第346号 災害時でのBCPに対応するサプライチェーン・ロジスティクスの強靭化モデル (2016年8月23日発行)
執筆者 | 鈴木 伸彦 (株式会社ジュリアンウッドベル 代表取締役) |
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目次
サプライチェーンに大きな影響を及ぼす“リスク”とは
サプライチェーン・ロジスティクス(SCL)はサプライチェーン・ネットワークの中でも最も重要な役割の一つであり、そのSCLの全体最適化を如何に果たしていくかに、仕組みやスキーム、ITシステムの力が注がれてきた。端的に言えば、それはSCLの効率化(リードタイムの短縮)とコストセーブを主眼としていた。この様にして構築されたSCLは、需要と供給が有る一定の範囲で順調に推移している間は十分に効力を発揮するが、需給のバランスが大幅に崩れたり、或は自然災害やテロの発生、市場ニーズ、政治・経済などの大きな変化などが起こると、サプライチェーンそのものが崩れて大きな損失を被ることになる。
この様なSCL全体に大きな障害を起こす可能性がある要因を、総じて“リスク”として捉えると、リスクには需給のアンバランスに因るものと物流チェーン内での問題に因るものとに、大きく2つに分けることができる。
リスクと要因を纏めると下図の様になる:
サプライチェーン全体に支障を及ぼすリスクの要因には、需給のバランスの問題以外にも物流チェーンそのものに問題が生じて、物流チェーンが寸断されることにより物資が届かないといった問題も多く発生しており、それが図の下段で示された部分である。実際、昨今のSCLに生じた大きな問題はこの物流チェーンの寸断が原因で引き起こされたことによるものが際立っている。その中でも特に外的要因である、大きな自然災害や労務問題で生じた大規模ストなどは、企業や消費者にとって莫大な損失やダメージを引き起こしてきた。
2011年のタイの洪水では、北部チェンマイ地区で多くの企業が操業を停止せざる負えない事態が発生して、日本の自動車メーカーはパーツの供給元をタイにある現地工場から急遽日本や中国にある工場からの輸入に変更し、また多くのPCメーカーもタイで生産・供給されていたHD(ハードディスク・ドライブ)を他の国からの供給に切り替えるなどの対応策をとることとなった。また昨年は前年から春先まで9ヶ月間続いた米国西海岸の大規模な港湾ストがあり、米国に於ける輸出入での玄関口となっているロスアンゼルスやロングビーチ、サンフランシスコ、シアトルといった主要港はもとより、西海海岸全域の実に29の港が一斉にストに突入して輸出入の機能がストップした。これにより日本からは主要自動車メーカーやそのパーツメーカー等が、この場を凌ぐために通常の海上輸送に代わり航空輸送に切り替えたため、企業にとっての損失は1社あたり数十億円から数百億円にも上った。米国からの輸入でも食品関連が大きなダメージを受け、ハンバーガー店でポテトの販売を中止するなどの事態が起こったことは記憶に新しい。
日本国内に於いても、2011年3月の東日本大震災時に物流網が寸断され、被災地に物資が届かないといった問題が起こり、また今年4月に熊本県や大分県を襲った熊本地震でもやはり九州自動車道などの幹線道路に加え、国道の118の区間で物流網が寸断されて同様の事態が発生した。
では、これらの問題を回避することはできないものだろうか?勿論、自然災害や港湾ストといった問題の根本要因を物流で解決して発生を未然に防ぐことはできないが、発生した際にその物流チェーンのダメージを最小限に抑えて、損失コストをミニマム化し、一刻も早い物資の供給を行う事を可能とするSCLを構築することはできる。これがサプライチェーン・ロジスティクスの強靭化モデルであり、BCP(Business Continuity Plan)の有効な一つの手段でもある。
サプライチェーン・ロジスティクスの強靭化モデル
では実際にSCLの強靭かモデルとはどのようなものなのか。生産・製造拠点を中心に一つのサプライチェーンを考えると、生産のための部材等が供給されるロジスティクスである調達のサプライチェーン・ロジスティクスがあり、生産された製品となったものが市場に出ていく製品のサプライチェーン・ロジスティクスがある。その全体をトータル・サプライチェーン・ロジスティクスとして全体最適化を図り、全体でのコストのミニマム化や高効率化を求めるのが、サプライチェーン・ロジスティクスにおけるSCMである。
これは生産拠点単位でみると一つのサプライチェーンであり、そこにあるのはシングル・サプライチェーン・ロジスティクスである。前述の様にこの物流チェーンが寸断されSCLが破綻してしまうと、できるだけ早く物を供給するバックアプ体制が必要となる。これを国際間のSCLモデルで見ると、下記の2つのバックアップ体制が考えられる。
①他の倉庫(DC)を同一地域内(国)に設置してそこから供給する
②他の国(地域)での製造される同一のものを供給する
①のケースは有事に備えて常にある一定の在庫を抱えておく必要があり、その様な在庫が直ぐに供給できる場所に倉庫が無い場合は、新たに設置しコストを掛けて維持していかなければならない。また②のケースでは、既存のSCLを利用するため、平時での管理コストは最小限に抑えられるが、物流チェーンが寸断された場所によっては対応できない場合もある。
この様なバックアップ体制の構築は、コスト削減や効率化といった本来のSCLの目指すところとは相反するものである(余分なコストが掛かり、効率化を犠牲にしなければならい場合が生じる)。しかし、これが自然災害などで致命的に寸断されたSCLの早急なバックアップを可能にする強靭なSCLのモデルとなる。
シングル・サプライチェーンからマルチ・サプライチェーンへ
SCLが一旦破綻すると、そのダメージや損害額は時として膨大なものとなる。しかしそのためのバックアップ体制として、新たな在庫拠点(倉庫)を持つのは大変なコスト増となり、また新たに別のサプライチェーンからの供給を行うためにはその供給網が機能する体制を整えておかなくてはならない。問題が起こってからでは、十分な供給体制を作るまでに時間が掛かり、やはりその期間の大きなコストの損失や、一刻も早く物資を供給する必要が有る場合など、深刻な事態を招くことになりかねない。
SCLの強靭化モデルを構築しこの様な事態を回避しするためには、平時から一つのサプライチェーンをみるのではなく、供給先に対しての複数のサプライチェーン=マルチ・サプライチーンでの最適化を見る必要があり、常相互の供給体制をとっておく必要がある。仮に多少のコスト増や効率の低下がみられても、SCLの強靭化モデルを構築しておくことが結果的には大きな損失を防ぎ、利益確保に繋がることとなる。
以上
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