第265号サプライチェーンにおける小売業者-サプライヤー関係(後編) -カテゴリー・マネジメント(CM)研究からの示唆-(2013年4月11日発行)
執筆者 | 小宮 一高 香川大学 経済学部 経営システム学科 准教授 |
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執筆者略歴 ▼
*前編(2013年03月26日発行 第264号)より
*今回は2回に分けて掲載いたします。
目次
1.はじめに
前回は,カテゴリー・マネジメント(CM)に関する,いくつかの研究結果を見た。その結果,CMは小売業者のカテゴリー成果を高める傾向があり,CMのシステムにおいて問題として認識されやすいサプライヤー,特にCA(カテゴリー・アドバイザー)の機会主義的行動は,大きな問題とはなっていないことを紹介した。
今回は,前回紹介した研究結果をサポートするような研究を紹介し,さらにCMの特徴を検討することにしたい。具体的には,小売業者側から見られることが多いCMが,サプライヤー側からはどのように認識されているのか。また,CMの実践に際して直面する小売業者とサプライヤーの協調関係構築に対する困難さの克服には,どのような対処法があるのか,という点である。
2.サプライヤーからみたCM
前回紹介した研究では,CMが小売業者のカテゴリー成果を高める傾向があることが示されていた。ただし,これらの研究は,小売業者のカテゴリー担当者が回答したアンケート調査を分析したものである。CMは小売業者とサプライヤーによる共同の取り組みであり,小売業者が取り組みのすべてについて正確に認識しているとは限らない。仮にサプライヤーとって好ましくない影響があったとしても,小売業者の観点からはそれは観察されない可能性がある。特に,CMにおいて影響力を行使できないCA以外のサプライヤーは,CMの効果にネガティブな評価を示している可能性もある。
このような点に対して興味深い結果を提示しているのが,リンドブロム他(Lindblom,et al. 2009)の研究である。この研究では,サプライヤーの観点からCMについて検討しており,フィンランドとスウェーデンにおける日用消費財(食品・日用品)サプライヤーのCM担当者に対するアンケート調査を実施し,分析している。
研究の舞台となった両国でもCMに対する認識や経験は高い。「CMには親しみがあり,中心的な業務プロセスの中でCMから豊富な経験を得ている」という質問に対して,83.2%のサプライヤーが「はい」の回答をしている。
このようにCMに関して多くの経験もつサプライヤーは,CMをどのように評価しているのだろうか。この研究では,まずCMにおけるサプライヤーを「競合他社よりも重要な役割を担うサプライヤー(以下,重要なサプライヤー)」,「競合他社と同程度の役割を担うサプライヤー(以下,やや重要なサプライヤー)」「ほとんど明示的な役割のないサプライヤー(以下,役割のないサプライヤー)」の3つのタイプに分類している。その上で,サプライヤーのCMの効果に対する一般的な認識を尋ねている。
それによると,フィンランド,スウェーデンいずれにおいても,多くのサプライヤーはCMの効果を高く評価している。また「役割のないサプライヤー」よりも,「重要なサプライヤー」「やや重要なサプライヤー」の方が,CMには高い効果があると認識していることが統計的に示されている。例えば,フィンランドのサプライヤーの「製品の売上」に対するCMの効果への認識は,図1のようである。5段階(5が最高)の評価を平均したスコアは,2つのタイプで4を超えている。また,重要な役割の担うサプライヤーの方が,平均点が高いこともわかる。
注)平均点には「重要なサプライヤー」「やや重要なサプライヤー」と「役割のないサプライヤー」との間に統計的に有意な差がある。
出展)Lindblom,et al.(2009)より,筆者作成。
このような結果について,以下の2点が指摘できるだろう。第1は「役割のないサプライヤー」のCMに対する評価である。上記の「製品の売上」に対する「役割のないサプライヤー」の評価は,平均点で3を上回っており,ネガティブではなく中立的になっている。これは「製品の売上」への効果だけでなく,「マーケット・シェア」や「製品回転率」といった他の効果についても同様であった。中立的な評価の解釈は難しいところであるが,少なくとも,重要でないサプライヤーであっても,CMの枠組みに入ることによって,売上や利益にネガティブな影響があるわけではないようである。
第2は,重要なサプライヤーの機会主義的行動についてである。図1のように「重要なサプライヤー」や「やや重要なサプライヤー」の方がCMに高い効果を認識している,ということは,CMのカテゴリー・プランは重要なサプライヤーに有利となっている可能性を示唆している。前回紹介したように,小売業者はサプライヤーの機会主義を大きな問題と認識していないのであるが,それはCM導入以前よりもカテゴリーとしての成果が高まるからであり,機会主義を低く認識している可能性もある。この研究では,サプライヤーの機会主義が強くならないように,小売業者はサプライヤーを監視する必要がある,と指摘されている。
以上の点をまとめよう。小売業者と重要サプライヤーはCMの取り組みを通じて一定の成果を得ている 。また,重要でないサプライヤーの成果も,決して低いものではない。他方で,サプライヤーの機会主義の危険性は潜在しており,その監視が必要である。既存研究からは,このように考えることができるだろう。
3.CMとサード・パーティ
これまでの論考から示唆されるのは,いくつかの問題は存在するものの,CMは一定の効果をもつ可能性が高い,ということである。しかし他方で,このような共同の取り組みがうまく進まないケースも多いと聞く。
CMが成果を上げられない理由には様々なものが考えられるが,カスタルド他(Castaldo et al.;2009)の研究から示唆されるのは,CMのプログラムを適切にサポートするサード・パーティの影響である。この研究では,CMプログラムの推進におけるサード・パーティ,具体的にはコンサルタントがどのような役割を果たしているかについて,事例に基づいて分析しており,サード・パーティとしてのコンサルタントがCMの進展に大きく貢献していることが示されている。
