第377号 物流コストはこれからどうなるか? (2017年12月7日発行)
執筆者 | 久保田 精一 (合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表 / 城西大学経営学部 非常勤講師 / 運行管理者(貨物)) |
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目次
1.はじめに
本欄ではこれまでも物流コストについて定期的に取り上げてきた(注1)。そして毎回、売上高物流コスト比率の変動を確認してきたが、これまでのところ、データ上、コスト比率が増加する兆しが見られながらも、実際にはほぼ横ばいが続いていた。一方で昨年以降、運賃値上げのニュースが続いており、社会的な関心を呼んでいる。そこで今回は、果たして値上げ等の影響が出ているのか、また今後どのような展開が予想されるのか。このような点を検証してみたい。
2.物流コストの動向
まずは物流コストの動向を確認してみよう。
図表1は物流コストに関する主要な統計データを整理したものである。ここでは、国の統計データの他、民間の調査機関・団体による主要な調査データを引用している。指標としては、売上高物流コスト比率に関係するもの(①~⑤)、運賃等の単価に関するもの(⑥~⑫)である。また、関連指標として物価に関係する指標(⑬~⑭)も挙げている。さらに図表2では、整理したデータのうち、主に輸送運賃と倉庫料金の価格水準について図示している。
まず図表1の物流コスト比率に関する指標から見ていこう。
最初に注目されるのは、JILSが公表している物流コスト比率①が2015年度に大きく増加したことである。前述のとおり物流コスト比率はこれまで安定的に推移してきたが、状況が変化したと言えるだろうか。
確かに、例えば経産省の統計④でも、「卸売業」の売上高に占める「荷造運搬費」の割合が明確に増加するなど類似の傾向が観察されるなど(ただし製造業では増加の傾向は明らかでない。図表3を参照)、やはりコスト比率上昇の傾向が強まっているとは言えそうだ。なおいずれも2016~2017年度のデータは未公表であり、値上げの動きが顕著となった直近の状況を反映していない点には留意が必要である。
続いて図表2から、運賃等の主な動向も確認しよう。
最も上昇の度合いが強いのは言うまでもなく宅配であり、2014年度以降、平均すると年率2ポイント弱の上昇が続いている。一方、企業物流の中心である貸切貨物輸送、および積合せ貨物輸送は、同様に上昇傾向が続いているものの、伸び率はずっと小さい。なおスポット輸送運賃を表す指標としてWebKIT成約運賃指数を掲載しているが、こちらは消費税増税時の急激な運賃高騰を経て近年はやや落ち着きつつあり、スポット輸送の需給がある程度緩和している可能性を示している。
出典については図表1を参照。番号は図表1に対応。
3.なぜこれまで物流コストが上がらなかったか
現状は以上の通りだが、これからの動向を占う前にまず、これまで物流コスト比率が上昇しなかった理由を再確認しておきたい。なぜなら、これまでにも運賃が上昇する局面はあったにも関わらず、過去10年ほどの間、物流コスト比率は上昇に転じなかったからで、コスト比率が上がる条件が明らかでないからである。
運賃を含め物流コストが容易に削減できたのは、せいぜい2000年代半ばまでであり(注2)、それ以降は単純な効率化策は頭打ちとなっていた。また、一部では人材不足の声も出ていた(注3)。しかしながら、こと「売上高物流コスト比率」について言うならば、増加傾向が明確になったのは、2015年頃のことである。その原因はなぜか。
理由の第一は、運賃の値上げが限定的にしか起きなかったことである。宅配運賃の値上げによって、運賃水準が全般的に急上昇しているイメージがあるが、実際にはそうではない。企業間の物流を担う主力は貸切トラック輸送であり、その貸切トラック運賃も上昇してはいるものの、値上げの幅は小さい(図表2参照)。値上げ幅が小さい以上、物流コスト比率が大きく上昇することもない。
ではなぜ宅配以外の輸送領域では大きな値上げが起きなかったのか。理由を幾つか挙げることができるが、最大の問題は需給である。
