第80号変化を機会に変えて急成長したHP Direct Plus ~ビジネスモデルとサプライチェーンの革新~(2005年7月21日発行)
執筆者 | 竹尾 直章 日本ヒューレット・パッカード株式会社 業務統括本部長 |
---|
全三回でお送りしてきました、サカタグループ主催第10回ワークショップ「マーケティングとロジスティクスの新たな視点を考える」の講演内容 から、竹尾直章氏の「変化を機会に変えて急成長したHP Direct Plus ~ビジネスモデルとサプライチェーンの革新~」をご案内します。
目次
はじめに
本日は、1990年代にPCメーカが海外へ工場を出す流れの中で、逆にHPは海外の工場を日本に持ってくることによって変化の流れに対応してきたという話を、コンパック時代の流れを含めて、お話させて頂きます。
Ⅰ.日本のPC市場の変遷と今後
PCの業界も当初は互換性のない、それぞれメーカが独自の仕様でモデルを発表していましたが、IBMの互換機をはじめとして、業界標準PCの流れが起きてきてくると、PCのコモディティ化がどんどん進んで、価格も非常に安くなりました。新規参入もどんどん入ってきましたし、パーツが標準化して、各社製品の蓋を開けてみると同じ様なものが入っている状況になりました。結果、生産ボリュームが大きくなり、低価格化し、売上も販売台数も伸びていったのが90年代の前半の流れです。90年代後半以降は、競争がますます進み、販売台数としては増えても売上はフラット、下手すると下がってしまうという、成長から飽和への時代に入っていきました。
一時代前はPC業界も、売上の予想を立て、見込み生産をして、在庫を持って販売を開始し捌いていたところで次のロットに移っていくBTS(Build to Stock)が一般的でしたが、カタログベースで注文を頂いてから部材を確保して生産するBTO(Build to Order)が主流となり、今ではCTO(Configure to Order)、日本語でいうと注文仕様生産、オーダーメイドとなってきています。
Ⅱ.ゼロ成長時代の成長戦略
コンパックがこのような厳しい環境の中で、どのように日本で市場規模を伸ばしていくかについて、90年代後半コンパックではSWOT分析を行いました。“強み”は既に世界NO.1のポジション、生産量がNO.1であることによる、部材の調達コストメリットがあり、また1994年当時、日本では他メーカが30万、40万円の時代に半分以下の10万円強のPCを発表し、コンパックショックと言われて認知度があがったことが挙げられます。“弱み”には、世界の中ではNO.1でありながら、日本の中でいうとまだブランド名が低かったこと、あるいは、100%間接販売に加えて、海外生産/BTSという生産方式のため、在庫をかかえる状況であったことがございました。また“脅威”では、当時DELLのような直販PCメーカが日本でも知名度を上げている中、直販をするとチャネルパートナーがそっぽを向いてしまうのではないか、とはいえ何もしなかったら、どんどん置いていかれてしまう、競争に生き残っていかれないという脅威がありました。逆に“機会”として、まだ日本では小規模だったため多少思い切っても失うシェアは少ない状況であったこと、あるいはPCの低価格化もコンパックの強みを活かせるプラスの要素である、といったように色々な議論がなされました。
それらの事情を含み、今後、下記図の“アクション”にあるようなことをやらなければいけないということが話し合われました。
その結果、私どもが選んだビジネスの販売・流通モデルは、「ハイブリッド・ダイレクトモデル」と呼ばれるものです。従来大規模な1次販売店に一度在庫を持って、2次販売店や量販店、エンドユーザーにおろす、という間接販売100%でやっていたわけですが、在庫の問題に加えて、製品のライフサイクルが早く価格が下落した場合補填をするのがこの業界の暗黙の了解であり、下手をすると何十億となってしまうその金額は大きなリスクでした。また、エンドユーザーから遠く、市場の動向がタイムリー伝わってきませんでした。これらの問題点を抱えており、直販ベンダーが出てきたことによって、既存のモデルをなんとか変えていかなければいけないとなった次第です。
「ハイブリッド・ダイレクトモデル」の基本コンセプトは、ダイレクトで買いたいお客様と、まだまだ多い近くにいる販売店さんから買って、しかも安ければ尚且つ良いというお客様、両方をミートさせるようなモデルです。今まで営業は一次店向きの営業を行ってきましたが、市場からのプルを私どもが作り出すため、広告・宣伝をしてユーザーの認知を高め、コールセンターやWebでの発注を高める形へ方向転換しました。それでもお客様は販売店へ行かれますので、今までのモデルにあった在庫補填、販売店への報奨金等、原価の上に重なってくる部分を、パートナーには値引きなしをコミットすることによってマージンを薄くし、アグレッシブな価格を実現しました。お客様は同じ価格で、且つ買い方を選ぶことができ、私どもは広告・宣伝をすることによって、パートナーに頼らず遍く需要を喚起できるようになり、さらに市場の動向が毎日伝わってくるという直接販売と間接販売の両方の利点を活かせるハイブリッドモデルを作り、1999年7月8日よりスタートしました。
Ⅲ.サプライチェーンの革新
