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第61号これからの医薬品物流とSCMを考える(2004年8月12日発行)

執筆者 田中 孝明
株式会社サカタロジックス 代表取締役社長
    執筆者略歴 ▼
  • プロフィール
    • 1960年大阪市生まれ。
    • 神戸大学大学院 経営学研究科 博士前期課程修了。
    • ACEG (英国・ボーンマス校),オタワ大学ELI修了。
    • 株式会社住友倉庫を経て,現在,株式会社サカタロジックス 代表取締役。
    • 明治大学 商学部 特別招聘教授。
    主な資格
    • 修士(経営学)
    • 環境審査員補(ISO14000S)
    • 物流技術管理士(運輸大臣認定)
    • 倉庫管理主任者
    所属学会等
    • 経営情報学会
    • 現代経営学研究所(NPO法人)
    • 日本物流学会

目次

1.はじめに

  世界の医薬品市場は、2000年度ベースで3,172億ドル(1ドル=120円換算で約38兆円)、このうち米国が1,528億ドル(約18兆円)で世界全体の48%、ヨーロッパが753億ドル(約9兆円)で24%、そして日本が515億ドル(6兆円)で16%を占めている(図1を参照)。

図1.世界の医薬品市場の規模

  すなわち、医薬品市場は日米欧で世界の90%近くを占める三極構造にあり、国別では世界第2位の大市場であるわが国の医薬品業界には、海外メーカーからも熱い視線が注がれている。ベイリンガー・インゲルハイム(ドイツ)によるエスエス製薬の子会社化、中外製薬のロッシュ(スイス)の傘下入り、そしてアボットラボラトリーズ(米国)による北陸製薬の子会社化など、欧米の大手外資系メーカーは、多角的に日本市場への進出を図っている。
  本項では、構造変化の渦中にある医薬品分野における今後の物流とサプライチェーン・マネジメント(SCM)の構築について考察してみたい。

2.医薬品流通の構造変化と物流

  医薬品流通の分野では、いま、新たなサプライチェーン・ネットワークが構築されつつある。これは突き詰めて言えば、“最終消費者市場から生まれる需要の不確実性”に起因すると考えられるが、本章では、こうした流通構造変化の背景・要因を振り返りつつ、それが物流に及ぼす影響について整理してみよう。

(1)薬価改訂(引き下げ)
  医薬品流通の構造変化の第一の要因は、薬価改訂である。医療保険から保険医療機関や保険薬局に支払われる医療用医薬品の償還価格を薬価基準というが、この薬価基準は2年に1回、全面改正が行われる。とりわけ1992年の、バルクライン方式から「銘柄別加重平均+一定幅方式(R方式)」―最近は、「銘柄別加重平均+調整幅方式」と呼称される―への移行、および同時期に発表された「流通・取引慣行に関する独禁法上の指針」(独禁法ガイドライン,1991年)等により、医薬品流通における価格決定権は、基本的にメーカーから卸売業者へ移るとともに、薬価は多くの場合、引き下げられることとなった。こうした薬価切り下げは、卸売業やメーカーの収益に大きな影響を及ぼしているが、両者とも(特に卸売業においては、より顕著に)従来どおりの高コスト体質の物流サービス-詳しくは後述-を提供し続けることが困難になってきている。
(2)医薬分業の進展
  第二は医薬分業の進展である。病院は医療行為を行い、医薬品の処方は薬局で行うという意味の医薬分業の進展により、調剤薬局や調剤部門を併設するドラッグストアなどが急増している。これまでのように、薬剤を大ロットで仕入れ、比較的長期間在庫する医療機関とは異なる流通経路/販路が登場してきているのである。こうしたユーザー/小売業に対しては、特に卸売業においては、従来にも増して、多頻度小口配送、高納品率、時間指定配送などの物流サービスが求められ、それが卸売業の収益性や、一方で競争優位性に、大きな影響を与え始めている。
(3)系列関係の変化
  医薬品流通の構造変化の要因の第三は、メーカーと卸売業との系列関係の変化である。過去、医薬品業界においては、メーカー主導の流通系列化が行われ、例えば武田系、三共系、塩野義系などのメーカー系列卸売業が、担当営業地域別に編成されていた。しかし、1961年の国民皆保険制度の実施以降、上記に述べたようなR幅方式への移行や独禁法ガイドラインの実施などにより、メーカーのコントロール力は薄くなりつつある。併せて、卸売業同士の提携や合併、さらにはスズケンなどの独立系卸売業の広域展開などを受けて、実質的にメーカーによる流通系列化は、その有効性を失いつつある。こうした動向は例えば、卸売業における取扱品目の増加や、メーカーから卸売業の物流拠点への輸配送トランザクションの変化など、物流分野にも大きく関係し始めている。

