第518号 2024年問題で忘れられていること~(2023年10月17日発行)
執筆者 | 山田 健 (中小企業診断士 流通経済大学非常勤講師) |
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目次
- 1. ファミレスの進化
- 2. 2024年問題を見つめて
- 3. 政府が本気に?
- 4. ロボットに期待しすぎない
- 5. ドライバーの賃金を忘れずに
- 6. 運賃を引き上げることが最優先
1. ファミレスの進化
仕事柄、ファミレスを利用することが多い。訪問先近隣のファミレスでランチをしたり、時間調整をしたり、とにかく便利な存在である。勤務先を持たないフリーランスの身では、wifiを利用できるのもありがたい。
あらためて言うまでもないが、そのファミレスをはじめとした外食産業の進化がすごい。いまや注文はもちろんタブレット、届けは配膳ロボットが当たり前である。注文した品をロボットがおしゃべりしながら運んでくる様はなんとも愛らしい。もはや配膳という「作業」を超え、一種のエンターテイメント性さえ感じてしまうのは筆者だけだろうか。ロボットを楽しみにしている子供たちは、たまたま店員が届けたりするとがっかりして泣き出してしまう、という話も聞く。たしかに、店員が注文取りに来る従来型の店に入った時は違和感を覚えることもある。
さらに驚くのはその普及のスピードである。たしか、今のシステムは新型コロナ対策で非接触型のサービスが求められ、くわえて店員不足が深刻化したころからではなかったか。ここ数年のことである。これだけの短期間で自動化、ロボティクス化が進んだ業界は例を見ないのではないか。
2. 2024年問題を見つめて
さて「いまさら」感はあるが、今回のテーマは「ドライバーの2024年問題」である。業界内での比較的ニッチな話題であったが、実施まで1年を切って頻繁にマスコミに取り上げられることが多くなった。
残念なことに相変わらず、「トラック輸送=宅配便」というとらえ方に偏っている。必然的に話題は、「再配達を減らす」「送料無料という表現をやめる」など宅配向けのメッセージが中心である。消費者にとって宅配はもっとも身近でわかりやすい物流であるからやむを得ない事情とは思うが、これでは問題の核心をはずしてしまう。
以前にも書いたが、営業トラック輸送に占める宅配便の割合は重量ベースで数パーセント程度。もちろん、ドライバー数でいえばもっと割合は多いが、大企業中心で賃金、待遇とも業界の中では恵まれている宅配便業界のドライバー不足はまだましである。最近では軽トラックによる個人事業者も増えているなど、それほど絶望的な状況ではない。
深刻なのは社数で97%以上を占める従業員規模50人以下で、BtoBの物流を担う中小零細規模の運送会社である。
3. 政府が本気に?
ご承知のとおり、2023年6月2日「我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議(第2回)」が開催され、物流の2024年問題への対応に向け、荷主企業、物流事業者(運送・倉庫等)、一般消費者が協力して、我が国の物流を支えるための環境整備に向け、抜本的・総合的な対策として「物流革新に向けた政策パッケージ」が決定された。
さらに、早急に取り組むべき事項をまとめた「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」も公表された。6月20日には西村経産大臣が、トラック業界は価格転嫁率が極めて低いという数値を示しながら、「トラック業界は強気で交渉しなさい。荷主は価格転嫁を認めなさい。そうしないと運べなくなって、結局自分の首を絞めることになりますよ」との踏み込んだ発言を行った。2024年問題対策に政府が本気になったのである。
この政策パッケージのアウトラインは
(1)商慣行の見直し
(2)物流の効率化
(3)荷主・消費者の行動変容
の3つから成り立っている。ここでは詳しく触れないが、ドライバー不足に対応するための施策が多面的に網羅されている。実践的な内容は、会議のメンバーに物流に詳しい有識者や物流実務者が多く含まれていたことによるものと想像する。
本稿ではこの政策パッケージに関連して、日ごろから気になっているテーマを2つ取り上げ、考えを述べてみたい。
