第544号 ~「負のスパイラル」から「正のスパイラル」へ~(中編①)(2024年11月19日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 (一社)日本物流資格士会 顧問 |
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目次
- 3.適正運賃での取引に向けた国土交通省などによる4つの支援策
3.適正運賃での取引に向けた国土交通省などによる4つの支援策
3.適正運賃での取引に向けた国土交通省などによる4つの支援策
「100日を切った物流の2024年問題」と前後して、国土交通省(以下、「国交省」という)などでは「我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議」が決定した「物流革新に向けた政策パッケージ」(2023年12月)等に基づき、矢継ぎ早に法令・告示等の改正・施行を進めている(一部は、2025年4月施行が予定されている)。とくに、適正運賃での取引に向けた国交省などによる(1)~(4)の支援策4つについて、時系列順に簡単に説明する。
(1)改善基準告示
自動車運転者の長時間労働を防ぐことは、労働者自身の健康確保のみならず、国民の安全確保の観点からも重要であることから、トラック、バス、ハイヤー・タクシー等の自動車運転者について、労働時間等の労働条件の向上を図るため拘束時間の上限、休息期間について基準等が「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(厚生労働大臣告示。以下「改善基準告示」という)として設けられている。
一方、脳・心臓疾患による労災支給決定件数において、運輸業・郵便業が全業種において最も支給決定件数の多い業種(2021年度59件、うち死亡22件)となるなど、依然として長時間・過重労働が課題となっている。また、ドライバーの過重労働を防ぐことは、ドライバー自身の健康確保のみならず、国民の安全確保の観点からも重要である。
繰り返すようであるが、厚労省では、「3カ月平均で月間80時間以上、または単月で100時間以上」の時間外労働により死亡した場合は、「過労死」として労働災害を認定する。6月にも、「過労死」として労災認定されたドライバーの遺族が、労災補償とは別に会社に「労働契約法の安全配慮義務違反」として損害賠償請求し和解解決した例があった(和解金は公表されていないが、通常は、損害賠償請求額の半額を下回ることはないようである)。月間80時間イコール年間960時間であり、労基法の上限規制を守っていても、労働契約法の「安全配慮義務」は免れないことになる。
改善基準告示は、前記の労基法改正に合わせて、2022年12月に年間拘束時間(原則3,300時間以内、例外でも3,400時間以内)・月間拘束時間(原則284時間以内)や休息期間(原則、継続11時間以内時間与えるよう努めることを基本とし、9時間を下回らない)等が改正された(2024年4月1日施行)。
なお、月間拘束時間284時間は、1日の労働時間・休憩時間を計算すると、年間時間外労働時間は960時間となり、労基法で定める年間上限と一致する)。
「改善基準告示はトラック運送業者に対する規制で、荷主には関係ない」と思っている荷主も多い。
改善基準告示の施行に先立って、国交省・全ト協では連名で「『自動車運転者の労働時間等の改善のための基準』(改善基準告示)遵守へのご協力のお願い」文書とリーフレットを全国約50,000社の荷主に配布している(2023年5月。図表7参照)。改善基準告示には荷主の責務は規定されていないものの、同リーフレットでは、労働基準監督署(以下、「労基署」という)
から荷主等へ要請を行う例として、以下の3点が明示されている。
①改善基準告示違反になるような長時間の荷待ちが疑われる場合は、労基準署から荷主等に対して「要請」を行う
②厚労省から国交省に情報提供を行い、国交省から荷主等に対して法に基づく「働きかけ」等を行う
③発荷主に加えて、着荷主や元請運送業者についても「要請」「働きかけ」等の対象になる
またドライバーの過労運転について、荷主の主体的な関与が認められる場合、国交省から後述のように貨物自動車運送事業法(以下、特記以外は「事業法」という)に基づいて荷主勧告書が発出され、荷主名及び事案の概要が公表されるので、決して他人事ではない。
