第524号 【緊急寄稿】100日を切った物流2024年問題(後編)~(2024年1月23日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 ((一社)日本物流資格士会 顧問) |
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執筆者略歴 ▼
目次
3.運賃・料金の改定
(1)今すぐアクションを
労働条件とくに賃金面の改善に向けての、最大の課題が、賃金アップの源資である「運賃・料金の改定」であることは言うまでもない。
筆者が、なぜ、「100日を切った」今、緊急提言する理由は、今を逃すと運賃・料金の改定が2024年度には間に合わなくなるからである。
3月期決算企業(荷主・元請事業者など)の多くは、遅くも2月中に物流費を含めて次年度予算を策定する。2024年度予算で物流費、つまり運賃・料金を増やしてもらうには、年明けの今がラスト・チャンスと言えよう。「物流2024年問題」直前の3月に運賃・料金改定を申し出ても、「残念ですが、我が社の2024年度予算は決まってしまいましたので」と門前払いになりかねない。
楽観的かも知れないが、荷主の物流担当者は、公正取引委員会等の動きなど昨今の情勢から危機感を持ち、「運賃・料金の改定はやむを得ない」と内心では感じているのではなかろうか(まさか、「運賃・料金の改定申し出を待っている」とは思えないが)。しかし、物流担当者は自ら、自社内に向かって「運賃・料金を改定しましょう」とは言い出せない。物流担当者の背中を押すためにも、今すぐ「運賃・料金の改定」を働きかけるべきである。少なくとも「運賃・料金の改定協議」は申出る必要がある。申出があったのに無視・放置した荷主には、公取委などの指導が待っている。
事例の詳細は分からないが、業界紙では「トラックGメンを活用して、運賃・料金を改定した」事例も報じられている。他方では、「トラックGメンが運送会社にヒアリングしたところ、荷主の不適切な行いを告発した運送会社は1割弱しかいない」と、「報復」を恐れているような記事もある。
(公社)日本ロジスティクスシステム協会(JILS)の会員アンケート調査では、回答企業(荷主)の76%にあたる125社が、運送業者から運賃・料金の改定要請について「あった」と回答している。また、「要請を受けた企業のほぼ95%は要請に応じている」との結果も報告されている。JILS会員企業には大手荷主が多いので、このアンケート結果を見る限りでは、大手荷主も運賃・料金の改定を協議する用意はあるのではないだろうか。
昨年の大河ドラマ「どうする家康」の「大坂の陣」ではないが、外堀は埋められており、あとは一気に攻めるときである。
(2)自社の運送原価を算定
攻めるためには入念に準備しなくてはならない。
国交省の調査では、原価計算を実施しているトラック運送事業者は約3割で、残り7割は、「一部または時々実施している(約3割)」「実施していない(約4割)という実態である。
運賃・料金の改定を申出るためには、まず、自社の運送原価(最低でも過去3カ月の平均)を算出しておく必要がある。
現在のトラック運賃(いわゆる相場運賃)は、運送原価を反映したものではなく、輸送需要の動向、トラック運送事業者間の価格競争や荷主との力関係などで、日々形成されている(青果水産物の卸売市場におけるセリ値のようだ)。そのため、「自社の運送原価を算定していない」トラック運送事業者も多い。
本来は、経営管理(収益管理)のためには、支出である運送原価を算出するのが当然であるが、染み着いた「ドンブリ勘定」で利益さえ出ていれば良いという経営者も多い。
単純には、1日当たりの運送原価は、月間の(固定費+変動費)÷稼働日数で算出できる。
固定費は人件費と車両費(トラックの減価償却)や保険料、変動費は燃料代や有料道路利用料で、月締めで計算して、利益が残れば「結果良し」という経営である。2-(1)-②で述べたように、賃金を月間固定払いしているのは、そのためである。
