第222号物流業から見た「災害とロジスティクス」(前編)(2011年6月21日発行)
執筆者 | 長谷川 雅行 (株式会社日通総合研究所 経済研究部 顧問) |
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執筆者略歴 ▼
*今回は2回に分けて掲載いたします。
目次
1.はじめに
東日本大震災から3ヵ月が過ぎた。被災された方に心からお見舞い申しあげるとともに亡くなられた方のご冥福をお祈りする次第である。
わが国は世界的にも災害が多い国である。1995年の阪神・淡路大震災以降だけでも、表1のように地震や風水害・雪害が多発しており、津波災害については表2のとおりである。
表1 最近の自然災害
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表2 過去の主な津波災害
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大規模災害が発生するたびに物流ネットワークが寸断され被害を受けている。例えば、瀬戸内・兵庫県・愛知県の高潮・洪水ではトラックが流されたり、工場・倉庫が水没した。また、豪雪により道路ネットワークが寸断されたのは、今冬における福島会津地方・鳥取県下など記憶に新しい。
そこに、今回の東日本大震災が発生し、物流ネットワークやサプライチェーンが寸断され、改めて災害とロジスティクスが注目されている。筆者が所属する日本物流学会でも、「震災とロジスティクス」と題して、第1回が緊急支援物資輸送を、第2回がサプライチェーンの寸断をテーマとした、二度にわたる緊急シンポジウムを開催した(シンポジウムの概要は、同学会ホームページを参照)。
東日本大震災とロジスティクスについては、物流学会員である野口英雄先生も前号で論じておられるが、ここでは、同シンポジウムで筆者が述べたコメント等を中心に、物流業から見た災害とロジスティクスや、BCPなどについて述べたい。
2.緊急支援物資輸送とサプライチェーンの寸断
(1)緊急支援物資輸送
まず、物流インフラの被災・復旧状況を阪神・淡路大震災当時と比較すると、同じ広域災害でも、阪神・淡路大震災は大阪~姫路間の東西100kmの都市部が被災して、日本の東西を結ぶ鉄道・高速道路・一般道が長期間寸断されたのに比べて、今回の東日本大震災は、青森~茨城の南北500kmに及ぶ一層広い範囲が被災した(鉄道や高速道も被害を受けたが、阪神・淡路大震災に比べると、三陸沿岸部と福島原発エリアを除いて復旧ははるかに早かった)。また、阪神・淡路大震災に比較すると代行ルート(東北中央部や日本海側)が有効に機能した。
また、緊急支援物資輸送について、阪神・淡路大震災と異なるのは、自衛隊・米軍の支援であり、まさに自己完結的な「本物」のロジスティクスの威力であった。
さらに、防災を担当する内閣府が、緊急支援物資の調達・輸送のために早々と302億円の予備費支出を決め、被災した県などの物資集積拠点の運営について、物流事業者の協力を要請した(図1)。
図1 物流専門家の派遣
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これは、阪神・淡路大震災の初期においては、物資拠点が輻輳して避難所への供給が滞ったことから、グリーンスタジアム神戸(現・ヤフーBBスタジアム)や摩耶埠頭の物資集積拠点の運営を物流企業に委託してからは、スムーズな供給を実現できた。
2004年に発生した中越地震では、その効果を知っていた泉田新潟県知事は、就任直後にも関わらず、直ちに物資集積拠点の運営を物流企業に委託した。
今回の東日本大震災でも、阪神・淡路大震災、中越地震の経験が活かされたと言えよう。
また、阪神・淡路大震災では、緊急通行車両に標章(通称「マル緊マーク」)を発行したが、各車両がコピーして貼りつけたため、全車両が「緊急通行車両」化して道路渋滞に拍車を掛けてしまった。今次、東日本大震災ではその反省に立って、3月23日まで東北自動車道等の高速道は、緊急通行車両以外は通行禁止とされた。これには批判もあるが、この措置によって、緊急支援物資輸送がスムーズにできたのではなかろうか。
ICTについては、携帯電話が普及していなかった阪神・淡路大震災当時に比べれば、格段の進歩があったが、停電で基地局が次第にダウンして、携帯電話が使えなくなるのは誤算であった(これに対しては「高額な衛星電話を設備する」という今後の対策もあるが、携帯電話各社の基地局ダウン対策の進展に期待したい)。
一方で、施設・車両が被災してしまい、燃料もなくなった物流事業者も多い。東北地方運輸局調べでは、トラック運送事業者の建物被害は613棟、車両被害は6,526両にのぼっている(2月末の東北6県における事業用貨物自動車の登録台数[=特種車を含み、軽を除く]は97,539両なので、6.7%の車両が被災したことになる)。自ら被災しながらも、緊急救援物資輸送に従事した物流事業者の姿がうかがわれる。
