第30号「新しい商業地」の形成メカニズム(2003年04月18日発行)
執筆者 | 小宮 一高 香川大学 経済学部 助教授 |
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目次
1.はじめに ―「新しい商業地」とは何か?―
商業地とは,一般的に,小売業やサービス業の店舗が高い密度で集まっている地域のことを指している。具体的には,商店街やショッピングセンターといった商業施設が,これに当てはまる。これらの施設は,複数の店舗が空間的に集まることによって,買い手の多目的購買(1回の買い物で多くの商品を購買するスタイル)や比較購買(1つの買い物において,複数の店舗を回って情報を収集し,購買するスタイル)に適応したものであり,私たちの生活に不可欠な存在として,社会的に大きな役割を果たしている。
このような商業地の様子は,近年,暗いトーンで語られることが多い。各地に存在する伝統的な商店街の多くが売上や人出を減少させており,その傾向は近年さらに加速しているようである。これまでにも各種の行政施策をはじめとした商店街活性化が試みられてきたが,その成果は限定的なものとなっている。また,急速な発展を遂げてきたショッピングセンターも,近年は売上の伸び悩みに苦しんでいるし,秋葉原・日本橋といった家電街も,郊外型店舗の台頭など競争環境の変化が顕著であり,新たな取り組みが求められている。
しかし,このような商業地の中にも,買い物客でにぎわい,次々と新しい店舗が開店していく地域がある。大都市の商業地,特に既存の商業地の周辺部に発展している「新しい商業地」が,それである。具体的な例を挙げれば,東京では裏原宿をあげることができるだろう。原宿の竹下通りから,南東方向に10分ほど。「プロペラ通り」や「遊歩道」と呼ばれる通りは,以前閑静な住宅街であった。それが1990年代半ばから,店舗がポツポツと現れ始め,現在では多くの店舗が集積し,多くの買い物客でにぎわっている。また,大阪でいえば,堀江界隈に同じような集積形成が見られる。90年代後半の時期,かつては家具の街として知られた通りに次々と新しい店舗が開店し,人通りの途絶えていた街に若者が集まるようになってきた。堀江界隈も大阪ミナミの中心からは5~10分ほどの場所に位置している新興の商業地である。
本稿では,あまり知られることのない「新しい商業地」の事例を紹介し,その形成メカニズムを簡単に説明したいと思う。
2.新しい商業地の形成事例:大阪・アメリカ村の形成
「新しい商業地」の特徴を挙げるとすれば,次の2点になるだろう。
①既存商業地の周辺部に形成されていること
②ある時期から急速に集積形成がおこなわれること
このような特徴をもつ「新しい商業地」の形成をより具体的にイメージしてもらうために,大阪・アメリカ村の形成事例を簡単に見ておくことにしよう。アメリカ村の形成は,新しい商業地形成の先駆けとして捉えることのできる事例である。
○大阪・アメリカ村の形成
大阪中心部の商業地は大きく「キタ」と「ミナミ」に区別されるが,アメリカ村はミナミの中心地である心斎橋地域から見て西側に位置する。より具体的には,北側を長堀通り,東は御堂筋,南は道頓堀川,西は四つ橋筋に囲まれた地域(西心斎橋1丁目,2丁目)であり,主に店舗が密集しているのは通称三角公園を中心とした半径100メートルほどの地域である(図1参照)。
現在のアメリカ村は若者向けのカジュアルファッションや雑貨を取り扱う店舗が軒を連ね,関西一円から集客する主要商業地の1つである。訪れる人たちの大半は10代後半の若者たちで,彼らの中には独特のファッションで着飾ってくる者も多い。
このアメリカ村が存在する地域は1970年代以前には商業施設のほとんど存在しない地域であった。その場所には,当時から商業の中心地であった心斎橋筋商店街に店を構える商業者達の倉庫や駐車場,あるいは一般の住居などが大部分を占めていた。しかし70年代になると,その場所にアメリカ製の商品を並べる店舗がいくつか開店し始める。それらの小売業者の多くは若者であり,アメリカに心酔し,アメリカの地から直接商品を仕入れてきた人たちであった。これらの店舗は,当初はそれほど話題となるものではなかったが,70年代の後半から80年代初頭にかけて全国的にサーファーファッションのブームが訪れると状況が一変する。これらの店舗がにわかに注目を浴びるようになり,多くの買い物客を集めるようになったのである。それまでは数えるほどであった店舗がこのブームを契機に増加し,「アメリカ村」という呼称がいつしか定着するようになった。このころには遠く東京や広島,九州方面からも買い物客が訪れたという。
