第431号 【緊急臨時号】新型コロナウイルス感染症対策のBCP(後編)(2020年3月5日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 (株式会社日通総合研究所 経済研究部 顧問) |
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執筆者略歴 ▼
目次
4.新型コロナウイルス感染症のBCP策定
厚労省のホームページから長々と引用したが、各企業のBCPは、以上の内容及び「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(平成25年6月26日策定、平成30年6月21日一部改定)に従って構築(見直し)するのがよい。
これまで、地震・風水害のBCPはあっても、感染症のBCPは準備していないケースが多いと思う。
また、鳥インフルエンザ・豚インフルエンザ対策のBCPがあれば、それを引っ張り出して活用されたい(活用するというのは、従業員への徹底を図ることである)。
何も対策を取らずに、大流行が起こった場合、仮に従業員が業務中に感染して重症化、万一にも死亡した場合、経営者は労働契約法第5条の「安全配慮義務」違反を問われかねない。
感染症のリスクは、「感染源+感染経路+宿主(被感染者)」が揃ったときに大きい。逆に言えば、3つのうちの1つでも断つことができれば、リスクは小さくなる。
今回の新型コロナウイルスは、幸いなことに、現時点では感染力は強いものの毒性は弱いとされている。また、感染経路も上記「問7」のように、「飛沫感染」と「接触感染」だけで、最も怖い「空気感染」はしないようである。
BCPの基本は、表2の「職場対策」である。
再掲すれば、次の通りである。
「事業所には、マスク着用・咳エチケット・手洗い・うがい、人混みを作る事業活動を避ける、時差出勤の実施等の基本的な感染対策等を勧奨する。また、職場における健康管理を徹底し、当該感染症の症状が認められた従業員の受診を勧奨するなど、職場における感染対策の徹底する」
それでは、BCP策定のポイントを幾つか挙げる。
(1)産業医・衛生管理者による衛生管理(防疫)体制の整備
従業員50名未満の事業所では衛生管理者がいないが、他事業所(50名以上)の衛生管理者の支援を求める(事業所によるBCPの差は少ない)。
筆者も衛生管理者の資格を持っているが、今後、基礎疾患を抱えた高齢者の雇用やメンタルヘルスチェックなど、衛生管理者の出番は増えて来ると思われる。
(2)予防策(うがい・手洗いの完全実施)
上述の「問8」にも「まずは、石けんやアルコール消毒液などによる手洗いを行ってください」とあるように、手洗いが最大の感染防止である。
できれば、図1のように約20秒間かけて洗って欲しい。「20秒」を具体的に示せば「ハッピーバースデイ」を歌う時間である。従業員には、「ハッピーバースデイを歌いながら手を洗って下さい。『デイア〇〇ちゃん』のところは、子供さんの名前を入れて下さい。子供さんがいない人は、奥さん・彼女・お母さんの名前を入れて下さい」と指導すれば、手洗いも真面目になろうというものである。
出社時、帰宅時、食事の前などに手洗いをする人は少ない。こうした基本の徹底ときめ細かい指導から対策は始まると考えてほしい。
(3)軍手等の手袋着用
ハンドル・ドア・貨物等を触った手で、口・鼻を触らない。とくに階段の手すりやドアノブが危ない。クルーズ船内で多数の感染者が発生したのも、閉鎖された船内であることと、共用部分の手すり・ドア等が感染経路になったと思われる。
(4)石けん、ハンドソープ、消毒液、ペーパータオル、ティッシュ、マスク等の用意
上記「問10」のように、マスクは感染者からのウイルス飛散防止で、非感染者の予防にはならない。洗面所などでタオルの共用は良くない。
※ちょうど良い機会なので、事業所の救急箱の中身も、不足や使用期限切れがないかチェックする。万一の発症対策として対症的ではあるが、解熱剤や風邪薬を多めに用意する(上記「問14」でも、現時点では対症療法しかない)。
なお、(3)以外に(4)の物品についてもドライバーに携行させて、手洗い等の実施を徹底する。
(5)従業員から発症者が出た場合の対策
