第336号 第2回 物流ビッグデータのゆくえ-連載「二極化する物流」-(2016年3月22日発行)
執筆者 | 山田 健 (山田経営コンサルティング事務所代表 流通経済大学非常勤講師) |
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目次
1.巧みなキーワード戦略
古くはQR(Quick Response)とECR(Efficient Consumer Response)、さらにはSCM(Supply Chain Management)へ。最近ではS&OP(Sales &Operations Planning)。冒頭からヨコモジ言葉の羅列で恐縮であるが、これは物流にかかわるITキーワードの変遷である。ある意味、物流の進化とはITとそのキーワードの進化であるとも言える。最近の物流現場は、こうしたITに主導されて作業の効率化が図られてきたのは確かである。その点でITキーワードの貢献はきわめて大きい。
ただ、QRとSCM、そしてS&OPの間に明確な違いがあるのかと言えば、いま一つすっきりしない。ITオンチと言われてしまえばそれまでであるが、とくに最近のSCMとS&OPの違いなど、筆者は何度聞いてもよく理解できない。
ただ一つはっきりしているのは、IT業界はこれらキーワードと連動して製品を開発させてきた事実である。つまり、新しいキーワードの登場とともに、業界を挙げて新しい製品を開発し売り出す。それを学者やコンサルタントが理論面から煽り立て、バックアップする。
別に示し合わせたわけではないのであろうが、この見事な連携によって業界全体が潤っていく。誠に巧みな戦略構造ができあがっているようにみえる。ユーザーは以前のソフトとの本質的な違いもよくわからないまま、流れに乗り遅れまいと新製品に飛びつく。
へそ曲がりの発想かもしれないが、筆者には実に巧みな「キーワード戦略」と思える。いい意味で、キーワードに皆が踊り踊らされながら、ビジネスが拡大していくのであるから、それはそれで大変結構なことなのであろう。むしろ新しい「コンセプト作り」が苦手な物流業界などは大いに参考にすべき戦略である。
2.IoTとビッグデータ
ところで、最新のITキーワードといえば、「IoT(Intenet Of Things:モノのインターネット)」と「ビッグデータ」であろう。モノのインターネットは、従来は主にパソコンやサーバー、プリンタ等のIT関連機器が接続されていたインターネットにそれ以外の様々な”モノ”を接続する技術である。
すでに、テレビやデジタルカメラ、デジタルビデオカメラ、デジタルオーディオプレーヤー、DVDプレーヤー、スマホ、タブレット端末等のデジタル情報家電のインターネット接続は当たり前である。そのネット上をデジタル化された映像、音楽、音声、写真、文字情報が飛び交い、伝達されているのはあらためて説明するまでもない。
これを産業界に展開しようとしているのが本来の意味でのIoTであろう。世界の製造業大手は工場の設備や鉄道などのインフラにIoT技術を活用し、ネット経由で稼働状況のデータを解析して、運用効率化を提案するサービスに着手している。
もう一つのキーワードの「ビッグデータ」はこのIoTと密接に関連している。ネット経由で収集されるテラバイト(1テラバイトは約1,000ギガバイト)級の膨大なデータは、もはやExcelやAccessなどの表計算・データベースソフトで素人が解析できるレベルを超越している。その膨大なデータの中から、一定の法則や傾向を見つけ出していこうとする技術やビジネスを総称してビッグデータと呼んでいるのである。解析には、多変量解析などの統計学にくわえ、分析ツールやデータ処理基盤を使いこなす能力、ビジネスを理解した上で問題を発見し解決できる能力、データ分析で得られた知見を他人に伝えるコミュニケーション能力などを備えた「データサイエンティスト」というスペシャリストがあたる。
3.GEからロボコップまで
コマツはビッグデータ解析で米ゼネラル・エレクトリック(GE)と提携し、世界の鉱山にある生産設備の稼働データをインターネットから収集して共同分析する。採掘から物流、発電まで鉱山全体の最適な運用を実現し、生産コストを1割削減するという。
コマツが大型ダンプトラックに取り付けたセンサーから集めた稼働状況を、米国内にあるGEのデータセンターに送信する。解析結果をもとにトラックのルートや配置を最適化するほか、地面の状況に合った速度やブレーキのかけ方を算出し、取り付けた制御装置によって燃費を向上させる。