一般に広範な値上げが起きるパターンとしては、原価の増大に起因するケース(コスト・プッシュ)と、需給のタイト化に起因するケース(デマンド・プル)が挙げられる。このうち、宅配の値上げを惹起した主因は後者と考えられる。アマゾンを筆頭に通販貨物は年率2桁で成長を続けている。それだけ、宅配サービスの需要は増えているわけだが、一方、宅配のドライバーを同程度増やすことは容易ではない。このため需給のタイト化が生じ、値上げが起きたと考えられる(注4)。
これに対し、(宅配以外の)一般トラック運送の貨物量は、長期的には増加どころか大きく減少している。短期的に見ても、ここ数年の良好な経済環境にも関わらず微増ないし横ばいに留まっている。このように、マクロ的な需給面からみて、トラック運賃が大きく値上がりする環境ではなかったと言える。
さて、値上げが顕在化しなかった第2の理由は、物価動向である。
言うまでもなく、売上高物流コスト比率は「分母」となる物価水準に左右される。すなわち、運賃が上がったとしても、同程度に物価が上昇すれば物流コスト比率は変動しないのである。
実際、企業間取引の物価指数である企業物価指数は、2014年度まで運賃等の上昇とほぼ同程度の比率で上昇を続けていた。この間、企業物価指数が上昇した要因は円安、原油高、消費税増税など複合的であるが、いずれにせよ2014年度まで物価が上昇基調にあったことが運賃の値上げの影響を覆い隠してきた側面は明らかである。
4.今後、物流コストはどうなるか
(1)短期的な動向
以上を踏まえて、今後の物流コスト動向を検討しよう。
長期的には自動運転による技術革新の可能性など様々な要因が関係してくるが、短期的にはトラック運賃の値上げが浸透するかどうかが重要である。物流コストの過半を占めるのは輸送費であり、その中核を占めるのはトラック輸送であるから、その運賃動向がポイントとなる。これは言い換えれば、宅配で先行した運賃値上げの動きが、貸切などトラック輸送全般に波及するか否かということでもある。
結論から言うと、前項で見たように、宅配とその他の領域は環境が大きく異なることから、宅配と同様の値上げが全体に波及するとは考えにくい。トラック業界全体として適正運賃収受が推進されているものの、荷主への値上げ要請の活動は、宅配が値上げに動く以前から、例えば燃料サーチャージ制の導入(2008年)などとして取り組まれており、このタイミングで劇的に状況が変わるとは考えづらい。
ただしこれは値上げが起きないということではない。図表2で見たとおり、ここ数年、貸切運賃は年率1%程度の上昇が続いている。このことからも分かるとおり、すでに値上げ要請は一定の広がりをもって実現している。その影響が顕在化しなかったのは、前述のとおり物価上昇による見かけ上の効果である。この効果が剥落した現在では、コスト増の影響はダイレクトに効いてくる。今後も、運賃は年率1%程度の値上げは引き続き受け入れられる公算が高いと言え、相応の影響を織り込んでおくべきである。
(2)長期的な動向
ただし、より重要なのは短期的な価格動向ではなく長期的な見通しだろう。人材不足等、コスト高の要因は長期的によりいっそう悪化することが確実だからだ。
物流コストの動向に影響を及ぼすことが予想される要因は、図表4に示すように多様である。ただし「上昇要因」と「低下要因」とはかなり性格が異なる。
すなわち、上昇要因である「少子高齢化による人材不足」「長期間労働の是正」「通販の需要拡大」といった事項は、いずれも確度の高い予想であり、影響の大きさを合理的に見積もることも可能である。一方で、物流コストの低下要因として挙げられている項目は、現時点では確実に見通せないものが多い。
例えば自動運転やシェアリングエコノミーといった技術革新、あるいはそれらを実現する規制緩和は、物流効率化への効果が期待されているものの、いつの時点で普及するかといった具体的な目処が立てられるほどではない。
物流コストの長期的な見通しは、これら効率化策が実現化するか否かにかかっているが、この実現には、基本的に産業界がイニシアティブを取り、技術革新等を進めることが必須の条件である。しかしながら現状では、産業界内部で物流効率化を進める動きは意外に鈍く(注5)、生産性向上の取り組みはむしろ政府主導で進んでいる状況である。よって現時点で抜本的な物流効率化策が実現する見通しを立てるのは困難であり、コスト増の影響が長期的に顕在化してくる可能性が高いと予想すべきだろう。
5.最後に:物流効率化を進めるため
(1)荷主業界のイニシアティブが必要
繰り返しになるが、少子高齢化や働き方改革による人材不足・トラック不足は待ったなしの状況である。
