化して「対応」する欧米流の管理概念が背景にある。ERPパッケージは「To Be Model」を遂行するための業務プロセスが規定され、データベースが用意される。従って現実の業務プロセスをERPに合わせれば性能を発揮するが、合致しない場合は別途カスタマイズが発生する。さらにERP パッケージの多くはデータベース構造をブラックボックス化しているため、業務プロセスが変更した場合、対応が困難になる。現場主体、カイゼンの企業文化、ボトムアップ経営等の日本的経営の強みには馴染まない設計思想であることを理解しての導入が肝要である。ERPパッケージを導入して成功している企業の共通点は、
① 業務の標準化が進んでいる
② 財務領域などに適用範囲を限定している
③ パッケージの得手、不得手を掌握している
④ 事前に十分な実績データを利用したテストを行っている
などパッケージの性格を熟知して利用していること、及び
⑤ 部門間の利益調整(関係編集)を行うトップマネジメント力が発揮されること
が挙げられる。

7.CLO(Chief Logistics Officer)に要求される関係編集力

  ガバナンス構造のトライアングルが変わりつつある。伝統型においては、CEO(最高経営責任者)-CFO(最高財務責任者-社外取締役で形成されるが、消費者基点の情報経営型においては、CEO-CFO-CLO(最高ロジスティクス責任者)となる。

【図4】ガバナンス構造のトライアングル

  SCM構築はCLOの責務となるが、その際CLOに求められる資質は、第1に企業内関係部門、企業間関係企業における関係編集能力 があげられる。

【図5】CLOの役割・・・「関係編集」機能

  SCMは生産、販売、物流、調達の連携のなかで、部門を超えた全体最適観が必要である。その唯一の解は「顧客の価値を最大化する」ことである。第2に「ビジネス(サプライチェーン)・アーキテクチャ構想力」が挙げられる。情報システム部門が要件定義書を作成する前に、SCMのビジネスアーキテクチャを創造する事はCLOの責務である。第3としてサプライチェーンを構成する業務体系の「変わるもの」と「変らないもの」を峻別する力である。業務プロセスは必要に応じて「変わるもの」である。業務プロセスで使用するデータ構造は「変わらないもの」として設計しなければならない。
  因みに「IT情報マネージメント用語事典 」ではCLOの役割を以下の様に規定している。
① 経営戦略の一部としてのロジスティクス戦略を立案・実行する
② ロジスティクスの付加価値向上を図る
③ 部門間の調整を行い、業務組織や業務プロセスを改革して、最適な企業内ロジスティクスを構築・運営する
④ 全社のロジスティクス資産(ハード、ソフト、人材)の保持や 調達を最適化する
⑤ 企業間サプライチェーンにおいては、最終顧客満足度の向上を目的にして、企業内ロジスティクスの改革を行う

8.ロジスティクス部門の人材教育に投資を!

  ロジスティクス部門の役割にSCMまで含まれる今日、伝統的な物流の世界「輸送、保管、荷役」から脱皮して、先ずは企業内SCM(生産、販売、物流、調達)を鳥瞰できる人材の育成、登用が急務である。筆者が主査を務めるロジスティクスシステム研究会【(社)ロジスティクスシステム協会】は1983年に発足して23年目になり、一貫してロジスティクス領域の人材育成に努めてきた。研究会在籍者は述べ600人を越えた。

以上

・ 「ビジネスの本質をITアーキテクチャに写し取る」CIO Magazine,2005年4月号
・ 橋本「企業経営におけるSCMのポジショニング」SCN研究会,2005年 講演資料
・ 経営情報学会「成功に導くシステム統合の論点、」日科技連,2005年
・ 早川「ハウス版SCM導入と経過」(社)JILS ,SCMフォーラム2005 講演資料
・ 「なぜ今EAなのか?」CIO Magazine,2004年4月号
・ 多摩大学ルネッサンスセンター+原田「ロジスティクス経営」中央経済社,2004年
・ 赤土「ABC起点の経営改革」ロジスティクスシステム研究会, 2005年 発表資料
・ 「ロジスティクスシステム研究会成果報告」LOGISTICS SYSTEMS VOL11.No3, 2002年



(C)2006 Chikahito Takahashi & Sakata Warehouse, Inc.

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