かつてはコンパックの本社ヒューストンにてBTS方式で生産していたのですが、シンガポールに移り、1999年のハイブリッド・ダイレクトモデル開始と同時に、日本でのCTOとチャネル向けの製品のBTO、というように生産方式は変遷して参りました。
ハイブリッドモデルの実現のためには、サプライチェーン側のビジネス要求として、次のようなものがありました。
1999年時点で、5日以内の短納期、CTO生産は日本でのみ可能であり、それらが実現すれば完成品在庫から部品在庫に全部切り替え、在庫コスト・物流コスト削減が出来る、日本人が要求する品質が保てる、運送費は大幅に削減でき低コストなる、とこれらの観点から日本でPCの生産をチャレンジしようと決定しました。
実際にやろうという場合、非常に大変な思いをしました。まず生産ラインは短いラインによる多品種少量、混流生産とし、見込み生産を廃止、そしてワールドワイドでの標準を準拠しながら日本の高品質を実現する生産プロセスを採用し、また生産要員を効率よく配置して、外注化あるいは外注したパートナーに販売予測も生産予測も開示しながら波に合わせて人を手配するフレキシブル・ワークフォースを採用しました。あるいは24時間フル稼働させることにより効率を向上させました。生産インフラ/プロセスでは、部材確保のためのシステム強化、倉庫側でも必要時に必要分の通関をきったり、あるいは必要時にサプライヤー在庫を引き落としたりすることによる在庫コストの削減、受注から生産までのオンライン化をすすめました。また調達面では、グローバルでの調達、ローカルでの調達をいかに融合していくかがチャレンジとしてあったわけでございます。
このようなチャレンジをする中で、日本生産を説得するため、コストを3つに分けて考えました。第1に、実際の原価が下がっていく時の部品の原価の洗い換え損失や売れ残り廃棄費用といった在庫関連コスト、第2に国内、海外からの配送費、倉庫等の物流コスト、それから人件費、設備費、あるいはスペースの費用といった製造コストを、全体バランスよく安くし、証明しなくてはなりませんでした。実際に提案をし、ほぼ実現しているコスト構造では、日本で生産した場合のトータルサプライチェーンコストが、海外で生産した場合と比較して82・3%となり、ようやく本社の了解を得ることができました。
在庫関連コスト削減のためにいろいろなアクションをしてきましたが、一番大切なのはマーケティングと営業部門との緊密な連係プレーです。連携することによってタイムリーに市場の動向をつかむことができ、部品を適正な物を適正な量、確保することが可能になります。
また、物流コスト削減のアクションでは、例えば日本の工場で作るものと海外から持ってきたものをマッチングさせてお客様に出す、そのマッチングの作業を、以前は工場側の倉庫に一度全部持ってきて出していましたが、それを佐川の集荷店でマッチングしたり、さらにはその先の営業所、拠点まで直送してそこで違うものをマッチングしたりすることによりコストを削減しました。
さらに、海外から完成品を輸入していた1999年を100とした場合、初期不良率は50以下となっており、数字として品質の高さが証明されています。
HPはワールドワイドで展開をしておりますので、グローバルのサプライチェーンと、ローカルのサプライチェーン、いかにして両方の良いところを生かすかが非常に重要です。グローバルサプライチェーンの観点からは、ボリュームを最大限に生かした購買のバイイングパワーが発揮でき、あるいはグローバルでの品質管理ですとか、グローバルなレベルでのモノの融通というような強みを活かしつつ、小回りのきくローカルでのサプライチェーンを回しています。サプライチェーンとマーケティング、営業、この三者が一体になってコミュニケーションをしているのがジャパンローカルサプライチェーンです。マーケティング側のキャンペーン情報はサプライチェーン側にもタイムリーに入ります。それに対する予測、日々の販売情報、またお客様からの受注情報やクレームといった現場の情報も毎日入ります。以前は情報のサイクルも1ヶ月単位でしたが、今は毎日のようにコミュニケーションがされ、大きくは1週間に1度くらい三者が集まって計画をしながら、毎日のチューニングを行っています。同じしくみの中で、サプライチェーンとマーケティング、営業が一体となって動くことは、非常に重要なキーであると考えております。
このように色々な試みをしてきましたが、世の中の環境はどんどん変わって、今この方法で成功しても、次に同じような成功がおさめられるとは限りません。現在は輸送能力がアップし、海外から5日以内で納めることのできます。また、生産インフラも海外でCTOが出来、品質も向上しています。その流れの中で、本社から定期的に海外生産のプレッシャーを受けますが、ただ日本HPとしては、店販に近い、お客様に近い、極め細やかな生産、品質をキープしながら、日本に根付いた企業としてこれからもどんどんビジネスを伸ばしていきたいと思っております。
以上
*本稿は 、2005年年5月17日に開催された、サカタグループ主催第10回ワークショップ講演内容をロジスティクス・レビュー編集局にて編集したものである。
(C)2005 Naoyuki Takeo & Sakata Warehouse, Inc.