4. ロボットに期待しすぎない
自動化やロボットについて一点指摘しておきたい。政策パッケージ(2)物流効率化の中の「物流DXの推進」に該当するテーマである。配送面では、物流ドローンや宅配ロボ、トラックの隊列走行などがその対象と思われる。
これらについては、もう何年も前から政府の補助金による実証実験が繰り返されてきた。
・山間などの過疎地域、離島への宅配物のドローンによる配送
・街中や過疎地域での宅配ロボによる配送
・高速道路上でのトラック隊列走行
・RFIDを活用した検品
などである。
実証実験はもう何回繰り返されているのだろうか。その割にはいまだ実用化されたという話は聞かない。実用化され普及したというのは、冒頭で紹介したファミレスでのロボットのような、日常の中で目に見えるレベルをさす。
筆者もこうした実証実験には何度かかかわったことがあるので他人事として批判するのは気が引けるが、あえていえば「実験のための実験」の域を出ていない。参加企業も「政府からお金が出ているのでお付き合いポーズをとっている」のが実情としか思えない。
ファミレスの例を挙げるまでもなく、そもそも市場が本当に必要とし、かつ実用価値がある技術や商品であれば、初回はともかく実証実験などの補助を頼りにせずとも自ずと普及していくものである。補助金に頼っている限り実用化は覚束ない(例外はあるが)。
そうした観点から、個人的に注目している分野がある。それはドローンによる山小屋への物資輸送である。
楽天は、2021年8月から9月までの約2カ月にわたり長野県白馬村の山岳エリアで行った、ドローンを活用した物資配送の実証実験に参加した。本実証実験では、長野県白馬村の白馬岳の登山口にある宿舎から山頂直下にある山小屋までの往復約10km、高低差約1,600mを配送ルートとして、ドローンの往復飛行による物資配送の検証を行った。補助員を配置せず、2人体制の運用でドローン配送に成功し、運用体制の省人化を推進した。さらに、新機体を用いることで機体性能の向上を図り、最大7kgの物資の配送に成功したほか、航空法に基づく許可承認のもと、安全性が高くエネルギー効率の良い、高度1m以下からの物件投下による配送を行い、往復飛行での配送を実現した。補助者を配置しない目視外飛行での物件投下による往復配送の実現は、本実証実験が国内で初の事例という。
図表 1 ドローンによる白馬山荘への物資輸送実験(楽天HP)
標高2,932mの白馬岳は筆者も何度か登ったことがあるが、山頂直下の白馬山荘は山小屋とは思えないほど豪華な小屋で、山岳雑誌の行う山小屋人気投票では常に上位に入る。ただ、登山口からは歩いて7時間近くかかるハードなコースでもある。
今山小屋全体は深刻な物流課題に直面している。小屋で消費する飲料や食材、燃料などはヘリコプターにより月1~2回程度荷揚げされているが、ガスの発生で有視界飛行ができなかったり、風の影響などでフライトできなかったりすることも少なくない。くわえて、機体の減少や燃料費の高騰などで物資輸送は困難をきわめている。最悪、歩荷で担ぎ上げるしかないが、この分野も人手不足なのは例外ではない。山ではすでに2024年問題と同様の事態が進行しているのである。
ヘリで荷揚げできるのは一度で500kg程度であるから、ドローンでは70回以上の往復が必要となる。天候の安定した日に1往復で30分として7時間稼働で一日14往復、5日間かかる。しかしヘリよりはるかに安いコストで運行できるので、複数機で作業して日数を短縮することも可能である。こう考えてくると、切迫したニーズが存在し実用化度も高い技術といえるのではないか。
アウトドアブームを背景に登山人気は高く、ますます増加してくるものと予想される。実証実験で終わらせずに、ぜひ実用化してもらいたいものである。
5. ドライバーの賃金を忘れずに
実はこちらのテーマが本稿の趣旨である。
お金の話はあまりしたくないところであるが、ドライバーを確保できない最大の問題は賃金にあると筆者は考えている。「そんなことはない。賃金以外の待遇や働きがいなどいろいろあるはずだ」という反論があるかもしれない。誤解を恐れずに言えば、ドライバーという職種に、賃金を凌駕するだけの別の魅力を見いだせるか、という疑問に答えるのは甚だ心細い。むしろせめて賃金くらいは他産業を超えるものが欲しいというのが実際のところではないだろうか。