対策を打つには遅すぎるくらいの状況であるが、現時点に至るも産業界内部で物流効率化に対する強いイニシアティブは生じていないと感じられる。
なお、今後の事態の推移を予測するうえで参考になるのは、最近話題の宅配危機の問題がたどった経緯である。宅配貨物の急増が顕著になったのは、2011~2012年頃からのことだが、その当時から末端配送の持続可能性に対する危惧は各所で指摘されていた。また、少なくとも2013年末以降は通販各社向けに大幅な値上げ要請が行われており、通販業の重大な経営課題になっていたことは業界で周知の事実である(注6)。しかしながら、昨今のように現場が立ち行かなくなるまで、有効な対策が立てられることは無かった。
荷主業界では、このような経験を他山の石として、早急に対策に着手することが望ましい。近年、荷主企業は物流軽視の傾向が強く、物流問題が経営の重要課題として見られることは少ないが、問題が生じてから対処するようでは手遅れである。
(2)対処すべきテーマは幅広い
上記のような意見に対しては、一方で、すでに物流は効率化が行き渡っており、改善の余地が少ないという見方もあるかもしれない。しかしこれは大きな誤解である。マクロ的に見て、規制政策、インフラ整備、税制など、手つかずのままの問題が数多く挙げられる。
紙幅が限られるので例示的にいくつか挙げるに留めるが、規制政策について言うと、例えば、荷主とドライバーを直接マッチングするといった、シェアリングエコノミーへの制度的対応の問題がある。現在、事業法上は例外的に軽貨物のみオーナードライバー制が許容されており、実際、荷主と事業者とのマッチングが盛んに行われている。しかしながら、オーナードライバーは労基法の適用外であること、350kgという許容積載重量が余りに少ないことから、その労働条件は恵まれているとは言い難い。今後、なし崩し的に規制緩和が進むと、軽車両以外でもドライバーが車両を持ち込んで荷主と直接契約を結ぶような形態が一般化する可能性があるが、このような現状を踏まえると、相応の規制の枠組みを議論する必要がある。これは一義的には荷主・物流業界で検討すべき問題である。
また、インフラ整備に関しては、例えばモーダルシフト推進への期待は強い一方、モーダルシフトを推進することと本来的には表裏一体である、インフラ整備の財源配分を道路・鉄道・海運全体をトータルで捉えてアロケーションを検討するような議論はほとんど聞かれない。
これは一例だが、次世代に向けて幅広いテーマを視野に、物流効率化のビジョンを検討すべき時期に来ていると思われる。
【注】
- :例えば以下のような記事を参照(一部抜粋)。
- :2000年代前半までは、90年代以降の規制緩和効果の残滓があったほか、公共投資削減や生産拠点の海外移転による物量減少、それ伴う物流サービスの需給緩和といった構造的要因により、輸送コストを中心に物流コスト削減が進んでいた。しかし2000年代後半になると、中国をはじめ世界的な好況を背景に企業業績が回復し需給が改善すると同時に、原油価格の高騰等が生じ、物流コストには一貫して上昇圧力がかかるようになった。
- :国交省が2015年にドライバーが14万人不足するとの予測を公表したのは2008年の事である。
- :宅配の値上げの説明としては、需給要因の他に、宅配ドライバーの人件費等の原価増大要因、大手3社に寡占化されているという競争環境要因も挙げられるが、やはり重要なのは需給である。
- :例えば、「新しい総合物流施策大綱の策定に向けた有識者検討委員会」に対する各荷主団体の要望事項を見ても、物流効率化のビジョンが明確に示されているとは言い難い。
- :通販向けの宅配運賃値上げの問題は、2014年以降の記事(前掲)でも数次にわたり指摘してきた。
2007年 https://www.sakata.co.jp/logistics-131/
2008年 https://www.sakata.co.jp/logistics-160/
2013年 https://www.sakata.co.jp/logistics-278/
2014年 https://www.sakata.co.jp/logistics-301/
2015年 https://www.sakata.co.jp/logistics-329/
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