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第384号 事故はどこで起きるか(2018年3月20日発行)

執筆者 山田 健
(中小企業診断士 流通経済大学非常勤講師)

 執筆者略歴 ▼
  • 著者略歴等
    • 1979年日本通運株式会社入社。1997年より日通総合研究所で、メーカー、卸の物流効率化、コスト削減などのコンサルティングと、国土交通省や物流事業者、荷主向けの研修・セミナーに携わる。2014年6月山田経営コンサルティング事務所を設立。
    • 著書に「すらすら物流管理(中央経済社)」「物流コスト削減の実務(中央経済社)」「物流戦略策定のシナリオ(かんき出版)」などがある。中小企業診断士。

 

目次

1.安全は最優先事項

  今回はこれまでと少し目先を変えて「安全」の話題を取り上げてみたい。ただ、筆者はこのテーマに関してはまったくの門外漢であることを最初にお断りしておかなくてはならない。サラリーマン時代を含めて安全にかかわる業務に携わったことはないし、詳しく勉強したこともない。
  そのような「専門外」に踏み込む理由は2つある。第一は、あらためていうまでもなく物流において安全は最優先事項だからである。物流会社経営で何より恐ろしいのは事故である。トラック運行で事故、それも人身事故ほど怖いものはない。これは物流に限らず、現場作業を持つ業界すべてに共通する。
  いったん人身事故を起こしてしまうと、当事者、ご家族はもちろんのこと、経営者から末端の従業員にいたるまで「地獄」を味わうことになる。これは決して誇張ではない。とくに死亡事故を起こしてしまったら、大企業ならその支店、中小規模なら会社そのものがまず3カ月は仕事がストップ状態となることを覚悟しなければならない。残されたご家族へのお詫び、ケア、補償対応は言うに及ばず、監督官庁、マスコミ、社内、荷主などへの対応に忙殺される。ある調査によれば、死亡事故による損失コストのうち4割強はこうした直接的損失以外の間接的な費用が占めるという。

2.傭車の重大事故

  筆者にも似たような経験がある。
  以前勤務していた物流会社で、ある地方の支店に転勤した直後のことである。たしか年末繁忙期真っ最中の朝だったと思う。筆者はある大手食品関連メーカーの営業担当であったが、出勤するやいなや現場から一本の電話が入った。食品メーカーの商品を運んでいた傭車(10トン)が市内でひき逃げ死亡事故を起こしたという。ドライバーは動揺したのだろう。商品を積んだまま高速道路に入って逃亡した。そして出口で緊急検問を行っていた警察に逮捕された。
  問題はその後である。運の悪いことにその時は年末のあいさつ回りで上司はすべて出払っていて、周りには報告、相談相手がまったくいない。とにかく荷主、そして大口契約の窓口である本社への第一報を行った。
  そこからが混乱の始まりだった。まず荷主が心配するのは商品の損傷と配達遅れである。幸いにも商品にダメージはなく、他のトラックに積み替えて無事配達を終えることができた。その手配やら報告でおおわらわの最中、さらにやっかいなことが追い打ちをかけた。
  本社からは「マスコミ対策は行ったのか」という矢が飛んできた。積荷である商品の荷主名がマスコミに漏れないよう手を打ったのか、という叱責である。常識的に考えて、ひき逃げを起こしたトラックの積荷の所有者など事件とは全く関係ないし、それをマスコミが報道するわけもない。仮に報道の可能性があったとしても、地方の支店の一営業担当者にマスコミとの接点などあるわけがない。ましてや記事のもみ消しなど不可能である。
  対応にもたついていると、今度は別のルートから「○○支店は人を殺しておいてまともな対応もしていない」といった話が伝わってきた。傭車によるひき逃げ事件が、回り回って、支店による人殺しに発展してしまっていた。その後の混乱と顛末は省略し、ご想像にお任せしたいが、しばらく仕事にならなかったことだけは間違いない。
  最初から少々生々しい話になってしまったが、事故の怖さと安全の大切さの一端でもご理解いただければと思いう。

3.愚者は経験に学ぶ

  このテーマを取り上げたもう一つの理由が今回の本題である。それは、筆者の拙い経験から感じた安全に対する個人的な見解をお伝えしたかったためである。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」といわれるが、残念ながら愚者の域を出ない話になってしまうことをお許しいただきたい。
  しかし門外漢なりに開き直っていえば、教科書に書いてある安全の知識はそちらに譲るとして、たまにはこうした角度からの分析も何かの参考になるのではないか、と勝手に解釈させてもらった。その点を寛大にご容赦いただきお読みいただければ幸いである。

4.事故は危険な場所で起こる?

