ロジスティクス・レビュー

第411号 トラック会社の運賃交渉、値上げ交渉の進め方(2019年5月9日発行)

執筆者 久保田 精一
(合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表 / 城西大学経営学部 非常勤講師 / 運行管理者(貨物))
    執筆者略歴 ▼

  • 著者略歴等
    • 熊本県出身
    • 1995年 東京大学 教養学部教養学科 卒
    • 1995~1996年 国土交通省系独立行政法人
    • 1997~2004年 財務省系シンクタンク(財団法人日本システム開発研究所)
      産業振興、物流等の調査業務を担当
    • 2004~2015年 公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会 JILS総合研究所
      物流コスト、物流システム機器等の調査業務を担当
    • 2015年7月 独立

目次

1.はじめに

  2017年以降、運賃値上げを巡る動きが続いている。宅配便の値上げに始まり、日本郵便や路線大手、さらには地場のトラック会社まで値上げの動きが拡がりつつある。とはいえ経営状況を改善するほどの値上げは、一部の大手を除いて実現できていない。逆に中堅以下のトラック会社では、働き方改革によりドライバーの労働時間を削減する一方で、給与、燃料費、用車費用が大きく上昇した結果、原価アップが収益を圧迫しているケースも目立つ。
  マクロ的な状況を俯瞰すると、国内の景気動向は今のところ堅調だが、グローバルな経済指標からは先行きの不透明感が増している。従ってトラック会社としては、荷主に経済的な余力がある今のタイミングで値上げを進めておきたいところである。そこで本稿では、運賃交渉の状況を確認したうえで、トラック会社が荷主と運賃交渉を進めるうえで抑えておくべきポイントを整理しておきたい。

2.運賃改訂を巡る動き

  運賃の値上げを巡っては、国・行政主導でこのところ大きな動きが続いている。例えば2017年に標準貨物自動車運送約款が改訂され、「待機時間料」等の収受が明確化されたが、これも待機や付帯作業の料金交渉を推し進める施策である。直近では2018年12月に貨物自動車運送事業法の改正案が国会で可決成立し、トラック運送の「標準的な運賃」を告示する制度が導入される見込みとなったことも記憶に新しい(なおこれは2023年までの時限措置である)。ところで国が定める標準運賃、いわゆる「タリフ」は1999年(平成11年)に告示されたものが最後で、それ以降は制度廃止により同様の公定運賃は存在していない。改正法で言う「標準的な運賃」がどのような性格のものになるかは本稿執筆段階では明らかではない。また、従来のタリフのようなものが公示されたとしても、例えば当局が荷主に指導する基準となるなど、法的強制力を発揮するものになる可能性は低いと思われる(ただし、トラック会社による運賃届出の場面を除く)。
  とはいえ現在でも旧タリフが運賃交渉の基準として利用されている実態があるため、新たに示される「標準的な運賃」が旧タリフを置き換えることになれば、運賃交渉の現場では荷主に対して有形無形の圧力を及ぼすはずである。その影響は無視できないものになるだろう。

3.運賃交渉の進展

  続いて、足下での運賃交渉の進展状況を確認してみよう。
  荷主側の動向について見ると、例えば日本ロジスティクスシステム協会(JILS)が、「物流コスト調査」の中で「値上げ要請の動向」を調査しているデータが参考になる(注1)。これによると、回答企業224 社のうち197社が「値上げ要請を受けた」と回答しており、さらに値上げ要請を受けた197 社のうち、188 社は「要請に応じた」と回答している(注1)。一般的に荷主は複数の物流会社と取引をしていることから、取引先の物流会社のうち値上げに応じた割合はこれよりも低くなるはずだが、とはいえ、値上げの動きが広汎に拡がっているように見受けられる。
  ではカウンターパートとなるトラック会社側はどう対応しているだろうか。これについては、例えば国土交通省が実施した「トラック運送業における原価計算に関する調査」の中で、「契約条件見直し交渉の有無」の調査が行われている。同調査によると、見直し交渉が「ある」と答えた企業が70.3%で、「ない」の29.0%を大きく上回っている(下図)。同調査では「見直し交渉のうち成功例の割合」についても調査されているのだが、この結果によると、成功の割合が「2割前後」とする回答が31.7%、「ゼロに近く、ほとんどうまくいかない」が31.7%に留まっており、交渉が苦戦している様が伺える(注2)。
  このように、業界全体としては交渉が進んでいることが伺える一方、企業ごとの実態にはかなり濃淡があることが分かる。


出典:国土交通省「トラック運送業における原価計算に関する調査報告書」

注1:日本ロジスティクスシステム協会「2018 年度 物流コスト調査報告書(速報版)」、2018年
注2:国土交通省「トラック運送業における原価計算に関する調査報告書」2017年3月

