第381号 卸売市場を主体とした生鮮食品サプライチェーンの現状と課題(前編) (2018年2月8日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 (流通経済大学 客員講師 株式会社日通総合研究所 経済研究部 顧問) |
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執筆者略歴 ▼
目次
1.はじめに
筆者の元・勤務地は、旧・神田市場(東京都中央卸売市場神田市場)の近くにあったので、秋葉原駅から神田市場の脇を通勤していた。
朝の通勤時は、セリが終わって、買出人である青果商や外食業者(飲食店・料理屋など)が「荷」を引き取るときで、賑やかであった。その後、神田市場は大田に移転したが、暫くは大田市場(同大田市場)まで連絡用の都バスが出ていた。
入社直後は、足立市場(同足立市場。通称「千住市場」)のミカン配達作業の応援に行った。当時の品川駅には、年末になると四国からのミカンの臨時専用列車が着いて、都内や近県の各卸売市場に配達していた。
足立市場が臨時に借りた、プロ野球球団の元・ロッテのホームグラウンドであった旧・東京球場のスタンド下へミカンを配達し、「特秀・秀・優良」や「L・M・S」でパレットに仕分けた。今でもそうだが、青果物は、同じ品目(ミカン)でも産地(生産者)・ブランド・サイズ・等級で細かく分かれているので、荷卸しするときは仕分けなくてはならない。
その後、経済調査機関に出向した時に、埼玉大学の秋谷先生(参考文献2)のお供をして、欧州の食品流通を視察した。移転したばかりの仏ランジェス中央卸売市場、スイス・ミグロス生協、スエーデン・KF生協、EC(=当時)本部など、いずれも大いに勉強になった。
なお、ランジェスはEUの国際卸売市場に発展し、先般、小池東京都知事も豊洲新市場の参考として見学した(その後、パリのホテルで衆院選の敗北会見をした)が、今ではEUの重荷になっているとも聞く。
会社に戻って、大手GMSを担当したときは、産直ギフトのシステム構築で、バイヤーと特産地やハムメーカーを回ったこともあり、食肉流通の一端を垣間見た。
その後、中小企業診断士の三次試験(実習)で杉並区の青果店を担当し、早朝から大田市場に行ってセリを見たり、店頭で消費者の購買動向を調べた。さらに、墨田区の地元スーパーの経営診断も行い、生鮮三品(青果・鮮魚・精肉)の流通実態や商圏調査を学んだ。
こうやって振り返ると、元々食い意地が張っているためか、食品流通から離れられないようだ。
そのためか、会社を卒業しても、卸売市場流通に関係した調査を、2016年度は水産物、2017年度は青果物と、2年間続けているが、漁港や選果場を回ると、我が国の生鮮品流通・物流や農水産業の実態が見えてくる。
ここでは、激変しつつある卸売市場流通の現状をレポートして、その課題と展望について私見を述べたい(ここでは、食肉・花卉を除いて、青果物・水産物について述べることにする。また、農協・漁協との経営問題やTPP・輸出入等も誌面の都合で除くことにする。データについて、関心のある読者は参考文献3を参照されたい)。
2.市場流通と市場外流通の現状
卸売市場については、「卸売市場法」(昭和46年法律第35号、直近の改正は、平成25年6月14日)で定められている。
その第二条「定義」では
「この法律において『生鮮食料品等』とは、野菜、果実、魚類、肉類等の生鮮食料品その他一般消費者が日常生活の用に供する食料品及び花きその他一般消費者の日常生活と密接な関係を有する農畜水産物で政令で定めるものをいう。
2 この法律において『卸売市場』とは、生鮮食料品等の卸売のために開設される市場であつて、卸売場、自動車駐車場その他の生鮮食料品等の取引及び荷さばきに必要な施設を設けて継続して開場されるものをいう(下線は筆者)。
3 この法律において『中央卸売市場』とは、生鮮食料品等の流通及び消費上特に重要な都市及びその周辺の地域における生鮮食料品等の円滑な流通を確保するための生鮮食料品等の卸売の中核的拠点となるとともに、当該地域外の広域にわたる生鮮食料品等の流通の改善にも資するものとして、第八条の規定により農林水産大臣の認可を受けて開設される卸売市場をいう。
