第498号 EPCタグ・データ標準2.0のご紹介(前編)(2022年12月20日発行)
執筆者 | 佐藤 友紀 (GS1 Japan ソリューション第2部 RFID・デジタル化推進グループ) |
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執筆者略歴 ▼
目次
EPCタグ・データ標準(TDS:Tag Data Standard)は、GS1標準の識別コードや属性情報を電子タグに書き込む際のフォーマットを規定しているGS1標準である。EPCタグ・データ標準に準拠することで、複数事業者・複数業界を横断した電子タグの利活用の大前提である「世界中で重複しないユニークな識別コード」を電子タグに書き込むことができる。
2022年8月、これまでのEPCタグ・データ標準のバージョンであった1.x系から初のメジャーアップデートとなる、EPCタグ・データ標準2.0(https://www.gs1.org/standards/tds)が公開された。EPCタグ・データ標準2.0では、従来のフォーマットも引き続き利用できるのに加えて、より扱いやすいフォーマットが新設されている。これはEPC Modernisationと呼ばれるGS1の電子タグ関連標準の大規模更新の一環として行われたもので、これまでのGS1標準の電子タグにおける扱いづらい点を解消し、また電子タグの実ユーザからの要望を反映したものになっている。その中には例えば、GS1事業者コードの桁数が分からなくても電子タグを扱えるようにする、消費期限やロット番号などの識別コードに付随する情報も電子タグで扱いやすくする、などといった特徴が含まれている。
本稿では、EPCタグ・データ標準2.0で新たに追加された内容の概要を前編で紹介し、さらに後編では具体例を用いてその特徴を説明する。本稿で数を表記する際は、特に示していない場合は10進法を用いるが、2進法と16進法を用いる場面もある。これらを区別するため、2進法で数を表記した場合にはその末尾に小文字bを付け、16進法で数を表記した場合にはその末尾に小文字hを付ける。16進法の数字として利用するA~Fのアルファベットには大文字のみを用いる。
EPC/RFID(GS1標準の電子タグ)のおさらい
とはいえまずは、EPCタグ・データ標準2.0の話題に進む前に、GS1標準における電子タグについて説明しておきたい。これはEPC/RFIDと呼ばれている。本稿では特に、流通の現場でよく用いられるUHF帯の電波を利用するパッシブ電子タグシステムについて述べる。
GS1標準において電子タグは、対象物を識別するための識別コードをコンピュータシステムに自動的に取り込むための技術(データキャリア)の一種として位置付けられる。その点ではバーコード等と同様の位置付けである。例えば、スーパーマーケット等で売られている商品に付いている図 1のようなバーコードは、複数桁の数字で構成されるGTIN(Global Trade Item Number:日本国内でPOSを通る商品に最も広く用いられているのは13桁のもの=GTIN-13で、これは国内ではJANコードと呼ばれることが一般的)という商品を識別するための識別コードを、EANシンボル(国内ではJANシンボルと呼ばれることが一般的)という縞々のシンボルの技術を用いて商品パッケージ上に表し(これを「エンコードする」と呼ぶ)、バーコードリーダーで自動的に読み取れるようにしたものである。電子タグの場合も同様に、まずは識別コードがあり、これをエンコードした電子タグを対象物に貼付する、という使い方がなされる。電子タグ・リーダが対象物に付された電子タグにエンコードされた識別コードを読み取ることで、その対象物が存在していることを検知する。
尚、GS1標準のバーコードシンボルや電子タグにおいては、識別コードとしてGS1標準が規定しているもの(GS1識別コード)を扱う。先に例示したGTINもGS1識別コード体系の一種である。GS1識別コードは、事業者ごとに重複しないGS1事業者コードに、事業者が事業者内で重複しない番号を付け加えることで構成される。これにより全世界で重複しない識別コードが発行できる仕組みになっている。GS1事業者コードはGS1加盟組織が事業者ごとに重複しないように割り当てている。例えば図 1のGTIN(GTIN-13)は、先頭9桁がGS1事業者コード(456995112)で、その後ろに3桁続く事業者が割り当てる商品アイテムコード(002)、最後に1桁のチェックデジット(2)、という構成で合計13桁の識別コードとなっている。尚、GS1事業者コードは必ず9桁という訳ではなく、可変長であるということに注意が必要である。