日経新聞に年2回掲載される業種別ボーナスの支給額。物流会社のサラリーマン時代、これを見るのがつらかった。見るたびに何とも言えない暗い気持ちになったからだ。
直近である2023年夏の記事をグラフ化したのが図表2である。棒グラフ(左軸)が支給額(千円)、折れ線グラフ(右軸)が平均年齢である。コロナ後の経済回復を反映して各業種ともいたって好調である。製造業の平均支給額が91万7千円、非製造業が81万6千円である。
図表 2 2023年夏のボーナス業種別回答・妥結状況
出所:2023年7月17日日経新聞より筆者作成
そのなかにあって突出した(?)最下位が陸運46万5千円である(赤の棒グラフ)。一方で平均年齢は全業種トップの43歳。年功序列型賃金が主流である日本の賃金構造を考えれば、平均年齢がトップで支給額が最下位の意味するところは説明するまでもない。
この傾向は長年変わっていないどころか、最近ではますます顕著になってきた。ここまで差が開いてしまっている事実の前で、「賃金だけが人手不足の理由ではない」という議論はほとんど意味をなさない。
このような話をあえて持ち出したのには別の理由もある。先日、民放の報道特集で2024年問題が取り上げられた。番組の中で、ある高名な経済評論家が「米国のトラックドライバーの初年度年収は1,500万」という発言をしていた。その時は「いくら何でもそれはないだろう」という感想を持っていた。ところが後日、UPS(米国の宅配会社)の従業員がストライキを計画しているという日経の記事を見て驚いた。
同社のフルタイム雇用の運転手の平均給与は年間9万5000ドル(約1,370万円)だという。それでも、「皆がリモートワークなどと言っている時期に休まず出勤した。ストをしてでも賃上げを要求する」と主張しているそうである(いずれも2023年7月7日日経新聞)。
結果的にストは回避されたが、これが米国物流業界の実態である。先の評論家の発言があながち誇張ではなかったことが証明されたのである。需要と供給の関係から言えばごく当たり前の現象かもしれない。
もっとも高賃金と高インフレの米国と円安に見舞われている日本の賃金を単純比較するのは適切ではない。そこで米国の従業員の平均年収を調べてみたところ1,085万円であった(2023年8月8日日経新聞)。
米国のトラックドライバーの年収は、全産業平均の1.3倍程度というわけである。日本のドライバーの賃金は平均より2割低といわれが、先の夏のボーナスも含めその差は歴然としている。
現在、ドライバー賃金を他産業並みに引き上げる努力をしているが、他産業並みではおそらくドライバーは確保できないだろう。感覚的には今の倍以上の賃金を払っても危ういといったところではないか。
6. 運賃を引き上げることが最優先
物流の効率化や商慣行の見直しなど、どれも2024年問題への対策として重要なことであり、できることはすべてやらなければならない。留意するべきは、これらは減少していくドライバーに、いかに物流を合わせていくかといういわば荷主側から見た対策である点である。たとえば、貨物の積載率を上げる、往復実車率を上げる、荷待ち時間を減らすといった方法で、より少ない車両、人員で同じ物量を運ぶことは可能になる。距離と重量による運賃契約であれば運送会社の運送収入は増えるが、車建て(チャーター)契約している場合、車両数が減ることによりむしろ運賃収入は減少する。ドライバーの賃金上昇に直結するような効果は期待しづらい。
残念ながら、こうした取り組みだけでは賃金の「圧倒的な差」を埋めるのは到底不可能である。これは「考え」や「意見」ではなく「事実」である。
まず優先するべきは、理屈抜きに現在の運賃を上げ、ドライバーの賃金を引き上げることである。それなくしてドライバー不足の緩和や解消は考えられないことを認識すべきである。
そしてそれを負担するのは社会全体、つまりわれわれ消費者である。どこかの企業や業界ではない。運賃は広く薄く商品価格に転嫁されていく。「再配達をなくす」「送料無料をやめる」ではなく、このことこそマスコミに伝えてもらいたい。「誰かの犠牲の上に成り立つ便利さは持続不可能です」「他人事ではありません。私たちみんなが負担していくのです」と言って欲しいと切に思う。
(C)2023 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.