第415号 働き方改革関連法改正と実務的対応(その1)(前編) (2019年7月11日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 (株式会社日通総合研究所 経済研究部 顧問) |
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執筆者略歴 ▼
目次
1.はじめに
2019年度は物流業界にとって、ドライバーなどの人手不足や労働環境の改善が、より深刻化している。
とくに、2019年4月から順次施行の改正「働き方改革関連法」への実務的な対応では、「施行されたが、どう対応したらよいのか」とお困りの物流企業も多いと思う。そこで、「働き方改革関連法」改正のポイントと実務的な対応方法について、述べようと思う。
本稿が掲載されるのは夏以降になると思うので、最も早い2019年4月施行分からは、既に数カ月経過しており、「違法状態」が継続していることも想定される。改正法では罰則も適用されるので、実務的な対応が遅れている場合には、大至急取り組んで頂きたい。
労働基準監督署(以下、労基署)も、施行後に即「罰則適用」はしないだろうが、重大交通事故でも起こした場合は、「問答無用」で適用されることも想定される。
本稿では、「時間外労働の上限規制」「年休の付与義務」「時間外労働における割増賃金率の見直し」を時間外不払い問題と併せて説明する。
「同一労働同一賃金」等は、「その2」として、またの機会に説明したい。
2.働き方改革関連法とは
(1)働き方改革関連8法
「働き方改革関連法」という法律があるのではない。労働時間や健康、同一労働同一賃金などに関連する法律を総称して、「働き方改革関連法」といい、今回は、そのうち次の8法が、2018年6月29日に改正・可決された。
①労働基準法 ②労働時間等設定改善法 ③労働安全衛生法 ④じん肺法 ⑤労働契約法 ⑥パートタイム労働法→パートタイム・有期雇用労働法に名称変更 ⑦労働者派遣法 ⑧雇用対策法→労働施策総合推進法に名称変更
1.で述べたように、「その1「その2」に分けて各法の改正点等を、簡単に紹介する。
なお、「省略」と書かれているのは、筆者が「物流業界に関係が薄い内容」と判断して、説明・記述を省略した。
(2)働き方改革関連法の改正点
1)労働時間
①労働基準法(以下、労基法)
・時間外労働の上限規制の導入
・年5日以上の年休を使用者の責任で労働者に取得させる義務(以下、年休付与義務)
・高度プロフェッショナル制度の創設(省略) 等
②労働時間等設定改善法
・勤務間インターバル制度にかかる努力義務規定の整備 等
2)労働者の健康
③労働安全衛生法(以下、安衛法)
・過労死等防止のための健康確保措置の拡充
・産業医・産業保健機能の強化
・労働者の心身の状態に関する情報の取扱いの整備 等
④じん肺法(安衛法の改正に合わせて改正。省略)
・労働者の心身の状態に関する情報の取扱いの整備
3)同一労働同一賃金
⑤労働契約法(以下、労契法。省略)
・均衡規定をパートタイム労働法に移行(第20条の規定を削除)
⑥パートタイム・有期雇用労働法(名称変更。以下、パート法)
・有期雇用労働者を対象に追加
・均等・均衡規定の整備、待遇に関する説明義務化
⑦労働者派遣法(以下、派遣法)
・均等・均衡規定の整備、待遇に関する説明義務化(パート法に同じ)
⑧労働施策総合推進法(名称変更。省略)
・働き方改革の基本的な考え方の明確化、「基本方針」の策定
以上のうち、3項以下では物流現場に関連する「①労基法改正」について、述べる。
(3)働き方改革関連法の施行期日
図表1の通りであり、2019年4月1日施行については、網掛け表示した。
大企業・中小企業の分類は、中小企業法による(トラック運送業界は、99.9%が中小企業)。中小企業に対しては実情が勘案されて、改正内容の一部が大企業に遅れて施行される。しかし、後述するように準備期間が限られているので、早期の取り組みが必要である。
図表1では省略しているが、労働者の健康確保のため、「③安衛法改正」では、「医師の面接指導制度の拡充、産業医・産業保健機能の強化」が、2019年4月1日から施行されている。従来のドライバーのヘルス・チェック等と併せて、取り組まれたい。
3.時間外労働の上限規制
(1)改正のポイント
読者は既にご承知と思うが、参考までに関係条文を掲げる。誌面の都合で、一部を省略したが、ぜひ一度は各条の全文を読んで理解を深められたい。
また、「運転手」「運転者」「ドライバー」は、法令・告示等の表現を除いて「ドライバー」とする。
「労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号。施行日平成三十一年四月一日)
第三十二条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
二 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
第三十二条の二 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
二 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。」
(下線は、本則並びに今次改正のポイントとして筆者が付した。以下の各条文においても同じ)
