創刊号 三村優美子*「医薬品流通の再編成過程~流通系列化の変容と卸売業の相対的自立化~」『マーケティングジャーナル』,71(Vol.18,No.3),1998年,より(2002年02月05日発行)
執筆者 | 藤田 健 山口大学経済学部講師 |
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目次
本論文は、医薬品流通における系列化の形成と変容を医薬品卸の視点から分析している。医薬品卸は二つの再編成を通じて提携・合併を繰り返してきた。第一の再編成ではメーカーによる流通系列化の強化が進み、第二の再編成では流通系列化が緩和する方向へ向かった。医薬品流通における系列化の形成・変容は、三つの提携・合併のパターンを含んでおり、それぞれの提携・合併の中心となる卸は異なる経営特性を持っていることが分かると言う。さらに、医薬品流通の流通系列化の緩和は、脆弱な医薬品卸経営のもとで卸が価格競争への対応をせまられた結果、規模の拡大を目論んだ提携・合併がおこり、メーカーの流通系列化の枠組みを相対化させたことによって生じたと分析する。近年、医薬品卸の競争目標は地域シェアの獲得から顧客シェアの獲得に移行しており、顧客への営業・物流・情報サービスの提供を中心とした顧客支援機能が重視されるようになると主張している。
1.進む卸売業の構造変化
わが国の卸売業は、1960年代に登場したいわゆる「問屋無用論」によって、淘汰されると言われ続けてきた。実際には、卸売業は淘汰されるどころか、スーパーの成長を支える流通機能を提供しつつ、日本経済の高度成長にも支えられながら、数多く生き残ってきた。
ところが、1980年代以降、状況は一変した。大規模小売業が卸売業に流通コスト削減と業務の効率化を要請し、高い物流サービスの提供を求めはじめた。卸売業は大規模小売業の要請に対応し、経営の安定を目指すために、規模の拡大をはかったのである。卸売業の規模拡大という動きは、提携・合併となって現れている。医薬品以外の業界では1990年代の半ばに提携・合併の動きが沈静化したところもあるようだ。しかし、医薬品業界の卸売業は現在でもこの大きな波に揺れ動かされている。
医薬品卸の特徴は以下の通りである。医薬品卸は主に専門医療機関と取引しており、そこへの営業・情報伝達活動を重視しているが、物流体制は近年まで未整備のままであった。医薬品卸間の競争は納入価格の決定を巡って行われる。医薬品卸は競争とはいうものの薬価基準制度に基づく公定薬価とメーカーの仕切り価の間で決定しなければならず、取引における制約条件が多いなかでの競争にならざるをえなかった。近年では、医薬品メーカーが卸売業と医療機関への価格交渉に関与することを禁止されたので、医薬品卸はメーカーから自立した価格決定を行えるようになり、メーカー系列の枠組みから抜け出す動きを活発化させたと言われている。このような「メーカーの流通系列化からの相対的な自立化」という動きは、医薬品卸の再編成を分析するうえで重要な概念になる。
2.医薬品卸の再編成の特徴
(1)第一次再編成と第二次再編成
医薬品卸の再編成は、「メーカーの系列卸の登場」と「メーカーの系列卸からの脱皮」という二つの動きにわけて整理されている。
第一は、1968年~1973年頃に集中した提携・合併の動きである(第一次再編成)。第一次再編成の発端は、現金添付販売という形の激しい価格競争の結果、中小卸が収益を悪化させたことにある。メーカーが中小卸の救済とメーカー自身の債権保全を意図して100億円規模を目指し中小卸の合併を進めた。第一次再編成の動きは、「合併が取引先有力メーカーの意向をふまえて行われたので、メーカーの系列卸が登場した」とまとめられる。
第二は、地域卸どうしで進んだ連携の動きである(第二次再編成)。第二次再編成の発端は、1980年以降に繰り返された薬価引き下げを契機として、医薬品卸売業の経営に対する危機感が増大したことにある。この頃から大手卸が積極的な広域展開を進めており、地域卸どうしも大手卸に対抗して合併を進めたのである。当時、競争に対抗できる安定規模として800億から1000億円という数字が意識されており、多くの医薬品卸はその規模を目指して合併を進めたと言われている。第二次再編成の動きは、「大手卸の広域展開とそれに対抗した地域卸の合併による卸の大規模化」とまとめられそうだ。
第二次再編成は1994年頃に沈静化したかに見られた。しかし、1995年以降に再び提携・合併の動きが進んでいる。これ以降の時期の合併は、年商1000億円以上の大手卸が中心となって進んだ。大手卸の合併を引き起こした直接的な原因は、厚生省の医療保険制度改革にあると言われている。薬剤費抑制、薬価制度の抜本的見直し、医薬分業の方針などの改革は、医薬品卸に医薬品市場の先行きに対する不安を抱かせ、大規模な再編を導いたという論理である。大規模な合併は系列外の卸を巻き込んで進められるが、系列外の卸との合併は新しく誕生した卸に占める特定メーカーの取引比率が低下することを意味する。そのため、医薬品卸の第二次再編成から、メーカー系列化からの脱皮という流れを読みとることができるのである。
(2)医薬品卸売業のタイプと提携・合併の組合せ
医薬品卸における二つの再編成は、三つのタイプの医薬品卸が三つの提携・合併パターンを展開した過程である。