事前に医療機関を複数リストアップしておく。2009年新型インフルエンザの時は、医療機関が混雑して受診できないこともあった。また、受診に行って感染したというケースもあったので、受診前に電話で確認することも必要である。
感染していることが予測される場合は、感染源(スプレッダー)とならないようマスクを着用して受診する。
(6)衛生管理者や補助者の感染防止用ビニル手袋やポリ袋の準備
発症者との接触や吐しゃ物の始末等のケースも想定される。過去には、感染者である乗客の吐しゃ物を始末・清掃したバス運転手が感染した事例もある。
(7)上部機関・産業医・顧客への連絡と対応
これは、感染症以外の自然災害等と同様であるが、感染症なので産業医を追加した。
(8)発症者との接触者の特定
発症者が感染していたと判明したら、感染経路(発症者の行動範囲)と接触者を特定する必要がある。
(9)二次感染防止のための事業所内や車両の消毒
上記(6)のように感染防止対策をしてから行う。とくに事業所内の発症者の机周りやドアノブは念入りに消毒する。
(10)通勤対策
バスなどで従業員(パートなど短時間勤務者)を送迎している場合は、通勤機関が感染経路になる恐れがある。送迎バスの運行が停止できない場合は、必ずマスク着用で乗車する、下車後に手すり・乗降ドア等を消毒するなどの対策を講じる。
(11)その他
①流行地域への運行・出張等の可否の検討
②従業員や家族が発症した場合の対応
発熱やせきなどの症状のある従業員は休ませ、他の従業員と接触する機会を減らす必要がある。やむを得ない場合は感染防止のためマスクを着用させて、十分な距離(2m以上、上記「問11」参照)を置く。
社内でのまん延を防ぐには、日ごろから体調不良の従業員が仕事を休める環境を整えておく必要がある。
2009年の新型インフルエンザ流行時には、治癒後の再出勤時に従業員に診断書や治癒証明書の提出を求めた例もあった。意味のないことと思うが、他の従業員から感染防止策としての「安全配慮義務」を求められると辛いところである。
マスク着用も従業員の自由意思なので、事業者から「外せ」と強制すると、職場外で感染したとしても「会社に『外せ』と言われて、外したから感染した」と「安全配慮義務違反」を問われかねない。
5.おわりに
新型コロナウイルス感染症の発生は国内ではまだ限定的だが、明日にでも国内で流行する事態も想定される。また、ヒトからヒトへの感染を繰り返すことで、感染力や毒性が強まるリスクもある。
そのためにも各企業は備えを怠らず、労働安全衛生法等で義務付けられている従業員の生命や健康を守りつつ、ライフラインである物流事業への影響を最小限に抑えることが重要である。
また、この機会に在宅勤務(テレワーク)の導入や、対面での事務処理を削減するRPA(ロボット・プロセス・オートメーション。定型的な事務をロボットで自動化・省力化する考え方)、人混みを避けるための時差出勤などを検討するのも良いのではなかろうか。
BCPは、想定したリスクが顕在することなく、実際に発動されないのが最良のケースなので、それを願いつつ・・・
以上
【参考文献】
- 新型インフルエンザ等及び鳥インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議「新型インフルエンザ等対策政府行動計画(平成29年9月12日改定)」
- 厚生労働省ホームページ「新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年2月7日版)」
- 厚生労働省ホームページ「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)令和2年2月7日時点版」
- 新型インフルエンザ等及び鳥インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(平成25年6月26日策定、平成30年6月21日一部改定)
- その他、内閣官房、厚生労働省、国立感染症研究所、サラヤ株式会社、(公社)全日本トラック協会等のホームページ
【追補】(2020年2月24日時点)