コマツ単独の分析でも燃費を5%向上できるが、GEのビッグデータ解析を組み合わせることで13%程度の改善につなげる見込みである。トラックを300台導入するような大規模鉱山では、燃費の1%改善で燃料コストを年間5億円程度削減できるという(2015年4月18日日経電子版より)。
操業状況を細かく把握することで、鉱山内の発電量を削減し、鉱物の運搬に使う鉄道の運行本数の無駄も省ける。鉱物の採掘から港湾での積み出しまでの滞留や在庫を減らし、運営コストを引き下げる計画である。
身の回りの例では、気象衛星「ひまわり」から送られてくるデータを活用した天気予報などはビッグデータの最たるものであろう。また、アマゾンなどは個人別購買データを収集、分析して「この商品を買った人はこんな商品も買っています」といった関連購買情報を提供している。将来的には、新商品発売の際に過去の購買履歴から個人別に購買予測を行い、事前に購買予定者の近隣の物流センターへ在庫を配置しておき、受注前に発送してしまうという「受注前予測発送」まで構想しているという。
2014年に公開された映画「ロボコップ」では、主人公のロボコップ「アレックス・マーフィ刑事」がお披露目の席に集まった群衆の中から、指名手配犯を「顔認証」で脳内データベースと照合して見つけ出し射殺してしまうというシーンがあったが、これもビッグデータ活用の一例であろう。
そういえば、ウェアラブル端末「グーグル・グラス」にも同じような話があった。ビッグデータを活用すれば、フェイスブックなどでネット上に蓄積された「顔画像」とグーグル・グラスに取り込んだ歩行者の顔を照合させ、個人情報を瞬時に表示させることも技術的には不可能でないという。
フェイスブックやSNSをやっていないから安心というわけではなく、他人がアップした写真に一緒に写っていた画像や、関係のないサイトに登録した個人情報などがどこでどうやって検索されるかは予測困難である。そんな「危ない」グラスをかけている人間が街中をうろついていたら物騒この上ない。わざわざ「不審者扱い」されるような代物を購入する人はいないだろうから、グーグル・グラスが今年1月に発売中止となったのもうなずけるところである。
まあ、この話題については専門家でない筆者がこれ以上書くとボロがでそうなのでこれくらいにしておこう。
4.物流とビッグデータ
話が脇道にそれてしまったが、今回のテーマは「物流ビッグデータ」である。IT業界のビッグデータの波は物流業界にも押し寄せてきている。ただ、その活用方法には物流というよりは、SCMや販売予測といった従来からの取り組みの延長にあるものも含まれており、整理して理解する必要がある。ここでは、物流に直接関連する事例についていくつか紹介する。
(1)宅配便のコスト分析にビッグデータを活用
大手宅配A社では、宅配便事業の収益構造を正確に把握して経営分析に役立てるため、ビッグデータを活用している。通常、宅配便の単位収支は、収入を原価で割ることによって計算できるが、これでは個々の荷物の収支はわからない。本来、個別の収支がわからなければ、契約料金や運賃テーブルがどこまで正確に原価を反映しているかを確認することはできない。そのため、一般的には「共通社内原価」のようなものを設定して代用しているのが実態である。
そこで発送荷物1個単位で収支を把握し、採算性の分析や運賃設定に反映させていこうというのがA社のビッグデータ活用戦略である。
荷物単位の収支を把握する際の問題は原価である。宅配便の個別運賃は容易につかめるが、個別原価を正確に把握するのは至難の業である。理由の第一は、宅配便の原価の大半を占める固定費にある。宅配便の集配車、仕分けを行うターミナル、ターミナル間を走行する幹線車のほとんどは荷物があってもなくても運行、運営しなければならない。固定費を宅配便の個数で割りかえして1個当たりの原価を求めるのであるが、固定費であるがゆえ、処理個数により単位コストは大きく変動する。また、この固定費はある段階で変動費にも「変身」する。貨物量が一定量を超えれば集配車も幹線車も増加するからである。
さらに複雑なのは、荷物は一つ一つ発送元も届け先も異なることである。それにともない、集配距離、幹線車の輸送距離、通過するターミナルの数も違ってくる。同社は以前にも詳細な実績情報をデータベースにため込んで経営分析に使おうと試みたことがあったが、当時のIT環境では実績データや膨大なデータの解析に時間がかかり過ぎて、十分な活用には至らなかった経緯がある。
