第465号 今、突然注目を浴び始めたコールドチェーン :コロナワクチン接種に見る低温ロジスティクス(2021年8月5日発行)
執筆者 | 野口 英雄 (ロジスティクスサポート・エルエスオフィス 代表) |
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目次
- 1.コロナ禍の切り札・ワクチン接種:-80℃という超低温域での流通
- 2.コールドチェーンという発言が相次ぐ:一昔前に叫ばれた低温流通インフラ
- 3.低温物流インフラとしての課題:温度を維持するという物理的諸問題
- 4.低温ロジスティクスは未完の大器:サプライチェーンとしての課題
- 5.究極のフレッシュ・ロジスティクス:生鮮サプライチェーンへの挑戦
1.コロナ禍の切り札・ワクチン接種:-80℃という超低温域での流通
感染抑制が見通せない中で、ワクチン接種が切り札として各地で展開されている。ただ殆どの製品が-80℃で保管しなければならないという極めて厳しい条件があり、早くもそれが維持できず廃棄したという事例も散見される。その温度帯は、食品で言えば冷凍マグロの様な超低温域を更に下回る。また医薬品では生化学的な制癌剤等に適用される温度帯であり、種々の注意が必要になる難しい扱いとなる。流通末端においてこの温度領域では、ドライアイスと断熱容器を使うことになる。
まず超低温域という温度環境を実現する、物流インフラとしての冷凍倉庫や低温トラックは、分厚い断熱材で密閉する必要があり、該当商品では冷媒としてのドライアイスを併用するのが普通である。鮮魚類では冷凍帯もあるが、冷蔵帯とする場合は氷を使うこともある。冷却システムにおける冷媒も脱フロン化の流れで、代替フロンから更に自然冷媒への切替えが進んでおり、冷却効率は低下する。冷凍トラックでこの温度帯を実現できるのは、液体窒素方式であるが、それは余り一般的ではない。
更にこれらの温度管理要素間を繋ぐ、ハンドリングの温度環境も問題になる。倉庫や輸送の単体毎における温度維持が出来ても、物流の結節点においては常温環境を通過するということに成りがちである。その為にドックシェルターと呼ばれる倉庫とトラック荷台を密着させる設備が必要になり、また如何に短時間でハンドリングするかも重要な管理事項となる。倉庫内でも作業エリアと保管エリアでは、自ずと温度帯が違ってくる。現実にはドックシェルターの設置がされていない低温倉庫も、未だある。
2.コールドチェーンという発言が相次ぐ:一昔前に叫ばれた低温流通インフラ
時の総理大臣から、コールドチェーン(以下CCS)という言葉が何回も飛び出している。これは主に海外の国々に向けた供給を指しており、低温物流の運営としては国内と同様なものだが、航空便を使うという意味で留意すべき点もある。つまりCCSは保管と輸送の組み合わせであり、中間の結節点や最終到達地も含めた、サプライチェーン全体の温度管理課題が未だ残されているのが実状である。対象商品が医薬品や食品である以上、人命に関わり衛生管理も必須となる。つまり密閉型システムとして、内部と外部を完全に遮断する必要があり、温度管理はその一要素に過ぎない。かつて農水省が莫大な資金を投入して、収穫野菜の予冷と、低温物流体制を整備しようとしたが、未完成に終わっている。
これを更に困難にする要素が、航空機による低温輸送である。常温で扱えるものはそのスピードが大きな価値を生み出しているが、低温になると幾つかの条件が付き纏う。即ち機材に載せる航空コンテナでは、防爆の必要性から自動温度制御装置が使えず、ドライアイスか氷を使うことになる。蓄冷板方式という冷却方法もあるが、余り一般的ではない。またドライアイスは蒸発して大量のCO2を排出するので、一機当たりの低温貨物積載量が制限される。ハードとしては改良も進んでいるが、機内という特殊環境では未だ課題も多い。つまり貨物輸送としての自由度が低下する。
そして国内において、各地へのワクチン供給不足が配送能力の問題とされていて、これは物流業界としては看過できないことである。前述してきたようにCCS運営に関する課題は未だあるが、配送能力不足ということは断じて有り得ない。世の中に低温トラックは数多存在し、だからワクチンが運べないという事態は起こるはずがない。社会的使命を担っている業界としては、それがもし事実であれば由々しき事態である。低温トラックとドライアイスの組み合わせで、決して不可能ということはないはずだ。
3.低温物流インフラとしての課題:温度を維持するという物理的諸問題
既に触れたように低温環境を作り出すためには、まず冷媒を圧縮液化させて、その気化熱で周囲の熱を奪う方式が一般的であり、冷媒性能が冷却効率を大きく左右する。フロンという物質は画期的な冷媒であり一時期多用されていたが、オゾン層破壊物質として今では使用が禁じられており、現在の代替フロンも地球温暖化効果が高くやがてそうなる。代わって炭酸ガスや空気等を自然冷媒として利用する時代に入ってきたが、冷却性能は当然低下する。また作られた低温環境を維持する断熱材も、一般的には発砲ポリウレタン等が大量に使用されるが、これも温度帯を下げる程に厚みを増やさなければならない。またこの物質は引火性が高く、溶接火花等が原因となる低温倉庫の火災も多く発生している。一方冷媒として他に、極低温と呼ばれる-162℃のLNGから気化熱を利用する方法もあるが、未だ殆どが未利用の状態である。これを放置しているのは、誠に大きな社会的ロスである。
また低温物流には設備投資及びランニングコストも含め、付加的な費用が発生するが、更に環境負荷削減等の課題も重い。コストとしては設備稼働率を上げて単位時間当たりの固定費を下げ、常温物流に対しての割高感は回避させることが出来る。しかし稼働率を上げるための人的要素が、少子高齢化や働き方改革等で困難な与件となってきている。食品流通では、食品ロスの削減といった新たな課題もある。新設の豊洲市場は密閉・温度管理型設備としては画期的だが、重い課題も背負っているだろう。
