第549号「近畿大学におけるロジスティクス教育の源流 ~交通論と倉庫論~」(2025年2月7日発行)
執筆者 | 髙橋 愛典 (近畿大学経営学部教授) |
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執筆者略歴 ▼
目次
- はじめに:筆者の教員としての出生の秘密
- 1 「倉庫論」と有田喜十郎先生
- 2 平成後半の「ロジスティクス論」
- 3 物流・ロジスティクスにおける「交通論」の意味
- 4 物流情報の扱われ方:「おまけ」から「しんがり」へ
- おわりに:経済のサービス化・情報化を踏まえて
はじめに:筆者の教員としての出生の秘密
筆者が2002年に近畿大学(以下「近大」)の商経学部(当時)に着任して、すでに20年以上が経過している。担当科目は一貫して「ロジスティクス論」であるが、筆者自身、学生時代は交通経済学のゼミに属し、旅客交通(自転車、都市鉄道、バス)の研究こそを柱としていたのも確かである。近大に来て、旅客から貨物に研究対象を単純に乗り換えたわけではなく、ヒトとモノを並行してボチボチ研究を進めている。近大には交通経済学の大御所、斎藤峻彦先生がおられ、着任直後から実質的な指導教授として公私にわたり大変お世話になったが、筆者は斎藤先生の後任に当たるわけではない。それなら筆者が近大に職を得ることができたのは、どのような巡りあわせだろうか。
1 「倉庫論」と有田喜十郎先生
着任して数年経った頃、難波の古書店で、有田喜十郎『改訂 倉庫論講義』(新東洋出版社、1981年)を入手した。かつての大阪球場のスタンド下に古書店街があったことを覚えているが、この店はそこから道を挟んだところに移転したようである。同じ棚に近大法学部の教科書らしき本が並んでいたところを見ると、1980年代の近大生が、単位を取った後に売り払ったものだろう。
有田先生のご経歴は、本書の奥付にも載っていなかったが、今頃になって気になってきた。大学図書館でレファレンスを依頼したり、学生センター(近大は教務の窓口を近年そう呼んでいる)で以前の講義要項(シラバス)を閲覧したりして、昭和の頃の近大におけるロジスティクス教育の源流が、おぼろげながらわかってきた。
有田先生は1909年福岡県生まれ、大分県中津の商業学校(現在の商業高校)を卒業された後、大阪に本社がある住友倉庫に入社された。勤務の傍ら、戦前のうちに日本大学大阪専門学校(近大の前身)と立命館大学(旧制)を卒業され、戦後には倉荷証券に関する研究成果をもって関西学院大学で法学博士号を取得された。その時分には住友倉庫で監査役・取締役を歴任されるほどであったが、1969年に近大に戻られて法学部教授に就任、法学部長を務められ、退職して名誉教授に就任された後も大学本部の監事をされていた。
有田先生は法学部で「商法」を担当される傍ら、商経学部(現在の経営学部および経済学部)にも出講され「倉庫論」を担当されていた。講義要項によれば、有田先生が商経学部で倉庫論を担当されていたのは1986年度までで、1988年度からは不開講の扱いとなっている。1988年といえば昭和でいうと63年、まさに昭和が終わるタイミングであった。
2 平成後半の「ロジスティクス論」
平成に入ってからの講義要項のページをめくると、倉庫論が1997年度に「ロジスティックス論」に変わったことに気づく。この時期、ビジネスの世界でロジスティクスの概念が定着しつつあったのは確かであり、筆者がこの語を初めて耳にしたのもその少し前の1994年頃であった(確か、DHLのテレビCMだったはずである)。とはいえ、不開講はその後もしばらく続き、筆者が着任して何はともあれ空白が埋まったのである。
こうしてようやく、筆者の前任が有田先生であることが明確になった。どの大学でも法学部には商法の教員は複数いるだろうが、その中に商学部系統の倉庫論まで担当できる教員がいたことは稀に違いない。近大に、交通論とも商法とも別にロジスティクス論の教員が置かれ、その枠に筆者が収まっていることはひとえに有田先生のおかげであり、そこに様々な偶然が重なったことがわかる。有田先生は2000年、つまり筆者がまだ母校で助手をしていた頃に亡くなられ、お会いする機会はなかった。
3 物流・ロジスティクスにおける「交通論」の意味
さてここでロジスティクス、というより物流(物的流通)の基礎理論に立ち返ってみよう。基礎理論といっても難しい話ではなく、業界の常識「6つの物流機能」を指す。具体的には輸送・保管・荷役・流通加工・包装・情報である。これらの物流機能を組み合わせて考えれば、物流拠点(「物流センター」「流通センター」など、企業と機能によって名称は異なる)で何が行われているかは、たちどころに理解できるようになる。
物流機能を列挙するとき、必ず最初に並ぶのが輸送と保管であり、「二大機能」や「主要機能」と呼ばれる。アメリカから物的流通(physical distribution)の概念が導入され、6機能の統合が目指されるようになったのは高度成長期以降であるが、それまででも昭和戦前期から、旧制の高等商業学校・商科大学や私立大学商科には交通論と倉庫論が科目として並び立っていた。貨物の輸送と保管は、それぞれが科目として講じられるほどの内容を、100年前から誇っていたのである。
わが国で明治30年代以降に商学の体系化が試みられた背景に、貿易商社(例えば三井物産)で即戦力となる人材を育成する必要性があった。商社にとって「交通」は、貿易・商取引を成り立たせる、海運や鉄道といった貨物輸送を意味していた。同じ時期に、商社だけでなく倉庫業に進出することで、企業集団としての基礎を固めていった財閥も目につく。