3.医薬品サプライチェーンの概要

  ところで医薬品は、医師の処方箋をもとに病院や診療所で使用される医療用医薬品と、消費者が処方箋なしに薬局・薬店・ドラッグストアなどで購入できる一般用医薬品-大衆薬、OTC薬などとも言われる-に大別される。わが国の医薬品市場は2000年度ベースで6兆1,826億円、このうち医療用医薬品が5兆3,763億円(全体の約87%)、一般用医薬品が8,063億円(約13%)であり、医療用が圧倒的な比率を占めている。では以下に、医薬品サプライチェーンにおける“プレヤー”の概要を確認してみよう。

(1)医薬品メーカーの概況
  まず医薬品メーカーについては、2002年度ベースで約1,400社、このうち医療用医薬品メーカーが約720社、さらにこの中で薬価基準収載の医薬品を製造している企業が約420社存在する。武田薬品工業、三共、山之内製薬といった大企業はもとより、中堅中小を含め比較的多くの企業が共存しているが、世界的なM&Aの動きにも呼応して再編が進行するとの見方がある。
(2)医薬品卸売業の概況
  次に卸売業に目を向けると、1994年度には305社あったものが2002年度には160社にほぼ半減するなど、地殻変動的な再編が進んでいる。今後は、スズケン、クラヤ三星堂、アルフレッサホールディングスなどの大手の全国展開型と、その他の有力な地域密着型卸の二方向に進んでいくとの予測もある。
(3)病院・診療所・薬局/ドラッグストアなどの小売業の概況
  さて、医薬品のユーザーについては、2000年度ベースで、9,333の病院、90,556の診療所、61,651の歯科診療所、そして44,000あまりの薬局が存在する。ちなみに薬局は1991年に約37,000あったものが10年間で10,000近く増えている。なお、一般用医薬品については、薬局やドラッグストアがユーザー/小売業にあたる訳であるが、後者については2000年度ベースで13,343店のドラッグストアが全国に存在している。以上(1)~(3)を中心に、医薬品サプライチェーンの概要を整理したものが図2である。

*画像をClickすると拡大画像が見られます。

4.医薬品物流の特徴と課題

  さて、こうした医薬品サプライチェーンにおける物流は、どのような特徴や課題を有しているのだろうか。医薬品市場の9割近くを占める医療用医薬品の物流を中心に少し整理してみよう。

(1)法的規制
  まず医薬品物流においては、薬事法などの法的な規制に適合した管理やオペレーションが大前提として必要とされる。GMP(製造管理および品質管理基準)やGSP(供給と品質管理に関する基準)などとの関係も無視できない。倉庫や物流センターでは、管理薬剤師が常駐し、温度や衛生管理に従事することが基本とされ、また施設面でも、クリーンルームや毒物劇物の専用スペースなどが必要とされる場合もある。さらには、流通の全過程における製品(ロットナンバーや使用期限含む)の履歴等の管理も、物流業務の一環として重要になる。
(2)短リードタイム・多頻度小口配送
  さて医薬品物流では、突発的な事故時などの“救急”対応が宿命として存在するが、この救急時以外にも、例えば薬局で急に在庫が無くなった場合などの“緊急”対応が日常的に求められる。とりわけ医薬分業の進展により、調剤薬局では、処方箋を持参した患者/消費者が必要とする医薬品の在庫がない場合、卸売業に対し緊急で発注をかけるといった事態が増加する傾向にある。短リードタイム/多頻度小口配送の一層の要請は、昨今の薬価改訂(実質引き下げ)で利益を圧迫されている卸売業にとって、物流コストの観点から、大きな課題となりつつある。
(3)顧客/ユーザーの非組織化
  医薬品物流の特徴は、病院や診療所、薬局などのサプライチェーンの下流にある顧客の“非組織化”(チェーン店化などが進んでいないこと)にも起因する。例えば日用雑貨の分野では、川下にGMSやCVSなどの組織化された小売業が存在し、受発注におけるEOS/EDIの利用、小売業独自の物流センターや店舗配送の仕組み、効果的な在庫マネジメント手法など、物流効率化の取り組みが進んでいる。しかし医療用医薬品の分野ではこうした組織小売業の存在はほぼ認められず、そのため、例えば受発注時などは、依然として電話やファクシミリ、またMSの訪問時/納品時注文が主流を占めている。またユーザー“店頭”の在庫管理へのシステム利用もあまり進展しておらず、こうした状況が卸売業者とユーザー間の物流効率化の足かせともなっている。