ところで、バーコードシンボルの技術と電子タグの明確な違いの一つとして、電子タグは識別コードとして個々の対象物を一つずつ個別に識別するもの(個体識別コード)を必要とするという点が挙げられる。先に示した図 1のバーコードにエンコードされているGTINは、その商品が何であるかを識別するためのGS1識別コードであり、同じ商品であれば全て同じ番号が付いている。しかし電子タグにおいては、同じ商品であっても一つずつ個別の識別コードが必要である。ここで登場するのが、EPC/RFIDという言葉の最初の三文字に示されているEPC(Electronic Product Code)である。EPCは、GS1識別コード体系を基盤として整理された個体識別コードの体系である(ただし一部例外としてGS1識別コードに依らないものもある)。例えばGS1識別コード体系であるGTINについては、対応するEPCの体系としてシリアル番号を加えたSGTIN(Serialized GTIN)が作られている。電子タグでGS1識別コードを用いるには、識別コードとしてこのEPCの体系を利用する。
尚、個体識別は電子タグの専売特許ではなく、バーコードなどの印字シンボルでも可能であるということには注意されたい。図 2に示すように、後続するデータの意味を示すGS1アプリケーション識別子(例えば01であれば後続の情報がGTINであること、21であれば後続の情報がシリアル番号であることを示す)を用いることによって、EPCと同等の個体識別レベルの情報をGS1アプリケーション識別子対応の印字シンボルにエンコードすることができる。先に示した図 1のバーコードの説明と同様に、まずはGS1識別コード及び関連する情報があったうえでそれらをエンコードするデータキャリアの技術があるということ、そして、この情報とデータキャリアの技術は本質的に独立であり、同じ情報であっても用途に応じてデータキャリアを使い分けて利用できるという点が極めて重要である。図 2に示した3種類の表記はそれぞれ同じ個体識別コード(GTIN+シリアル番号)を表している。
さて、若干話題が逸れはしたが、いずれにせよ電子タグでGS1識別コードを利用する=電子タグにGS1識別コードをエンコードするためにはEPCの体系を利用することになる。このEPCの体系について規定しているのが、まさに本稿の主題であるEPCタグ・データ標準である。EPCタグ・データ標準では、様々なEPC体系の構成、それらEPC体系の基となるGS1識別コード・GS1アプリケーション識別子との関係性、様々な場面で用いるためのEPCの表記法、そしてさらに、EPCやその他関連する情報を電子タグのメモリに書き込むためのエンコード方式、などが規定されている。
本稿で取り上げるUHF帯パッシブ電子タグのメモリは、基本的には図 3に示す通りRESERVEDメモリバンク・EPCメモリバンク・TIDメモリバンク・USERメモリバンクの四種類の領域から構成されている。これらの領域それぞれについて、どのような情報をどのような形式で書き込むのかが、EPCタグ・データ標準に規定されているのである。これらの中で電子タグのユーザの視点から特に重要なのは、EPCメモリバンクとUSERメモリバンクである。EPCメモリバンクは、電子タグの識別コードを書き込むための領域である。読んで字の如くであるが、GS1識別コードをEPCとして電子タグで扱う場合には、このEPCメモリバンクに書き込むことになる。さらにUSERメモリバンクには、EPCメモリバンクに書き込まれた識別コードに関連するその他の情報を書き込むことができる。
EPCタグ・データ標準2.0の概要
以上のおさらいを踏まえて、EPCタグ・データ標準の最新バージョンである2.0について、まずはその概要を説明したい。EPCタグ・データ標準2.0の主要なポイントは以下の三点である。
■ ポイント①「EPCのエンコードをシンプルに」
■ ポイント②「EPC以外の情報も扱いやすく」
■ ポイント③「従来方式も引き続きサポート」
まずポイント①「EPCのエンコードをシンプルに」について、これを説明するために、EPCタグ・データ標準1.x系における従来のEPCエンコード方式について、SGTIN(SGTIN-96エンコード方式)の例を図 4に示している。一番上のElement Stringシンタックスから順序を追って、最終的に電子タグに書き込む際のバイナリ表記であるEPC binary encodingにまで変換している。この変換過程には、GS1事業者コードの桁数の情報を用いて元のGTINの構成要素を分解したり、それら構成要素の一部を取り除いたり並び順を変更したりする手順が含まれている。SGTIN以外のEPC体系に関する既存のエンコード方式においても同様の手順が含まれている。この手順がEPCのエンコードを煩雑にしており、かつ、GS1識別コードを構成要素によって区別せず一体として扱うGS1標準の考え方と整合しない、という指摘がかねてよりなされていた。