図表7 荷主向け「改善基準告示」リーフレット
(出所)国土交通省・厚生労働省・全日本トラック協会資料
(2)標準的な運賃
2020年4月に告示された「標準的な運賃」については、これまでも説明してきたように、当初「2024年3月末」までの時限措置が、2024年4月以降も「当面の間」に延長された(延長期間は未定)。
「標準的な運賃」はトラックドライバーの賃上げの原資となる適正運賃を収受できる環境の整備が目的であり、2024年3月22日、1)荷主等への適正な転嫁、2)多重下請構造の是正等、3)多様な運賃・料金設定等を見直して告示され、6月1日から施行されている。
なお、以下は、説明上の都合で、「標準的な運賃」と「標準貨物自動車運送約款(以下、特記以外は「約款」という)等」を一部併記している(【運賃】は「標準的な運賃」に記載されており、【約款】は「約款等」に記載されていることを示しているので、参照されたい。また、筆者の感想を「筆者注」として記載した)。
1)荷主等への適正な転嫁
①運賃表を改定し、平均約8%の運賃引上げ【運賃】
②運賃表の算定根拠となる原価のうちの燃料費を(軽油1ℓ)120円に変更し、燃料サーチャージも120円を基準価格に設定【運賃】
(筆者注:改定前の「標準的な運賃」では軽油1ℓ100円で算定されていた。既に、前記のように1ℓ154円前後に高騰しており、今回の1ℓ120円でも原価割れが懸念される)
③現行の待機時間料に加え、公共工事設計労務単価表を参考に、荷役作業ごとの「積込料・取卸料」を加算【運賃】
④荷待ち・荷役の時間が合計2時間を超えた場合は、割増率5割を加算【運賃】
(筆者注:合計2時間は「発着合計」とされており、発荷主・着荷主の負担が不明確で、発着荷主間での「押し付け合い」もあると聞く)
⑤約款において、運送と運送以外の業務を別の章に分離し、荷主から対価を収受する旨を明記【運賃】【約款】
⑥「有料道路利用料」を個別に明記するとともに、「運送申込書/引受書」の雛形にも明記【運賃】【約款】
2)多重下請構造の是正等
①「下請け手数料」(運賃の10%を別に収受)を設定【運賃】
(筆者注:第一種貨物利用運送事業者(自動車)は、貨物自動車運送事業者(実運送業者)の運賃の10%を荷主から手数料として収受することか。逆に、「曾孫請け」の4次傭車の例では、当然として合計4割を引かれてしまわないか)
②元請運送業者は、実運送業者の商号・名称等を荷主に通知することを明記【約款】
③荷主、運送業者は、それぞれ運賃・料金等を記載した電子書面(運送申込書/引受書)を交付することを明記【約款】
(筆者注:下請代金支払遅延等防止法(以下、「下請法」という)の「書面交付義務」と同様か。なお、「多重下請構造」については利用運送~実運送間だけでなく、図表〇のように、センター内作業等にも散見される。トラック運送に関しては、8月23日から「トラック運送業における多重下請構造検討会」で検討が開始された)
図表8 物流センターにおける多重下請け構造の事例
(筆者作成)
3)多様な運賃・料金設定等
①「個建運賃」の設定等
ア)共同輸配送等を念頭に、「個建運賃」を設定【運賃】
(筆者注:EC通販などでは、着地拠点まで大型車が貸切運賃で輸送し、着地拠点から貨物軽自動車が個建運賃で宅配している。今回の「個建運賃」設定で、「通し個建運賃(例えば、東京→関西6府県は350円等)」になるのであろうか)
イ)リードタイムが短い運送の際の「速達割増」(逆にリードタイムを長く設定 した場合の割引)や、有料道路を利用しないことによるドライバーの運転の長時間化を考慮した割増を設定【運賃】
②その他
ア)現行の冷蔵・冷凍車に加え、海上コンテナ輸送車、ダンプ車等5車種の特殊車両割増を追加【運賃】
(筆者注:海上コンテナ輸送は、既に、距離制運賃で「20トントレーラの4割増」と告示されている)
イ)中止手数料の請求開始可能時期、金額を見直し【約款】
ウ)運賃・料金等の店頭掲示事項について、インターネットによる公表を可能とする【約款】
(3)標準貨物自動車運送約款
前記「標準的な運賃」の改正と同時に、2024年3月23日「標準貨物自動車運送約款等の一部を改正する告示」により標準貨物自動車運送約款が改正された。「標準的な運賃」と同日の6月1日から施行されている。
約款の改正点は、次の通り。
1)荷待ち・荷役作業等の運送以外のサービスの内容の明確化等
