第451号 ドライバーはなぜ会社を辞めるのか ~従業員満足度(ES)調査による離職・定着要因の把握~(前編)(2021年1月7日発行)
執筆者 | 久保田 精一 (合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表社員 城西大学経営学部 非常勤講師、運行管理者(貨物)) |
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目次
1.はじめに
今年前半は、コロナ禍により一時的に物流量の著しい減少が起きた。これによりトラックの需給が一気に緩んだことは周知のとおりだ。現時点ではまだ需給が悪化したままの状況であり、今後の見通しは不透明である。
しかし経済活動は様々な分野で再始動しつつあり、物流量も年度後半から回復することを、多くの物流会社が予想している。また、宅配分野は、コロナ特需で急増した貨物量が引き続き高水準を維持している。
このような状況から、当面、運賃水準については下落基調であるものの、トラックの需給自体はある程度回復するというのが大方の予想である。
そして今後物流量の回復が進むと同時に、ドライバー不足の問題が社会的な課題として浮上するのはほぼ確実だ。
運送業は長時間労働・低賃金というイメージが定着している。さらに若年層の「クルマ離れ」の傾向もあって、若手ドライバーが極端に不足する状況が続いている。一方で現在のボリューム層である50~60前後の年齢層は、大量退職の時期が近づいている。このような状況でドライバーの絶対数を維持するのが困難なのは明らかだ。
2.ドライバー確保とESの重要性
では、予想される事態に対し、運送業はどのような対策を取ることができるだろうか?
当たり前のことだが、従業員数は「入ってくる数=採用数」と「出て行く数=退職数」のバランスで決まってくる。従ってこの問題への答えは、「採用者と離職数(または定着数)をバランスさせること」以外にない。
一方、これまで運送業の雇用対策は、採用の強化に偏重する傾向があった。「門戸を広く開いて採用し、辞める人間は引き留めない」──これが雇用に対する運送業の基本的なスタンスだったと言えるだろう。これは過去30年続いた人材余剰の時代には合理的だったのかもしれない。しかしこれからは、人材の獲得競争での勝ち負けが、企業の経営を左右する時代である。運送業も他の業種に遅れることなく、定着化に舵を切る必要がある。
では、定着化に向けて各企業はどのような対策を取るべきだろうか?
定着化は色々な視点から取り組むことが可能だ。しかし、企業が最初に実施すべきなのは、定着化しない要因、すなわち退職が生じる事由・要因をきちんと把握することだ。問題への対策を立てるにはまず、問題を生じている要因を把握することが第一である。
このように考えると、従業員の仕事への満足度を定量的に把握する「従業員満足度調査(ES調査)」は定着化対策の柱であり、人材不足に悩む業界は広く取り入れるべき取り組みだ。一方、運送業でES調査を実施している会社は少数に留まっている。
そこで本稿では、運送各社がドライバーに対するESの把握を進めていただく参考となるよう、当方で実施したES調査の概要を紹介したい。具体的には、調査から明らかになった定着化要因(または離職要因)を紹介し、ドライバーの離職や人材不足の発生要因への理解を深める一助としたい。
なお最初にポイントだけを要約すると、調査からはおおよそ以下のようなESの傾向が見られる。これはドライバーの定着化への課題であると同時に、離職の要因ともなる。
①一般に、身体的負荷(荷卸し作業等)への不満が大きい
②長距離ドライバーは満足度が著しく低く、身体的負荷およびワークライフバランスへの不満がその主因である
③長距離ドライバーは給与面の処遇についても不満が強い
④コミュニケーション面での不満も顕著であり、性別・輸送距離帯によっては主要な不満要因となっている
⑤満足度の中身を見ると男女差が大きく、女性はワークライフバランス面への不満が大きい
(調査方法)
なお調査方法について簡単に紹介する。
ここで実施したES調査の調査項目は図表1に掲げた約20項目である。調査は現役ドライバー(約160名)を対象に、ウェブを利用して実施した。なお、詳細については参考文献を参照いただきたい。
3.ESと定着意向とは密接に関係
言うまでも無いが、離職は従業員満足度の低下と密接に関係する。
もちろん、健康上の問題や家族の意向など、職場環境と余り関わりなく発生する離職要因もある。しかしこのような、ある意味で企業としては対処困難なものが主たる離職理由ではない。