思い返すに斎藤先生は、商経学部では商学科で「交通論」、経済学科で「交通経済学」を担当されていたが、交通論については近大に着任されたとき(1971年)は「運輸論」という科目名だったのを変更してもらった、とおっしゃっていた。その真意を聞きそびれたことは、斎藤先生が2018年に急逝されたゆえ惜しまれる。とはいえ今になって考えると、運輸論という科目名は、あくまで貨物輸送を中心に講じられていた名残ではなかったか。斎藤先生は博識で、貨物輸送に関する造詣も深くていらしたが、研究上のご関心は鉄道、とりわけ旅客輸送が中心であった。
4 物流情報の扱われ方:「おまけ」から「しんがり」へ
1990年代以降のロジスティクスの時代になると、物流機能の中でも、輸送・保管「じゃないほう」、つまり「残り」の4機能が持つ意味が増していった。苦瀬博仁『付加価値創造のロジスティクス』(税務経理協会、1999年)がこれらを「物流サービス機能」と括り直し、経済全体のサービス化との関連を議論したことは意義深い。
大学教育においては、1991年の大学設置基準大綱化に伴って「必置科目」の制度がなくなり、商学部や関連する学部・学科で交通論を置き続ける意味が薄れた。倉庫論はこの時点で、半期ないし通年の講義を担当できる教員の存在自体が、それまで以上に稀になっていたに違いない。この時期に、交通論や倉庫論がいよいよ「物流論」や「ロジスティクス論」に衣替えしていった大学は、多かったように記憶する。近大がその一つであったことはすでに指摘した。
その中で位置づけが大きく変わったのが(物流)情報である。情報は目に見えず捉えどころがなく、重要であることはわかっていても、物流機能を列挙するとき最後に「おまけ」のようにぶら下がっていた感が、かつては強かった。しかしいうまでもなく、通信とコンピュータ、いいかえれば情報システムとネットワークの進歩によって「しんがり」ないしは「まとめ役」へと位置づけが変わっていった。つまり情報機能が、他の5つの物流機能を統合し、物流ないしはロジスティクスとして機能させる役割を担うと認識されるようになったのである。
このような、情報が媒介となって諸々を統合するという機能が、企業経営それ自体、そして経営学においても重要視されるようになった。四大経営資源たる「ヒト・モノ・カネ・情報」を列挙したとき、「なぜ「情報」だけ漢字なんですか?」という質問を受けた経験が筆者にはある。「情報化社会が到来した後に追加されたから」としか、とっさには答えようがなかった。しかし、経済・社会の情報化が一層進展するに伴い、企業さらにはサプライチェーンが情報(システムとその供給企業)に振り回される事態が見られるようになった。
四大経営資源に沿えば、経営学はヒト=人的資源(労務)管理論、モノ=生産管理論、カネ=財務管理論、情報=情報管理論の各論に一応は分解できようが、しんがりに控える経営情報(情報管理)論の位置づけが大きくなっている。とはいえ、経営(学)における情報の位置づけを見定めることは、今なお難しいように感じる。大学教育として、情報リテラシーを教えて事足れりとするのでもなく、情報システムとビジネスモデルに関するバズワード(buzz word)の説明に終始するでもなく、システムエンジニア(以下「SE」)の養成に走るでもなく…と考えると、後に残るのは何であろうか。筆者のゼミ生も、2年に1人程度、つまり30~40名に1人は、卒業後にSEとして就職していく。本当は「ロジスティクスに強いSE」をゼミから輩出したいのだが、物流(機能)における情報の役割と、ここで見た経営情報論を接続して教えることは難しいというのが正直な思いである。
おわりに:経済のサービス化・情報化を踏まえて
交通論と倉庫論という源流に立ち返った上で、今後の展望を示したい。
経済活動のサービス化は現在に至るまで、とどまるところを知らない。そのサービスについて、高等教育機関(前述した旧制の高等商業学校・商科大学・私立大学商科)で最初に講じられるようになったのが、科目名でいうと交通論と倉庫論であったことは、改めて特筆に値する。貨物の輸送と保管、あるいはそれをビジネスさらには使命とする運送業と倉庫業が、わが国におけるサービス(業)の教育と研究の原点に位置付けられるのである。それが各種サービスに関する、無形財(intangible goods)としての一般論に影響を与え、例えば観光論にも応用されるようになった。筆者個人としては、物流と観光の出会いさえ、今なお夢見ている(髙橋愛典「都市における「物流観光」の可能性」『都市研究』第14号、2014年)。
サービス化の延長にあって情報化と関連付けられるのが”○○ as a Service”であり、”○○”にいろいろなものが当てはまるので”XaaS”と総称される。その嚆矢が”Software”であり”SaaS”、つまり情報通信技術の発展を通じたアプリケーション・ソフトウェアのクラウド・コンピューティングであったことは論を待たない。その後、”MaaS(Mobility as a Service)”という用語も、一時は熱狂をもって迎えられた。そのモビリティが貨物(cargo)を扱う「カーゴ・モビリティ」としても展開される(野尻亘「物流クライシスとカーゴ・モビリティ」『現代思想』2018年3月号)ことに、引き続き注目したい。
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