それでは、荷主に自社の運送原価を提示できないし、荷主の物流担当者も運送原価が分からなければ、運賃・料金の改定に向けて社内を説得できない。
運送原価の算定には、国交省の「原価計算の活用に向けて」というパンフレットを参考にされたい。荷主から「この運送原価は、どうやって計算したのか」と疑われたとしても、「国交省のパンフレット通りに計算した」と回答できる。パンフレットは、全ト協のホームページを検索してダウンロードできるが、2017年作成と少々古いのが残念である。
(3)標準的な運賃の届出
自社の運送原価が算定と同時に、国交省の「標準的な運賃」も届出を済ませて、荷主・元請事業者・求荷求車事業者等へは「我が社も、(国交省の指導で)標準的な運賃を届出ました」と報告おきたい。
国交省によれば、「標準的な運賃」を届出ている事業者は、約6万社の半数なので、2社に1社は届出ていないことになる。せっかく、国交省が運賃・料金の底上げのためにお膳立てしてくれたのに、勿体ないことである。
さらには、現行取引の実態(運賃・料金)と「標準的な運賃」との乖離(値引き度合い)も算定しておく。算定された値引き度合いから、今後の請求書には「届出運賃の◯%引き」と付記する方法で、いかに値引いているかをアピールする方法もある。
荷主の物流担当者も、「標準的な運賃」と現行の運賃・料金を比較することで、自社が得ている割引率を把握することができ、算定された運送原価から後述のような「2段階」改定案も作成できることになる。
なお(「なお書き」が多くて恐縮であるが)、2024年3月末までの時限措置であった「標準的な運賃」は、上記のような届出率の低さから「定着していない」との判断に立ち、議員立法により「当面の間」に延長された。
筆者は、ロジスティクス・レビュー誌502号において、以下のように指摘した。
「2020年4月の告示当時の燃料費(軽油)は1ℓ当たり100円で算出していると思われる。ところが、現在の円安・資源高で、資源エネルギー庁が毎週発表している軽油の店頭価格は、1ℓ150円前後と告示当時の1.5倍になっている。
トラックの運行原価は、ドライバーの人件費が4割、燃料費が3割、トラックの償却費他が3割(中長距離運行では、燃料費の比率が約4割)と言われている。即ち、告示当時の『標準的な運賃』を100とすれば、燃料費の高騰分(3割分の1.5倍)を加味すれば、今日の水準では70+30×1.5=115となる。既に、『標準的な運賃』でも原価割れしかねない状況にあると言えよう」
(注)資源エネルギー庁「石油製品価格調査の結果(2023年12月27日14時公表)」によれば、2023年12月25日の軽油店頭現金売り小売価格は1ℓ154.5円。
国交省の検討会からは「標準的な運賃」の見直しを進めてきたが、2023年12月15日に平均8%引き上げることが提言され、本年1月以降、国交大臣の諮問機関である運輸審議会を開き、正式に決定することになる。提言では、距離制運賃は足元の物価高をふまえ、小型車は6.8%、中型車は6.5%、大型車は9.0%、トレーラーは12.3%それぞれ引き上げることを求めている(表1)。なお、この提言では軽油価格は1ℓ120円とされている(2023年11月末の軽油インタンク渡価格は125.5円)ので、実際の軽油価格より安い。
また、多重下請構造の是正等」については、「下請け手数料」を設定するほか、荷主と運送事業者の双方が運賃・料金等を記載した電子書面を交付することを明記するようにも提言している。
このような情勢から、「標準的な運賃」をテコとした、実勢運賃・料金の改定が進むものと思われるが、「荷主の2024年度物流費予算」に間に合うかが懸念される。それより重要なのは、各事業者が「運賃・料金の改定の声を上げなければ、運賃・料金は1円も上がらない」ということである。
それもくどいようであるが、自社の運送原価が明示できてこそ、「これだけ上げて欲しい」と運賃・料金の改定に向けての論理構成ができるというものである。
具体的な「価格交渉」については、国交省の「トラック運送事業者のための価格交渉ノウハウ・ハンドブック」を参考にされたい(これも、全ト協ホームページからダウンロードできる)。
