第249号『ロジスティクスと危機管理』~BCP策定のポイント~(中編)(2012年8月9日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 (株式会社日通総合研究所 経済研究部 顧問) |
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執筆者略歴 ▼
*前編(2012年7月17日発行 第248号)より
*サカタグループ2011年11月16日「第18回ワークショップ/セミナー」の講演内容をもとに編集しご案内しています。
*今回は3回に分けて掲載いたします。
目次
4.東日本大震災とロジスティクス(続き)
・サプライチェーンの断絶 (実はタル型だったSCM)
今日は機械メーカーさんなどいろいろな会社が来られていますが、今回の震災によりサプライチェーンが途切れたということをお話したいと思います。
私が所属している物流学会において4月から震災セミナーを2回開いたのです。その時に一橋大学の根本先生がおっしゃっていたのですが、皆さんサプライチェーンというのはトップにこういう会社があって、トヨタさん、あるいはキヤノンさんを例に取ると、その下に下請けメーカー、ティア1(一次下請け業者)、ティア2(ティア1の下請け業者)があって、トヨタさんはティア1で国内400社だそうです。それがあってティア2の会社がたくさん存在するというふうに皆さん思っていたのです。というのは、トヨタさんでもキヤノンさんでもティア2、ティア3の企業についてはほとんど分からないというのが実態です。
ところが今回の震災の発生により実際にわかったことは、素材メーカーへいくと全部一緒(同じ企業)になるということです。トヨタさんのパーツを作っている部品メーカーさんも、日産さんの部品メーカーさんに納めている素材メーカーさんは同じだったということです。
ですから例えば今回の震災で納豆のふたのフィルムがない、あるいはPETボトルのキャップがないというあたりが同じ状況なんですね。この点については、後ほど荷主さんのSCMに対する考え方のところでお話します。
・想定される荷主の対応策
こちらは、今年6月に『ロジスティクス・レビュー』(物流業から見た「災害とロジスティクス」 https://www.sakata.co.jp/jp/logistics-222/)の中で私が今後このようになるのではないかと想定したものですが、それに2つ追加しています。
1番目は生産が海外移転していくかもしれない。これは今出て行くと日本を見捨てるのかとか色々言われていますが、この超円高を受けてこっそり出ていく企業もあるのです。
それから2番目には在庫についてですが、VMI、他に預かり在庫とか預託在庫とか色々な名称がありますが、災害リスクを考えて自分の手元に在庫を置くということなのですが、それはあくまでもベンダーさんなり部品メーカーさん名義の在庫という形で配置し、その時に手元にある在庫から1個使ったら、1個仕入れを計上するという言う形です。言ってみれば、在庫管理責任を川上に押し付けていると私は思っています。
これからBCPについてお話しますが、取引先とか物流業者に対して安全度をチェックする、あなたのところは災害に対して大丈夫なのかをチェックする、これらはもう始まっていますね。それから東北が被災したため、確か約6,500台位トラックが海へ流れたり故障したりして減りました。ということは直接東北から東京へ上ってくる車の数が少なくなります。このためその後しばらくの間、運送車が不足しました。これではいけないということで、これからは東京から配送車でとりに行く、従来は東北のベンダーさんなり部品メーカーさんへ納品するだけだったのですが、最初から往復輸送、つまりどこか別の会社と提携し、東京から東北に向けて下りの便で商品を送っている荷主さんと組んで往復で輸送契約をするということが増えています。
このような輸送形態は実際増えています。「取りに行く物流」については、今日流通業の方も来られていますが、課題となるのは物流費込みの仕入れ価格になっている店着価格制ですね。機械メーカーとか自動車メーカーがやりやすいのは、流通チャネルリーダーであるため、物流費を除いた仕入れ価格にしてメーカーから取りにいくことができるからです。