むしろ、ワークライフバランスや社内の人間関係・好き嫌いなど、会社サイドである程度コントロール可能な要因が主たる離職要因となっている企業が多い。そして離職に繋がるこのような問題は、ESである程度把握できるのである。図表2では、ESの評価点と、職場への定着意向との関係を示したものである。図から明らかなとおり、この2つは明確に相関している。統計的に言えば、両者の相関の強さを示す「決定係数(R2)」は0.5を超えており、定着意向のかなりの部分をESで説明できると言える。
横軸の「定着意向」は、右側ほど現在の職場に定着したい(離職したくない)意向を持っていることを示す。
4.身体的負荷が不満の主因
ここからは、さらに詳細に統計的な分析を進める。
まず図表3では、ESの各評価項目と、定着意向との相関係数を算出し、相関係数が高い順にリスト化した。分かりやすく言えば、図表上位の項目ほど、定着化(または離職意向)に強い影響を与える項目ということになる。
この結果を見ると、もっとも影響が大きいのは「1)荷扱い等の作業負荷」である。次に「2)運行時間・距離の長さ」「3)勤務時間・残業時間」といった項目が続く。
荷扱い作業がドライバーの離職に繋がるというのは、これまでも指摘されてきたが、データからも明確な傾向が確認できたということになる。また、2位、3位に挙げられる勤務時間や運行時間の問題、すなわち残業が多かったり、宿泊を伴う業務は、特に近年、忌避されがちな業務だが、この傾向がデータに反映しているということだろう。
後者については、「家族で過ごす時間が減る」といったワークライフバランス上の問題としての側面もあるが、やはり一義的には、長時間労働による身体的負荷の問題が大きい。
このように、端的に言えば、身体的負荷の問題がドライバーの不満の主因であり、負荷の高い職場がドライバーに嫌われていることが分かる。
なお、後述するが、これらの不満はいずれも長距離ドライバーの不満と重なる。長距離ドライバーは、過度な長時間労働などによって強い不満を感じており、これがドライバー全体のES低下に繋がっている。よってこれらの問題に対しては、例えば中継輸送を導入する等により、計画的に解消していくことで対処していくことが望まれる。
5.長距離・短距離の違い~ワークライフバランス、給与差、コミュニケーションなど
前項で少し述べたが、ESの評価傾向は距離帯など輸送業務の種類によって大きく左右される。そこで本項では、輸送業務の種類とES等の関係性について紹介することとしたい。
図表4は、輸送業務の種類別に、ESの評価点、定着意向の平均点を整理したものである。この図から、長距離輸送では極端にESが低く、また定着意向も低い(=離職意向が強い)傾向が確認できるだろう。
このように、長距離輸送はESが極端に低く、これがドライバー全体のES低下に大きく影響しているのだが、長距離輸送は他の業務と比べて、ESの内訳も大きく異なっている。この点を以下で説明しよう。
図表5は、輸送業務の種類別に、評価項目ごとのESを折れ線グラフで図示したものである。
赤線の折れ線が、長距離輸送のドライバーである。長距離はすべての業務種類のなかで、ESが顕著に低いことが分かるが、細かく見ると項目によって傾向が異なる。
まず、図の右側に赤枠で囲んだ「勤務時間・勤務日数」の項目では、長距離は値が著しく低い。これは前述の通り身体的負荷等に起因する問題であり、常識的に理解できる傾向である。
むしろ意外なのは、図表5の中央に示す、「給料」の満足度が著しく低い点である。一般的に、「長距離は仕事はキツいが稼げる」というイメージがあり、実際、以前は「大型・長距離」のドライバーほど給与が高かった。しかし昨今はドライバーの給与は成果連動型にシフトしてきており、長距離=高収入という図式は成り立たなくなってきている。
長距離運行による収入のプラスと、長時間勤務によるマイナスとを比較衡量したときに、ドライバーにとってのコストメリットが低下していることが推察され、長距離ドライバーのES低下の主要な要因となっている可能性が高い。
もう一点、図表5からは、「社内の人間関係」に関わるESが、長距離ドライバーは顕著に低いという傾向が見てとれる。この点も、ESを考えるうえで重要なポイントである。
長距離ドライバーは週に1回だけ帰宅するといった運行もごく一般的だ。そのため勤務中は基本的に孤独であり、会社で同僚や配車マンとのコミュニケーションは希薄になりがちである。
運行途上での無線等を通じたやりとりは、運行指示等の業務連絡や遅延などトラブル対応の内容が中心となる。このような社内のコミュニケーションから受けるストレス・不満がESの低下に繋がっている可能性がある。このようなコミュニケーション上の問題点についても、ES向上の観点で対策を考えることが必要である。
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