第389号 在庫管理と経営戦略 第2回(後編) (2018年6月7日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 (流通経済大学 客員講師 株式会社日通総合研究所 経済研究部 顧問) |
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執筆者略歴 ▼
目次
3.在庫管理の機能とその種類
(1)在庫の機能
在庫は多すぎるとワルサをするが、それなりの機能(ハタラキ)を持っている。
①顧客の即納、短納期要求に応えることができる
「すぐくれ!」と言う要望に応えられる(前述のアベイラビリティの実現)
②工場の操業度平準化を図ることができる
とくに季節波動のある製品は、そのピークにあわせて生産するとなると、設備も人も大変である。したがって、ひまな時に作っておいて、在庫しておく。これをJISでは後述の「見越し政策在庫」という。
また、前もって顧客の近くまで送っておけば、輸配送の平準化につながり、車両やドライバーの削減効果もある。
③内外の変動を吸収することができる
いろいろな変動がある。顧客からの変動、例えば、飛び込みとか追加の発注もあるし、また内部的にも欠勤が集中するとか、故障といった能力面の変動もある。在庫があれば、このような変動にも対応できる。
④各部門、各工程が他部門、他工程に左右されることなく、最も効率の良い仕事をすることができる
例えば、製品在庫をたくさん持っていれば、生産部門と販売や物流は、切り離して考えることができる。生産にしても販売状況に関係なく、もっとも効率のよい生産計画を立てて安定した生産を行うことができる。物流にしても生産に関係なく、配送に都合のよいロットや、荷姿で配送効率を上げることもできる。
要するにバッファーとしての役割を持っているわけである。ただし、持ちすぎるとマイナスの方が大きいということになる。
②④をあまり重視し過ぎると、作り貯めをすることになり、在庫がドンドン増えていく。
よく「無在庫」といわれるが、100%受注生産は別として、見込み生産をやっている限り、それは理想であって、簡単には達成できない。やはり、適切な在庫は必要である。
また、「在庫は悪である」と言われるが、「在庫は悪だ、悪だ」と言っていると、どうしても在庫を隠してしまう。目に見えなければ良いだろうと、外部に倉庫を借りて隠すという本末転倒の例もある。
過剰在庫が一因となって経営不振に陥った大手繊維メーカーでは、目の届かない某島の使用していない工場に在庫を積み上げて隠していたと言われる。
在庫が「善」とは言わないが、悪者扱いをしないことによって、在庫を日の当たる場所に引き出すことができ、それによって、原因を追求し、ムダを排除することが可能となる。
(2)在庫の種類
次に、在庫の種類であるが、いろいろな分類がある。
1)勘定科目からみた分類
「材料在庫」「仕掛品在庫」「製品在庫」がある。これは、製造業の考え方で、例えば、飲料メーカーで充填前にタンクに入っている飲料は、「仕掛品」である。PETボトルに詰めて初めて「製品」となる。
必ずしも完全にイコールではないが、一般的には、
材料在庫=材料費
仕掛品在庫=材料費+加工費(人件費・光熱費等)
製品在庫=仕掛品在庫+加工費
となる。
ここから少し、第1回の「4.在庫が企業を食い潰す」(前述の大手繊維メーカーは、在庫に食い潰されたとも言える)とも関係するが、企業会計における在庫について説明する。
①貸借対照表に見る在庫
在庫は図表3のように、経理上はバランスシート(貸借対照表)上の「資産」(つまり、調達してきた資本の投資先=カネの使い道の一つ)として計上される。
「資産」はカネに換え易い順番で並べることが決められている。だから、カネに換えにくい「固定資産」よりも「流動資産」の方が先に来る。図表3のように、流動資産のうち、最も換金しにくいものが、製品(棚卸資産)・原材料である。先ほど「カネが寝ている」と言ったのは、このことである。
