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経営戦略・経営管理

第520号 強いトラック会社はなぜ「内発的動機付け」を重視するのか。(2023年11月21日発行)

執筆者 久保田 精一
(合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表社員
城西大学経営学部 非常勤講師、運行管理者(貨物))

 執筆者略歴 ▼
  • 略歴
    • 1995年 東京大学 教養学部教養学科 卒
    • 1997~2004年 財務省系シンクタンク(財団法人日本システム開発研究所)
    • 2004~2015年 公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会 JILS総合研究所
    • 2015年7月~ 現職
    活動
    • 城西大学 非常勤講師
    • 流通経済大学 客員講師
    • 日本工業出版「流通ネットワーキング」編集委員 ほか(いずれも執筆時点)
    著書
    • 「ケースで読み解く経営戦略論」(八千代出版)※共著 ほか

 

目次

  • はじめに
  • ■トラック業界にも成長著しい企業がある
  • ■成長を左右する要因とは何か
  • ■成功するトラック会社に共通するのはモチベーションの高さ
  • ■外発的動機付けと内発的動機付け
  • ■外発的動機付けの仕組み
  • ■どうすれば内発的動機付けを活性化できるか
  • ■最後に
  •   

    はじめに

      2024年問題を背景にトラック運送業界への注目が高まっており、その経営高度化に向けた提言・議論を見る機会が増えている。例えば、求荷求車マッチングやAI配車を始めとしたDX推進の議論や自動運転などである。
      これら先進技術の導入が重要であることは疑いないが、労働集約的産業である以上、トラック運送業の経営を改善するためには、従業員のモチベーションを維持し、高めることが根本的に重要である。今回は、DXブームでともすれば忘れられがちな「動機付け」の問題を改めて考えてみたい。

    ■トラック業界にも成長著しい企業がある

      トラック運送業は、全体としてみれば低成長産業である。物流量を見るとバブル期をピークにほぼ右肩下がりに減少しているし、「法人企業統計」から「陸運業」の売上高の推移を見ると、バブル期以降はほとんど成長していない(ただし、これは内需系産業に共通する特徴でもあるが)。少子高齢化や産業の海外移転が進むなか、モノの動きそのものが一貫して低調である以上、これは当然のことだとも言える。
      ところが業界内を見渡すと、このような中にあっても、業績を大きく伸ばしている企業がある。上場企業の中には、株価が20倍程度に伸びた企業がある。非上場企業についても同様である。トラック会社を各都道府県に見て行くと、新興トラック会社が急成長し、都道府県のトップ企業に躍り出ているような事例を数多く挙げることができる。外から見ると地味に見えるかもしれないが、産業としてのダイナミズムに溢れているというのが、トラック業界の面白さでもある。

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    ■成長を左右する要因とは何か

      このように、トラック会社には大きく成長する企業と、そうでない企業とがあるわけだが、では、その差を分ける要因は何だろうか。
    経営戦略論的な思考に従えば、ポーター流の「ポジショニング」の巧拙や、あるいはオペレーション能力等の「ケイパビリティ(Capability、企業の組織的能力)」の優劣が重要だと言うことになるだろう。前者の議論は割愛するが、ケイパビリティという文脈で特に注目されるのは、配車マンの能力である。
      トラックの運行効率は配車の巧拙により左右される。配車マンの技量に大きく依存すると言っても良い。能力の高い配車マンを抱えることが経営の根幹であることは、トラック業界における常識である。
      ただし問題は、配車業務というのは意外にも「仕組み化」することが難しいという点である。例えばトラックの帰り荷がない場合を考えよう。帰り荷を単に確保するだけなら、ネット上のマッチングシステムから仕事を拾ってくれば良い。または、大手元請け運送業者に車ごと「お任せ」するようなこともある。しかしネットで簡単に見つかる帰り荷の多くは安価なものであり、運行の効率化にはならない。
      付加価値の高い配車を実現するには、例えば単価の高い帰り荷に合わせて発側の荷主に時間調整をお願いするといったように、配車マンが自ら能動的に動くことが求められるのである。この例から分かるとおり、配車マンの技量の高さとは、ルーティンを正確にこなすような技術的側面よりも、「努力」の側面が強い。これはある意味では「仕組み化」とは真逆のベクトルだとも言える。

    ■成功するトラック会社に共通するのはモチベーションの高さ

      言い換えると、トラック運送業の経営高度化には、効率的な配車に代表されるような「ケイパビリティ」(企業の組織的能力)が必要だが、これは情報システム等で自動的に実現できるものではない。従業員の有形無形の「努力」が必要なのである。これは現場のドライバーについても同様である。トラック運送業は外部からみると単純作業のように見えるかも知れないが、実際には改善へのモチベーションが生産性を大きく左右するようなタイプの業種である。
    そのため、トラック会社の経営では、「現場の努力を引き出すこと」、言い換えれば、モチベーションを高めることが重視される。
      冒頭に述べたとおり、各地に急成長しているトラック会社が数多く存在するが、これらに共通する特徴は、現場から管理層に至るモチベーションの高さである。地方の中小運送業だけでなく、売上1千億を超えるような上場企業でも、急成長しているトラック会社のモチベーションの高さは歴然としている。企業によって運んでいる貨物や荷主の種類などは様々であるものの、これに関しては例外が見当たらない。

