第446号 RPAは物流を救うか(2020年10月20日発行)
執筆者 | 山田 健 (中小企業診断士 流通経済大学非常勤講師) |
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目次
I.いまさらRPA?
ひところマスコミなどに盛んに取り上げられていたRPAの記事を、最近はあまり見かけなくなったような気がする。それなりに普及・定着して話題性がなくなったのか、あるいは期待したほどの成果が得られていないのか。理由は定かでないが、いずれにしてもRPAを取り上げることについては「いまさら」という感がないわけではない。
ただ、新型コロナの感染拡大で在宅勤務を取り入れようすれば事務省力は必須である。しかも定型業務の繰り返しといわれる物流事務とRPAとの相性は悪くない。そのわりには、現段階での物流業界への普及は今一つというのが実感である。筆者なりにいくつかの導入のお手伝いしてきたが、正直なところ、その結果も決して満足できるものではない。一方、その過程で業界の抱えている本質的な課題も見えてきた。
そこで、今回はつたない経験ながら、こうした課題を整理し、あわせて向かうべき方向性などを考えていきたい。
II.あらためてRPAとは
RPAとは「Robotic Process Automation /ロボティック・プロセス・オートメーション」の略語で、ホワイトカラーが行うパソコン操作をソフトウェアのロボットに記録(模倣)させて、デスクワークを効率化・自動化する仕組みのことである。RPAツールに任せたい作業をパソコン上で実践すると、RPAツールが操作手順をシナリオと呼ぶRPAツールの動作ルールに置き換えて記憶し、次回からその作業をシナリオに基づき再現してくれる。日本国内では2016年から使われ始め、その分かりやすさや、即効性から2017年には大ブームが始まったといわれている。
図表1は、勤怠管理のCSVデータを労務部門の担当者が人事給与管理システムに手入力する業務をRPAで行う場合のイメージである。各部門で記録したCSV形式のデータをRPAに読み込ませ、統一した書式に変換しシステムへ自動入力する。
担当者がデータ入力作業から解放され、人的な入力ミスもなくなる。しかも、365日24時間無休で働いてくれる。理想のロボットである。
産業界では銀行や大手商社などがいち早く取り入れ、労働時間の削減に大きな成果を得ている。
III.ドライバーより足りない事務員
ここで本題の物流業界に戻ろう。新型コロナの影響で、食品や日用品、ネット通販宅配業界などは未曽有の人手不足に直面している一方、それ以外の素材、部品、自動車などが大きく落ち込んでいる。しかしここでは、いずれこの新型コロナが収束し、通常の物流が回復することを前提に議論を進めたい。
物流業界では、ドライバーや物流センターでの作業者の不足が報じられることが多いが、それ以上に深刻なのは、後方事務を担うスタッフであることは意外と知られていない。
少々古いデータであるが、図表2の有効求人倍率(2018年)では、「自動車運転」の倍率が2.98に対して、「運輸・郵便事務」が4.12と4割近く高い。ドライバーより事務スタッフの人手不足ははるかに深刻なのである。
物流会社の事務スタッフと一言でいっても、その業務範囲は総務・労務から経理、営業まで幅広い。その中で本当に足りないのは、配車業務と傭車手配、それに付属する関係先への連絡、支払い運賃精算、請求書作成といったトラック運行に直接かかわる事務全般である。その業務はたいてい、手書きからEXCELへの入力、帳票から別の帳票への転記など単純作業の繰り返しであるが、その作業量は驚くほど多い。
IV.配車支援システムでは解決しない
これらの業務は「配車業務」と一括りでとらえられがちであり、それゆえに配車業務を自動化、省力化するTMS(Transport Management System:配車管理システム)、自動配車ソフトなどで解決すると思われがちである。
ところが、現実の配車業務自体はそれほど手間のかかるものではないし、費やす時間もそれほどではないことが多い。多くの物流現場では日々の納品先はほぼ固定化されており、物量は変動するものの配車パターンはおおよそ決まっている。
むしろ事務スタッフの勤務を長時間化させるのは、配車業務に付随する連絡・手配・調整・精算事務である。この「付随業務」が長時間労働を招き、人手不足につながっている可能性は高い。
