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第467号 物流DXブームの後に残るもの、残らないもの ~輸送のマッチングを例に~(2021年9月9日発行)

執筆者 久保田 精一
(合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表社員
城西大学経営学部 非常勤講師、運行管理者(貨物))

 執筆者略歴 ▼
  • 略歴
    • 1995年 東京大学 教養学部教養学科 卒
    • 1997~2004年 財務省系シンクタンク(財団法人日本システム開発研究所)
    • 2004~2015年 公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会 JILS総合研究所
    • 2015年7月~ 現職
    活動
    • 城西大学 非常勤講師
    • 流通経済大学 客員講師
    • 日本工業出版「流通ネットワーキング」編集委員 ほか(いずれも執筆時点)
    著書
    • 「ケースで読み解く経営戦略論」(八千代出版)※共著 ほか

 

目次

1.はじめに

  DXブームを背景に、物流スタートアップへの投資が活発だ。ソフトバンク等のファンドは言うに及ばず、従来DXに距離をおいてきた大手物流事業者も、この流れに乗り遅れまいとスタートアップ投資を活発化させている。
  これまで物流関連の技術開発への投資は、マテハン機器やSCM系情報システムの導入の場合のように、荷主の設備投資資金が主たる原資だった。一方、(特に日本では)荷主企業内での物流部門の地位が低いことから、物流への投資が(開発やマーケティング等と比べて)後回しにされる傾向があった。そのため物流分野への過小投資の傾向が従来指摘されてきたわけだが、スタートアップ投資という形で物流分野に投資が拡大することは、歓迎すべきことである。

  ただし、急速に投資が拡大する過程で、様々な問題点も指摘されている。例えば、ベンチャービジネス界が描く物流の将来像は、依然としてローテクが主流な物流実態から著しく乖離しているように見えることは否定しがたく、実現可能性に疑問符を付ける向きも多い。その意味で、現在の状況を「過剰投資」で「バブル」だと感じている物流業界関係者は少なくない。その評価の妥当性は措くとして、いずれDXブームが一段落し、研究開発フェーズから投資回収のフェーズに移っても、各社が実績を上げることができるか。言い換えれば、物流ビジネスの中にDXが機能的に根付くかどうか、にすべてがかかっている。

2.過去にもあった投資ブーム

  さて、DXの将来動向を占ううえで、参考になるのが過去の事例だ。
  物流におけるデジタル化の主要テーマは、「リソースのシェアリング」、あるいは「需要と供給とのマッチング」である(注1)。そしてその代表格は言うまでも無く、輸送分野における「トラックと貨物のマッチング」である。実際、物流DXのブームの中で注目案件には、この領域の企業が少なからず含まれている。

注1:シェアリングにはマッチングの機能が不可欠であるため、以下では、両者の意味を込めて「マッチング」と呼ぶことにする。

図表1 輸送における各種マッチング・シェアリング
*画像をClickすると拡大画像が見られます。

  このように聞くと「物流分野のマッチング」は一見、目新しい動きに見えるが、実はこの分野を巡っては、かつて華々しい投資競争が繰り広げられたことがある。具体的には1990年代末から2000年代初めにかけてのことだが、この時期に様々な「マッチングシステム」が開発され、ビジネス界で多大な関心を集めたのである。なお言うまでもなく、この時期は世界的な「ITバブル(またはドットコム・バブル)」であり、ヤフーなどのハイテク株に投資資金が集まり、株価の異常な高騰(と暴落)を経験した時期でもある。このような文脈下で起きたかつてのブームは、コロナ禍における低金利を背景とした現在の投資ブームと幾分重なる。

  さて、この時期の動向については、月刊ロジビズの記事「ITベンチャー淘汰の行方」(ロジビズ2002年5月号)で詳しく紹介されている(注2)。詳細は当該記事をご参照いただければと思うが、要約すると、様々なマッチングシステムが事業化されたものの、「稼働後1年も経たずに早くも事業から撤退する企業が現われ始め」、淘汰が急速に進んだ、などといった当時の状況が当事者のインタビューを交えて紹介されている。
  この記事が出た時点では「健在」だったもののその後頓挫した企業もあり、この時期に開発されたシステムの多くが頓挫したのだが、一方で、今に至るまで地に足の付いた運営を続けているものもある。例えば、現在に至るまで、マッチングサービスとして主要な地位を維持し続けているトラボックス。また、「システムによる自動マッチング」といったアイデアとは距離を置いて、人間系のマッチングを軸に事業展開を進めたトランコムは(ITバブル期よりも前の創業だが)、その後急速な成長を遂げ、今では大手物流業の一角の位置を占めるに至っている。
  その他各社の経緯は個々には触れないが、今後の物流DXの展開においても重要な示唆を与えてくれる。
  余談だが、ITバブル期は80年代バブルの影響が残り脆弱な経済環境下だったこともあって、日本におけるITバブルには、IT業界への「公共投資」が大きな役割を果たしていた。物流におけるマッチングシステムの中にも、公費が投入されて開発されたものの、結果的に頓挫したものもある。このような経緯も示唆的である。