EPCタグ・データ標準2.0では、これらの指摘を受け、EPCをよりシンプルにエンコードできる方式が新たに追加されている。また、SGTINにおけるシリアル番号のように、EPC体系の中には可変長のデータ項目を持つものがあるが、従来のエンコード方式は基本的には固定長の方式であった。例えば図 4に示したSGTIN-96方式は、必ず96bitのエンコード結果となる方式である。従来のSGTINのエンコード方式にはもう一つ、必ず198bitのエンコード結果となるSGTIN-198方式もあり、シリアル番号の内容を踏まえてどちらを使うか選ぶ必要がある。これに対し、EPCタグ・データ標準2.0の新しいエンコード方式は、可変長なデータ項目を可変長な形式でエンコードする方式を採用しており、従来方式で扱いづらかった可変長データ項目の一部をより効率的に扱えるようになっている。ここまで述べた特徴により、EPCタグ・データ標準2.0の新しいエンコード方式は電子タグ以外のGS1標準における考え方により整合したものになっている。
次にポイント②「EPC以外の情報も扱いやすく」について、こちらも電子タグ以外のGS1標準における考え方により整合した形で電子タグを利用できるようにすることが目的である。図 2に示したGS1アプリケーション識別子を用いた表記法(Element StringシンタックスまたはGS1 Digital Link URIシンタックス)を用いると、GS1標準の印字シンボルにおいて、GS1識別コードとそれに付随する関連情報(これを属性情報と呼ぶ)を並列に扱うことができる。例えば、図 5にはGTIN・有効期限・ロット番号・シリアル番号(それぞれGS1アプリケーション識別子01・17・10・21)をElement Stringシンタックスを用いて表記・エンコードしたGS1-128シンボルを示している。一方、EPCの視点から見ると、このうちEPC(ここではSGTIN)に相当するのはGTINとシリアル番号のみで、残りの有効期限とロット番号はそれ以外、という整理になる。このとき、EPCタグ・データ標準1.x系における従来のエンコード方式では、EPCをEPCメモリバンクに書き込むのは先述の通り(SGTIN-96エンコード方式あるいはSGTIN-198エンコード方式)として、それ以外の属性情報はPacked Objectsというエンコード方式を用いてUSERメモリバンクに書き込むことになっている。ただし、USERメモリバンクの読み取りは電子タグの識別コード(が書き込まれたEPCメモリバンク)の読み取りの手順に加えて個別のタグごとに読み取りのためのコマンドを発する必要があり、電子タグの読み取り効率を劣化させる。また、Packed Objects方式は大変複雑な仕様であり、容易に理解できるとは言い難い。このような状況はGS1標準の印字シンボルで属性情報を容易に扱えることと対照的であり、電子タグにおいても属性情報をより容易に扱いたいという声が以前より挙がっていた。これを受けてEPCタグ・データ標準2.0では、EPCメモリバンクにEPCに加えてそれ以外の属性情報を書き込むためのシンプルなエンコード方式が追加されている。
ポイント③「従来方式も引き続きサポート」については読んで字の如くである。EPCタグ・データ標準2.0には上記ポイント①②で触れた新しいエンコード方式が追加されている一方、EPCタグ・データ標準1.x系で規定されていた従来のエンコード方式も全て継続して含まれている。よって、EPCタグ・データ標準1.x系に基づく既存の電子タグシステムが、EPCタグ・データ標準2.0の公開により標準を逸脱したものになるということはない。ただし、逆に言えば、EPCタグ・データ標準2.0が規定する全てのエンコード方式をサポートする電子タグシステムを構築するためには、従来方式と新方式の両方をシステムに組み込む必要があるということでもある。また、一点注意すべき点として、ポイント②として紹介したEPCメモリバンクに属性情報をエンコードする新方式については、ポイント①で説明したEPCエンコードのための新方式との組み合わせでしか利用できない。尚、属性情報のエンコードに関する従来方式(Packed Objects方式でUSERメモリバンクにエンコード)は、従来のEPCエンコード方式とポイント①の新方式のどちらとも組み合わせて利用できる。
後編では、上記のポイント①②で触れた新エンコード方式の概要を説明する。具体的には、ポイント①「EPCのエンコードをシンプルに」したEPC+方式と、ポイント②「EPC以外の情報も扱いやすく」した+AIDC data方式及びDSGTIN+方式を簡単に紹介する。
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