「せっかくTMSなどのシステムがあるんだから、付随業務もシステム化すればいいではないか」と考える方も多いだろう。筆者もそう考え、いくつものソフト会社に依頼したことがあるが、すべて失敗に終わった。後で詳しく述べる理由により、カスタマイズが複雑すぎて手間と費用がかかりすぎてしまうためである。一般的に、ソフト会社は手間のかかるカスタマイズを敬遠する。パッケージを売った方が楽だし儲かる。
本来、RPAはこのような業務に向いている。理屈の上では、担当者が自らの操作手順(シナリオ)をRPAツールに記憶させることで、どのような個別「カスタマイズ」でも容易に再現できる。
こうした配車付随業務に限らず、一般的に物流にかかわる事務処理は単純なデータや文字の写し替え作業が多く、RPAとの「相性」は悪くないはずである。
V.RPAのつまずき
ところが、理屈通りに事は運ばなかった。こう表現すると、「なんだ、やはりRPAは物流では使えないのか」と思われるかもしれない。正確にいえば、原因はRPAではなく、使う側(もちろんそれを支援した筆者側にも)にあった。
●業務の標準化が先
考えてみれば当たり前のことであるが、RPAに限らずシステムは決められたことを決められたとおり正確に、しかも人間よりはるかに迅速に行ってくれる。そのかわり、手順が整理・標準化されていない業務を勝手に「忖度」して動いてはくれない。なんでも魔法のように自動化してくれるわけではない。
大手物流事業者などが導入するRPAで成功しているのは、もともと業務が標準化されている勤怠管理、人事管理などの定型業務である。
それに対し、配車関連業務をはじめとする事務作業には標準化以前のものが少なくない。たとえば、傭車に配送業務を委託する場合、A地点からB地点へ単純に運ぶだけではなく、さまざまな付帯業務も併せて依頼する。「この納品先では返品を、こちらでは空容器と空パレットを回収して」といった具合である。担当者の頭の中で差配しているこれらの業務を整理し、いくつかのパターンに分類できるレベルに標準化できなければ機械に任せることはできない。
物流センターの業務でも同じようなことがあった。輸入食品を扱うある物流センターでは、海上コンテナから取り出した商品のダメージを1ケースごとにチェックする業務が発生する。検品結果を輸入者に報告し、ダメージ品は輸入者(荷主)から輸出者へクレームとして処理をするためである。
検品結果は、コンテナごとのチェックシートに商品ダメージの程度を手書きで記入し、それをパソコンに入力して荷主へ提出する。毎日数時間を要している数十枚におよぶ入力作業をRPAで自動化すれば大きな省力化になる。手書きされたチェックシートをOCRで読み込み、データ化してフォーマットに写し替えればよい。
ところが、ここに大きな問題があった。ダメージの表現にルールがないのである。検品者がそれぞれ「箱つぶれ」「箱汚れ」「箱破れ」など、勝手にダメージの状況や程度を記入している。RPA化しても、ただ文字をデータに置き換えるだけの処理となってしまうし、現場で走り書きした筆記をOCRに読む精度も落ちる。そもそもこれではダメージの程度を定量的、客観的に評価できない。このような報告でよく荷主も納得していたものである。
このケースでは、前段階としてダメージの内容、程度をパターン化し、文字ではなく番号などでの表記に置き換える、つまり標準化することが必要である。そのように指導し、荷主との調整作業が続いているようだが、なぜか荷主の同意が得られず進捗ははかばかしくない。
残念ながら物流現場ではこのように、RPA以前の「業務の標準化」自体が進まず、荷主との調整も進まないケースが少なくない。
●OCRの限界
物流事務情報化・自動化の問題は、「出発点が手書き文字」であることにもある。EXCELなどデータ化されている情報をプリントアウトし、そこに文字を書き込んでいるので手書きと一緒である。RPAで一連の業務を自動化しようとすれば、初期段階で手書き文字をOCR(Optical Character Reader)で読み込んでデータ化することが必要なる。
ただ、現場で手書きした文字は読み間違いが発生(人でも読みづらい)したり、枠をはみ出したりして正確に読めないこともある。そうなると読み込んだ文字をRPAに取り込む段階でのチェック作業が発生してしまい、結局は人手が必要となってしまう。
最近では、AI技術を組み合わせることで、機械学習による文字認識率の向上や、帳票フォーマットの設計をせずに、項目を抽出することが可能となるAI-OCRなども登場しているが、それなりのコストがかかる。
