ロジスティクス・レビュー

第403号 値上げで仕事は減るか(2019年1月10日発行)

執筆者 山田 健
(中小企業診断士 流通経済大学非常勤講師)
    執筆者略歴 ▼

  • 著者略歴等
    • 1979年日本通運株式会社入社。1997年より日通総合研究所で、メーカー、卸の物流効率化、コスト削減などのコンサルティングと、国土交通省や物流事業者、荷主向けの研修・セミナーに携わる。2014年6月山田経営コンサルティング事務所を設立。
    • 著書に「すらすら物流管理(中央経済社)」「物流コスト削減の実務(中央経済社)」「物流戦略策定のシナリオ(かんき出版)」などがある。中小企業診断士。

目次

1.トラック運賃は上がったか

  先日、運送業界の経営者団体の集まりで講演を行う機会があった。テーマは「ドライバー不足」である。しがらみのない個人事業主である筆者は、低運賃で悩む運送会社の背中を押すことができればとの思いから、ドライバー確保のための運賃値上げについて好き勝手な発言をさせてもらった。
  講演後の懇親会でビールを飲んでいるとき、隣に座った運送会社社長が「先生、ホントに荷主に値上げをお願いしていいんですかね」と不安げに尋ねてきた。
  荷主の読者の方には誠に不愉快な話だと思うが、筆者は「いいんです。今が値上げの絶好のチャンスであり、値上げすべきです。今を逃したらもうチャンスはないですよ」とアドバイスした。社長は「そうですか。それではやってみようかな」と半信半疑に頷いたものである。その自信なさげな様子から、実際には踏み切れていないのではないか、と想像している。
  ご承知のとおり、ヤマトや佐川の値上げがマスコミに取り上げられて久しい。某ネット通販大手は4割の宅配運賃値上げを受け入れたという。最近、素材や原料そして最終製品の値上げが報じられているが、その理由の一つとして、「物流費の高騰」があげられることも多い。食品大手のネスレは2015年から2017年までに物流費が1.5倍に増えた。
  しかし、実際のところはどうなのか。筆者の周辺ではそのような「勇ましい」値上げの話はあまり聞こえてこない。上がってもせいぜい数%程度。運賃値上げのお手伝いをしているある運送会社では、担当者が「これこれ、こういう理由で値上げは難しい」と、逆に「荷主側の立場に立って」弁護する始末である。荷主にとっては何とも頼もしい応援団といえる。

  右のグラフは月刊誌「ロジビズ」に掲載された、東京、大阪、名古屋地区のトラック距離制運賃の推移である。1985年、つまりバブル経済が始まる直前の運賃水準を100として、以降の水準を指数で表している。
  グラフによれば、2018年の3地区平均運賃指数は111.6。バブル絶頂期であった90年前後には120以上に跳ね上がったことを考えれば、いたって「穏やかな」運賃上昇幅といえる。先の社長のように、控えめな運送会社は少なくないのかもしれない。
  一方、同じく人手不足で苦しむ建設業界に目を転じると、2017年の首都圏のマンションの平均販売価格は5,908万円。この10年間で2,000万円以上も上がったという。土地価格など建設費だけが要因ではないため単純比較はできない点を差し引いても、この違いは大きい。

2.数字は語る

  ことさら運送会社の肩を持つつもりはないが、物流、とりわけトラックドライバーを取り巻く状況を冷静に眺めてみると、どうにも楽観できない事実が多い。
  警察庁のサイトで調べてみたデータは衝撃的である。

