第559号 物流二法の改正とサプライチェーン改革の方向性(後編) (2025年7月10日発行)
執筆者 | 橋本 雅隆 氏 明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 博士(商学) 明治大学BCP・SCM研究所代表 |
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執筆者略歴 ▼
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*サカタグループ2024年10月23日開催 第28回ワークショップ/セミナーの講演内容をもとに編集しご案内しています。
*今回、明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 博士(商学) 橋本 雅隆 先生の講演内容を3回に分けて掲載いたします。
*前号(2025年6月17日発行 第558号)より
*掲載内容は、講演が開催された時点でのデータや情報を基にしているため、現在の状況と異なる場合があります。
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目次
- 物流効率化法における物流統括管理者
- 物流効率化法の義務を遂行するCLOの責任とは
- CLOの本来的な責任範囲
- CLOが直面する3つの分断と二つの連携
- フィジカルインターネット実現に向けた重要項目の抽出
- 物流総合効率化法のKPIの実行条件の例
- 業務プロセス改革担当者の条件
- 価値共創プロセスの拡張的発展
- 業務プロセス改革担当者の条件
フィジカルインターネットを実現していくために、「製・配・販連携協議会」で、「商流・物流におけるコード体系の共通化」、「物流資材の標準化」、「商取引慣行の見直し」、「物流・商流データの共有・連携のルールづくり」、の4つの重要項目に分類しました。プロジェクトの中では、主要なメーカー、卸、小売の、経営者がコミットして、この大枠の方向性を2024年3月に出しています。
さて、CLO(物流統括管理者)が何をやらないといけないかについては、特定荷主は、CLOの設置が法律で義務化されますので、その方は、これから説明する責任と役割を果たす必要があり、かなり大変な業務となります。
物流効率化法における物流統括管理者
この物流効率化法第47条にありますように、特定事業者に物流統括管理者を置きなさい、中長期計画と改善の報告を出しなさい、さらに、「特定荷主が行う事業運営上の重要な決定に参画する管理的な地位にあるものを持って充てなければならない」、という言い方をしています。これは、実質的には役員クラス、取締役とか、経営会議に出て発言できる人、そういう人を専任しないと投資判断ができないということです。
物流効率化法の義務を遂行するCLOの責任とは
それでは、CLOの責任とは、何をしなければいけないかというと、この法律は、まず「持続可能な社会をつくる」ということが、前提としてあるのです。それからもう一つは、「企業が価値を生み出し向上させる」ということです。この二つについて、社内外を俯瞰した全体最適を図りましょうということなのです。そのときには、サプライチェーンだけではなくて、ライフサイクル・サポート・ロジスティクス、BCPまで含めて、根本的な考え方をとりまとめて作成しないといけないのです。
「統合報告書」(企業の財務情報と非財務情報を統合した報告書)は、主要企業が出していますが、この中に持続可能な社会、つまり、社会的な資源をインプットして、価値を見出しているわけですから、その企業価値向上は、ROIC(投下資本利益率)を上げなさい、投資利益率を上げなさいということと、もう一つは、持続可能な社会に貢献してくださいという枠組みなので、これに対して責任を持つということなのです。
振り返って、日本の生産性はどうかというと、90年代の半ばから、下がり続けています。1人当たりのGDPは、一番良いときは世界5位ぐらいだったものが、今26位まで落ちています。それから、日米欧のROIC(投下資本利益率)を見ても、日本はアメリカの半分位しかでていないという状況なのです。
CLOの本来的な責任範囲
CLOの本来的な責任範囲は、①企業全体のオペレーションの統合的調整、②経営層・スタッフ層と現場を結びつける仕事、それから、③お客様とサプライヤーさんとの調整であり、これらに責任を持たないといけないのです。
CLOが直面する3つの分断と二つの連携
CLOになると、私は三つの分断、三つの壁に直面すると考えています。
一つは、社内の営業、工場・生産、資材調達、物流、それから製品開発、ここは縦割り組織になっていることです。それぞれ部長がいても、横の連携が不足していることは珍しくない。そこを繋げて全体調整を行って、ROIC(投下資本利益率)を上げるような、オペレーション改革をするというのが、第一番目に必要なことなのです。
サプライヤーとお取引先との調整については、先ほど言ったように、「今日発注して、明日持ってきなさい」という顧客ばかりだと、物流効率が上がらないので、「納品のリードタイムをN+2日にしてください」といった交渉までやらないといけないのです。
それからもう一つ、私が今懸念してることは、こういう経営管理層と現場の壁です。「物流などの日々の現場の実態などは把握していません」という経営層の方が、結構いらっしゃいます。そこを繋ぐ、経営層・スタッフ層と現場、この三つを繋ぐのが、CLOの役割だと考えています。