イザというときは、原材料は換金可能であるが、製品は二束三文でバッタ屋に売るぐらいしかできない。廃却するにしても膨大な産廃処理費用がかかる。
オイルショックの逆風でロータリーエンジン車が売れなくなった自動車メーカーが、工場周囲に在庫車の山を築いていたこともある(EVの台頭で、ガソリン車が山のような在庫にならないとも限らない)。
在庫は、売れれば「利益」になる財産として評価されるが、在庫を抱えているための在庫管理費用は、(損益計算書の中でも)明確になっていない。
在庫の売却損は特別損失となって、経常損益には影響しないが、会社経営にとっては大きなマイナスとなる。
②損益計算書に見る在庫費用
在庫費用のうち、外部に支払う倉庫費用や配送費は分かるが、しかし、社内で発生しているコスト、例えば、物流部門の人件費や情報システム、あるいは長期滞留在庫に必要なコストなどは、損益計算書を見ても、「製造原価」や「一般管理費」「販売費」に埋もれているので、よく分からない(損益計算書では、「在庫」は「売上原価」「製造原価」に関係してくる)。
したがって、多額の在庫費用が掛かっていても、気がつかないでいるケースが多い。もし、具体的に明らかになっていれば、経営者、管理者は在庫削減の努力をもっとするだろうと思う。
③棚卸(在庫)と決算
大企業の場合は、会計監査人も厳しい監査を行う(最近の大手電機メーカーの不祥事を見ると、そうとも言えない?)ので、期末在庫(棚卸資産)の金額計上を操作して、PL(損益計算書)を操作するということはない、中小企業とくに流通業の場合は、ときどきそのようなことがある。最近では、民事再生法を申請した通販業者の粉飾決算があった。粉飾して黒字決算をしないと銀行融資が受けられないという、背に腹は代えられないことともあったかも知れない。
売上原価の計上を抑えて利益を嵩上げするためには、期末在庫を過大計上するという方法がある。期末の「押し込み販売」や「飛ばし」による在庫削減の反対である。
ここは「在庫による粉飾決算」がテーマではないので、簡単に説明するが、売上原価・製造原価の計算式は、
売上原価=期首商品棚卸高+当期商品仕入高-期末商品棚卸高
製造原価=期首製品棚卸高+当期製造原価-期末製品棚卸高
となる。
「在庫を過大計上して利益を増やす」とは、この式から分かるように、「期末商品(製品)棚卸高」を実際よりも過大計上すれば、「売上(製造)原価」が減って、売上総利益(粗利益高)=売上高-売上(製造)原価 から、利益が増えることになる。
中小企業では、在庫の現物を細かくチェックする第三者はいないし、税務署も、利益が上がって税金を多く払ってくれるのは有難いと思っているので、「粉飾決算」に気がつかないようだ。本当は赤字でも、黒字に粉飾して税金を払ってまで、銀行から運転資金を融通して欲しいのが、中小企業の実感であろう。
2)在庫の性格からみた分類
「必要な在庫」として、「運転在庫」とは、たえず使用されている在庫で、後述する「サイクル在庫」とも言われる。
「不要な在庫」としては、
①過剰在庫
たえず使用されている品目であるが、標準在庫量をオーバーしているもの(安全在庫が多すぎる)。
②流用在庫
陳腐化している、あるいは、劣化しているけれども、ほかに流用できるかも知れない在庫。
③長期保管在庫・陳腐化在庫
新製品が開発された、あるいは、寿命が来たために陳腐化したもの。
④劣化品在庫
長期に保管していたために、錆や汚損により品質が劣化して、使用不可能になった在庫
がある。
名称は、各社バラバラのようである。
荷主企業の倉庫を訪問すると、他社商品に負けた、あるいはライフサイクルが来た「陳腐化在庫」、品質が劣化して使用不可能となった「劣化品在庫」が多いようである。
3)JISにおける在庫種類の定義
JISでは、在庫の種類も定義している。
①サイクル在庫
「ロットサイズ在庫(lot size inventory)」として「1回の補充で経済的理由から量をまとめることによって発生する在庫」と定めている。「運転在庫」ともいう。これは、入庫の時に数量が増え、時間とともに出庫で減少し、また補充入庫で増えるというサイクルの繰り返しから名付けられた。