A社はビッグデータの活用によってこれらの課題を克服した。その結果、意外な発見もあったそうである。一般的に、配達コストは配送密度の低い地方で割高になると考えられていたが、実際は持ち戻りの比率や人件費、協力会社への委託単価などが影響してくることがわかったという(参考:ロジビズ2015年1月号)。
ビッグデータにより、宅配便の個別原価という「未知」の分野へのアプローチが可能になった意義は大きい。
(2)全社の運行情報と作業進捗をリアルタイムで把握
日本通運㈱は、デジタコとスマートフォンを連携させて、車両の運行情報と作業進捗をクラウド上でリアルタイムに管理するシステムを開発した。
同社は、2004年に全車両にデジタル式運行記録計を利用した運行管理システムを導入した。しかし、労務管理や諸費用の支払いなどを行なうシステムとの互換性がなく、同じ情報を別々のシステムに入力しなければならないなどの重複作業が発生していた。
新システムでは、同社の所有する約1万台の車両に専用のスマートフォンを配備し、スマートフォンと連動するデジタル式運行記録計を搭載した。スマートフォンのデータは、車両を管理する各拠点に自動的に送信されるため、GPSによる位置情報や集荷・配達時に発生する待ち時間もリアルタイムに把握できるようになった。この結果、待ち時間が一定時間を超える場合には、他の作業ルートへの変更が瞬時にできるなど、柔軟かつ効率的な作業管理ができるようになったという。
さらに、IC付き運転免許証から必要な情報を抽出するシステムを導入し、始業点呼時の本人確認や安全指導が的確にできるなど、運行管理業務の高度化を図った。既存の勤務管理システムや他の社内システムとインターフェイスすることによって、労働時間管理や給与計算などの後方事務処理の省力化も実現した。
新システムを活用し、集配作業時間、運行時間、燃費などの作業関連情報を蓄積することにより、CO2排出量のデータや物流コスト削減に向けた解析データなども詳細に提供することが可能となるそうである。
さらには、運行データや積荷データなどを一元管理することで、日本国内全域の物流動向を把握し、物流拠点設置などの判断材料として活用することも見込んでいるという(参考:日本通運HP)。
5.ビッグデータの陰で
華々しい事例を紹介してきたが、残念ながらこのような先進的取り組みは物流業界のごく一部と言わざるを得ない。大半の物流会社ではビッグデータどころではない、というのが筆者の実感である。
そもそも物流業界では「数字で語る」習慣が定着していない。データにもとづいた議論というのは物流事業者のもっとも不得意とする分野である。極論すれば、物流はことごとくが経験と勘、そしてアバウトの世界である。少しでも論理的な話をしようものなら、「あいつは理屈っぽい」と排除されてしまうのがオチである。「オレは数学が苦手だから運送会社に入ったんだ」と豪語する社員も多い。これはもう習慣というより文化といった方がいいかもしれない。
ある倉庫会社では、数10万ケースに及ぶ製品在庫を物流センターに収容できるかどうかで幹部が4日間も議論して結局結論がでなかったという。ある人は収容できるといい、ある人はできないと主張する。誰も数字にもとづいて話をしていないので結論がでるわけがない。どのくらいのサイズの製品をパレットにいくつ積んでどう配置し、通路はどのくらいで、と論理的に積み上げていけば答えは自ずと明らかになる。きわめて当たり前のことであるが、そのような習慣が身に付いていないのである。
とくにメーカーと交渉する際は、数字をベースに論理展開しないと相手にされない。メーカーは数字で語ることがDNAとなっているからである。論理で動いている相手にこれでは、槍で鉄砲に立ち向かうようなものである。
6.まずは「数字で語る」習慣を
私事で恐縮であるが筆者は現在、ある物流業界団体向けに「物流データ分析入門」という講座を提供している。データ分析の基本中の基本を学び、身に付けることが、まっとうな業界として生き残ってくために必須の条件との思いからである。他にこのような講座自体ほとんど見当たらないのも動機の一つであった。
講座では、グラフの種類や各種平均の計算方法から始まって、在庫のABC分析、物流センター内の生産性向上まで、どれも物流業者にとってごく常識の手法を演習を交えながら学んでいく。まだ始めたばかりであるが、物流データに絞った講座は新鮮なようで、いまのところ受講者の反応は悪くない。講座を通じて「数字で語る」習慣を少しでも業界内に定着できるよう、微力を尽くしていきたいと考えている。
以上
(C)2016 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.