注2:ロジビズのウェブサイト https://magazine.logi-biz.com/pdf-read.php?id=1116

3.成功・失敗を分ける要因

  さて、これら過去の経緯を踏まえて、輸送における「マッチング」ビジネスの事例を筆者なりに分析するなら、以下のようなポイントを成功/失敗を分ける要因として挙げることができる。

①コスト削減「以外の」ベネフィット
  DX推進のうたい文句として、「今は非効率な物流が、DXで最適化され効率化する」といったものがある。このようにマッチングを巡っては、コスト削減余地の大きさが強調されることが多いのだが、これは必ずしも妥当とは言えない。DXが有ろうと無かろうと、現場の配車マンは運行効率を高めるために日々努力して「人的マッチング」を行っており、簡単に効率化できるような余地が残されているとは考えにくい。もちろん、効率化の余地がないわけではないが、実態としてはむしろ、「荷主の都合」など、システム的な解決に向かない問題が残されている可能性のほうが高く、DXによって簡単に解決されるとは考えにくい。
  このように考えると、マッチングによる、コスト面以外のベネフィットのほうが重要だと思われる。
  ちなみに、人流におけるマッチングシステムである「ライドシェア」は、新興国中心に急速に拡大しているが、その要因として指摘されるのは、既存のタクシーに比べて、「安全性」「品質」「便利さ」などのメリットが大きいことである。
  この点はおそらく物流においても同様であり、広く普及するにはコスト削減以外の付加価値が必要と思われる。具体的に言えば、昨今の労働環境を踏まえると、「いつでもトラックを確保できる」等の「確実性」は、訴求力のある付加価値となり得るし、他にもSDGs等の社会的観点での付加価値も重要だろう。

②未踏領域の開拓
  これはITバブル時から言われてきたことだが、ITによるマッチングが適用できる輸送領域は、必ずしも広くないということである。例えば、ある荷主が初めてトラック会社を探すときに求荷求車システムを利用したとしても、2回目からはレギュラー案件となり、システムを介さずに発注するのが普通である。そのためマッチングの主戦場は「スポット輸送」の市場ということになるわけだが、軽貨物による緊急輸送などは例外として、純粋なスポット輸送自体はニッチであり、マーケットとしては案外小さい。よってビジネスとして見た場合、市場の「伸びしろ」は余り大きくない。
  この点を踏まえると、何らかの未踏領域を開拓することがビジネス的に必須となる。
  例えば、国外でも高品質の輸送を確保できる、といったようにグローバルな市場をターゲットとするなら、可能性が拡がるだろう。また、越境ECのように、新たに立ち上がるビジネスをターゲットとするのであれば、有望と言えるかも知れない。

③規制・制度とテクノロジーとの折り合い
  現在、許認可が不要な貨物運送は、自転車を用いて行う等の場合に限られる。軽貨物の場合も(それほど手間ではないものの)、事業法に基づく届け出が必要である。これらの規制がマッチングの事業障壁となっていることは事実である。ただ、働き方改革による運行管理の強化が求められている状況で、これらの規制が今後緩和されるとは考えづらい。
  過去の国内企業の例を見る限り、規制改革に依拠するようなビジネスよりもむしろ、既存の規制・制度を知り尽くしたうで、現実的に運営されてきたビジネスの方が成功している。新たなテクノロジーは規制・制度と相反する場合があるのは事実だが、典型的な「規制産業」である物流業界においては、制度との折り合いをつけてビジネス展開をすることが現実的だと思われる。