②安全在庫(safety stock)
季節・月内・週内や天候・景気、最近ではマスコミ報道等で発生する、いろいろな変動に対処するために保有する在庫である。
JISでは、「需要変動または補充期間の不確実性を吸収するために必要とされる在庫」と定められている。
③見越し政策在庫(anticipation stock)
季節変動のあるもの、例えばエアコンやアイスキャンデー(氷菓)は売れるのは6~8月、しかし、作るのは、年間通じて生産していく。政策的に見込み生産をやって、必要なときまで持っている在庫である。クリスマスケーキは夏のうちから作り貯めして、冷凍倉庫で保管している。年賀ハガキも同様である
将来予想される需要に対して、生産能力が小さい場合に、生産能力が余っているうちに前もって生産しておく在庫で備蓄在庫とも言われる。
JISでは「あらかじめ予測できる変動への備えとしての在庫」とされている。
“anticipation”とは、予測・予知であるが、「期待・希望」の意味もあり、with eager anticipation となると「期待に胸ふくらませて」なので、筆者は「見越し政策在庫」を見ると、「(売れるかどうか分からない)販売期待在庫ですね」と言って嫌われている。
4)サイクル在庫と安全在庫
この「ノコギリ型」の在庫変動の図は、制約理論(TOC:Theory Of Constraints)で有名な「ザ・ゴール」の著者 故エリヤフ・ゴールドラットの著書「ザ・クリスタルボール」(副題「売上げと在庫のジレンマを解決する」)にも出て来る。同書では、在庫の極小化について物語風に書かれているので、一度読まれることをお薦めしたい。
※TOC ボトルネックにおけるスループットの拡大によってのみ、全体的なスループットの増大は可能となる。
これら「必要な在庫」は、JISでは「有効在庫(available stock)」として、「手持ち在庫(OH=On Hand)に加えて発注残(OO=On Order)および引当済みの量(引当量)を考慮した、実質的に利用可能な在庫量」とされている。
目の前に現品があっても、既に顧客や次工程からの引当済みであれば、それは「利用不可能」で、「欠品」状態である。
有効在庫は、次の式で表される。
「有効在庫=手持ち在庫-引当量+発注残」(JISの考え方)
ただし、発注残は、出荷前に必ず入荷することが、上記の式の前提条件である。
先ほど、在庫にかかわる顧客サービスとして「アベイラビリティ」「利用可能性」、つまり顧客の必要とする商品を在庫しておいて、「すぐ利用できることを保証しよう」と言ったが、それが「有効在庫」である。
5)在庫管理方式からみた分類
①重点品目在庫
重点品目とは、流通業の場合、「売り場・売上げを作る」のに欠品が許されない主要商品である。後述するABC分析で分類したA品目で、たとえば、発注の仕方でも、「定期発注方式」を主として適用するものの在庫である(各発注方式は後述する)。
②準重点品目在庫
ABC分析で分類したB品目で、発注方式でいえば、主に「定量発注方式」を適用する。
③非重点品目在庫
同じくABC分析のC品目で、なるべく手間を掛けず簡単に管理するために、定量発注方式でも「ダブルビン方式」等を適用する。
④非常備品在庫
「常備」しないで、必要な都度手配する。一時的には在庫になるが、常には在庫にならないものである。災害時等の「非常」のための「備品」ではない。
⑤仕掛直行品在庫
納品されても倉庫に入庫せず、直接、生産現場等の仕掛品置き場に納入させる品目の在庫である。
④⑤は、実務上は、管理不要とも言える(④は在庫した時だけ管理する。⑤は数字だけ把握して、現品管理は生産ラインでやってもらう)。
(3)企業各部門が在庫に関係する
図表5のように、在庫には企業の各部門が関係する。
在庫数量の水準や変動は、生産や販売、物流だけでなく、経営の意思決定や、さまざまな部門の思惑・活動の内容、および連携のあり方から、大きな影響を受ける。