それから調達先の複数化、樽型だった二次・三次部品メーカーをなんとか複数化して分散させようということです。今回タイの洪水被害の時も調達先を複数化して、タイ以外にマレーシアやインドネシアから部品を入れているところはそれほど影響が出ていませんでしたが、そういうことなのです。
次に物流拠点の配置を見直す、拠点を増やす、ということです。このとき、在庫の積み増しもあるんじゃないかと言う方もいるかもしれません。
実はトヨタさんから聞いた話は、「在庫の積み増しはせずに拠点を増やす」ということでした。今、トヨタさんでは、おおよそ一日の国内生産台数は14,000です。14,000台の完成車とそれから1台あたり2万点のパーツが必要ですから、合計2.8億個のパーツが必要となります。
在庫1日分を持つということは、14,000台の完成車と2.8億個のパーツ、それから14,000台の車をとめておくスペース、私はこれを聞いていて「やはりトヨタさんはシビアだな」と思ったのは、1台あたり20平米必要としてトータルで28万平米が必要だというのですね。
1日分の車をとめておくスペースまで、それを全部計算したら、「生産ラインを一日止めるほうが安いんだ」とトヨタさんはおっしゃっていました。「だからうちは在庫の積み増しなんてしませんよ」と言っていました。それはそれで理由があるんですが、実は、国内のトヨタさんのディーラーで持っている在庫のことをタマと言いますが、大体1月分くらいタマを持っているので、在庫を積み増す必要はないということが本音かもしれません。
・荷主から物流事業者への要請例
このようなことから荷主さんから、物流業者に対していろいろな要請が来ています。例えば、「あなたのところが被災した場合にBCPはあるのか」、「もしも被災したら何日間位で復旧できるのか」、「過去に発生した時はどのくらいで被災前の水準に戻ったのか」ですね。
あるいは、「業者や下請けにもBCPはあるのか」、それから燃料不足、燃料がないといっても、燃料について「ガソリンスタンドと複数契約しているのか」、というようなことです。それで最後にいわれるのは、「何があってもうちの貨物だけは運んでください」という言葉がでてきます。
この辺については今回の東日本大震災だけではなく、中越地震・中越沖地震の時からこういうことは起きていますが、今回これがさらに加速されているということなのです。
5.BCPとは
それではいよいよ本題のBCPについてお話ししますが、BCPとは、本日の講演資料の最後に「BCPを作るガイドライン」とか、皆さんこれからBCPを作られる際に役立つと思われるいろいろな参考資料を載せていますが、東京商工会議所では特に中小企業向けに「災害等で中断してもできるだけ短い期間で再開すること」、国土交通省でも、「可能な限り短期間で重要な機能を再開する」、と定義しています。このスライドの赤で強調しているところがBCPのキモ(ポイント)ではないかと思っています。
・BCPの基本的な考え方
それでは次に、「BCPの基本的な考え方」についてお話しします。参考資料1の内閣府の「事業継続ガイドライン第1版 解説書」に掲載されているこちらの図表が一番分かりやすいですね。
縦軸が操業度、例えば車を10台持っていたらそのうち10台稼動している、7台稼動している、5台稼動している、こういう事です。横軸が時間軸、復旧に何日必要かということです。
今回の大震災のように大きな災害が起こると操業度が100%から極端に0%まで落ち込み、操業度0%とは「車が全部流されてしまって業務が出来ない」ということですが、そこから流された車を探してきて整備して直して、洗って整備し直して動かせるようにすることで、だんだん操業度が上昇します。あるいはレンタカーのトラックを借りて、白ナンバーですから、「有償運送許可」をとって対応する、そういった対策が行われるわけです。
グラフの尾っぽのこの間の期間は、まず一つはこれをできるだけ短くする、今ほうっておけばこれくらい掛かるけれども、それをいろんな手を尽くして短くするのです。この黄色い矢印の部分ですね。