4.交渉がなぜ進まないか

  交渉の進み具合にこのような濃淡が生じているのは何故だろうか。理由としては、「コスト負担力の荷主による違い」、「トラック会社の値上げへの姿勢の如何」、「運送サービスの種類による競争環境の違い」、など様々なものが挙げられるだろう。これらいずれも重要なポイントではあるが、輸送分野や企業規模を問わず業界全体に共通する問題はトラック会社の価格交渉力がバラバラであり、社長など特定メンバーの手腕頼りであることである。
  これまでトラック輸送は長期に亘り買い手優位の市場であった。そのため、トラック会社の側から値上げを持ちかけることは難しかった。これは他のデフレ市場にも共通するが、売り手側は市場価格として決まる運賃を受動的に受け入れる以外の選択がなく、そのため、価格交渉のスキルを培う機会が無かったのである。
  このような問題を踏まえ、行政も交渉力の強化に向けた支援を行っている。例えば国交省で「トラック運送事業者のための価格交渉・ノウハウハンドブック」(注3)という冊子を作成するなどである。このような取り組みは業界としては歓迎すべきものであるが、交渉自体は民間企業同士の取引そのものとも言えるテーマであり、行政の支援に多くを期待するのは難しい。やはり当事者たるトラック会社が自ら問題意識を持ち、営業担当者の教育等を通じて、自社の交渉力を高めることが必要だろう。

注3:国交省「トラック運送事業者のための価格交渉・ノウハウハンドブック」
 http://www.mlit.go.jp/common/001170940.pdf

5.交渉のポイント

  以上で述べた観点から、ここからはトラック運送会社が自らの交渉能力を高めるため、交渉に際して留意すべき初歩的なポイントをいくつか述べる。なおいわゆる交渉術については、「ハーバード流交渉術」(ロジャー フィッシャー他著)をはじめ様々な文献・テキストが存在する。価格交渉に留まらず荷主との交渉力を高めるためには、これら既存文献に当たったうえで自社に合う手法について研究すると良いだろう。

①値上げの根拠を示す
  値上げ交渉を行う場合は、なぜ値上げが必要かという根拠が必要である。また、値上げ幅の金額についても同様に根拠が要る。原則的に企業間の交渉においては、根拠のない提案を押し通すことは難しい。
  何故なら、例えば値上げの提案を受けた荷主担当者は、会社に持ち帰って上司に説明するなどして提案の諾否を具体的に検討することになるわけだが、社内を説得する際には相応の根拠が求められるからである。「トラック会社の○さんが言っているから」というだけでは難しいのである。
  このように値上げ交渉に当たっては合理的根拠が求められるわけだが、根拠として最も重要なものは言うまでもなく「原価の上昇」である。これは、メーカーが消費財を値上げする際に「原価」を全面に出して説明していることからも明らかであろう。よってトラック会社は、自社の原価状況を数値をもって説明し、値上げが必要な背景を理解してもらうことに、まず取り組むべきである。
  これに加えて、様々な法令、コンプライアンス上の問題も根拠となりうる。例えば、「働き方改革によって改善基準に対する指導が強化されていること」、「荷主責任の追求が強化されていること」等である。上で述べた約款改正によって付帯作業時間に相当する料金収受が必要となっていることも、同様に根拠となりうる。
  このうち改善基準への抵触は重要なポイントだが、荷主に説明する際には少し工夫が必要である。一般に荷主担当者は改善基準の細かい内容までは知らない方がほとんどである。物流部長など上層部はなおさらである。よって改善基準上の問題については、例えば当該荷主の運行パターンについてフローチャートで整理し、工程上どこで改善基準を守るのが難しいかを示すなど、分かりやすく伝えることが必要である。

②選択肢を用意する
  交渉には選択肢が必要である。例外は、期限を切って「YESかNOか」を迫るという、「最後通牒戦術」と呼ばれるような交渉パターンだが、運送サービスのように継続的な受託関係を前提とする場合には、このような手法を採用することは難しいはずである。複数の選択肢を示し、WIN-WINの姿勢で交渉に臨むことが望ましい。
  交渉の選択肢としては、「10%の値上げで駄目なら8%」というように、金額にバリエーションを付けることが考えられる。このような価格的バリエーションも選択肢だが、より重要なのは、価格以外での選択肢である。例えば、「値上げしてくれたら○○をします」というような「交換条件の提示」、「値上げしないなら代わりに○○してください」というような「代替案の提示」などである。
  選択肢を用意すべきである理由は、荷主にも社内の事情があるからである。例えば「予算の都合で今年は運賃は上げられない」というような場合である。この場合にも、他の選択肢を示せば受け入れてもらえる可能性が出てくる。例えば「運賃は上げられないが、待機を抑制することは出来る」「発注量を増やすことは出来る」といったケースである。
  ところで、価格以外の選択肢を示すことに対しては、「値上げが難しくなるのではないか」という懸念を持たれるかも知れない。しかし実態は必ずしもそうではない。上記の例で言えば、待機抑制を確実に実現するのは、担当者にとってはかなりのプレッシャーである。言い方は悪いが「カネで解決する」という選択肢の方が担当者にとっては魅力的かもしれないのである。