「在庫管理セミナー」で受講者から聞いたままを、列記してみる。
①経営者(経営管理)
「とにかく在庫は、悪で罪庫だから減らせ」「全品目、一律30%減らせ」などと言いながら、商品に羽が生えたように売れて欠品すると「売り逃すな!増産しろ!在庫を増やせ!商品を切らすな!」とコロコロ変わる。
②財務
ROA経営で身軽にしたいので、つねに「棚卸資産=在庫の削減」を求めて来る。倉庫スペースもケチって、工場の通路や事務所の廊下にまで在庫を積み上げている。
③商品企画
ちょっと目先を変えた「新製品」「新商品」を考える。なかには、包装や入数(容量)を変えただけのものもあり、アイテム・SKUが増えた分だけ在庫が増える。旧型の売れ行きが落ちて、在庫が増える。
④仕入・購買
ボリュウム・ディスカウントとやらで、大量買い付けして単価を下げることに一生懸命で、ロット過大となって在庫が増える。海外からの輸入も、コンテナ単位にまとめないと運賃が高いので、余分に仕入・購買して在庫が増える。
⑤生産
自分本位の「操業度」中心の考えでロット生産する。多品種少量生産は「段取り替え」が多いので嫌がる。作り貯めで在庫が積み上がっているのに、こんなに良い製品が売れないのは、「営業・販売」の責任だと思っている。
⑥物流
輸送コストを削減するために一度に大量輸送するので、物流拠点の在庫が増える。在庫が減ると仕事が減って、人員も減らされるので、現状維持の意識が強い。
⑦営業・販売
何より欠品が怖いので、安心感のために在庫を持ちたがる。成績の良いセールスマンほど、商品を先取り(引き当て)するので在庫が増える。在庫が増えるのは、売れない商品を作る生産や、仕入れる仕入・購買が悪いと思っている。
つまり、「在庫」はひとりでに発生するのではなく、企業の各部門の活動の結果(例えば、需要予測の失敗、作り過ぎ、天候不良、競合製品の登場など)として、仕入・生産・販売の流れのなかで澱みとして発生する。
物流業者にとってみれば、理由はどうあれ保管需要・輸送需要の源である、荷主の「在庫」が多いに越したことはないのがホンネであろう。
(4)在庫が問題を隠す
在庫はひとりでに溜まるのではなく、社内各部門の思惑・活動の結果として溜まると言ったが、逆の見方をすれば、在庫を減らすことによって、問題点が浮き彫りにされて、迅速な改善活動に繋がっていく。
在庫している状態というのは、氷山にたとえれば、水面上に現れている部分に過ぎない。
問題は、それを支えている水面下の部分、すなわち、生産・販売・物流の実態である。したがって、在庫を何とかしようと思えば、生産や販売、物流の仕組みを変える必要がある。
たとえば、生産部門では、工場を池に、在庫を池の水とすると、水位が下がれば、これまで水中に隠れていた諸問題が、浮かび出て来る。言わば、「在庫が問題を隠していた」のである。
在庫が隠していた問題が、欠品や工程遅れで顕在化すれば、カイゼンが始まる。
冒頭の在庫管理のPDCAが回って在庫が減れば、他部門でもカイゼンのPDCAが始まるのである。
筆者は中小企業診断士として企業の現場を見る機会が多いが、「在庫」を見れば企業経営の状態(病状)が分かると思っている。
(つづく)
【参考文献】
- 平野裕之「在庫管理の実際」日経文庫、1991
- 勝呂隆男「適正在庫の考え方・求め方」日刊工業新聞社、2003。「適正在庫のマネジメント」同、2005。「適正在庫のテクニック」同、2006。「売上を伸ばす適正在庫の定め方・活かし方」同、2014
- 湯浅和夫「在庫管理ハンドブック」PHP研究所、2005
- 増田茂行「100円ショップの会計学」祥伝社新書、2008
- 長谷川雅行「最適在庫の決め方と在庫圧縮・最適化~自社に最大の利益をもたらす~」「今後の在庫・物流管理と在庫管理SCM」(一社)日本資材管理協会 セミナーテキスト、2012~2017各版
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