例えばお客様から、「当社は災害が起こってから3日以内に車を回してください」、といわれた時にこれを何とかするということです。それからもう一つは、あらかじめいろいろな防災の手を打っておいて、車が10台から0台になるのではなく、例えば、3台とか5台とかにくい止めることです。
被害を極小化することも、もう一つのキモ(ポイント)です。経済損傷を極小化する、そのために、ここで先手を打っておくことが必要なのです。この復旧期間が「よその会社と比べて長いと顧客をとられてしまいますよ」と言うことです。これが、BCPの考え方なのです。
・インフラの基礎知識 ~BCP策定の前提~
ではこれから実際にBCPを策定していくことについて説明します。いろいろ作っていくにあたって、どのくらいでまわりのインフラが復旧するのかということを考えていかなければだめなのです。それがこのインフラの基礎知識です。
例えば、電気は長時間停電します。これは先ほどの災害リスクのところで、これまで過去15年くらいの災害リスクについて記載しましたが、2006年、5年前の新潟の豪雪では新潟市で雪のために31時間停電しました。
ですから地震だけではないのです。阪神・淡路大震災の時は、地域によりますが、一番長いところでは6日間電気が停電しました。特に六甲アイランドでは液状化も起こり、本土を結ぶ橋も大きな被害を受けたために、かなりの期間、孤島となったのです。総合電機メーカーさんでは、六甲に建設したばかりの物流センターが大きな被害を受けたそうです。
停電による災害では、2006年に江戸川でクレーン船が送電線を引っ掛けたことがありました。アームを上げたまま船が航行し送電線を損傷したため、東京、神奈川、千葉で約140万世帯、最長で数時間停電しました。
2番目に水道ですが、飲み水については、PETボトルを買ってきてなんとか断水してもしのげるんですが、問題はトイレです。電気が止まると水洗トイレも止まりますし、たとえ簡易トイレがあってもやはり3日くらいしか使えないと思います。
3番目に電話、これは安否確認で一番困ります。ただ、震災直後は掛かるのです。今回の東日本大震災でも現実に東京で揺れている時に電話すれば通じるわけです。ゆれが収まって後、5分くらいするとみんな一度に集中するので電話回線がパンクしてしまう訳です。早い者勝ちみたいになってしまうのです。
それからもう一つ、携帯の場合はつながっても途中で混んできて切れますが、固定電話の場合はいったんつながったら受話器を置かない限り切れません。だから、固定電話で、もし繋がったら、出来るだけ切らないようにするのです。誰かが話し続けるわけです。宮城県沖地震もかなり昔のことですが、あの時に東京側で機転の効く人間が居て、仙台からかかった電話を「切るな」って事でそれで電話回線を一本いかしておいたことがあります。
次に171、災害伝言ダイヤルです。これも被災地域外からは、なかなか掛かりにくいのです。被災地域内ではかなり制限を緩やかにしていますが、被災地域外からは掛かりにくいのです。実は毎月1日に被災地伝言ダイヤルはその認知度を高めて実際の時に使えるように、テストで使えるようになっています。私も時々試していますが、そういうことに慣れておくことも必要だと思います。いざとなると「どうやって掛けるの」ということになるのです。
それから多重化ですね。今お話ししたように固定電話、携帯電話、171災害伝言ダイヤルというような複数の連絡手段を持つことです。また道路は、どこでも渋滞が発生します。3月11日にみなさん帰宅困難で大変だったと思いますが、そういうことです。
首都直下型地震ですと震度6弱以上の時は、交通規制がかかります。そうすると車が走れなくなるわけですが、今回の3月11日の震災では、東京は震度5未満だったので交通規制をしなかったのです。ですからあのような大渋滞になったのです。
警察からはなかなかそういった道路情報を出しませんので、こういう時、なにか起こった時に情報を得るのは今回のITS Japan(http://www.its-jp.org/saigai/)のような通行実績・通行止め情報が有用となります。これは民間の実際に道路を走行した方がネット経由で情報を連絡し、ITS Japanがすぐにデータ化して、それで「この道は通れるよ、4t車は通れるよ、2t車は通れるよ」ということをネット上の「通行実績マップ」により公開しましたが、民間の方がすばやいのではないかと私は思います。
