第438号 「納品現場実態の調査」から始める輸送改善の進め方(2020年6月23日発行)
執筆者 | 久保田 精一 (合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表社員 城西大学経営学部 非常勤講師、運行管理者(貨物)) |
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執筆者略歴 ▼
目次
1.はじめに
この原稿は、東京都に緊急事態宣言が解除される以前に執筆している。この時点では新型コロナ感染症の見通しが非常に不透明だが、感染症がどのような経緯をたどるにせよ、トラック輸送の生産性向上が課題であることに変わりはない。
感染症が収束し、経済がV字回復するシナリオであれば、物流量は急回復し、ドライバー不足が加速するだろう。逆に感染症の収束が遅れ(あるいは共存する社会になり)、影響が継続するシナリオを想定すると、経済の低迷によって人手不足の状況は一変するかもしれないが、一方で通販などBtoCの物流需要はさらに増大する。BtoCの物流は極めて生産性が低いため、輸送のキャパシティを圧迫することになるだろう。また、工場や倉庫の稼働率が低下するのに対し、車両・ドライバーの稼働率を下げないような生産性向上策も必要となる。このように、どのようなシナリオを想定するにせよ輸送の生産性改善が課題となる。
2.納品現場の非効率な実態
さて、トラックの生産性を左右する要因は、言うまでもなく「車両の待機」、「長時間の付帯作業発生」といった納品現場*に関わる問題である。これらの状況については、数年前に国交省が大規模な調査を行っている(図表1)。これによると、13時間弱となる総拘束時間のうち、なんと平均で4時間近くが待機や付帯作業等といった業務に費やされている。つまり労働時間の3割程度が輸送以外の業務に割かれているわけで、このような納品現場の非効率な実態が、輸送の生産性を低下させていると見ることができる。
*ここで言う問題点は出荷拠点における荷積み現場についても共通であり、荷積み・荷卸しの現場といった方が正確だが、単純化のために「納品現場」と呼ぶこととする。
もちろん筆者としても、待機や付帯作業のすべてが無駄と言うつもりはない。必要な荷役作業等をドライバーが請け負って行うのであれば、付加価値を生む作業と言えるだろう。しかし実際には、待機料金や作業料金等が運賃に加味されず、タダ働きとなっている場合が少なくない。このような待機・付帯作業等については、改善が必要と言えるだろう。なぜなら、これらのコストが運賃に適性に加味されていないため、待たせる側の荷主等には、改善のインセンティブが働かず、非効率が温存されてしまっているからである。
3.非効率が温存される理由
ところで、このような非効率が温存されている背景には、待機・付帯作業等の実態が定量的に可視化されていない問題がある。このうち待機については、法改正によって大型車等について待機記録が義務化されたことで可視化が進みつつあるが、多くの中小運送業では、データとして(定量的に)活用できる段階には至っていない。
待機にせよ付帯作業の発生にせよ、運送会社と荷主という、企業の壁をまたいだ問題である。このような企業間で生じる問題の改善には、問題点を可視化し、分かりやすい形で相手に伝えることが必須である(図表2)。利害が対立する企業を超えた調整には、定量的な指標という共通言語が必要だからである。
このような企業間での改善が進んでいないことは、調査データからも確認できる。
図表3は、国交省中部運輸局が荷主等に対して実施した調査結果だが、これによると、待機を改善して欲しいというトラック会社からの要望は、荷主(この場合は着荷主)にはほとんど寄せられていない。「そんなはずは無い」という声が聞こえてきそうだが、トラック会社の意見が現場での個々のクレームとして処理されてしまい、きちんとした改善要望として受け取られていないのが実態である。このような受け止めをされる原因は色々あるが、問題点が定量的に整理されていないこともその一つである。そもそも実態のきちんとした可視化ができなければ、改善要望も出しにくい。
4.可視化が進まないのはなぜか
このように可視化が重要だが、なかなか進んでいない。
その理由の第一は、現場の多忙さである。納品現場の問題点を一番正確に把握しているのはドライバーだが、多忙なドライバーは問題点を書面等で残す余裕がない。ドライバーの知識は、現場レベルの「暗黙知」として、一定の範囲で共有されることはあるが、トラック会社内で広く共有されるには至らない。