(2)サプライチェーンの寸断
自動車・電機・精密機器など日本を代表する産業のサプライチェーンが寸断したことは新聞・TV等でも報道され、企業によっては、震災前のレベルまで復旧するのは秋以降とか、来年になってからと言われている。
今回明らかになったのは、緊急シンポジウムで一橋大学の根本先生がご指摘されているように、「従来ピラミッド型だと思っていたサプライチェーンが、実は底のほうでは、また集約されており、いわばタル型だった」ことである(図2は根本先生の発表スライドから)。
図2 実はタル型だったSCM
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筆者は、先日発表された国際バルク戦略港湾の選定作業に携わったが、途中で東日本大震災が発生した。八戸・釜石・大船渡・石巻・仙台塩釜・相馬・小名浜・日立・大洗・鹿島など東北から関東にかけての太平洋側諸港の被災状況について、国土交通省を通じて知り得たが、原料・素材など多くの臨海工場が被災した(相馬以北の諸港は津波災害、小名浜以南の諸港は、余震の茨城県沖地震による地震災害とのことである)。エチレン・合成ゴム・紙・印刷用インキ原料・金属などが、サプライチェーンのタルの底を支えていたのが止まってしまった(例えば、納豆・タバコ・清涼飲料などでは、製品そのものではなく部材であるフィルム・フィルター・キャップなどが、一時的に足りない状況が発生した。この原料・素材不足は、節電で長引かないか心配である)。
同じようなことは、物流でも起こった。車両もあり、ドライバーもいるが、物流がサプライチェーンの底(あるいはチェーンそのもの)として機能するための、燃料が欠乏したのである。筆者が緊急シンポジウムで指摘した「油断大敵」である。
燃料供給を時系列的に見たのが、表3である。内航タンカーやJR貨物が、1日3.8万kl必要とされる東北地域の燃料油需要に応えようと努力した。経済産業大臣が「不要不急のガソリン供給は控えて欲しい」と国民に要請したのが、かえって不安を煽り、全国的に「火に油を注ぐ」皮肉な結果になったのではなかろうか。
表3 東日本大震災から3月末までの石油供給に関するおもな動き
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たまたま大手は、軽油はインタンクにあった。しかし、ドライバーはマイカー通勤が多いため、マイカーのガソリンが無いと言う問題が生じた。そこで、軽油で走るマイクロバスで巡回してドライバーをピックアップしたと聞いている。
物流ネットワークには、燃料の供給も不可欠なインフラであることが、今回の震災で象徴的だったのではないか。
(3)想定される荷主の対策
サプライチェーンの寸断に対して、筆者が想定するメーカーなど荷主の対策としては次の4つが考えられる。
① 生産の海外移転
これは、各社とも「復興第一のときに日本から逃げ出すのか」という批判を恐れて、明確には打ち出していない。しかし、日本の自動車産業の停滞をチャンスとして、韓国・現代自動車が米国・アジアでシェアを急伸させていることからも、各輸出産業とも海外移転を加速するであろうことは間違いない。
② VMI
国内では、部品・素材を手元に置こうという方策も考えられる。いわゆる「在庫の積み増し」である。そのときに自社在庫にすると、キャッシュフロー経営にマイナスになってしまうので、預かり在庫・預託在庫というVMI方式が増えると思われる。
③ 取引先・物流業者の安全度チェック
部品メーカーなどが被災してしまうと、サプライチェーンは寸断されてしまう。また、できた部品を輸送するトラック業者が被災しても、同様に寸断されてしまう。局地的な災害なので表1にはないが、2010年7月15日の岐阜県南部集中豪雨(多治見市・可児市など)では、大型トラック駐車場が鉄砲水に直撃され、自動車部品メーカーの納品に支障した。
そこで、組立メーカーは、部品メーカーやトラック業者の立地や防災対策など、安全度をチェックし始めている。従来は、一次下請まで把握していたが、今後は二次・三次下請まで範囲を広げるであろう。また、後述する「BCP」の策定を、取引条件として求めてくることも考えられる。
「安全度」と言えば、かなり前になるが、物流センターを探していた靴メーカーに江東区の物件を紹介したことがある。その際に、経営トップから「ここは海抜ゼロメートル地帯なので、首都圏大洪水が発生したら商品が濡れてしまう。使いにくいのは承知で、2階以上を借りたい」と言われて、リスクマネジメントができている企業だと思った。
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