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第462号 物流業における「同一労働同一賃金」の実務的対応(前編)(2021年6月22日発行)

執筆者  長谷川 雅行
(株式会社日通総合研究所 経済研究部 顧問)

 執筆者略歴 ▼
  • 経歴
    • 1948年 生まれ
    • 1972年 早稲田大学第一政治経済学部卒業 日本通運株式会社入社
    • 2006年 株式会社日通総合研究所 常務取締役就任
    • 2009年 同社顧問
    保有資格
    • 中小企業診断士
    • 物流管理士
    • 運行管理者
    • 第1種衛生管理者
    活動領域
    • 日本物流学会理事
    • (社)中小企業診断協会会員
    • 日本ロジスティクス研究会(旧物流技術管理士会)会員
    • 国土交通省「日本海側拠点港形成に関する検討委員会」委員ほか
    • (公社)日本ロジスティクスシステム協会「物流技術管理士資格認定講座」ほか講師
    著書(いずれも共著)
    • 『物流コスト削減の実務』(中央経済社)
    • 『グローバル化と日本経済』(勁草書房)
    • 『ロジスティクス用語辞典』(日経文庫)
    • 『物流戦略策定のシナリオ』(かんき出版)ほか

 

目次

1.はじめに

(1)「同一労働同一賃金」への取り組みの遅れ

  「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(以下、「パートタイム・有期雇用労働法」という)により「同一労働同一賃金」が定められ、大企業は2020年4月から、中小企業は2021年4月から施行されている。
  正規・非正規労働者間の不合理な待遇格差を禁じる「同一労働同一賃金」制度は、以前は「労働契約法」で定められていたが、「働き方改革」に向けて関連法を整備する際に、当該規定は条文ごと、「労働契約法」から「パートタイム・有期雇用労働法」に移行された。
  物流業界の中小企業比率は、日本物流団体連合会「数字でみる物流2000年版」を見ると、トラック運送事業で99.9%、倉庫業で91%と高く、業界全体としては「同一労働同一賃金」は2021年4月から施行と考えてよいだろう。
  物流業界における「同一労働同一賃金」の推進割合については、統計調査等が見当たらないので何とも言えないが、北海道新聞が2021年3月に道内主要企業240社に対して実施した調査(回答190社)によれば、大企業・中小企業を含めて、同制度について「既に対応している」「対応する予定」とした企業は計54.3%に留まっている。
  これは一例でしかないが、おそらくは中小企業の多い物流業界においては、さらに取り組み実態が遅れているのではないかと推測され、早急に取り組む必要がある。
  全日本トラック協会のホームページを見ると、2021年3月に会員向けの「同一労働同一賃金」対策動画を配信しているようであるが、取り組みが遅いのではないかと心配でならない。

(2)行政による事業主への助言・指導など

  「労働契約法」には罰則規定がないので、労働者が「同一労働同一賃金」について争うには裁判しかなかった。物流業界における具体的な裁判事例としては、ニヤクコーポレーション事件(2017年)、ハマキョウレックス事件(2018年)、長澤運輸事件(2018年)がある。
  今次、「労働契約法」から「同一労働同一賃金」に関する条文が移された「パートタイム・有期雇用労働法」も罰則規定はないが、迅速に労働者を救済するために「行政による事業主への助言・指導等」や「裁判外紛争解決手続(行政ADR)」が整備されている。
  具体的には、「同一労働同一賃金」に不満を持つ労働者が、時間外賃金の未払い等と同様に労働基準監督署に駆け込めば、労働基準監督署が指導に乗り出すこともあり、ADRで「和解金を払う」ということである。
  労働基準監督署が立ち入り検査すれば、他の事案にも波及するかも知れない。厚生労働省によれば、労働基準監督署が立ち入り検査した道路貨物運送業のうち、8割で労基法違反(長時間労働、時間外賃金等の不払い等)が、6割で改善基準告示違反が、毎年のように発見されている。そのような実態からみれば、「同一労働同一賃金」問題が、行政罰のある「労基法違反」、運輸支局への相互通報制度により車両停止等の行政処分対象である「改善基準告示違反」に発展する恐れは大きい。
  なお、本稿では、参考資料として掲げた「同一労働同一賃金まるわかりBOOK」(東京商工会議所)に従い、通常の労働者(無期雇用・フルタイム労働者)を「正社員」、有期雇用労働者全般(パートタイマー・アルバイト・契約社員・嘱託社員等含む)、無期雇用のパートタイマーを「短期・有期雇用労働者」と表記する。貨物自動車運送事業法でいう「運転者」は、ドライバーと表記する。

2.働き方改革関連法改正と実務的対応

  筆者は、2019年に本ロジスティクス・レビュー誌で「働き方改革関連法改正と実務的対応」を連載したが、そのうち下記の3回にわたって「同一労働同一賃金」への取り組みについて提起した。