「前編」(2月10日執筆)の配信に前後して、前編表1の「新型インフルエンザ等及び鳥インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議『新型インフルエンザ等対策政府行動計画(平成29年9月12日改定)』」によれば、「海外発生期」から「国内流行早期」の段階に至ってしまった。そこで、2月24日時点での状況等を追補としたい。
1.厚生労働省ホームページには、「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」とともに、「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」も掲出され、それぞれ適時更新されている。誌面の都合もあるので「企業向けQ&A」を詳述できないが、Qのみを抜粋する。新型コロナウイルスに感染した、あるいは感染の疑いがある従業員を休ませるときの賃金支払い等のQ&Aもあるので参考にされたい。
問1 感染が疑われる方については、どのようにすればよいのでしょうか。
問2 労働安全衛生法第68条に基づく病者の就業禁止の措置を講ずる必要はありますか。
問3 新型コロナウイルスに関連して労働者を休業させる場合、どのようなことに気をつければよいのでしょうか。
問4 労働者が新型コロナウイルスに感染したため休業させる場合、休業手当はどのようにすべきですか。
問5 新型コロナウイルスへの感染が疑われる方について、休業手当の支払いは必要ですか。
問6 労働者が発熱などの症状があるため自主的に休んでいます。休業手当の支払いは必要ですか。
問7 新型コロナウイルスに感染している疑いのある労働者について、一律に年次有給休暇を取得したこととする取り扱いは、労働基準法上問題はありませんか。病気休暇を取得したこととする場合はどのようになりますか。
問8 新型コロナウイルスの感染の防止や感染者の看護等のために労働者が働く場合、労働基準法第33条第1項の「災害その他避けることができない事由によって、臨時の必要がある場合」に該当するでしょうか。
問9 新型コロナウイルスの感染防止のため、自社の労働者にテレワークを導入したいと考えていますが、どこに相談したらよいのでしょうか。また、どのような点に留意が必要でしょうか。
このうち、「問8」は時間外労働の例外措置に関する件である。地震・風水害等の災害と異なり、感染防止には労働者の適切な休養が必要であることを考えれば、むしろ、時間外労働を減らす配慮をすべきであろうと思う。
2月24日付の日経ビジネス誌では、「新型コロナウイルスが狂わせる景気シナリオ」との副題で、日本経済の低迷がさけられないとの見通しを述べている。年度末の繁忙期を控えてはいるが、入出荷量や貨物輸送量も減少すると想定されるので、物流業界も労働時間の削減に取り組まれたい。
とくに、不特定多数の消費者と対面する宅配・引越しについては、「3.新型コロナウイルス感染症のBCP策定」の各項目を徹底されたい。
また、「問9」は、筆者が「4.おわりに」で述べたことにも通じる。
2.報道によれば、全国スーパーマーケット協会は2月21日、新型コロナウイルスの感染が日本国内で拡大していることへの今後の対応策として、まず、2009年に発生した新型インフルエンザ時に策定した、対策マニュアルを活用する方針を打ち出した。日本生活協同組合連合会でも、同様の対策を各生協に指示している。
このことは、「3.新型コロナウイルス感染症のBCP策定」でも述べていることと同じ対応を、流通業界でも進めるということである。
そこで参考資料に、上記「3.新型コロナウイルス感染症のBCP策定」の参考になる資料を追加したい。
(1)国土交通省「事業者における新型インフルエンザ事業継続計画策定の手引」(2010年3月) 国土交通省ホームページからダンロード可能。
(2)経産省・中小企業庁「新型インフルエンザとBCP」(2010年、概要版) 中小企業庁ホームページからダウンロード可能)
3.このまま「国内発生早期」で終わるのか、あるいは「国内感染期」に移行するのか分からないが、厚生労働省ホームページの「新型コロナウイルス」関係は、適宜チェックして感染の状況等を把握し、早め早めの対策を実施して従業員や家族を守る必要がある。
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