4 この法律において『地方卸売市場』とは、中央卸売市場以外の卸売市場で、その施設が政令で定める規模以上のものをいう。」
と定められている。
そこで、卸売市場法で定められた中央卸売市場(1項で述べた、旧・神田市場、大田市場、足立市場は、築地市場と同じように、東京都中央卸売市場の「分場」である)と地方卸売市場に分類されるが、青果物と水産物では市場の機能・構成も異なる。
中央卸売市場・地方卸売市場の卸売業者(以下、「荷受」)は卸売市場法で、産地から送られてくる青果物・水産物を全量荷受け(委託集荷)しなければならない。
(注)「受託拒否の禁止」という。卸売市場法ではその他「即日全量上場」「セリ・入札販売」「仲卸業者(以下、「仲卸」)ないし売買参加者(以下、「買出人」)以外への販売(第三者販売)の禁止」「商物一致」などの原則が定められているが、その幾つかは、空文化していると言われている)。
荷受の販売手数料は自由化されているが、低率なので「薄利多売」にならざるを得ない。一方で、後述するように産地に対する支払いサイトは短いので、資金力が求められる。
卸売市場では、消費者向けにアピールするため、見学ツアー(横浜市中央卸売市場水産部など)やパンフレットを作成している(図表1)
出所:札幌市中央卸売市場パンフレット(平成29年版)
http://www.sapporo-market.gr.jp/doc/H29%20%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88(%E8%A1%A8%E8%A3%8F).pdf
水産物と青果物では、卸売市場流通が少し異なるので、簡単に紹介したい。
(1)水産物
水産物には、漁港等に開設された産地卸売市場(以下、産地市場)と、消費地卸売市場(以下、消費地市場)がある。八戸・銚子・三浦などは産地市場で、築地・横浜などは消費地市場である。生産者から消費者までは、図表3のように、通常は流通6段階を経ることになる。筆者も知床斜里や気仙沼の産地市場まで出かけた。
なかには、産地の漁港(三重県伊勢市)から消費地(大阪市鶴橋)まで、産地業者が朝獲れの水産物を、専用電車で直接運ぶという例もある(写真3参照。以前は、京成電鉄でも千葉からの行商電車があった)。
最近は、鮮魚の比率が低下して、冷凍品・加工品・輸入品の比率が高まるとともに、後述する農産物と同様に市場外流通のウェイトが増えている。
市場外流通では、中島水産・魚力・マルイチ産商などの専門卸売業が、産地から直接買い付けてスーパーや自社店舗に供給するような例もある。さらには、高価なヒラメやカニ等に特化して、各産地を回って買い付けて高級料理店等に直売する専門業者も存在する。
また、EC(電子商取引)を利用して、産地から飲食店等に直接供給する八面六臂・羽田市場など、全く新しい流通システムを構築している例もある。4項では、築地市場の仲卸が共同で始めた「いなせり」の事例を紹介する。
スーパーの例では、カスミではバイヤーが水戸地方卸売市場で買い付けて来る。スーパーのエージェントである仲卸が、産地から相対取引で買い付ける例も多い。
(2)青果物
青果物は水産物と異なり、産地卸売市場がないので、流通は図表4のように5段階になる。
生産者の多くは農協(JA)を経由して出荷(系統出荷)するが、ブランド性の強い生産者はJAを通さず、消費地市場に直接出荷することもある。なかには、需要の強いショウガに、需要の弱いゴボウを抱合せ販売する、四国某県のような事例もある。最近は、「生産者の顔が見える」ことを望む消費者欲求から、従来の「産地」別に加えて、「生産者」別(共撰から個撰へ)という品目分類が増えている。
(3)市場外流通の増大
スーパーでは、青果売場の定番であるキュウリ・トマト・ホウレン草・キャベツ・レタス・タマネギ・ニンジン・馬鈴薯・白菜は欠かせない。不作・品薄・高価時にもこれら定番商品を確保するため、産地から事前相対取引で「荷」を確保する。スーパーにとって青果物・水産物仕入れは、「定時・定量・定質・定価」でなくてはならない。