④情報のデジタル化(デジタルコネクト)の実現・活用
  ITバブル時に開発されたマッチングシステムは、ユーザー同士が掲示板上で情報を出し合い、これをシステムが引き合わせる、といったローテクなものが多かった。この方式ではデータの入力が人手頼りとなり、潜在的な空車情報、荷主情報を拾い上げることはできない。結果的に、規模の経済を生むようなネットワーク効果も生じない。この点が市場拡大のネックとなった。本来のマッチングの意義を踏まえると、リアルタイムな情報が自動的にアップロードされ、例えば「空車回送中のトラックが近くを走っている」といった情報が把握できることが望ましいわけだが、そのためには、車両や荷主情報がネットワークに常時接続する環境が必要である。
  この点については過去20年で状況が大きく変わった。デジタコ等の車載器のトラックへの導入が大きく進んだほか、ネットワーク対応型の運行管理・動態管理システムが広く普及してきた。その意味では、デジタル化に一歩進んだとは言えるが、現時点ではこれらの情報がマッチングに活用されているわけではない。今のところ、主要なマッチングサービスは、スマートフォン等を介して情報を入力するものが大半である。その意味ではDXの本来像の実現にはほど遠い状況ではある。

4.DXブームの後に残るもの~ デジタルインフラ環境の変化

  周知のとおり、ITバブルは最後はハイテク企業の株価暴落という結末を迎えたわけだが、(負の遺産を多く残した80年代の不動産バブルと違って)その後の社会を変えることになる資産も多く残した。ハイテク企業が中心となって整備されたブロードバンドネットワーク、携帯通信技術等はその後の社会のインフラとなったし、ECの拡大など社会経済に大きな変化をもたらした。個別の機器やサービス(例えばADSLやiモード、PDAなど)はその後の技術環境の変化で残らなかったものも多いが、それらが生み出した情報インフラは、社会やビジネスに不可逆的な変化をもたらしたと言えるだろう。
  これとの類推で言えば、今の物流DXブームで出てきた各種サービスも、個々に見れば不成功に終わるものもあるかも知れないが(特にこと輸送のマッチングに関しては、10年後に残るものは限られるだろうが)、総合的に見れば、今後のビジネス変革に繋がるデジタルインフラ整備に繋がる可能性が大いにある。
  個人的に特に期待するのは、前項④で述べたような情報のデジタル化の推進に繋がるかどうかだ。これは、車両の情報と荷主の情報とに分かれる。

①車両情報の「コネクト」
  まず車両情報については、現在はメーカーごとのクローズドなネットワークが主で、汎用的なネットワークには接続されていない。車載器(デジタコ等)や車両診断システムの情報が「汎用的に」活用可能な環境となれば、ビジネス上の可能性が広がる(もちろん、安全性、セキュリティ等の問題をクリアする必要がある)。
  余談だが、米国ではトラックドライバーの労働時間等の記録のため、ELDという車載システムの設置が義務化されたが(図表2)、ELDは規格上、USB等の汎用的な方法で入出力できることとされており、今後、車両情報のデジタル化に寄与することが予想される。汎用のタブレット端末とトラックのOBDを接続し、スマホアプリと連携して管理するような、簡易なシステムが多く見られるが、こういった形で運行情報がデジタル化されれば、他のスマホアプリと連携した様々なサービスの可能性が拡がっている(実際、サブスクリプション型のELDサービスで、付加的なプランとして付加的サービスを提供するような例がある)。

②荷主の「コネクト」
  荷主間の受発注は、主要業界ではほぼEDI化されているが、このデジタル情報も物流に利用されているとは言いがたい。
  受発注EDIは荷主業界ごとの業界VANの流れを引き継いでいる一方、物流は業際的であり、多業界とのインタフェースが必要となる。また、受発注EDIにおける物流メッセージが受注単位の(総量としての)出荷指示であるのに対し、物流EDIにおいて必要なのは車両単位の(配車計画に基づく)運送指示であるなど、両者に存在する情報階層の差が解消されないこともネックである。この点では最近、一部業界EDIで車両単位の物流メッセージを追加するような動きもあり、今後の動向が注目される。

  以上述べたことは物流におけるデジタル情報活用の一例だが、この他にも、物流において未活用な情報は多々存在する。「これらが汎用的にデジタル化され」、「実ビジネスに利用する場面を生み出す」ということが出来れば、後から振り返ってみて、物流DXブームが物流を不可逆的に変えたと評価されるだろう。

図表2 米国におけるELDの例

出典:米国運輸省のサイト掲載画像から加工。
https://www.fmcsa.dot.gov/hours-service/elds/eld-faq-64electronic-logging-devices-and-hours-service-technical-specifications
https://csa.fmcsa.dot.gov/ELD/List%20
*画像をClickすると拡大画像が見られます。

以上



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