では、何をやるのかというと、これについてはガイドライン(「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」)や、それから省令・政令でも定められていますが、そこだけでは足りないのです。私は、参考になるのは実は、欧米のECR(Efficient Consumer Response) という、効率的な流通を進めるにあたり、GCI(Global Commerce Initiative) という団体があって、そこが作っている、「ECRスコアカード」 だと考えています。
その中で、例えばこういう効率化をするための実行条件として、電子メッセージの標準化だとか、日本では、ようやくSIP(戦略的イノベーション創造プログラム) で議論されましたが、そういったことが世界では既に進んでいるのです。それが、日本では進んでいないから、ROIC(投下資本利益率)がアメリカの半分程度しかないのです。こういうことが、SIP「スマート物流サービス」で挙げられていた、共同情報とか、商品の荷役技術、輸送の最適化、効率的なユニットロード、信頼性のある物流など、今議論してるようなことが、海外では約25年前から、議論されているのです。
これを実施するためには、商品のGTINコードだとか、パレットのSSCC(出荷梱包シリアル番号)、事業所のGLN(Global Location Number)コード *1 とかの標準化が必要なのです。海外では既に運用されていますが、今日本でも、先ほどお話した「製・配・販連携協議会」(https://www.gs1jp.org/forum/) *2 で、加工食品業界と日雑業界での方向付けが、ようやくできたという段階です。
(注釈)
*1.GLN(企業・事業所識別コード): 国内および国際的な企業間取引において、組織や場所を世界的に唯一に識別できるGS1識別コード
(出所)https://www.gs1jp.org/standard/identify/gln/
*2.「製・配・販連携協議会」の公開資料(https://www.gs1jp.org/forum/guide.html)
「メーカーのロジスティクスとSCMの統合」を進めていく上で、メーカーの「ロジスティックス・ネットワーク」、すなわち、その拠点と輸送のネットワークと、社内の製造工場のオペレーションプロセスなどの改革を関連付けて行うことが必要です。それらは、「顧客と製品(品揃え)の設計」とつながっており、これらを関連付けて、きちんと連携した仕組み作りをやらないと、人材(ヒト)・設備(モノ)・資金(カネ)といった経営資源の活用効率(回転率)は上がらないということなのです。
例えば、SKUの改廃をきちんと実施しているのかとか、きちんと社内のルールとして、オペレーションプロセスを共通化してるのかというと、できていない会社も多いのです。そうするとCLOの役割というのは、会社もミッション(使命や存在意義)、ビジョン(中長期的な目標)がありますし、先ほどお話したBCPプログラムとの関係も考えながら、経営システムの全般に責任を持つことなのです。物流は数量で議論しますが、経営層はお金で議論しますので、そこを繋げるのが、S&OP(Sales and Operations Planning)*3 であり、これは、世界のグローバル企業が使っている経営手法なのです。
(注釈)
*3.S&OP(Sales and Operations Planning): 経営や製造、販売をはじめとした業務部門全体が、社内の情報を可視化・共有できる環境を整えて、意思決定を速めることで、サプライチェーンを最適化する経営手法
(出所)https://products.sint.co.jp/asprova/blog/sales-and-operations-planning
フィジカルインターネット実現に向けた重要項目の抽出
それから先ほど言った、現場とのコミュニケーションだとか、お客様、取引先様との連携プロジェクトを進めるとか、こういったことを進めるのがCLOの役割となります。これを実施するためには、この肌色で色付けしたところを見直しながら、荷主の事業全体の、オペレーション改革と併せて取り組んでいく必要があるのです。
物流総合効率化法のKPIの実行条件の例
そこを集約すると、こちらにあるように、「物流総合効率化法」では、この「達成条件」(物流KPI)として、荷待ち時間、荷役時間、積載率があり、これを達成するために、ガイドラインに記載されている、バース予約システム、ASN検品の導入や、納品リードタイム長期化、発注の平準化、というような「実行条件」があります。さらに「実行可能条件」として、それを実施するためには、製品マスターの整備とか、事業所コードの整備について、実施しないといけない。さらに、それらを企業のオペレーションの再設計という形で実施する場合の「統合条件」として、ROIC(投下資本利益率)目標の達成に責任を持つことや、S&OPの実施、契約条件の見直し、SKUの改廃基準の設定だとか、商取引慣行の見直しなどに取り組まないといけない、ここまでがCLOの役割になってくると考えています。
これらを実行するための、CLOの選任条件といいますか、実行していただきたい人の条件、どんな人がなればいいのかというと、私は5つあると考えます。
業務プロセス改革担当者の条件
業務プロセス改革担当者の条件①