  今回のテーマは「安全」であるが、ではそもそも事故はどこで起きるのだろうか。ここであらためて考えてみたい。
  「何を今さら。事故は危険な場所で起こるに決まっているだろ」と怒られそうである。たしかに事故は危険な場所で起こる。統計的にはたぶん正しいだろう。
  でもそれだけだろうか。むしろ本当に危険なのは「安全な場所」ではないだろうか。正確にいえば「安全に見える場所」で事故は結構起きているのではないか。
  決して奇をてらっているわけではない。実際、事故は安全な場所で起きている。

5.谷川岳西黒尾根での骨折

  ここからは完全に個人的経験の話である。
  筆者の趣味は登山である。高校生のころからだから、登山歴は40年を超える。しかも中年になってからは無謀にも、結構危ない山にもチャレンジして周囲をハラハラさせている。ただ、生来臆病なため決して無理はせず安全登山に徹してはいるので、遭難はもちろんのこと、山で怪我をしたことなどは一度もなかった。
  数年前の秋のことである。筆者は群馬県と新潟県の県境にある谷川岳に登っていた。谷川岳の標高は2,000mにも満たないが、急峻な岩壁と複雑な地形に加えて太平側気候と日本海側気候のぶつかり合う中央分水嶺に位置するために天候の変化も激しく、遭難者の数は群を抜いて多い。1931年から統計が開始された谷川岳遭難事故記録によると、2012年までに805名の死者が出ている。ちなみに8,000メートル峰14座の死者を合計しても637名であり、この飛び抜けた数は日本のみならず世界の山のワースト記録としてギネス世界記録に記載されている。ただし遭難者の多くは一ノ倉沢などの岩壁からの登頂によるもので、一般的なルート(天神尾根)はほとんど危険な箇所もなく遭難者も少ない。
  もちろん筆者はそんな危ないコースをたどるわけもなく、安全な一般ルートでの登山を楽しんでいた。それでも一般ルートの中にも西黒尾根という比較的険しいコースがある。西黒尾根は「日本三大急登」と呼ばれる、急峻な尾根であり、登るのも下るのもそれなりの体力と経験が求められる。

図表1 谷川岳西黒尾根(写真手前の尾根 筆者撮影)


  その日、予定より早めに頂上を踏むことができたため、普段は通らないこの難ルートを使って下山することにした。順調な登山で時間に余裕が生まれ、色気が出たのだろう。
  下りだけで3時間もかかるこのルートの難所は最初の2時間くらいまでである。急峻な岩場を降りていくため、鎖を伝わっていく箇所も多い。そうした難所を何カ所か通過している時、それまで晴れていた空ににわかに雲がわき始め、またたくまに雨が降り出した。谷川岳特有の天候の急変である。それでも雨で滑りやすくなった岩場を慎重に通過し、あとは傾斜の緩い石ころの道を歩くだけとなった。
  その頃には通り雨もやみ、危険箇所を無事に通過し終えた筆者は、それまでの緊張もすっかり解け、一日の登山を終える満足感と心地よい疲労感を感じつつこの緩い下り道を歩いていた。晩秋の夕暮れの木漏れ日が赤や黄色に染まった葉を通して登山道を照らしていた。
  街を散歩するような気分で歩きながら何気なく雨で濡れた岩に足を掛けたときである。右足が突然滑って空を切ったかと思うと、体があおむけのまま登山道に叩きつけられた。そのとき無意識に体を支えようとしたのか、体が着地すると同時くらいに左手を岩についていた。全体重が左手首にかかったと思った瞬間、「ミシッ」という嫌な音が聞こえた。
  かなりの痛みではあったが、その日は我慢して何とか下山、後日病院へ行ったところ、左手首が骨折していた。全治3カ月、40年以上の登山歴で初めての怪我である。
  原因は、安全と思い込んでいた場所での「気の緩み」である。雨で濡れた岩、緩いとはいえれっきとした登山道、冷静に考えれば決して気を抜いてはいけない場所であった。それまで緊張の続く危険箇所を通過した直後であり、「相対的に」安全と感じたことも災いした。
  「安全と思える場所こそ危険」「事故は安全な場所で起こる」ことを身を持って経験させられたできごとであった。

6.北アルプス大キレットでの転落未遂事故

  この事故で思い出したのであるが、似たようなことが以前にもあった。
  手首の骨折から遡ること10年くらいの真夏の北アルプス大キレットでのできごとである。大キレットとは、槍ヶ岳から北穂高岳へ縦走するV字状の尾根筋ルートである。両側が数百メートルも切れ落ちた尾根を登り降りする登山道は、通過に3時間を要する、日本有数の難ルートである。

図表2 北アルプス大キレット 長谷川ピーク周辺(筆者撮影)