改正前の約款では、適正な運賃・料金の収受を目的として、待機時間、附帯業務等が具体的に規定されていた一方、「積込み」「取卸し」等の業務は、「第2章 運送業務等」において規定されていたため、運送業務と荷待ち・荷役作業等の運送以外の業務の区切りが不明確であった。このため、「積込み」「取卸し」等の運送以外の業務については、「第2章 運送業務等」から分離し、第3章を「積込み又は取卸し等」に改めた上で、第3章において規定することとした。また、これらの運送以外の業務が契約にないものであった場合、当該業務の対価を負担する主体についても不明確であったことから、トラック運送業者が運送以外の 業務を引き受けた場合、契約にないものを含め、対価を収受する旨を規定した。
2)運賃・料金、附帯業務等を記載した書面の交付
改正前の約款では、荷送人による運送の申込みやトラック運送業者による運送の引受けについては、明確な規定がなかった。このため、運送を申込む荷送人、運送を引受けるトラック運送業者は、それぞれ運賃・料金、附帯業務等を記載した書面(電磁的方法を含む。)である運送申込書、運送引受書を相互に交付する旨を規定した(運送申込書・運送引受書は図表9参照)。
3)利用運送を行う場合における実運送業者の商号・名称等の荷送人への通知等
改正前の約款では、利用運送を行う場合がある旨は規定されていたが、利用運送が行われた場合でも荷送人が実運送業者を把握することは困難であった。このため、利用運送を行う元請運送業者は、当該運送の全部又は 一部について運送を行う実運送業者の商号・名称等を荷送人に通知する旨を規定した。また、利用運送に係る費用は「利用運送手数料」として収受する旨を規定した。
4)中止手数料の金額等の見直し
改正前の約款では、荷送人が、貨物の積込みの行われるべきであった日の前日までに運送の中止をしたときは、中止手数料を請求しないこととされていたが、実勢に応じて、当該中止手数料の金額等を見直すこととした。
具体的には、
①運送引受書に記載した集貨予定日の前々日に運送の中止をしたときは、当該運送引受書に記載した運賃・料金等の 20 パーセント以内
②運送引受書に記載した集貨予定日の前日に運送の中止をしたときは、当該運送引受書に記載した運賃・料金等の30 パーセント以内
③運送引受書に記載した集貨予定日の当日に運送の中止をしたときは、当該運送引受書に記載した運賃・料金等の50 パーセント以内をそれぞれ収受できることとした。
(筆者注:「運送引受書記載の運賃・料金」とあるので、「運送引受書」を交付していないと請求できないことになる)
5)運賃・料金等の店頭掲示事項のオンライン化(省略)
「標準的な運賃」「約款」について誌面を割いて説明したのは、この2つが5項で述べるように、荷主との運送契約の基本となるからである。したがって、両者の改正点については、十分に理解されたい。
図表9 運送申込書・運送引受書の雛形
(出所)国土交通省資料
※中編②(次号)へつづく
【参考資料】
1.NX総合研究所「企業物流短期動向調査(2024年6月調査)」2024年7月
2.全日本トラック協会「第126回トラック運送業界の景況感(速報)」2024年8月
3.帝国データバンク「2024 年問題に対する企業の意識調査」2024年1月
4.厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和6年6月分結果速報」2024年8月
5.東京商工リサーチ「2024年度『賃上げに関するアンケート』調査」2024年8月
6.帝国データバンク「『道路貨物運送』倒産動向(2024 年上半期)」2024年7月
7.厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」2024年4月施行
8.全日本トラック協会「トラック運送業における契約書面化の基礎知識」2015年
9.その他、本稿で引用した内閣官房・内閣府・国土交通省・厚生労働省・経済産業省・中小企業庁・公正取引委員会等の資料・ホームページ。
10.長谷川雅行「500日を切った「物流2024年問題」前編・後編」2023年1月 ロジスティクス・レビュー第500・502号
11.長谷川雅行「100日を切った『物流の2024年問題』前編・後編」2024年1月 ロジスティクス・レビュー第523・524号
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