まず、これは「メタ認知能力」と言いますが、俯瞰的にものが見えることです。うちの部門の営業の仕事しかわかりませんとか、工場のライン管理のことしかわかりませんというのでは、この「オペレーション改革」ができないので、他部門の仕事との関連もわかるし、顧客の業務内容とその課題もわかるし、サプライヤーの状況もわかる、というような思考能力のある人といいますか、俯瞰的にものが見えて、さまざまな関係者の立場になって複眼的に想像し、それらの機能関係を把握する能力が必要となります。
業務プロセス改革担当者の条件②
それから、「コミュニケーション能力」というのは、例えばサプライヤーさんが何で困っているのか、物流事業者さんが何で困っているのか、という意図・意味情報と諸課題をお互いに共有して、協力関係を築いてこのように改善しましょう、という仮説提案を繰り返して、信頼関係を結べる人というのが必要だと考えています。
業務プロセス改革担当者の条件③
3番目は、「論理的な思考能力」。現象だけではなく、例えばなぜ、こんなに積載率が悪いのか、そこには取引条件の問題があったり、そもそもの作り方の問題があったりということがあると、そういった因果関係をきちんと突き詰めて、根本原因に対処できる解決策を提供できるということです。
業務プロセス改革担当者の条件④
それから4番目は、「現場での実現化能力」です。理屈だけではなくて、現場というのは理屈通りにいかないものであり、これは何かというと、システム化をするときに大事なことは、「システムがやらないことを決めること」なのです。先ほどお話した、ロボットとか、自動倉庫だとか、何でもできますというと、システム費用が、とてつもなく高くなるのです。これとこれは(システム化を)しないということを決めて、そういった、ロボットが動けるような(改善・整理した)オペレーションに変えてから、導入することが必要なのです。
業務プロセス改革担当者の条件⑤
最後に5番目は、「善き目的を提示する能力」です。私はこれによって、「ロジスティックスの価値が生まれる」、と考えているのですが、最近は、「善き目的を提示する能力」というのは、取引先とか、サプライヤー、物流事業者が、心の底から、これをやると「主体的に参画する動機」となり、お互いにいいよねという、「未来に向けた利他 * 4 」ということでよく言われます。
(注釈)
*4.利他: 自分を犠牲にして、他人のために尽くすこと
価値共創プロセスの拡張的発展
こういったものを提示する能力というのは、私は非常に重要だと考えていて、これを実施することにより、価値のレベルがどんどん上がっていくのです。私がなぜこう考えたのかというと、こういった研究を始めてから既に40年近くになります。これまで、私は経営革新をされてこられた諸先輩方に、いろんなことを教えていただきました。
そうすると、そういった人達の共通点をまとめると、こういう形になるのです。そういう人材がどんどん出てくると、どういうことが実現可能になるかというと、例えばAppleの社長、ティム・クック(Tim Cook)氏は、もう10数年もの間、社長をされていますが、この人はMacの流通在庫を、2ヶ月分から2日分に減らし、在庫の正確なコントロールを行いました。サプライチェーンの専門家なのです。こういう人が社長になっているのです。
それから、ウォールマートの第3代目の社長、リー・スコット(Lee Scott)氏も、ロジスティック担当上級副社長に就任し、マーチャンダイジングをして、店頭在庫の適正化を行った人が社長をされています。
つまり、「CLOになった人が次の社長になる」という考えで、CLOを務めないといけないのです。
最後に、海外の企業はサプライチェーン改革をどのように取り組んでいるのかについて、これはロレアル(L’Oreal)の例ですが、今右肩上がりで業績が上がっています。
どういったことに取り組んでいるのかというと、2021年の決算資料では、「オンラインとオフラインの流通チャネルを活用したオムニチャネル戦略によるアプローチの構成」と説明しています。これはつまり、市場の変化を素早くデータとして集めるようなプロセス改革を行っています。こうしたデータを活用して「顧客中心のサプライチェーン」と「市場駆動のネットワーク」を構築している。このサプライチェーンは、すべてDXを前提にして構築されているのです。
何を言っているのかというと、日本では、「物流」がすごく狭い範囲で、現場の仕事はコスト削減の対象としか見られない。海外では、マーケティングの半分がロジスティックスだ(Logistics is the other half of marketing)と言ってるのです。ということは、ロレアルでは、DXを実施して、マーケティングDXと、サプライチェーンDXを完全に同化(一体化)させているのです。
つまり、お客さんのタイプごとに、サプライチェーンを細かく管理できるようにしていて、顧客の需要の変化に応じて、いち早く製品化して、素早く届ける仕組みを作っているのです。こういうことをやって事業構造改革を行わないと、効果がありませんということなのです。
ぜひ、このCLOの設置を義務付ける法律改正を契機にして、こういったことに、皆さん、積極的に取り組んでいただきたいと思います。ぜひよろしくお願い致します。
私からの本日のお話は以上でございます。ご清聴ありがとうございました。
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