また80年代から90年代になると,アメリカ村にも中央資本の有名店が出店するようになる。「無印良品」(1983年),「ビームス」(1988年),「タワーレコード」(1990年)といった店舗がアメリカ村に彩りを加えていく。そして1993年には大型商業施設である「ビックステップ」が開業する。現在では,アメリカ村は大阪ミナミにおいてもっとも集客力のある商業地の1つに数えられるようになったのである。
3.「新しい商業地」の形成メカニズム
以上のような新しい商業地は,どのようなメカニズムで形成されていくのだろうか。新しい商業地の形成に関する研究は,まだその緒に就いたばかりであり,未解決の問題も多い。しかしここでは,簡単にその形成メカニズムの概観を示してみたい。
新しい商業地の形成を捉える上でポイントとなるのは,店舗の立地行動である。一般的に商業・サービス業の店舗は,他の店舗の近隣に立地しようとする集積の傾向がある。これは他店が吸引した買い手を,自分の店舗にも引き込む可能性ができるからに他ならない。このような集積的な立地行動が商業地を形成することになる。 しかし,このような集積的な立地行動が若干異なった形で行われるときに,新しい商業地形成のきっかけが生まれることになる。今,図2のような2重の円を考えることにしよう。内側の円は既存の商業地である。多くの店舗が立地しており,人通りも多い。そして,その外側の円は商業地の周辺部である。住宅や駐車場,倉庫,事務所など,店舗以外の施設が多い地域である。
一般的に店舗の出店者は,既存の商業地の中に店舗を構えたいと考える。既存の商業地はすでに人通りが多く,店舗に買い手が集まらないというリスクが少ないからである。他方で,店舗の開店や維持にかかるコストは高くなる。場所の保証金や賃貸料は高く,組合費などがかかる場合もある。
ここでポイントとなるのは,既存商業地を避け,その周辺部を選択する出店者である。ここでは,そのような出店者が周辺部を選択する理由を次の3つのタイプに分けてみよう。
①経済的理由型:
既存商業地での開店費用や店舗維持費用が賄えなえず,周辺部に立地するタイプ
②周辺環境選択型:
既存商業地の画一的・固定的な周辺環境が,開店する店舗のイメージと合わない,また,出店者の個人的な嗜好とあわないことから周辺部に立地するタイプ
③企業家型:
将来的にその場所が発展すると考え,投機的に周辺部に立地するタイプ
実際の出店者の中にはこれらの要因をすべて考慮している人たちも多いが,いずれのタイプにおいても共通するのは,店舗経営者が商業地の周辺部に店舗を出店することである。このような店舗は,上記のような理由で既存商業地への出店は避けるが,他方で,あまりにも商業地から離れると集客が難しくなるため,商業地の周辺部を選択するのである。
このような周辺部の店舗は,あまり目立つこともなく,ひっそりと営業していることが多い。しかし,何かのきっかけで,その店舗に多くの買い手が集まるようになると,その地域がにわかに注目を浴びるようになる。買い手が集まり,その買い手を引き込もうと次々と店舗が開店する。それがさらなる買い手を呼び・・・という循環が発生し,新たな商業地が形成されるのである。
このような商業地の変化は,商業のダイナミックな性質をよく表している。人々は新しい店舗を求め,多くの経営者は買い手の吸引を虎視眈々とねらっている。その2つが商業地の周辺部で重なり合ったとき,一気呵成に新しい商業地の形成が始まるのである。
このような新しい商業地は,一般的には,若者たちの集まる街となるケースが多い。それ故,この場所になじみのない人たちにとっては,訪れるのに少々の勇気が必要だろう。しかし,その地域に見られる店舗経営者と買い手との活気は,他の商業地には見られない種類のものである。休日に少し勇気を出して,新しい商業地を訪れてみてはどうだろうか。思わぬ発見があるかもしれない。
以上
【主要参考文献】
- 秋山秀一・小宮一高「大阪・ミナミにおける『市』の創造」『ファッション環境』Vol.10-3,2000年
- 小宮一高「アメリカ村商業地域の形成」『K0BE BUSINESS SCHOOL CASE SERIES』2001-06,2001年
- 小宮一高「商業地における空間的変化と空間構造」『香川大学経済論叢』第74巻第4号,2002年,pp.309-330
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