納品現場の問題改善には、トラック会社に加え、発荷主等も含めて情報共有する必要があるが、そのためには、前述のとおり、暗黙知のレベルに留まる情報を、定量的なデータに落とし込む必要があり、なかなか容易ではない。
5.可視化の具体的方法
ここからは、以上の問題点を踏まえつつ、納品現場の実態可視化法を説明する。
納品現場の実態調査法としては、「運行管理者や営業マンが訪問して調査する方法」、「運行管理者がドライバーから聞き取りする方法」、「運転日報に項目を追加して記入・入力させる方法」などがある。このほか、大手運送会社では、配送管理システムを作り込んで、ドライバー全員に持たせたタブレット端末から情報を集めているような例もある。
ただ、新たにシステム化するのはコスト的にも容易ではないことから、ドライバーに調査表に記入・入力してもらうような方式が最も一般的だと思われる。特に、自社車両(荷主から見た場合は元請け)以外に傭車も使う場合等は、日報の書式やデジタコの型式がバラバラになるため、調査表方式で把握するのが現実的な選択肢になる。
この方式は導入コストは低い一方、ドライバーに記入の手間が掛かることが問題である。そのため、恒常的に調査するのは難しく、運賃交渉前の一定期間だけ実施するなど、負荷を与えない実施方法とすることが必要である。
6.調査方法、調査項目
調査項目は一般的に言えば、「待機時間」「待機方法」「納品時の付帯作業」「付帯作業に要した時間」などである。参考までに、調査表のフォーマット例を示す(図表4)。ただし、実際の項目は各社の問題意識に応じて設定するべきである。付帯作業の内容なども、荷主業種によって大きく異なるだろう。
調査の実施方法としては、このようなフォーマットに配送後に記入してもらい、点呼時等に回収する。
さらに、このようにして得られたデータを、荷主別、納品先別等で集計して、改善活動に利用することになる。
利用場面としては、トラック会社の荷主への運賃交渉、荷主への待機等の改善交渉が主だが、発荷主が着荷主に改善交渉を行う場合もある。繰り返しになるが、目的に応じて調査方法、調査項目は変わってくるので、目的を明確化したうえで、詳細検討する必要がある。
7.調査にはウェブを活用
このような方式での実態調査は、大手荷主から地場の中小運送会社まで幅広く実施されているが、この手法の問題は、データの収集・入力・集計にかなりの手間が掛かることである。特に、中小運送会社の場合、日々の実務に追われている多忙な運行管理者や、所長など管理者に多大な負荷を与えてしまう。
そのような問題を避けるうえで有効なのが、ウェブサービスを使う方法である。
最近、無料または低コストで利用できるアンケートフォームの作成サービスが色々と提供されており、顧客満足度調査、従業員満足度調査などに使われている(*1)。代表的なものとして「Googleフォーム」などが挙げられ、よほど大規模な調査でない限り、無料サービスのみで利用できる。フォームはブラウザ上の簡単な操作で作成でき、エクセルやワードが使える程度のパソコン知識があれば、ものの1-2時間で作成可能である。
さて、このようなサービスを利用して調査表を作成しておけば、あとは、スマホから各自でデータを入力してもらうことが可能となり、管理者側でデータの入力が不要になる(図表5)。ドライバーへの入力の指示は、運行前にドライバーにメールしたり、運行指示書にQRコード(*1)を貼っておくなどすれば良い。さらに、アンケートフォームサービスは集計やグラフ化も自動化されているものが多いので、一度集計表のフォーマットを作っておけば、集計も自動化することが可能で、さらに手間を削減できる。
なお余談だが、このようなウェブフォームを活用し、紙ベースでのデータのやりとりを極力減らして行くことは、感染症対策としても今後は重要だと考えられる。
*1:QRコードは(株)デンソーウェーブの登録商標である
8.最後に
筆者は中小企業大学校でトラック業界向けの講座を担当させて頂いており、全国の地場トラック会社の皆様の改善活動を支援する機会を得ている。そのような中で、トラック運送業界の課題の解決には、何よりも実態の定量的な可視化が必要だと実感している。特に50台以下の中堅以下のトラック会社でも取り組める、シンプルかつ手間の掛からない手法を構築していくことが社会的にも重要だと感じられる。ここで述べた例を参考に、実践的な取り組みが進展することを期待したい。
以上
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