そのため、青果物・水産物とも市場外流通が増え、消費者向けに小分け・パック詰めする流通加工が必要となる。それを、スーパー専属のエージェント化(下請化)した仲卸が行う例も多い。
市場に出荷するために、玉ねぎを網袋に詰めたり、ピーマンを小分け・ビニール袋に詰める等の流通加工業者は、産地でもよく見られる。一部では、物流業者も農水産物の流通加工を請け負っている。
成田空港では、北米東岸から空輸されてきた木箱入りの生鮮マグロに、氷を足して国内貨物として各地に転送しているが、これも流通加工の一種と言えよう。
卸売市場内の荷役業者を「小揚」という。かつては船や貨車から水産品を卸して市場内の所定の場所へ運んだり、セリ・相対で取引された水産物を仲卸まで運搬していた。小揚のなかには、セリにかけるマグロの尾を切る(セリ人や仲卸は、切り口の脂の乗り具合でマグロの品質を見極める)専門職もいた。これなど、「職人技」の流通加工と言えよう。
ちなみに、青果物のマスクメロンと同様に、水産物もマグロは特別扱いで、他の水産物とは別の売り場・セリ場で扱われ、小揚も特定業者の場合が多い。大田市場でのマスクメロンのセリ値、築地市場での生鮮マグロのセリ値が、全国の卸売市場や市場外流通の基準価格になっているとも言われる。その結果、生鮮マグロは氷詰めされて全国に直送される。筆者が見た例では、鳥取境港で水揚げされた生鮮マグロが、遠く札幌市中央卸売市場に届いていた。
一方で、消費者からのニーズもあり、「地産地消」も増加している。古くは、1項の「千葉のオバサン行商」や、軽トラックによる引き売りがある。最近では、後述するように、「道の駅」などの直売所での売上げが増えているようだ。
また、オイシックスドット大地(https://www.oisixdotdaichi.co.jp/)のように、地産地消をセールスポイントとして、消費者と直結するビジネスを展開している例も多い。
その結果、卸売市場経由の比率は低下して、図表5に見るように、北海道のスーパーの例では、青果物で3割になっている。
今や、農水産物流通全体に占める卸売市場で取引されるシェアは、約3割と言われている(後述するように、通過する物量はもう少し比率が高い)。
筆者が調査した北海道のJAでは、担当者が、毎日、全国の卸売市場の取扱量とセリ値を電話で聞いて、需要が強くセリ値が高い市場向けに出荷しており、まるで株式か為替のトレーダーのようであった。
また、大規模農家では出荷シーズンには1日100万円以上も出荷するので、1円でも高く売るよう、JA担当者には重圧もかかる。
なお、筆者が携わった調査では、水産物流通については、道東(知床斜里)・道南(襟裳・様似)から札幌まで、農産物流通については、道央(上川当麻)・道南(函館七重)から札幌までを追跡して、札幌中央卸売市場には深夜に何度も足を運んで荷卸しの実態を見るほか、荷主(産地業者)・荷受・運送事業者にもヒアリングを重ねた。
【参考文献】
- 濱田武士「魚と日本人」岩波新書、2016年。同「日本漁業の真実」ちくま新書、2014年
- 秋谷重男/食品流通研究会編「卸売市場に未来はあるか」日経新聞社、1996年
- 農産品物流対策関係省庁連絡会議「農産物物流の改善効率化に向けて(中間とりまとめ)」および同会議資料、2017年
- 農林水産省「第10次卸売市場整備基本方針」および同「参考資料」、2016年
- 内閣府規制改革推進会議「規制改革推進に関する第1次答申~明日への扉を開く~」(2017.5.23)。「規制改革実施計画」(2017.6.9閣議決定)
- 農林水産省・横浜市中央卸売市場・札幌市中央卸売市場・国土交通省・厚生労働省・内閣府ほか文中各社・団体のホームページ
- 日経ビジネス(2017.9.11号)、産経新聞(2017.11.23)他、各誌紙
- 流通ネットワーキング(2017.11~12月号)「特集『生鮮食品流通』」
- 「報道特集」(2017.10.28放送、TBS)「ガイアの夜明け」(2017.10.31放送、テレビ東京)他、各報道番組
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