    ■外発的動機付けと内発的動機付け

      このように経営にとって重要な「動機付け」だが、その手法としては、大きく2つに分類することができる。「内発的動機付け」と「外発的動機付け」の2種類である。
    このうち外発的動機付けとは、簡単に言えば「アメとムチ」である。営業マンに支払う成果報酬(インセンティブ)が「アメ」の典型である。対する「ムチ」としては、営業ノルマ未達の場合に給与をカットするというような、マイナスのインセンティブである。
      これに対して「内発的動機付け」とは、文字通り内面的な動機への働きかけである。「やりがい」「自己実現欲求」「組織貢献」などがここに含まれる。ある学説では、人間には「自律性」「有能性」「関係性」という3つの基本的欲求があり、金銭的なメリットがなくとも、これらを満たすことが動機となりうると言う。
      なお、難しい理論を持ち出さなくても、人間が金銭的メリットのない行動を取ることは理解できる。例えばスポーツや将棋などで点数を競い合うのは、有能性(自分は有能であると感じたい)といった非金銭的ものへの欲求が動機であることを容易に想像できるだろう。
      なお、内発的動機付けは、「報酬系」というキーワードで説明されることもある。脳内にはある条件が満たされた時に(ドーパミンが放出されて)喜びを感じるという、「報酬系」という仕組みがあり、これが「スポーツでの勝利」といった行動を促すというものである。

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    ■外発的動機付けの仕組み

      以上を踏まえ、トラック運送業における動機付けについて具体的に考えて行こう。
    まず、トラック運送業では、動機付けのための工夫が随所で見られるということを指摘しておきたい。
      例えば現場のドライバーには成果給の仕組みが広く導入されている。
      貸切運行の場合、ドライバーごとの売上高を簡単に計算することができる。そこで、ドライバーの「努力」を給与に反映するため、「売上高の2割を成果給として還元する」といった給与体系を多くの企業を採用している。また、ドライバーに「セールス」の役割を担わせている企業もある。ドライバーは顧客との接点であり、新たな営業案件に直に接しうる立場にあるからである。その場合、ドライバーが新規に獲得した業務の一定割合を、当該ドライバーに還元する仕組みを採用しているケースもある。
      以上はいずれも「金銭的インセンティブ」に相当するものであるが、このような外発的動機付けには限界がある。なぜなら、トラック運送業は非常に薄利であり、インセンティブの原資には限りがあるためだ。不動産業や保険営業等と比べると明らかだが、トラック運送業で、不動産業で見られるような高額なインセンティブを支払うことは不可能である。つまり、「外発的動機付け」は確かに重要だが、成果給等の外発的動機付けだけで組織を活性化するのは難しいということになる。

    ■どうすれば内発的動機付けを活性化できるか

      そこで重要になるのが内発的動機付けである。
    内発的動機付けは金銭のように目に見えるものではない分、理解するのが難しいが、重要ポイントをいくつか挙げておきたい。
      1点目のポイントは、目標設定である。動機付けは目標設定と表裏一体の関係にある。ゴールのない競争には達成願望は生じにくい。その意味で、そもそも目標がない場合は論外だが、目標達成への道筋が分かりにくい場合も問題である(例えば、目標達成の評価に上司の差配余地が大きい場合)。また、非現実的な目標は、達成への願望を損なうことになる。
      2点目として、目標達成に対する組織的評価の問題が挙げられる。
      内発的動機付けは、組織との関係性の要素を多分に含む。目標達成への動機付けは、それによって「自己の有能性を評価されること」「組織から是認される」ことなどの期待と密接に関わっている。
      目標達成が組織から評価される、というのは、一見当然のことのようだが、実際には嫉妬・妬みなどネガティブな反応を受けることもある。努力する従業員が、陰では馬鹿にされるということもある。このように、目標達成が組織的評価と乖離している場合には、内発的動機付けは生じず、「やりがい」には繋がらない。
      組織の中でこのような、アンビバレントな状況を生む原因の一つは、組織全体の目指すベクトルと、個々の従業員が目指すベクトルにズレが生じがちだという点である。
      例えば、配車マンが、従来は空車の時間帯に新たな業務を割り当てて、実車率の高い効率的な配車を組むケースを考えてみよう。これは実車率の向上を通じて、組織全体の生産性向上につながる。一方、新たな業務を割り当てられたドライバーはどうか。仕事が増えて疎ましく思うかもしれないだろう。これは、組織と従業員との方向性にズレが生じているからである。
      このようなズレが特に生じがちなのは、従業員内に、経営トップの思考に対する疑念や反発が広がっているような企業である。このような企業では、賞罰等の外発的動機付けによって従業員を誘導しようとしても、意識のズレは埋まらない。
      これとは逆に、現場が経営トップの思考に共鳴しているような企業では、ズレが生じる余地がない。これは、伸びているトラック会社に共通して見られる傾向でもある。
      従業員の「やりがい」の根幹には所属集団(この場合は会社)への貢献欲求がある。会社が従業員に望むことを正しく示さなければ、従業員の「やりがい」も生じないということである。

    図表 内発的動機付けを活性化させるポイント
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    ■最後に

      トラック会社の経営は、冒頭に述べたDX対応といった技術的側面のほか、財務面、顧客基盤等、様々な観点から議論されている。これはいずれも重要な要素ではあるが、モチベーションの問題を抜きにした「トラック会社の経営論」からは、机上の空論の感を拭いきれない。DXやAIが普及したとしても、当面の間、トラック運送業が労働集約的産業であることは変わりが無い。従業員の動機付け、特に内発的動機付けは、トラック会社の経営の根幹とも言える重要な論点であることを強調しておきたい。


    (C)2023 Seiichi Kubota & Sakata Warehouse, Inc.

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