  今にしてみれば、何でこんな危険な場所ばかり行くのかと、我ながらあきれるが、無謀な登山話にもう少しお付き合いいただきたい。
  難ルートの大キレットの中でも最難関とされているのが「長谷川ピーク」と呼ばれている一帯である。大キレットのちょうど中間地点にあたり、両側が鋭く切れ落ちた文字通り「ナイフリッジ(ナイフの刃のように鋭くとがった尾根)」の刃の上をはいずり、ときには絶壁をトラバース(横切ること)したりしながら数百メートル進む。最大級に危険な場所である。実際、長谷川ピークでの転落、滑落事故は珍しくない。
  連日快晴が続くお盆休みの真っただ中、登山としては絶好のコンディションのもと、大きな期待と不安を抱えながら大キレット挑戦が始まった。はしごや鎖を使いながら大キレット最下部への急峻な下りを終えると、長谷川ピークが現れる。評判通りの難所である。あまりの高度感に足がすくむ。なるべく下を見ないようにしながら慎重に通過する。
  延々と続く長谷川ピークの終了点(写真の手前のはい松が生えているあたり)に差しかかった時である。突然前方の岩陰で「ドサッ」という音が聞こえた。急いで近づいてみると、登山道わきに生えているはい松に一人の登山者がぶらさがっている。両手ははい松につかまり体全体ははい松に埋もれているものの、足は宙ぶらりん、その下は絶壁である。
  とにかく無我夢中ではい松にかかっていた手を握り、登山道に引っ張り上げた。余談であるが、無事引き上げられたとき彼が発した最初の言葉は「顔切れていませんか」だった。実際顔の傷どころの事態ではなかったのだけれど、人間というのは極限状態では思わぬ言葉を発するものだな、と妙に感心したことを覚えている。
  落ち着いてから話を聞くと、長谷川ピークを通過しホッとして尾根にある岩に腰を掛けたのだそうだ。相当気を抜いてしまったのだろう。腰かけたとたん、ザックの重みで上半身が前に振られ、そのまま絶壁のフチへ落ち込んだという。運よく瞬時に両手ではい松をつかみ、また直後に筆者が通りかかったため、一命をとりとめたのである。
  実はその場所はよく見ると、決して安全ではない。登山道はそれまでのナイフリッジよりは広くなって、はい松が生えているものの、両側は切れ落ちている。途中までがあまりにも危険であったため、「安全に見える」だけであって、十分注意を要する危険箇所であった。
  谷川岳で怪我をしたとき、思い出したのはこの大キレットでの転落未遂事故である。危険度には雲泥の差があるが、緊張が抜けてホッとした瞬間の事故であることは共通している。

7.女流登山家「谷口けい」さんの遭難

  先の2つの例とはさらに比較にならないが、もう一つ例を紹介する。女性登山家の谷口けいさん(43)が2015年12月21日、北海道・大雪山系の黒岳で行方不明になり、翌日になって山頂から約700メートル下の斜面で遺体が発見された。

図表3 大雪山系黒岳(りんゆう観光HPより)


  谷口けいさんは、2009年4月、世界の優れた登山家に毎年贈られるフランスの「ピオレドール(黄金のピッケル)賞」を、女性としても、日本人としても初受賞した。08年秋、インド北部のカメット(7,756メートル)南東壁を平出和也さんと2人で初登攀。標高差約1,800メートルの未踏の岩と氷の壁を少人数、短期間で登るアルパインスタイルで攻略したことが評価された。同賞は「登山界のアカデミー賞」と呼ばれており、まさに日本を代表する登山家である。筆者もテレビで何度か見たことがある。
  その谷口さんが遭難した黒岳は、冬季でなければ初心者でも登ることができる。谷口さんは雪山を仲間とザイル(登山用ロープ)を結んで頂上に達したが、用を足すためザイルをほどいた後に足を滑らしたらし滑落したものと思われる。簡単な山といっても、凍りついた氷雪で足を滑らしたらきわめて危険である。
  これほど一流の登山家がなぜこの山で、という大きな衝撃とともに悲報に接したことが忘れられない。
  個人的な経験を中心に、事故と安全にかかわる3つの例を紹介した。危険な場所でもっとも多く事故が起きることは疑いようのない事実である。安全講習などでは必ずどこが危険か、どのような場合が危険というKY(危険予知)活動が行われる。ただ、危険な場所はほぼすべての人が同じように危険を感じることができるはずである。
  むしろ一見安全な場所、安全に見える場所にも同じように、あるいはそれ以上に危険が潜んでいるという事実にも目を向ける必要があるのではないだろうか。
  独断と偏見のそしりは免れないと思うが、拙い経験を通してそんなことを感じた次第である。

以上



(C)2018 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.

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