それから、ガス、車の燃料も供給が止まりましたが、燃料については石油業界が今回の震災についてかなり反省し経済産業省と連携のうえ強化を図っています。今後は東日本大震災の時ほど不足することはないと思いますが、やはり何日間は供給がタイトになります。だからインタンク(企業の自家給油用タンク)という形で準備しておくことも必要です。
鉄道は震度5で止まります。このとき全線点検による安全確認を完了しないと動かないのです。被災すると更に長期間不通となります。阪神・淡路大震災の時では、例えば新幹線が3ヶ月、阪急線は復旧まで6ヶ月でした。
そういう事を前提にBCPをどうするかということなのです。ここに復旧期間と書いてありますが、例えは東日本大震災が参考になるかどうかわかりませんので、阪神・淡路大震災の時ですが、電気は一番長いところで6日間、電話は一番長いところで2週間通じなかったのです。それから水道は一番長いところは90日間ということです。
ですから首都直下型地震が起こった時に、たまたま皆さんの居る場所の復旧が早ければよいのですが、遅いところになるとそれくらいかかることになります。それで、東京都が予測している復旧期間は、予測というのは努力目標ですが、電気は6日間、電話は14日間となっています。
首都直下型地震といっていますが、実際に東京で怖いのは大水害です。1947年のカスリーン台風(昭和22年台風第9号)でも、東京の東側、千葉、埼玉は大水害で、当時は戦後ですから今とは比較にならないかもしれませんが、先日のタイと同じように、30日間も水が引かなかったのです。
先日、危機管理の第一人者と言われている、皆さんもよくご存知の佐々淳行(サッサ アツユキ)さんのお話を聞く機会があり、「やっぱり(カスリーン台風当時と)一緒だよね、荒川が決壊すると、大丸有地区(大手町、丸の内、有楽町)の辺は15分で地下鉄は水没するよ。地下駅や地下街で何万人もの方が被害に合われるんじゃないの」って佐々先生はおっしゃっていました。
関西大学に河田惠昭(カワタ ヨシアキ)先生という方がいらっしゃって、私はご講演を拝聴いたしましたが、「津波災害―減災社会を築く―」という岩波新書を東日本大震災の直前に書かれました。
河田先生がおっしゃっているのは、「水が昔を覚えている」ということです。どういうことかというと、昔は埋立地であった、あるいはそこを開発して盛り土をして物流センターに造成したとか、そういったところでは、水が昔の地形を覚えているのです。それに沿って水が流れてきて、盛り土が崩れたりあるいは埋立地だと、水が噴出するのです。今回の東日本大震災で液状化したところは、まさにそうですね。浦安もそうですし、あるいは埼玉の内陸の方でも、昔の埋立地は液状化しています。物流センターや車庫が、以前はどんな土地だったかが重要です。
・BCP策定の手順
このようなことを前提にBCPを作っていきますが、BCPの作り方は先ほどリスクマップの説明の時にお話したように、まずリスクとはどんなリスクがあるの、自社を取り巻くリスク全部を洗い出してリスク対策を立てることです。風水害だとか、火災とかありますが、地震に対するリスク対策を作っておけば、大体それを流用する形で他のリスクにも対応できるのではないかと思っています。
またリスクについて受容不可能ということは、自社だけではどうしようもない、今回の震災のようなリスクを指します。受容可能なリスクとは、自社でなんとか防災対策を作って対応可能である。これはたいしたことではない無視できるリスク、例えば、水害は昔みたいに30日も水が引かないということはなくて、今は下水とかいろんなインフラが進んでいますから、2、3日で水が引くとなれば、それほど大きなリスクではないということです。ただし、いっきに河川の水が溢れたり、鉄砲水に流されたりというような被害は出るかもしれません。
これらについて対応が必要な各リスクに優先順位をつけてそれで対策を作っておく。これがBCP策定の手順だと思います。
(C)2012 Masayuki Hasegawa & Sakata Warehouse, Inc.