医薬や食品が主な領域であれば、品質・衛生管理が必須課題になることは前述した。製造工程で作り込まれた品質が、最終消費者にまで維持され満足度を得られなければ意味がない。これがもう一つのサプライチェーン運営の課題である。CCSとは温度維持のため本来はクローズドシステムが前提になるが、これが欠落することに成りがちで、衛生管理面から見ても重大な欠陥となる。物流システムへの異物混入を未然に防ぎ、細菌増殖抑制の為にも低温化する意味があり、これを忘れては低温流通の価値がない。それはハードとソフトの両面から管理する必要がある。ウイルスレベルでは、また異次元の取り組みが必要となろう。
4.低温ロジスティクスは未完の大器:サプライチェーンとしての課題
ワクチンにも使用期限はあるはずだが、食品の場合は鮮度維持や賞味期限管理等が不可欠となる。ある程度保存のきく食品では、製造日付表示が不要となり賞味期限表示だけで可となった。また賞味期限が3ヵ月以上の商品は年月表示だけでよくなった。賞味期限管理とは、在庫滞留期間を所定内に納めることであり、流通段階では凡そその1/3が限度目安とされている。それは自社工程内だけではなく、流通工程も含めた全般的な在庫管理ということになり、サプライチェーン・ロジスティクス課題そのものである。環境負荷削減という面では、リバース・ロジスティクスも重要な概念となる。食品の鮮度表示が緩やかになっても、その管理の重要性は何ら変わらない。
その為には在庫に関する情報が、各流通段階を含めリアルタイムで共有化される必要があり、それも製造日や鮮度後退も含めた広範なものになる。ワクチンが世界レベルで在庫され、製販コントロールを決められた期限内に納めるのは極めて難しい課題だが、これにはまずグローバルな情報システムが不可欠になる。アパレル業態でこれを構築し成功させている日本企業もあり、生産地もマーケットも世界中に及び、これは決して不可能なことではない。但し多くのリスクが潜んでいることも間違いないだろう。ロジスティクス運営には、日常業務リスク対策と、危機管理が必要不可欠な条件となる。その基本は日頃の業務改善活動と、異常時における経営としての処置という両面が求められる。
ロジスティクスの要諦は情報を駆使した計画と統制であり、とりわけ需給管理がコアとなる。その必須情報は需要予測と在庫ということになる。マーケティング部門の需要予測に基づき、ロジスティクス部門がそれを市場へ円滑に供給するという、まさに車の両輪の関係であり、経営行為そのものである。これを単に企業内だけに留まらず、関連する企業間で共通目的を達成するのがサプライチェーン・マネジメントであり、それを実行するのが企業間のロジスティクス連鎖である。そしてもう一つ重要になるのがグリーン・ロジスティクスと呼ばれる環境対応である。このアパレル企業事例は製造小売業と言う形態で、売り方の問題も含め一体的に運営され、もちろんアウトソーシングは多用されているはずだが、トータルの自社システムとして完結している。
5.究極のフレッシュ・ロジスティクス:生鮮サプライチェーンへの挑戦
食品の中でも賞味期限の短いものや、生鮮三品と呼ばれる野菜・鮮魚・精肉等では、更に一段と難易度は増す。概ね5日以内で消費すべきものは消費期限表示となり、中には自治体の条例により製造日表示が必要となるものもある。そして生食されるものが多く、衛生管理が絶対的な必要条件となる。中には在庫が持てず、無在庫流通といった究極のロジスティクス運営が求められる商品もある。風味や食感を保つため非加熱商品も多くあり、尚更である。商品の最終微生物検査は検体培養のため最低でも丸一日は掛かり、これは判定前に商品を先行流通させて、判定結果が後追いになるというリスクの高い運営になる。ここに食品ロスの問題も絡んで、売り方も含め一体的に運営されなければサプライチェーンは完結しない。最近注目を集める料理宅配も、この一形態であると考えられ、慎重な運営が求められるはずである。
無在庫流通とは、需要予測の結果を常に目標とする販売実績と一致させるのが究極の目的であり、これこそマーケティング部門とロジスティクス部門の連携が重要になる。即ち売り切りという運営であり、賞味期限が近付いた商品の値引き販売を行い、商品ロスを回避するという処置である。コンビニの場合、これがフランチャイザーとフランチャイジーの契約によって縛られ、その判断が出来ないことが問題になっていたが、やはりサプライチェーン運営の精度向上を前提に、認めざるを得ないという流れになってきている。今や、大量の廃棄商品を出している意味が問われている。需要予測精度向上は永遠の課題であるが、季節及び人為的波動の要素に分け、AI等で効果を上げることは可能であろう。
いずれにしても在庫管理という広範な課題に、更に環境負荷削減といった新たな問題が加わり、サプライチェーン運営が一段と困難な様相を深めている。医薬品に比べ付加価値の低い食品領域で、高コスト・高リスク構造になりがちな低温流通は、ますます重い課題が多くなっているが、もちろん意図を持った管理の組み立てでやり様はある。それには活動積上げ型だけではなく、経営のトップダウンを反映させる課題も必要である。ワクチン接種も決して一過性の問題ではなく、社会インフラとしてのニーズが高まっていくことだろう。ここで再び、低温物流を見直す時期に来たのかも知れない。少なくとも、利用サイドからもう簡単にCCSと呼ばれ、品質保証が当たり前に行われている社会インフラとしての状態にしたいものだ。
以上
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