第286号 消費増税とドライバー不足(2014年2月18日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 (株式会社日通総合研究所 経済研究部 顧問) |
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目次
1. 消費増税前の駆け込み需要
2014年を迎え、各社とも4月の消費増税に向けて、その対応の準備に忙しいと思う。新聞等では、消費者向けに住宅や耐久消費財、日用品・食品に至るまで、早めの購入を煽るような記事が増えている。そこで、さまざまな商品で増税前の駆け込み需要が生じ始めている。
1月9日の日経新聞では、「小売業が4月の消費増税前の駆け込み購入の需要を取り込むために商品在庫を増やす。良品計画や大塚家具、ヨドバシカメラといった大手が家具や家電の販売増を狙って体制を整備するほか、百貨店は春物衣料を前倒しで売り出す。増税後には消費の冷え込みも懸念され、3月末までの商機を逃さずとらえようと競争が激しくなりそうだ」と報じられている。
筆者のような世代では、オイルショック時のトイレットペーパー買い占めや、バブル時の住宅建設ラッシュが思い出されてならない。そして心配なのは、この駆け込み需要に対してトラックの輸送能力が対応できるか、ということだ。
これまで、トラック運送業界では規制緩和以降(もう20年も前の話だが)の新規参入増加により、恒常的に供給過剰の状態が続き、競争激化による運賃低下をもたらしてきた(と言われ続けてきた)。それが、最近では大きく変化しているような気がしてならない。
2. 構造的なドライバー不足
政府の統計によれば、わが国は2004年から人口が減少している。既に7年以上の人口減少が続いていることになる。既に生産年齢人口は1990年頃から減少しており、人口減少よりも、この「働き手の減少」という人口構成の変化が経済成長や、企業の労働力確保に大きな影響を与えている。
とりわけ物流業は、その大半が労働集約的な産業であり、生産年齢人口の減少による影響による構造的な労働力不足が、ジワジワと足元に迫っている。
図1 年齢3区分別人口割合の推移(出生中位・死亡中位推計)
出所)「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」
国立社会保障・人口問題研究所
わが国では、1,000千人余りがトラック運送業で働いている。全日本トラック協会の資料によれば、そのうち73.3%がドライバー(運転手)である。
最近の業界紙誌などを見ても、「ドライバーが集まらない」との声が多い。東北(岩手・宮城・福島)では東日本大震災の復興関連で、ダンプカー・建設関連などの運転手が逼迫していることが大きな理由のようである。首都圏・近畿圏・中京圏・北九州圏などでは、製造業・建設業など、他産業との求人競争で「せり負けている」こともあるのではなかろうか。
国土交通省の「輸送の安全向上のための優良な労働力(トラックドライバー)確保対策の検討報告書」(2008年9月)では、2015年度ではドライバーが141千人不足すると推計されている。
同報告の発表直後に、リーマンショックが起こったこともあり、あまり深刻には捉えられなかったが、最近では「2015年危機」とまで言われ始めている。141千人は、現在のドライバー数の約18%に相当する。つまり「5人に4人しか集まらない」「5台のトラックのうち、1台はいつも遊んでいる」という事態を招くことになる。
仮に、高校を出て18歳から65歳までの47年間、ドライバーとして働くとすると、単純平均で約16千人が毎年、高齢でドライバー職を退くことになる。つまり、毎年少なくとも16千人の新規雇用(補充)が必要となる。ところが、16千人を補充するどころか、国土交通省の上記予測では2年先には、その10倍近い141千人が足りなくなる。
3. 2014年度のドライバー需給見通し
全日本トラック協会が昨年末に発表した「最近のトラック輸送に係る緊急調査(速報)」では、以下のように述べられている(図2)。
①昨年の同時期と比較して、12月期の「貨物量が増加」とする事業者は約4割にのぼり、運賃は約10%前後の事業者が上昇(改善)傾向にあるとしている。地域別では、東北・中国・九州ブロックにおいて運賃水準が改善したと回答した事業者が目立つ。荷主側からは「運賃を上げてでも輸送力を確保してほしい」とする実態も確認されている。
②年明けの需要に対して輸送力が確保できないとする事業者は34.5%、年明け後の運賃動向が上昇すると回答した事業者は11.9%となっている。
図2 全ト協「最近のトラック輸送に関わる緊急調査(速報)」
実際に、アベノミクスで景気が上向いて輸送量が増えたのか、昨年末には、「車両・ドライバー不足で、貨物が運べない」状況が現れ始めている。冒頭の消費増税前の駆け込み需要は、この状況に拍車をかけることになるのではないか。