5.今後の医薬品物流を考える視点とポイント

(1)顧客/消費者起点
  医薬品物流の今後を考える上での第一のポイントは、顧客や消費者起点の考え方である。エンドユーザーたる患者/消費者を意識しつつ、卸売業は、一義的な顧客である医療機関や薬局が有する物流ニーズを明確に把握する必要がある。その上で可能な限りコスト低減をはかりつつ、物流サービスを向上させねばならない。例えば、急配依頼の増加などには、コストを無視しての対応ではなく、ユーザー“店頭”の在庫管理を支援するとか、地域の需要特性を予め読み込むなどの取り組みが必要となるだろう。また自社のマーケティング戦略に則した“顧客タイプ別”の物流サービスの考えなども実務面では重要になるだろう。(なお、物流コストの把握やコントロールには、今後、物流ABCの導入なども有用になると思われる。)
(2)物流拠点の再編
  第二のポイントは、物流拠点の再編である。短リードタイム/多頻度小口配送等の物流サービスをリーズナブルなコストで実現するためには、顧客の前線にあるデポや、複数のデポに商品を供給する基幹センターなどの物流拠点の配置(立地や数)やその能力(在庫管理やピースピッキング等の力)を再検討すべきである。特に今後デポについては、管轄エリアの物流ニーズに則して、スクラップ&ビルトするといった柔軟な対応も必要とされるだろう。その際には、調剤薬局と共同/協働での在庫備蓄なども試みる価値があるのではないかと思われる。併せて、物流拠点における在庫基準の見直しも不可欠である。誌面の関係で詳しくは触れられないが、物流センターとデポ双方をめぐる在庫配置・補充点・補充量の3点を基本として検討していく必要がある。
(3)輸配送の見直し
  第三は、基幹物流センターからデポへの輸送と、デポから医療機関・薬局への配送の再検討である。いずれも所定のデータや資料を揃え、各種シミュレーションソフトやデジタルマップなどの情報技術を駆使すると、最も効率的な配送ルートやタイムスケジュール等を策定することが可能である。もちろん、従来の輸配送コストと見直し後のそれとの比較も必要になるが、その点で、(受注活動等との絡みで依然として必要とされている)MS自配に関する“商物分離”も、あらためて検討する余地が生じるだろう。なお輸配送の見直しは、上記の物流拠点の再編を絡めて検討する必要があることは無論である。以上(1)~(3)をイメージ的に記したものが図3である。

*画像をClickすると拡大画像が見られます。

6.おわりに -医薬品SCMの構築に向けて-

  本稿では、主に医療用医薬品にスポットをあて、かつ卸売業を中心とした物流概要の整理を試みたが、本来はサプライチェーン全体を考察すべきであることは言うまでもない。
  メーカーの視点で医薬品物流を捉えると、卸売業同様、物流拠点再編や輸配送の見直し、あるいは、センターや輸配送業務の3PL業者等へのアウトソーシングなどがポイントになると思われる。併せて、製品やバルクの輸出入に関する国際物流対応や、サプライヤーおよび製造委託先業者との間の新たな物流の仕組み作りも重要になるだろう。
  一方、医療機関や薬局の立場で医薬品物流を考えると、やはり在庫管理や情報システムなどの点で改善の余地が大きいと思われる。今後は、卸売業や3PL等と協働で物流革新に取り組むことなどが急務であり、それがまた自らの競争優位に繋がるものと確信する。
  さらに、一般用医薬品に目を向けると、そこには急成長するドラッグストアやチェーン展開する薬局などの小売業の姿が認められる。この分野は、日用雑貨や化粧品物流に近い特性も認められるため、当該分野におけるメーカーや組織小売業の先進事例を参考にすることも有意義であると思われる。
  医薬品業界では、いま、大きな構造変化が起こっている。そしてそこでは新しい医薬品物流の仕組み、すなわち「医薬品サプライチェーン・ロジスティクス」の確立が求められているのである。

(2004年6月11日脱稿)

 【注】

1. 本稿の執筆にあたっては、サカタロジックスおよびグループ各社におけるコンサルティング,システム構築,3PL提案や業務受託に関する(守秘義務に抵触しない範囲の)資料・データ、筆者が属する明治大学Global e-SCM研究センターにてメンバーの諸先生方より頂戴したコメント・アドバイス、ならびに以下の参考文献(編著者名50音順)から多くの知見を得た。以上を明記して、厚く御礼を申し上げたい。
・片岡一郎=嶋口充輝=三村優美子編『医薬品流通論』東京大学出版会,2003年.
・野口實『よくわかる医薬品業界』日本実業出版社,2000年.
・晴田エミ『図解&キーワードで読み解く「医薬品業界」』かんき出版,1999年.
・溝上幸伸『医薬品業界 再編地図』ぱる出版,2004年.
2. また、『流通設計21』2004年7月号に、本稿の内容を(同誌の編集局の手で)より簡潔に取りまとめたものが所収されているので、併せてご覧いただければ幸いである。

以上



(C)2004 Takaaki Tanaka & Sakata Warehouse, Inc.

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