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  上のグラフは、2001年から2017年まで16年間の年代別にみた第一種大型免許保有者数の推移である(ドライバーとしては「戦力外」である70代は除いてある)。
  60代は2009年に大きく増加した後、減少に転じている。団塊の世代が60代になりそして70代に移行していったのであろう。問題は20代、30代である。16年間で30代は88万4千人から46万9千人へほぼ半減、20代は41万7千人から12万9千人と約1/3に減少している。この減少した2世代が次の世代へ移行していけば、働き盛りの30代、40代、50代はさらに大きく減少していくことになる。
  これだけの「激減」の中で物流の機能が曲がりなりにも維持されているのは、本来なら引退しているはずの60代のドライバーが雇用延長や再雇用で下支えしているためである。だが、いずれ彼らも70代の引退を迎えていく。「延命措置」はそう長く続けられない。
  いま、近距離輸送でも配送効率を上げるため、車両の大型化が進められている。大型免許保有者の減少は長距離ドライバーの不足だけでなく、こうした近距離輸送の大型化にも影響を及ぼす。
  トラックドライバー以前の問題として、免許保有者そのものが急減していくこの傾向を大きく変えることは至難の業である。数字が示す意味はとてつもなく重い。

3.世間並ではダメ

  いうまでもなく、いまドライバー不足への対応策としてさまざまな取り組みが行われている。ただ、期待されている隊列走行や自動運転などの実用化にはまだ相当な時間を要するだろう。現状では、やらないよりはやった方がましではあるが、残念ながら短期的にはドライバー不足緩和の決定打になりえるとは思えない。
  喫緊の課題として、ドライバーの待遇、中でも勤務時間短縮と賃金アップは絶対必要条件である。いま業界では、「せめて世間並の待遇」を目標に取り組んでいるが、現実的にはそれではまったく不足であろう。免許保有者の現状をみれば、「せめて世間並以上」の待遇で若者を振り向かせる必要がある。
  先の働き方改革法案では、時間外労働を年720時間以下とされたが、建設と運輸は適用猶予である。現実問題としては理解できないことはないが、こんな「世間並み以下」の待遇を公にするのは業界を挙げて若者に「来ないでくれ」と言っているのと同じである。
  世間並み以上の待遇には、当然膨大な原資が必要である。
  荷主企業に追い打ちをかけるようだが、その原資となりえるのは「運賃値上げ」以外にない。にもかかわらず、なぜ値上げが建設業界のような流れにはなっていないのか。
  原因は例の社長の言動からもわかるように、「値上げしたら仕事がなくなる」という恐怖からいまだ抜け切れていないことにある。バブル崩壊と規制緩和による参入急増により、長い間激しい競争環境に身を置いてきた運送会社には、この恐怖感がDNAとして深く刷り込まれているように思われる。