第二次再編成が始まった1980年代以降、医薬品卸連合に加盟する企業数が提携・合併によって減少した。卸売業どうしの提携・合併を規定する要因は医薬品卸の経営特性にあるので、医薬品卸の経営特性の違いは提携・合併の異なったパターンを引き起こす。つまり、医薬品卸の再編成は、企業数が減少したという単純な数字の変化だけでは伺いしれない提携・合併のパターンを含んでいると考えられるのである。
医薬品卸の経営特性は、(1)営業地域の地理的広がり(=規模)と(2)系列関係によって特徴づけられる。営業地域の地理的広がりが地域・広域・全国と広がるにつれて、医薬品卸の規模は大きくなる。系列関係は、メーカー資本が入り込んだ「(i)メーカー資本系列卸」、資本関係がほとんどないが仕入れ金額が多い「(ii)メーカー仕入れ系列卸」、独立系の卸が中小卸への資本参加や業務提携を進めた「(iii)有力卸系列の卸」という三つに区分できる。
これら三つの経営特性をもつ卸が、異なる時期に異なる再編成を行っている。第一次再編成のときは、地域ブロック単位の地域有力医薬品卸が、メーカーの資本参加により広域化を目指していた(メーカー資本系列卸の登場)。第二次再編成の前半は、地域レベルで展開している「メーカー仕入れ系列卸」が広域化を進めた。そのとき、メーカー資本系列から脱皮し、相対的に自立化した卸が登場したのである。第二次再編成の後半は、広域有力卸が地域への営業力を強化するために、地域卸と業務提携や資本参加をおこなって「有力卸系列の卸」が登場した。
このように医薬品卸の再編成過程において、異なる経営特性をもつ卸が、異なる時期に異なる方向性にむけて提携・合併を進めていった。つまり、医薬品卸の再編成は、まったく異なったパターンを含む三つの再編成過程であったと理解できる。
3.卸間競争の基軸移動と新しい基盤づくりの必要
(1)メーカー系列の後退と卸経営の脆弱性
これまでの分析で1980年代は流通系列化の強化から緩和に向かう転換期であったことを理解した。しかし、本来、流通系列化はメーカーと卸売業双方に経営・マーケティング的な利点をもたらすはずである。なぜ流通系列化が機能せず経営が不安定になり、前節までにみたような再編成が進行したのだろうか。
その答えの一つは、医療機関への納入価格を巡る卸売業どうしの激しい価格競争である。価格競争に突入すれば、企業は十分な利益を得られなくなるだろう。それでも医薬品卸は価格競争を避けられない状況にあった。その理由は以下の通りである。
医薬品卸は、(i)同質的な医療機関との取引が多いために品揃えも営業力も他社と差別化できず、(ii)メーカーの系列のもとで主体性を失いメーカーへの依存度を高めていった。そのため、医薬品卸は差別化の困難性や経営基盤の相対的な脆弱性を甘受せざるをえなかったのである。こうした医薬品卸経営の弱さを表面化させたのが1980年代以降の環境変化であろう。大幅な薬価引き下げと大病院への患者集中という変化が、大病院への納入競争、すなわち価格競争につながったのである。この価格競争への対応が規模拡大のための提携・合併という動きであり、その帰結としてもたらされた状況が流通系列化の緩和である。
つまり、メーカー系列化は医薬品卸を価格競争から抜け出せることができず、そのなかで医薬品卸の経営の安定をもくろんだ規模拡大はメーカー系列の枠を相対化させ、いっそうの再編成を促進するという循環を生じさせた。しかし、たとえ年商1000億円水準の規模に達しても、その経営の不安定性は解消されていない。
(2)競争の基軸移動と新しい卸機能開発の必要
医薬品卸は価格競争に直面し、それに対応するために提携・合併による規模の拡大を続けてきた。提携・合併による規模の拡大は、売上げ規模を拡大してメーカーからの仕入れ条件(リベート等)の有利さを確保することを意図している。そこで、メーカーからの仕入れ条件の有利さを確保するためには、二つの競争目標を設定しなければならない。
売上げ規模を拡大するための第一の競争目標は、「地域シェアの獲得」である。医薬品卸は、地域シェアの獲得にむけて、(i)営業拠点の地理的拡大と(ii)特定地域におけるシェアの獲得を進める。1990年までの医薬品卸の競争は、これら二つの軸を巡って展開した。
ところが90年代にはいると、別の競争目標が設定される。第二の競争目標は、「顧客シェア」の獲得である。医薬品卸は、顧客シェアの獲得にむけて品揃えを拡大し、メーカー系列を越えたフルライン卸になろうとした。
じつは、競争目標が地域シェアから顧客シェアへと移ることで、卸売業の活動内容が根本的に変化する。これまでの活動内容が営業・情報伝達中心だったのとは異なり、病院向けの業務・管理サービスや調剤薬局の運営システムの開発・提供といったサービス面が強化される。近年の商物分離の進行や物流システムの整備は、そのための準備といえよう。
こうした医薬品卸の活動の変化は、メーカーの営業代理機能から顧客(医療機関)支援機能へと卸機能の在り方が転換していくことを意味している。医薬品業界で求められる新しい機能をめぐって異分野からの参入も予想されており、医薬品卸の機能転換は、この新たな競争に向けて取り組むべき課題と言えるだろう。
以上
【注】三村優美子氏:青山学院大学 経営学部教授
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