2014年度の国内貨物輸送量は、日通総研の見通しでは、消費増税による反動のために「対前年度比で1.9%減少する」とされている。多くの荷主も、4月に入れば輸送需要が落ち込んで、車両・ドライバー不足は緩和されると見ているようである。
ところが、総務省のサービス産業動向調査によると、道路貨物運送業の従業員数は、昨年も一貫して減少していることを示している。前年同月比でみれば、2012年は7~8%減、2013年は2~3%減である(直近は、昨年12月発表の10月速報で-2.7%)。
ということは、貨物輸送量の減少を上回って、ドライバー数が減少しているのだ。上記全ト協の緊急調査結果を見ても、ドライバー需給が今後さらにタイトになることが懸念される。経済動向によって多少の需給の緩和はあるものの、構造的な理由により労働力不足が長期化することは人口統計が示している。
4. 過去の教訓に学ぶ
好況時には、ドライバーは長時間労働で低賃金であるトラック運送業から、製造業(期間工)・建設業などの他業種に転職しがちである。ドライバーが足りなければ、トラックを増車するわけにもいかない。トラック運送業者は限られた自社車両・傭車を、少しでも実入りの良い、あるいは車両回転率の上がる仕事に回そうとする。
バブル期には、手積み手卸しが嫌われて、トラックを集められず商品を運べない荷主もいた。今でも、「手積みで積込みに2時間、取卸しも納品先での手待で2時間」などという事例が散見される。「ライン・ツー・ラインの生産ライン直付けで、同一工場内で数カ所卸しのため合計3時間」というメーカーもある。年末には、量販店の物流センターで「4トン車で、鏡餅3000個を4時間かけて卸してマイッタ、マイッタ」などとボヤくドライバーがいた。駆け込み需要でドライバー不足になれば、このような荷主は真っ先に影響が生じよう。
1997年4月に消費税が3%から5%に引き上げられた時も、直前の3月に駆け込み需要が増えて、貸切トラックの供給が追いつかず、一時的(緊急避難的)にロット貨物が特別積合せ(路線)業者やJRコンテナに流れて滞留した。また、そんな光景が見られるかもしれない。
トラック運送業者側も、2~3月の駆け込み需要を運べるか不安視している。もともと3月下旬から4月初めは引越シーズンで、通称4トンのバン車需要がタイトになる(CVS等の専用配送車両・特別積合せの集配車両を除く)時期である。まして、上述の中型免許の問題もある。しかし、この時期に荷主からのオーダーを断ると、4月以降に反動で輸送需要が落ち込んだときのシッペ返しが怖いので、懸命に傭車を探すであろうが、それも限界がある。
荷主・トラック運送業者とも、出荷(受注)調整、傭車、ドライバーの長時間労働等によって(まさか、最大速度違反や過積載はさせないだろうが・・・)、この3月は乗り切っても、3項で述べた中長期的(慢性的)に続く構造的な労働力不足は解決されない。
デフレ脱却そして経済成長(アベノミクスの3本目の矢)実現のため、政府は年明け早々、経済界に対して賃上げを要請している。そこで、「基本賃金は上げないが賞与で反映する」等も含めて、人件費予算の見直しを始めた企業も多い。
賃上げは、各企業だけでなく、そのパートナーであるサプライヤーやトラック運送業者にも広く行き渡り、国民全体が景気回復を実感しなければ、GDPの太宗を占める個人消費には火がつかず、デフレからは脱却できないと思う。
既に1月12日付の日経新聞では、「トラックの運賃が上昇している。主力路線では昨夏以降1割ほど高くなってきた。(中略)原油価格が上昇したことで燃料が高めとなったことも響いている」と報じられている。
この2月は各企業とも2014年度予算の策定時期で、物流費予算の編成に入っている荷主もあろうと思う。この時期を逃すと、年度の途中で「トラックが集まらないので」と予算外支出をする羽目にならないとも限らない。物流部門として、トラックを集められずに「しまった」と思うことのないように、トラック運送業界の動向をしっかり見極めて、手を打つことが求められよう。
以上
【参考資料】
- 国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」
- 国土交通省「輸送の安全向上のための優良な労働力(トラックドライバー)確保対策の検討報告書」(2008年9月)
- 一般社団法人全日本トラック協会「最近のトラック輸送に係る緊急調査(速報)」(2013年12月)
- 総務省「サービス産業動向調査」各月
- (株)日通総合研究所「2013・2014年度の経済と貨物輸送の見通し」(2013年12月)
- 長谷川 雅行「物流業と労働力問題」(「流通ネットワーキング」2013年7・8月号)
- 大島 弘明「トラックドライバー不足の現状と今後」(「流通ネットワーキング」2014年1・2月号)
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