第470号 これからの物流不動産の需給を左右するもの(2021年10月19日発行)
執筆者 | 久保田 精一 (合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表社員 城西大学経営学部 非常勤講師、運行管理者(貨物)) |
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目次
- 1.はじめに
- 2.物流不動産の全体状況の理解
- 3.営業倉庫の面積拡大トレンドは、「倉庫」全体の傾向とは大きく乖離
- 4.営業倉庫が増えている背景
- 5.大量供給の新規倉庫はリプレース需要で吸収
- 6.潜在的なリプレース需要の存在
- 7.関東圏への一極集中
- 8.都市圏内でのスプロール化と物流利便性の低下
1.はじめに
第458号の記事(物流施設は建てすぎなのか?)では、物流不動産の全般的な需給状況を解説させていただいたが、この記事には色々な反響をいただいた。今回は続編として、統計データをもとに需給のポイントをあらため整理していきたい。
なお、物流不動産の需給見通しについては、周知のとおり、業界関係者内である種の疑心暗鬼が拡がっている状況である。コロナの影響が長期化するなか(※1)、首都圏を中心に大量供給が続いていることに加え、物流分野と縁遠いような新興デベロッパー等が次々と参入していることもあって、先行きに対する不透明感を感じる向きが少なくない。
そのような状況にある今、正確な将来見通しが必要とされていると言えるが、物流不動産に関しては、足下の空室率や賃料以外に判断根拠となる統計データが不足しているうえ、人的にも金銭的にも調査分析のリソースが不足しているのが実態である。本稿ではあくまで「さわり」の議論しかできないが、より本格的な調査・検討が(社会的に)必要とされていることを改めて認識しておきたい。
(※1)本稿執筆時点(2021年8月時点)
2.物流不動産の全体状況の理解
さて今回の記事では、前回は紙幅の都合で紹介することのできなかった統計データをいくつか紹介し、これをもとに、物流不動産の関する基本的な状況認識と、今後の需給バランスを左右すると思われる主要な論点について整理していくこととしたい。以下は議論としてはかなりプリミティブな内容も敢えて取り上げるが、このような内容についても関係者間でコンセンサスが形成されているわけではなく、まだまだ議論の余地が大きいと考えられるためである。なお、以下で述べた結論について、筆者としても100%誤りがないと考えているわけではないため、異論・反論等があれば、ご教示いただければ幸いである。
3.営業倉庫の面積拡大トレンドは、「倉庫」全体の傾向とは大きく乖離
物流不動産市場への見方のポイントの1つは、倉庫統計で見られる面積拡大傾向をどのように解釈するかである。
国交省の倉庫統計を見ると、営業倉庫の面積は近年急速に増加している。危険品倉庫等の特殊なものを除いた「普通倉庫(1~3類)」の面積を見てみると、過去15年間で63%も増加している(図表1)。特に震災以降の伸びが著しいのだが、これを以て倉庫需要拡大の根拠とする議論も一部で見られる。
もちろん、(広義の)倉庫が増えていること自体は間違いないが、(倉庫の一部である)営業倉庫に見られるような高い伸び率は実態と乖離していると考えるのが妥当である。
この点を示すために作成したものが図表2だが、この統計は、広義の倉庫、すなわち法人が所有する建物で用途が「倉庫」であるものすべてを調査したものである。ここで言う「倉庫」には、営業倉庫はもちろんのこと、荷主の自家倉庫や、いわゆる保管庫等を含めた幅広い施設が含まれる。
以上を前提に図表2を見ると、(図表1の対象期間と異なるものの)過去15年での倉庫の面積の伸びは15%に留まることがわかる(※2)。これは図表1で見た営業倉庫の伸び(63%)よりも大幅に低く、法人が所有する建物全体の伸びよりもずっと低い。
(※2)なお、統計上は15%伸びているが、実際にはこれも過大推計である可能性が高い。法人建物の面積の推移を見ると、近年大幅に増えているが、この最大の理由は「不動産業」が保有する建物面積が近年大幅に増大していることである。ただし、不動産業の伸び巾は統計的にやや不自然であり、調査対象の変更(拡大)など、調査方法の変更による影響があると考えられ、実態として15%を下回る可能性がある。
4.営業倉庫が増えている背景
このようなデータを前提とするなら、実態としては「倉庫自体が大きく拡大している」というより、「倉庫に占める営業倉庫の割合が増えている」と考えるほうが妥当だと考えられるわけだが、そのような傾向が生じる要因としては以下の点を挙げることができる。
まず1点目は物流アウトソーシングの影響である。荷主は長期的に見て物流のアセットを減らす方向にあり、従来自家倉庫が担っていた保管機能は、物流会社にアウトソースされる傾向にある。これは言うまでも無く、営業倉庫の比率の拡大に繋がる。
2点目は建て替えの影響である。後述するとおり近年、古い倉庫の建て替えが進んでいるが、一般的に古い倉庫は現行の営業倉庫の基準に合致しない場合があるのに対し、新築される倉庫では、そのような問題が少ない。
3点目は、金融面の影響である。近年新設される倉庫は床面積等が大規模化していることもあり、ユーザやデベロッパーが自己資金で建てるケースは減っている。そのため、施設整備に当たって外部の投資家(金融機関等)の審査基準に適合することが必要であったり、ファイナンスの出口戦略として流動性が要請とされたりするケースが増えている。これらの観点から、営業倉庫の取得が必要条件とされることが多い。
