第514号 日本ではなぜ、CLO(物流担当役員)が定着しないのか?~(2023年8月22日発行)
執筆者 | 久保田 精一 (合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表社員 城西大学経営学部 非常勤講師、運行管理者(貨物)) |
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目次
- はじめに
- ■CLO設置を国が後押し?
- ■本当にCLOは少ないのか?
- ■米国における管理層の状況
- ■なぜ日本でCLOが根付かないのか。
- ■CLO設置を企業経営の常識に
はじめに
CLOはChief Logistics Officerの略で、「物流(ロジスティクス)担当(執行)役員」などと訳される。
米国等では役員級の「CLO」が物流を所掌する場合が多いとされているのだが、一方、日本企業では、物流を所掌するのは多くの場合、物流部長など「部長級」に留まっている。
これを単純化して言えば「日本では物流のトップが役員になれない」ということであり、日本企業における物流軽視の傾向を、非常に分かりやすい構図で示しているとも言える。
ただし、この「CLO問題」は特に目新しい話ではなく、実は以前から繰り返し議論されてきたことでもある。筆者の記憶では、少なくとも2000年頃には業界内で広く問題意識が広く共有されていたと思う。参考までに書誌情報を色々と調べてみたところ、物流専門誌の「流通設計」(現在は廃刊)に1995年から「CLO養成講座」という連載が掲載されていた記録を確認することができる。少なくともこの時期にはCLOという言葉が業界内では知られていたということである。
ところで、「CLO」という呼称には個人的には強い違和感を受ける。というのも、現代の企業実務に照らすと、米国にせよ日本にせよ、役員レベルが所掌する領域としては、物流オペレーションのイメージが強い「Logistics」はいかにも狭い印象であり、需給等を含む「SCM」と言うほうが適切だと思えるためである。このような「語感のズレ」は、この「CLO問題」が古くから議論されてきたことと密接に関係している。日本でSCMという用語を部署名や役職名に使えるほどに広く市民権を得たのは、せいぜい2000年代の中盤以降のことである。米国でも、専門団体であるCLM(Council of Logistics Management)が、名称から「Logistics」を外してCSCMP(Council Of Supply Chain Management Professional)に衣替えしたのは2005年のことである。「CLO」という呼称は、このように現代的でない印象が否めないのだが、これまでの議論の経緯を尊重し、本稿では「SCM担当役員」などもひっくるめて「CLO」と呼称することとする。
■CLO設置を国が後押し?
さて、このように古くからある「CLO問題」に、最近改めて注目が集まる出来事があった。
2024年問題を間近に控え目下、物流クライシスへの対策が喫緊の課題となっているが、このような背景から、国交省や経産省等が連携し「持続可能な物流の実現に向けた検討会」という組織を立ち上げ、様々な施策を検討している。執筆時点では施策の方向性が「中間取りまとめ」として公表されたところである。
この「中間取りまとめ」には様々な観点での施策が盛り込まれているが、そのうちの1つとして挙げられているのが「経営者層の意識改革を促す措置の検討」という項目である。その具体的な内容は「発荷主事業者に物流管理統括者(役員クラス)の選任を義務づけること」であり、まさに「CLOの設置」とも読み取れる内容となっている。「物流管理統括者」の具体的な内容は今後の検討次第ではあるものの、今後の展開によっては、CLOの設置を国が後押しするような流れも期待できるかもしれない。
■本当にCLOは少ないのか?
ところで、ここまで、日本にはCLOが少ないことを自明の前提として話を進めてきたが、これはそもそも事実なのだろうか? 業界内部の実感としては「疑いがない」という印象であるものの、念のために確認しておくことにしよう。
ここでは、週刊ダイヤモンド(2022年3月12日)の掲載された「上場企業の物流担当役員リスト」のデータをもとに検証を行うこととする。同記事では、「役員情報を開示している上場企業3900社のうち、物流関連の担当が命じされている役員」を抽出し、職名・個人名をリストアップしている。該当する人数は100名程度となっている。
3900社のうちの100名というのでも十分に少ないのだが、リストを精査すると、「CLO」に該当しないようなケースも多く含まれていることが分かる。具体的には、「物流会社の物流事業担当役員」「不動産会社の物流施設担当役員」「SCMソフトウェアの担当役員」などである。また、「購買・品質・CSR・物流担当役員」などのように、兼任者の所掌事務の一部に物流が含まれている場合も少なからず含まれている。そこでこれらを除外して、純粋なCLOに該当するケースをリストアップして見たのだが、その総数はわずか50名程度という結果となった(図表2)。上場企業3900社のうち荷主企業がどの程度の割合を占めるか確認していないが、仮に半分だとしてもCLOを設置しているのは2~3%ということになり、その比率は非常に低いと言わざるを得ない。
この人数を他の役職と比べると、さらに少なさが際立つ。