4.法則どおりにはならない価格弾力性

  教科書で学んだ需給の法則は、
  ⇒価格が上がれば、需要(仕事)が減る
  ⇒価格が下がれば、需要(仕事)が増える
である。運送会社もこの理屈で値上げに今一つ踏み出せないわけであるが、実際のビジネスではこの法則どおりにならないことが多い。
  価格が上がっても、それほど需要(仕事)が減らない商品もあるし、敏感に反応して想定以上に需要が減る商品もある。価格の変動によって、ある製品の需要や供給が変化する度合いを示す数値を「価格弾力性」という。
  ある製品の価格を10%値上げしたときに、需要が5%減少したとすると、この場合の価格弾力性は0.5となる。
  この値が1より大きいと「弾力性が大きい」といい、1より小さいと「弾力性が小さい」という。価格弾力性が小さい場合は、価格を変更してもほとんど需要は変化しないが、価格弾力性が大きい場合は、価格が変わると需要が大きく変化する。
  この価格弾力性は商品の用途、競争環境、景気、技術力、代替品の有無、顧客の数など、さまざまな要素によって変化することに留意する必要がある。そして、この変化する要素を読み違えると、経営にとって大きなダメージを被ることがある。
  実際、ユニクロは原材料費の上昇を理由に、商品価格を2014年は5%、2015年も平均10%と連続で値上げした。それが客離れにつながってしまい、2016年度決算は、期初計画を下回り大幅な減益となった。これは価格弾力性が予想以上に大きかったことによるものである。
  以下に価格弾力性を左右する要素とその変化の例を挙げてみる。
  商品の用途でいえば、一般的には、
  ⇒生活必需品の価格弾力性は低い(多少価格が変動しても需要は変わらない)
  ⇒ぜいたく品の価格弾力性は高い(需要は価格の変動に敏感)
となる。
  さらに、同じ商品であってもそれが使用される状況によって価格弾力性は変わる。
  たとえば、同じ飛行機であっても、
  ⇒ビジネスで飛行機に乗る時は、価格弾力性が低い(社用ではあまり運賃にこだわらない)
  ⇒プライベートで乗る時は、価格弾力性が高い(特割、LCCなど安い運賃に惹かれる)
という事実はよく知られている。実際、東京-新千歳、東京-福岡といったビジネス用途の多い路線は航空会社のドル箱である。
  かつての花形商品であるパソコンはスマホという強力な代替品の登場のおかげで、すっかり儲からないビジネスとなってしまったが、それでも、
  ⇒家庭用パソコン(ASUS、Aser)の価格弾力性は高い
  ⇒業務用携帯パソコン(Let’s Noteなど)は低い
という違いがある。
  景気によっても左右される。
  ⇒景気がいい時の価格弾力性は低い
  ⇒景気が悪い時の価格弾力性は高い
  市場の競争環境によっても価格弾力性は変わる。
  ⇒寡占状況(顧客が選べない)では、価格弾力性が低い(電力、宅配など)
  ⇒競合が激しい(ライバル多数)では、価格弾力性は高い(アパレル、パソコン、アプリ、ソフト、外食など)
  また、必要な技術力によっても変わる。
  ⇒高度な技術力が必要な商品では、価格弾力性は低い(建築、医療、弁護士、コンサルなどの業界で価格を値切る顧客は
    少ないだろう)
  ⇒技術力があまり必要でない商品では、価格弾力性は高い(下着、100円ショップの商品など)
  代替品の有無によっても価格弾力性は変わる。
  ⇒代替品が少ない商品では、価格弾力性は低い(小麦粉、米、水道など代わりとなるものがない場合は多少高くても
    買わざるを得ない)
  ⇒代替品が多い商品では、価格弾力性は高い(パソコン→スマホ、バター→マーガリン、肉→魚など、代わりの商品があると
    高くなれば需要は減る)
  顧客の数によっても価格弾力性は変わる。
  ⇒限定された顧客では、価格弾力性は低い(高級マンション、オートバイなど、高額所得者やマニアを対象とした商品は
    高くても買う)
  ⇒不特定多数の顧客では、価格弾力性は高い(石鹸、洗剤など)

  以上挙げてきたように、価格弾力性は一概に、「値上げをしたら仕事が減る」といったような単純なものではないことを理解する必要がある。

5.運送業界の価格弾力性は

  では、現在の運送業界の価格弾力性はどうか。
  筆者の独断と偏見でまとめてみたのが以下の表である。現在、ビジネスシーン(BtoB)における運送業界の価格弾力性は、多くの要素で「低い」という結果となった。つまり、昨今の状況では、運賃を上げても仕事は減らない。運送業界は勇気をもって運賃値上げを進めるべきである。

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  運賃値上げによってもっと儲けろといっているのではない。これからの業界、ひいては日本経済とわれわれの暮らしのため、ドライバー確保の原資として必要なのである。
  暴論かもしれないが、まともに世間並み以上の待遇によってドライバーを確保していこうとすれば、賃金は今の倍以上に上昇させざるを得ない。おそらく運賃は1.5倍以上になるだろう。正直、それでも控えめな見通しかもしれない。
  現実から目を背けることなく、物流業界、とりわけ運送業界はそこまで深刻な状況に直面していることを認識しなければならない。残された時間は多くない。

以上



(C)2019 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.


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