「第三十六条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
二 前項の協定においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
(1~3号、省略)
4 対象期間における一日、一箇月及び一年のそれぞれの期間について労働時間を延長して労働させることができる時間又は労働させることができる休日の日数
(5号 省略)三 前項第四号の労働時間を延長して労働させることができる時間は、当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、限度時間を超えない時間に限る。
四 前項の限度時間は、一箇月について四十五時間及び一年について三百六十時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、一箇月について四十二時間及び一年について三百二十時間)とする。
五 第一項の協定においては、第二項各号に掲げるもののほか、当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第三項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合において、一箇月について労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させることができる時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め百時間未満の範囲内に限る。)並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間(同号に関して協定した時間を含め七百二十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。この場合において、第一項の協定に、併せて第二項第二号の対象期間において労働時間を延長して労働させる時間が一箇月について四十五時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、一箇月について四十二時間)を超えることができる月数(一年について六箇月以内に限る。)を定めなければならない。」
改正前は、時間外限度基準の上限(月45時間、年360時間)は厚労大臣の告示だったものを、上述のように第36条5項により、法律に格上げし義務化された。
第36条で定める「労働者の過半数で組織する労働組合(通称、過半数組合)がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者(通称、過半数代表)」との「書面による協定」が、通称「36(サブロク)協定」である。
中小トラック運送事業者の場合は、労働組合がない場合が多いが、その場合の過半代表については、労働者の投票や挙手など合理的な方法で選出しないと、後々問題となる例が他業種などでも散見される。事業者が特定の労働者を「お前が代表者だ」と指名することは認められない。
改正前は、36協定を締結さえすれば、時間外労働時間は無制限・青天井だったものが、今次改正では、「月45時間、年360時間」に法令で制限され、最大でも「(2)特例」までに制限される。
「附則
(中小事業主に関する経過措置)
第三条 中小事業主(中略)の事業に係る協定(新労基法第百三十九条第二項に規定する事業、第百四十条第二項に規定する業務、第百四十一条第四項に規定する者及び第百四十二条に規定する事業に係るものを除く。)についての前条の規定の適用については、「平成三十一年四月一日」とあるのは、「平成三十二年四月一日」とする。
2 前項の規定により読み替えられた前条の規定によりなお従前の例によることとされた協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者は、当該協定をするに当たり、新労基法第三十六条第一項から第五項までの規定により当該協定に定める労働時間を延長して労働させ、又は休日において労働させることができる時間数を勘案して協定をするように努めなければならない。
3 政府は、前項に規定する者に対し、同項の協定に関して、必要な情報の提供、助言その他の支援を行うものとする。
4 行政官庁は、当分の間、中小事業主に対し新労基法第三十六条第九項の助言及び指導を行うに当たっては、中小企業における労働時間の動向、人材の確保の状況、取引の実態その他の事情を踏まえて行うよう配慮するものとする。」
行政官庁(労基署等)が、使用者及び過半数労組または過半数代表に対し、必要な助言及び指導を行う根拠規定が整備された。中小企業に対しては、当分の間、労働時間の動向、取引の実態等を踏まえて助言指導を行う配慮規定が設けられた。
(2)上限規制の特例
臨時的な特別の事情がある際に、労働時間を延長させる場合について、第36条6項により、以下のようになった。
①時間外労働は年720時間以内
②時間外・休日労働は月100時間未満
③2カ月ないし6カ月における期間の時間外・休日労働の平均を80時間以内
④時間外労働が月45時間を超える特例の適用を6回以内