いずれにせよ、営業倉庫の動向と、倉庫全般の動向とは乖離が大きいことは明らかであり、両者は明確にわけて議論することが必要である。

「倉庫」とは、主な利用現況が倉庫に該当するもの。なお詳細な定義は出典資料を参照のこと。
5.大量供給の新規倉庫はリプレース需要で吸収
さて、図表2のデータを前提とすると、倉庫の総ストックは増加傾向にあるものの、増加率は決して大きくはない。近年、大規模倉庫が続々と供給されており、着工面積は過去最高クラスの高いレベルを維持している一方で、スクラップも進行しており、全体をならして見ると、横ばいないし微増に落ち着くと見ることができる。
この傾向についても統計データから確認できる。
図表3は東京都の倉庫の建築時期別ストックを時系列で比較したものだが、これによると、2003年から2018年にかけて、上記のようなリプレースが大きく進んだことが分かる。2003年から2018年にかけて、新規ストックが大量供給されていることが分かるが、一方で70年以前に建築された古い倉庫がほぼ半減しており、トータルでみると微増といった状況が見てとれる。
6.潜在的なリプレース需要の存在
ところで図表3で興味深いのは、2018年時点でも依然として老朽化した倉庫が少なくないという点である。2003年時点では築年が約30年を超える倉庫は全体の20%しかないが、2018年時点では築年が約30年超の倉庫が全体の5割に達しており、この間むしろ老朽化が進行したと見ることもできる(※3)。この原因を一言でいえば、「失われた30年」の間、設備投資が滞ったため、ということになるだろうが、いずれにしてもこのように依然として老朽化した施設が多いということは、リプレースの潜在的需要がまだ大きいということでもある。
なお、特に首都圏の場合、古い倉庫をスクラップした跡地は、面積的に中途半端で倉庫として建て替えるのが難しく、住居系等に転用するといったケースが多い。別の見方をすれば、金融緩和の影響もあって足下では住宅市場が活況であり、これが古い倉庫のリプレースを後押ししている側面が強いと言うこともできるのだが、この流れが反転した場合は、90年代のような「低投資」の状況に再び回帰する可能性がある。
※3:この点をより正確に議論するためには、建築物全般が長寿命化していること、特に新耐震基準以降の建築物は、それ以前の建築物よりも相当程度長期の利用が想定されることを考慮して検証する必要がある。
7.関東圏への一極集中
ところで、これまでの議論では、図表2をもとに、「倉庫のストックはそれほど増えていない」ことを前提としてきたが、実際には地域によって傾向は大きく異なる。
特に関東圏については広義での「倉庫」自体も大きく伸長している。図表4には、地域別の倉庫面積の時系列推移を整理しているが、主要地域の中では関東圏の伸びが特に大きく、図表中の15年間で40%も増大していることが分かる。関東圏の増加面積が全国の増加面積のほとんどを占めるており、近年の倉庫ストックの増大は、著しく関東圏に集中しているとも言える。
このように見てくると、関東では倉庫の供給過剰が進んでいるように見えなくもないが、空室率や賃料等のデータを見る限り、そのような傾向は見られない。そもそも、このような「一極集中」傾向は倉庫に固有のものではない。店舗等の建設投資を見ても近年、首都圏に集中する傾向が強まっており、これは経済の一極集中の副次的影響だと見る方が妥当である。
8.都市圏内でのスプロール化と物流利便性の低下
さて、図表5は関東圏をさらに細かく都道府県等にわけて見たものであるが、これによると、東京都はほぼ横ばいであるのに対して、埼玉県(78%増)、神奈川県(55%増)の伸びが目立つといったように、物流不動産は都市の外縁部へとスプロール(拡散)している傾向が見られる。
この要因としては(周知のとおり)、①外環道、圏央道等の整備効果、②湾岸部等の地価高騰により物流適地が確保できなくなったこと、③労働力確保を目的に埼玉など若年労働力が豊富なエリアへシフトしたこと、などが挙げられることが多い。
このうち②は開発者サイドの見方だが、同じことを借り手の立場から説明するなら、④倉庫の借り手である荷主が、坪単価の抑制を優先した結果だ、と言うこともできる。地価高騰が続く首都圏で、荷主が受け入れ可能な坪単価で倉庫を供給するには、地代の低い外縁部へと進出することが避けられないからである。
どちらの説明を採用するにせよ、結果として近年供給される物流不動産は交通利便性の低いエリアへとますます拡散しつつあるのは明らかであり、より具体的に言えば、都心から遠いだけでなく、主要な高規格道路にも近接していないような施設も増えている。
これまで見てきたとおり、倉庫ストックは依然として老朽化の傾向があり、リプレースの需要も少なくないと考えられるが、一方で、今後も荷主サイドの倉庫の評価軸が坪単価優先から変わらないまま、経済条件との兼ね合いから、物流利便性が低い倉庫の供給が増えるとすれば、マクロ的な物流効率化の観点からも望ましくなく、投資面での合理性も低いと思われる。
よって今後、物流効率化に有効な適正な投資がなされるためには、マクロレベルの需給から、より細かいミクロレベルのミスマッチを評価する段階へと進むことが必要であり、データを踏まえた詳細な評価・分析を強化していくことが必要であろう。
以上
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