第421号 働き方改革関連法改正と実務的対応(その2)【前編】 (2019年10月10日発行)
  1.はじめに
  2.「同一労働同一賃金」に関わる働き方改革関連法
  3.同一労働同一賃金ガイドライン

第422号 働き方改革関連法改正と実務的対応(その2)【中編】(2019年10月24日発行)
  3.同一労働同一賃金ガイドライン(つづき)

第423号 働き方改革関連法改正と実務的対応(その2)【後編】(2019年11月7日発行)
  4.「パートタイム労働者・有期雇用労働者」雇用管理のコツのコツ
  5.終わりに

  関心のある方は、バックナンバーで再読されたい。
  当時の判断材料は、2018年の最高裁判例(上記、ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件。以下、「2018年最高裁判例」という)と、厚生労働省の「同一労働同一賃金に関する指針」(2018年12月28日 厚生労働省告示第430号。以下「ガイドライン」という)しかなかったが、その後、新たな「労働契約法」の裁判例(最高裁・高裁)が出された。
  「ガイドライン」は抽象的な内容であり、「2018年最高裁判例」も全ての賃金・手当・賞与・退職金・休暇等をカバーしているわけではなかったが、今回の裁判例(以下、「2020年最高裁判例」という)では、賃金・手当・賞与・退職金・休暇等について、個別具体的に踏み込んだ判決となっており、実務的対応には大いに参考になる。
  とくに、「ガイドライン」概要で、「このガイドラインに記載のない、退職手当、住宅手当、家族手当等の待遇や、具体的に該当しない場合についても、不合理な待遇差の解消等が求められる」と書かれているが、まさに、それらの取り扱いが「2020年最高裁判例」では示されている。
  前回では、「2018年最高裁判例」「ガイドライン」も詳述したが、「2020年最高裁判例」を踏まえて、もう少し具体的・追加的に述べることにしたい。
  なお、裁判そのものは、「労働契約法」に基づいて提訴されたが、条文の内容は「パートタイム・有期雇用労働法」でも変わりはないので、この判例に基づいて行政(厚生労働省・労働基準監督署)が事業者に助言・指導することになる。

3.「2020年最高裁判例」を読み解く

  「2020年最高裁判例」は、大阪医科薬科大学事件・東京メトロコマース事件・日本郵便事件の3例(5事件)である。それぞれ、事業者の業種・業態や、労働者が従事する業務内容も異なるが、筆者の独断と偏見では、

①大阪医科薬科大学事件は、「事務所業務における短期・有期雇用労働者」
②東京メトロコマース事件は、「物流センター業務における短期・有期雇用労働者」
③日本郵便事件は、「ドライバー業務における短期・有期雇用労働者」

の「同一労働同一賃金」への取り組みの参考になると思われる。
  そこで、「2020年最高裁判例」のポイントと各判例の概要を述べることにする。

(1)総論「2020年最高裁判例で留意すべきポイント」

  2020 年10 月13 日に大阪医科薬科大学事件・メトロコマース事件、同年10 月15 日に日本郵便(大阪・東京・佐賀)事件の5つの最高裁判決があった。
  いずれも前述のように、事業者の業種・業態や、労働者が従事する業務内容が異なる「個別」の労働条件に関する司法判断が下されたものである。「同一労働同一賃金」という雇用形態間に存在する待遇格差の是正に取り組むときに、幾つかの留意すべきポイントが示されている(以下、下線は筆者による)。

①比較対象となる正社員
  「2018年最高裁判例」などでは、比較対象となる正社員が同じ業務を行う者か、正社員全員なのかで判断が分かれていた。
  「2020年最高裁判例」では、比較対象を原告(労働者)が指定した同じ業務を行う正社員(私は、同じ仕事をしている正社員の〇〇さんと比べて)としている。そのうえで、その他の多数の正社員については「その他の事情」として考慮している。

②判断の基準
  「2020最高裁判例」では、各待遇の趣旨・目的に応じて、幾つかの判断基準が示されている。

A.「職務の内容」「人材活用の仕組み」等の相違に加え、「正社員の人材確保」という目的を重視し、短期・有期雇用労働者への不支給を不合理ではないとしたもの(賞与・退職金)

B.各待遇の趣旨・目的が短期・有期雇用労働者にも該当することから、「職務の内容」「人材活用の仕組み」等に関わらず、正社員と同様の支給をすべきとしたもの(年末年始勤務手当、年始祝日給、夏期冬期休暇)

C.長期継続勤務の期待と継続勤務確保を目的とした給付であり、相応に継続的な勤務が見込まれる短期・有期雇用労働者には正社員と同様の支給をすべきとしたもの(病気休職、扶養手当)