③決裂時の代替案(BATNA)を考慮する
  「契約が切られたらどうするのか」という不安が先に立って交渉できないという会社も多いだろう。実際に値上げ交渉の結果、契約を切られるケースがままあり(注4)、トラック会社としては当然の懸念と言える。
  とはいえ、契約の継続を絶対視することが正しいとは言えない。契約を切られないことを最優先にすると、無理な低価格受注を続けて行かざるを得ず、結果的に特定荷主への依存度がどんどん高まり、更に契約を切れなくなる、という悪循環に陥る(下図)。
  このように、「交渉決裂時に代替案がない」ということ自体が、そもそも経営上のリスクなのである。
  決裂時の代替案(これをBATNAという)は、具体的には、「求貨求車システムで荷物を獲得する」、「同業他社から仕事を回してもらう」、「減車してリストラする」といった事が考えられるが、いずれにせよ、代替案を具体的に検討することで自社のリスクを相対化することができ、交渉に冷静に臨むことが可能となる。

注4:注2の調査結果を参照。

決裂時の代替案がないことによる悪循環

④力関係・強みの考慮
  交渉結果は力関係で左右される。言うまでもないが、(一般的には)力関係で優位に立つ側が交渉を有利に進めることができる。
  ここで言う「力関係」は会社、あるいは担当者のパーソナリティを含む様々な要素を総合した概念である。この構成要素は様々だが、トラック運送を想定した場合に特に重要な要素は「相互の依存度」である。すなわち、「荷主がトラック会社に依存している」ケースではトラック会社が有利になり、逆に「トラック会社が経営的に荷主に依存している」ケースでは荷主が有利になる。依存度は売上面(売上依存度、荷主から見ると委託割合)、技術面(技術的依存度)が中心だが、人材の受け入れといった業務とは直接関係ない部分が重視される場合もある。まずは自社が特定荷主にどの程度依存しているか、といったポジションの確認が必要である。
  次に、トラック会社のビジネスモデルが優位性を発揮する場合がある。宅配や路線便などはその典型であり、特に宅配はビジネスモデル的に「ネットワーク効果」が生じるためトラック会社に強い優位性が生じる。ただしビジネスモデルの強みは宅配など大手企業には限らない。中小の事業者であっても、例えば「輸送と保管業務を包括受託する」など3PL的なビジネスモデルを採用することで優位性を発揮することができる。
  小規模な事業者は「自社には特記するような強みはない」と思われるかも知れないが、上の例でも見たように、必ずしもそうではない。トラック運送では、競争相手は自社と同じような規模・業態のトラック会社であることがほとんどである。全国的な大手と争うわけではないから、同業他社よりも少しでも優位なポイントがあればそれが強みとなりうる。例えば、「荷主業界の事情を知っている」「納品現場に詳しい」「経験が豊富なベテランドライバーが多い」「いざという時に車両が確保できる」-、といった様々な優位性の蓄積が自社の強みとなるのである。

⑤交渉力の確保
  力関係は、トラック会社の交渉力によっても左右される。交渉力は担当者の生得的なパーソナリティに依存する面もあるが、人材教育や交渉の事前準備など、意識的に取り組むことで強化することが可能である。
  交渉力を高めるうえで特に重要なポイントは、「交渉担当者にきちんとミッション、責任と権限が付与されていること」である。曖昧な目的意識、権限しか与えられていないなら、如何に交渉上手な担当者でも力を発揮することはできない。そもそも、権限のない担当者は相手から譲歩を引き出すことは出来ないはずである。「この荷主とは契約を切られてもいいから、○%以上の値上げを実現させる」といったように、明確なミッションを付与して交渉に当たらせることが必要である。
  ところで、この問題はトラック運送業の特性として同族経営が多い事も関係する。経営上の権限がオーナーに集中しているため、担当者に曖昧なミッションしか与えられていない場合は、交渉に失敗した時のリスクを回避することを優先するのが当然である。逆にオーナーの立場から見ると、「営業担当者に交渉力が不足しており権限を付与するのが難しい」といった場合もあろう。この場合はオーナー自身が交渉に当たるしかない。
  以上で述べた他のポイントとしては、担当者の専門知識の高さなど人材教育も重要である。少なくとも原価の動向など基礎的な情報力で荷主に負けることがないように、教育・学習を進めることが必要であろう。

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  さて、以上では荷主との運賃交渉に当たって必要な主要ポイントのみを整理してきた。これらの事項をカバーするのは、トラック会社の多忙な実態から見るとハードルが高いように感じられるかも知れないが、運賃は会社の将来を左右する最大の経営課題であり、リソースを割いて取り組む意義はあるのではないだろうか。また、交渉力の大前提は事前準備である。事項を事前に社内で検討し、資料を整理して交渉に臨むことが、交渉を優位に進めるうえで、やはり重要である。

以上



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