これまで、荷主との「価格交渉」と言えば、「運賃叩き」しかなかったトラック運送事業者には、「経験もノウハウもないだろう」と官製「虎の巻」まで用意してあるので、積極的に活用されたい(国交省・全ト協では「運賃・料金の改定」交渉を、「価格交渉」としている)。
上記ハンドブックは2017年に作成されており、「標準的な運賃」などは盛り込まれていない。そこで、「ハンドブック」に「標準的な運賃」を加えて、自社に合った、自社として可能な戦術を考えて、急いで荷主との交渉に取りかかって欲しい。
例えば、
①「標準的な運賃」から、現行の運賃・料金を試算すると、●●%になる
②我が社の運送原価は、高騰している燃料費の購入価格などを基に計算すると、別表の通りである
と2種類の資料を示す。
さらに、「ドライバーの確保や燃料費の上昇などは自社の努力の限界を超えている」として、荷主の厳しい経営環境にも配慮したうえで、「2024年度は〇%、2025年度は、さらに〇%」と段階的に運賃・料金の改定を要請する。
「我が社が届出ている『標準的な運賃』は国交省が決めたものだから、これを基本にお願いしたい」と「標準的な運賃」ばかり前面に出すと、逆に「『標準的な運賃』の原価計算は、どのようなものか」「『標準的な運賃』の算定基礎(車両償却期間は5年、人件費単価は全産業平均、実車率は50%など)と、現行の運送原価の算定基礎は違うのではないか」などと、反論される恐れがある。
「反論」されて、スゴスゴと尻尾を巻いて交渉を終えれば、荷主には「協議に応じた」実績(いわゆる「公取委対策」)となってしまう。
「標準的な運賃」は、「標準貨物自動車運送約款」と同様に、不特定多数の顧客との運送取引を主な対象とするものであり、「契約運賃・料金」ではない。
したがって「標準的な運賃」は、あくまで「運賃・料金の改定」にあたっての「目安」として、自社の達成可能な範囲で改定交渉に当たられたい。
4.おわりに
繰り返すようであるが、「物流2024年問題」は4月1日スタートの長期戦になる。その前段として、ぜひとも2-(1)~(3)の取り組みと、1月中に荷主への「運賃・料金の改定」意思表明を行われたい。
新年早々、「運賃・料金の改定」が実現するは初夢をご覧になったかも知れない。しかし、夢は掲げているだけでは実現しない。夢や目標を達成するには、「いつまでに」
「何を」行うか決めて、着手する。「一年の計は元旦にあり」ではないが、このロジスティクス・レビュー誌を読まれたら、直ちに「1月の予定」「2月の予定」「3月の予定」を考えて、4月スタートに向けて行動に移して欲しい。荷主の「2024年度物流費予算」が決まるまで、残された時間は少ない。
2024年は、各社にとって「苦難」の年ではなく、長時間労働や低賃金という長年の問題の解決が進み、労働環境や労働条件の改善により人手不足も緩和され、安定的な物流サービスが提供できる「希望」の年であることを期待する。
以上
【参考資料】
1.(公社)全日本トラック協会ホームページ
2.jinjer株式会社ホームページ「物流・運送業界における勤怠管理に関する実態調査」
3.国土交通省「原価計算の活用に向けて」2017年
4.国土交通省「トラック運送事業者のための価格交渉ノウハウ・ハンドブック」2017年
5.(公社)日本ロジスティクスシステム協会「物流変革の波:2024年問題対応に向けた実態調査レポート」ほかホームページ
6.内閣官房・国土交通省・経済産業省・中小企業庁・資源エネルギー庁・公正取引委員会のホームページ
7.日本経済新聞・カーゴニュース・LNEWS・ロジスティクストゥディ等の記事
8.長谷川雅行「 100日を切った物流『2023年問題』500日を切った『物流2024年問題』(前編・後編)」ロジスティクス・レビュー誌第500号(2023年1月17日)・502号(同2月21日)
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