  正社員としての長期的な人材育成・確保を目的とした賞与・退職金について、「職務の内容」等の違いをはじめ、様々な要素を勘案したうえで、短期・有期雇用労働者との待遇差を「不合理ではない」との判断が示されたことは、事業者にとって好ましいと言えよう。
一方で、
「年末年始勤務手当や夏期冬期休暇等に関してはその趣旨・目的が正社員以外にも当てはまることを理由に、短期・有期雇用労働者にも支給すべき」
「扶養手当(家族手当)は、相応に継続的な勤務が見込まれる短期・有期雇用労働者にも支給すべき」
との判断が示されたことは、事業者の「同一労働同一賃金」への取り組みに大きな影響を与えることが想定される。

③パートタイム・有期雇用労働法に沿った判断
  「パートタイム・有期雇用労働法」第8 条では、基本的に「職務内容」、「人材活用の仕組み」、「その他の事情」をもとに待遇差の不合理性を考える点は、「労働契約法」第20条と同じである。
  異なる点として、職務内容等のうち「待遇の性質及び目的に照らして適切と認められるものを考慮して」不合理かどうかを判断することが定められている。「パートタイム・有期雇用労働法」第8条(下記【参考】の通り)でいう「それぞれの待遇」とは、賃金・手当・賞与・退職金・休暇・福利厚生・教育訓練等の「一つ一つの待遇」のことである。
  また、「不合理と認められる相違を設けてはならない」とは、「合理的でなければならない」ことではない。つまり、待遇の格差が「不合理とは言えない」のであればよい(例:賞与・退職金)

【参考】パートタイム・有期雇用労働法 第8条(不合理な待遇の禁止)
  事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

  そこで、「2020年最高裁判例」にあたっては、個別具体的な労働条件にまで踏み込んで、パートタイム・有期雇用労働法第8 条に沿ったものと考えられる。
  本ロジスティクス・レビュー誌第421~423号にも書いたが、自社の待遇差を検証するうえで、今回の「2020年最高裁判例」に照らして、各処遇や制度それぞれの趣旨・目的を今一度、確認・チェックしてみる必要がある(後述の図1ステップ2参照)。

(2)各判例の概要

  表1は、5事件の「2020年最高裁判例」を取りまとめたものである。日本郵便事件は、大阪・佐賀・東京の3事件をまとめて記した。


表1 2020年最高裁判例
*画像をClickすると拡大画像が見られます。

(3)大阪医科薬科大学事件(正職員・契約職員・アルバイトは、同大学の雇用区分)

①事件の概要
  大学の教室事務における正職員と時給制アルバイトの待遇格差(「賞与」「業務外の疾病による欠勤中の賃金不払い」「夏季特別休暇」の3点)が、「労働契約法」第20条に抵触するかが争われた事件である。

②判決の概要
  判決は、
〇賞与→不合理ではない(高裁は「不合理」判決だったが、最高裁では「不合理ではない」判決に)
〇業務外の疾病による欠勤中の賃金→不合理ではない(同上)
〇夏季特別休暇→不合理
とされた。

③筆者の考察
  最高裁で、「賞与」の格差(アルバイトは不支給。契約職員は正職員の80%)が「不合理でない」とされたのは、「賞与の性質は『業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払い、一律の功労報奨、将来の労働意欲の向上などの趣旨を含む』であって、賞与の支給目的は、『正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る』であり、職務の内容、配置の変更の範囲をみると、原告の業務は相当に軽易で、一定の相違があったことは否定できない」という理由による。
  また、「業務外の疾病による欠勤中の賃金」格差(アルバイトは不支給)が「不合理でない」とされたのは、「正職員は、長期間継続就労し、将来にわたって継続して就労することが期待されていることを照らし、生活保障を図り雇用維持を確保する目的がある。また、(アルバイト・契約職員から)正職員登用制度もある。アルバイトは、長期雇用を前提とした勤務を予定しているとは言い難い」という理由による。
  「夏季特別休暇」については、最高裁では判断しておらず高裁判決が確定しているが、「夏季特別休暇の趣旨が我が国の蒸し暑い夏に休暇を付与し、心身のリフレッシュを図るとともに帰省・家族旅行等の便宜を図るものであるので、年間を通じてフルタイムで勤務しているアルバイトに付与しないことは不合理」とされた。
  物流業に限らず、アルバイトに夏季特別休暇を付与している事例は少ないので、この点は留意する必要があろう。
  同事件では、事業者(大学)側が、正職員・契約職員・アルバイトごとに予め就業規則を作成・届出していたこと(正職員の職務内容が多岐にわたるのに対し、アルバイトの職務内容は単純業務であったこと)、正職員登用制度に実績があったことも判決に影響したと推測される。

※中編(次号)へつづく


(C)2021 Masayuki Hasegawa & Sakata Warehouse, Inc.


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