CLOと同様に特定の機能・職掌を担う役員としては、CFO(最高財務責任者)、CTO(技術担当役員、最高技術責任者)、CIO(情報統括役員、最高情報責任者)などがあるが、例えば、日本CFO協会には5,911人の会員が参加しているということ等を踏まえると、CLOより遙かに多いことが推察できる。
仮に「日本CLO協会」を組織しようとしても、現在の日本の状況では100名を集めることも難しいかもしれない。悲しいかな、これが日本におけるCLOの実情である。
■米国における管理層の状況
続いて米国における状況を見てみよう。
なお、米国ではすでに経営層が物流を担うことが通例であり、CLOの実態についてことさら調べた調査があるわけではない。そのためここでは、企業における物流管理層の実態をある程度反映していると思われる、業界団体の調査結果を紹介する。
冒頭にも述べたとおり、米国における物流関連の代表的な団体はCSCMPであるが、そのCSCMPが2014年に、会員の属性について実施した調査結果がある。CSCMPは主に荷主企業の物流専門家が個人資格で参加する団体であることから、この調査結果は、非常に大雑把にいえば米国企業における物流管理層の傾向を反映していると考えることができる。
図表3は回答者の職位を示したものだが、最も多いのが「Director」であり、全体の1/4を占めることが分かる。Directorは一般的に「取締役」に相当する職位であり、「Officer=執行役員」とは位置づけが異なるものの、広い意味で役員クラスが中心である実態を反映しているように思う。
ちなみに、この調査では他にも興味深いデータが紹介されているのだが、その一例が図表4に示す、回答者の学位である。Ph.DやMasterの学位取得者が多いことが目に付くが、この点はここでは触れない。むしろ注目すべきなのは、「Logistics専攻」の多さである。図表から分かるとおり、学位のレベルに関わらず、全体の半数がLogisticsの学位を保有しているのである。Logistics専攻の学位を有しているということは、キャリアの初期から専門分野を選んだということであり、そのような人材が企業内で物流の責任ある地位に就任しているというのは、日本におけるキャリア形成の実態と大きく異なる重要ポイントである。
そもそも日本には物流専攻の学部・学科が極端に少ないが、それに加え、他の専門分野の人材を、ジョブローテーションにより物流部門長に任命するケースが非常に多い。そのため、仮に日本で同種の調査をしたとしても、ロジの学位を有する割合は非常に低いはずである。
■なぜ日本でCLOが根付かないのか。
これまで見たきたとおり、日本にはCLO(のような役割)が定着していないことは確実だと思えるが、では、その原因は何だろうか。「物流軽視」が一つの(重要な)要因であることは確かであるが、ここで指摘しておきたいのは、日本の雇用環境の影響である。
周知のとおり日本企業(特に大企業)では、現在でも新卒一括採用(的な)雇用慣行が主流である。そのため、役員への就任というイベントを、社内における出世レースの文脈と切り離して議論することは難しい。会社員がキャリアを通じて高い成果を上げたうえで、様々な幸運があって初めて射止めることができるのが役員というポストであり、そこに至るまでには激しい社内競争が繰り広げられるというのが、人事的な文脈における実態である。
このような「社内ポスト」として役員を位置づけると、CLOのような職位が成立するのは難しいことが容易に想像できる。というのも、多くの企業では物流部門は少人数で運営されているうえ、物流専門職のような採用を行っている企業もごく少数である。そのため、そもそも物流に特化したキャリアパスが企業内に存在しない場合が多い。物流部門で出世して役員になる、という、その前提自体が成り立ちにくいのである。
■CLO設置を企業経営の常識に
しかしながら、このような実態が、現代における企業統治のあり方と相容れないことも指摘しておかなければならない。
CLOを始めとした執行役員は、株主総会により選任された取締役会のもとで経営を執行し、取締役会に報告するというのが、企業統治の大前提である(図表5)。このような前提に立つ限り、どのような執行役員が必要であるかは、企業全体の資本効率あるいは企業価値向上の観点から、取締役会が決定するのが本筋である。上述のような社内事情は二義的な論点でしかない。ある企業にCLOが必要かどうかは、「ロジやSCMに力を入れることによって、企業価値が上がるかどうか」で決めるべきであり、それを決めるのは最終的には株主である。
CLO設置と企業統治の問題はここで述べたほど単純ではないのかもしれないが、一方で、マネジメントへのグリップの強い企業──例えば外資系企業や、所謂プロ経営者のように、経営トップに強いリーダーシップがある企業──では、CLOに強い権限が与えられている傾向があることは、筆者の経験上、かなり確実である。また、図表2に挙げた中に、優れた企業統治で知られた企業が多々含まれていることもその傍証である。株主主導での企業統治には異論があるかもしれないが、ステークホルダーによるマネジメントのグリップが弱いことによって、企業価値が損なわれているとするなら、日本経済の発展を阻害する問題だと言うこともまた、否定しがたい事実である。
最近、企業経営を巡っては「人的資本経営」など様々なキーワードが生まれているが、CLOの設置も企業経営の「新たな常識」の一つとなるよう、その重要性に対する認識が広まることを期待する次第である。
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