こういった手間やコストが発生することが分かった時点で、たいていの現場では「そんな面倒なことするくらいなら今のままでいいや」ということになってしまう。
手書きを出発点としている限りRPAは先に進まない。情報化・自動化の出発点はデジタルデータである。先の検品業務の例では、まず業務を標準化したうえで現場でタブレットなどに情報を直接入力する仕組みを作ることが先決である。そうすればRPAさえも不要となってしまうかもしれない。
●経営陣の無関心
中堅以下の規模の物流事業者でよくあるのが、経営陣の無関心である。経営者はともすればトラックが足りないとか現場のパートさんが集まらない、といった作業に直結する問題には関心が高いものの、事務スタッフなどの間接部門の問題にはあまり興味を示さないことが多い。
実際、スタッフはもちろんのこと経営者からも「RPAって何?」と聞かれることは珍しくない。ある経営者は筆者がRPAの説明で「Robotic」という単語を出したところ、ロボットのための席を新たに用意しなくてはいけないのかと、半ば冗談、半ば本気で思ったそうである。
経営者の関心が薄いと仮にRPAを導入しようとした場合でも、現場で壁にぶつかると簡単にあきらめてしまう。あきらめないまでも、ちょっとした課題でも先送りを繰り返すことでやがてトーンダウンし立ち消えになってしまうことがわかっている。
現場は新しいことへの取り組みはなるべく避けたいという心理が働いて、できない理由を探すことが多い。「どうせ経営者はあまり関心がないのだし、できないいい理由ができた」とばかりに手を引いてしまう。筆者はそうした場面に何度も遭遇してきた。
現場が途中であきらめないためには、「中心となる人物」を見極め、経営者が最後までしつこくフォローすることである。どのような現場でも、必ず一人は積極的に取り組もうという姿勢を持つスタッフがいる。ただせっかくの人物も、放っておくと後ろ向きな周りの雰囲気に染まり、流されて「同化」してしまう。経営者は役職に関係なく、早い段階でこのような中心人物を見つけ出すことである。
●そもそも現場は本当に時間短縮したいのか
最大の問題と思われるのは、そもそも現場は本気で自分たちの業務を効率化したいと思っているのか、という点である。「そんなバカな」と思われるかもしれないが、筆者のつたない経験の中で感じてきた偽らざる感想である。
これは前項の経営者の関心とも密接に関連する。往々にして物流の現場では、業務を改善し、労働時間を短縮することに消極的である。本人は明確に意識しないまでも、無言のオーラを感じることがある。現場の担当者が本気で取り組まないことにはどのようなツールも導入できないし、導入しても役に立たない。
システムを導入するため、あるITベンダーの担当者と一緒に物流現場スタッフとミーティングを行ったのだが、「現場のモラール(労働意欲・士気)があまりにも低くて驚いた」と後に担当者から感想を漏らされたこともあった。
RPAを始めとしたシステム化に積極的になれない理由の一つに、「時間外が減って収入がダウンする」という心理が働いていることがある。とても残念なことだが、その根底には物流業の賃金の低さを時間外でカバーしているという現実も見え隠れしており、問題の根は深い。
トラックの運行や物流センターの作業など、直接作業の生産性はどんなにがんばってもせいぜい20~50%程度しかアップできない。100メートルを10秒で走るのをどんなに縮めてもせいぜい7~8秒が限界なのと同じである。これに対し、事務部門をはじめとる間接部門の生産性は10倍程度の開きが出るといわれている。間接部門にはまだ大きな効率化余地が隠されている。
これまで述べてきたように、本来RPAと物流の相性は悪くないはずである。RPAによって単純事務作業から解放され、社員はもっと創造的で高い価値を生む仕事に労力を割く環境を作るべきである。しかしながら、RPA導入で見えてきた数々の課題はどれもRPA固有の課題ではない。それは経営者自らが業務のデジタル化・標準化に関心を持ち、情熱をもって従業員の時短へのモチベーションを上げていく、といういたって基本的な経営課題である。RPAはともすれば見過ごしてしまいがちな、こうした地道なテーマの重要性を思い起こさせてくれる。
以上
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