しかも、①~④が適用されるのは、「当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に(中略)限度時間を超えて労働させる必要がある場合」に限定される。
つまり、恒常的に忙しくなる「月末」「年末」「期末」などは、経験的に「通常予見」されるので、「臨時的な特別の事情がある場合」とはならない可能性がある。
(3)罰則
6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金で、以下のように運用される。
1)時間外上限規制(36協定)の違反
2)単月100時間未満、2~6カ月80時間以内規制の違反(36協定内容に関わらず、超過すると違反となる)
※臨時的措置②③と、上記罰金は、「過労死防止ガイドライン」(時間外労働が単月100時間超、3カ月平均80時間超)に合わせて設定されている(筆者注)
4.自動車の運転業務
(1)時間外上限規制の適用除外(5年間の適用猶予)
自動車運転業務を時間外上限規制の適用除外とすることは、以下の通り定められている。
「第百四十条 一般乗用旅客自動車運送事業(道路運送法(昭和二十六年法律第百八十三号)第三条第一号ハに規定する一般乗用旅客自動車運送事業をいう。)の業務、貨物自動車運送事業(貨物自動車運送事業法(平成元年法律第八十三号)第二条第一項に規定する貨物自動車運送事業をいう。)の業務その他の自動車の運転の業務として厚生労働省令で定める業務に関する第三十六条の規定の適用については、当分の間、同条第五項中「時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め百時間未満の範囲内に限る。)並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間(同号に関して協定した時間を含め七百二十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。この場合において、第一項の協定に、併せて第二項第二号の対象期間において労働時間を延長して労働させる時間が一箇月について四十五時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、一箇月について四十二時間)を超えることができる月数(一年について六箇月以内に限る。)を定めなければならない」とあるのは、「時間並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め九百六十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる」とし、同条第六項(第二号及び第三号に係る部分に限る。)の規定は適用しない。
二 前項の規定にかかわらず、同項に規定する業務については、平成三十六年三月三十一日(同日及びその翌日を含む期間を定めている第三十六条第一項の協定に関しては、当該協定に定める期間の初日から起算して一年を経過する日)までの間、同条第二項第四号中「一箇月及び」とあるのは、「一日を超え三箇月以内の範囲で前項の協定をする使用者及び労働組合若しくは労働者の過半数を代表する者が定める期間並びに」とし、同条第三項から第五項まで及び第六項(第二号及び第三号に係る部分に限る。)の規定は適用しない。」
従前の時間外限度基準告示(具体的には、「自動車運転者の労働時間等の改善に関する基準」=以下、改善基準)において、労基法の時間外労働上限の適用除外とされている業務について、実態を踏まえて、今次改正から5年後(2024年4月1日)に、年960時間以内の上限規制のみを適用することとなった(5年の猶予期間)。
したがって、今回の労基法改正における付帯決議のように、2024年4月1日までには、「改善基準告示」も見直されて、「月間拘束時間は最大293時間」等はもっと短縮されるものと想定される。
再度、断っておくが、適用除外の対象となるのは「改善基準」で定める「自動車運転者」のみで、それ以外の労働者(内勤者など)には、2020年4月から3項が適用される。
「その他選任」や「クレーン付きトラック」「セールス等兼任」のドライバーは、「自動車運転」と「その他」業務に従事する時間が多い方で、判断される。建築現場・作業現場でのクレーン操作時間や、セールス(受注)や店頭での商品整理などの時間が、運転時間より長ければ、改善基準が適用されていないので「5年の適用猶予」は受けられない。
中小トラック運送事業者であれば、2020年4月から、「原則で年間360時間以内、特例で年間720時間以内」が適用されることになるので、注意されたい。
(2)ドライバー長時間労働のリスク
ドライバーの実態としては、改善基準の月間拘束時間293時間から逆算した時間外労働時間を36協定している事例や、「36協定を締結すれば、時間外労働は青天井」と長時間の時間外労働が散見される。
仮に月間拘束時間293時間で1日の休憩時間が1時間とすると、週40時間労働という上述の第32条から算定すると、時間外労働時間は約100時間となる。
これは、厚労省が労働災害で過労死と判定する「過労死ガイドライン」である。
過労死ガイドラインを超えてドライバーを働かせて、万一、ドライバーが脳疾患・心疾患等で死亡すれば、企業や経営者は労契法第5条の安全配慮義務違反を問われかねない。
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