前回紹介したように,CMには大きく4段階のフレーズがあるが,それぞれの段階において,小売業者とサプライヤーの関係に問題が発生する。例えば,初期の段階である「CAの選択段階」では,CMを推進するかどうかについて,小売業者とサプライヤーが合意する,という大きな決断がある。この時点では,小売業者とサプライヤーは,通常の商談においてお互いの利益をもとめて激しい交渉をする関係にある。CMの取り組みを推進するにあたっては,この取引関係と平行してCMの協働関係を構築することになるため,通常の取引関係における激しい交渉のイメージが強いと,CMで協働するパートナーとなることにリスクを感じることがある。
このような両者の関係を仲介しうるのが,サード・パーティであるコンサルタントである。コンサルタントは,なるべく小売業者とサプライヤーを直接交渉させずに,「コンサルタントと小売業者」,「コンサルタントとサプライヤー」という関係を中心としてプロジェクトを進めていくのである。小売業者とサプライヤーが,それぞれコンサルタントを信頼している状況では,このような仲介がプロジェクトの進展に有効であることが主張されている。またこの研究では,CM推進の合意段階だけでなく,いくつかの段階におけるサード・パーティの重要性が指摘されている。CMから期待する成果を得るためには,このようなサード・パーティの存在が影響を与えている可能性も考えられるのである。
4.おわりに:CM研究からの示唆
前回,今回と2回にわたってCMに関する研究を紹介し,CMの性質について検討してきた。その論点をまとめると,以下のようになる。
・CMは小売業者のカテゴリー成果によい影響を与える傾向がある。また,従来懸念されていたサプライヤー,特にCAの機会主義的行動は大きな問題となっていないが,危険性は潜在しており,監視の必要がある。
・重要なサプライヤーはCMの取り組みを通じて一定の成果を得ている。また重要でないサプライヤーの成果も決して低いものではない。
・CMはサード・パーティが小売業者-サプライヤー間の仲介役として機能することにより,推進するケースがある。
日本においては,CMの取り組みは欧米と比較して遅れているという認識が多いようである。また,1つのカテゴリーに対して1社がCAとなるような典型的なCMだけでなく,小売業者がカテゴリーにおける多数のサプライヤーに対して販売情報を提供し,協働関係を構築するような,典型的なCMとは異なる形態の進展も見られるようである(近藤 2010)。日本の市場は,いくつかの点において欧米とは異なる特徴をもっており,本稿で紹介したようなCMだけが成果を上げるとは限らない。今後,日本市場における小売業者とサプライヤーに関する体系的な調査をおこない,より深く検討する必要があるだろう。
ただし,欧米を対象とした研究結果から学ぶ点もあるように思われる。上記の研究からは,少なくとも,
・店頭において「カテゴリー」という単位を重視してマーチャンダイジングをおこなうこと
・小売業者とサプライヤーとが協働し,お互いの知識・資源を活用しながらマーチャンダイジングをおこなうこと
という2つの点に対する有効性は強く示唆されているように思われる。今後,これらの点についても考慮しながら,実務的にも,学問的にも,小売業者とサプライヤーとの関係に注目していく必要があるだろう。
以上
<参考文献>
- Castaldo,S. and Zebini, Z. and Grosso, M.(2009) “Integration of Third Parties within Existing Dyads: An Exploratory Study of Category Management Programs” Industrial Marketing Management, Vol.38, pp.946-959.
- Corsten, D. and Kumar, N. (2005) “Do Suppliers Benefit from Collaborative Relationships with Large Retailers? An Empirical Investigation of Efficient Consumer Response Adoption”, Journal of Marketing, Vol.69 Issue3, pp.80-94.
- 近藤公彦(2010)「POS情報開示によるチャネル・パートナーシップの構築-コープさっぽろのケース-」『流通研究』第12巻 第4号,pp.3-16。
- Lindblom, A., Olkkonen R., Ollila, P. and Hyvönen, S. (2009), “Suppliers’ Roles in Category Management: A Study of Supplier-Retailer Relationships in Finland and Sweden”, Industrial Marketing Management, Vol.38 (8), pp.1006-1013.
- 本稿で取り上げるCMの研究はgrocery, fast-moving consumer goods あるいはconsumer packaged goodsといった商品を対象としている。本稿ではこれらの商品をまとめて「日用消費財」と呼ぶことにする。
- この研究の機会主義的行動は,この質問を含めた4つの質問を合成した測度で分析されている。
- ただし,この研究ではカテゴリー・キャプテンと表記されている。
- ただし,大手の小売業者と協働するサプライヤーは,小売業者の方が多くの成果を享受しているとして,成果の配分に不満をもっていると指摘する研究もある(Corsten and Kumar 2005)。
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