第313号 物流ABCの落とし穴(2015年4月9日発行)
執筆者 | 山田 健 (山田経営コンサルティング事務所代表 流通経済大学非常勤講師) |
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目次
1.物流ABCで何が起きているか
(1)ある値下げ要請
ある程度予想できたこととはいえ、それは何ともいえない不安な気持ちを抱かせる提案であった。
メーカーA社では、コンサルティング会社に依頼して物流事業者Y社に運営を委託している物流センターで、物流ABC(Activity Based Costing)にもとづく運営費の実態調査を行った。入庫受付から入庫、在庫管理、出庫準備、ピッキング、出庫、積み込みまで、物流センターの運営にかかわる作業の処理時間、費用について収集されたデータにもとづき、ケース当たりの作業単価を算出したのである。調査対象期間は1週間。算出された単価に年間の物量の波動係数と一定の料率を加味して、適切と思われる料金単価水準を導き出すという論理展開である。
最後に、料金単価に年間の物量を乗じて、年間の支払い料金総額を算出する。その結果を実際の支払い料金総額と比較したところ、数%の「過払い」が生じていたという。この過払い分について値引きの余地があるのではないか、という提案である。
何よりも、現場で収集したデータにもとづいて算出された数字は具体的で説得力がある。物流事業者が同じ土俵に立って反論しようとするなら、自らデータを収集し、同じように数字にもとづいた論理展開を行わなければならない。
(2)不安な理由
筆者が不安を抱いた理由は二つある。失礼を承知でいえば、一つは物流事業者が自ら物流ABCを適切に行うだけの手法を身に付けているのか、また調査に必要な労力を投入するだけの余力があるのか、さらには物流ABCで算出された結果を正確に分析し荷主との交渉に臨む能力があるのか、という点である。残念ながら、物流ABCを使いこなせるだけの手法、経験を持ち合わせている物流事業者はそう多くない。
もう一つは、そもそも物流ABCで算出した単価が実態を正しく反映しているのか、という根本的な問題である。このように表現すると、あたかも物流ABCそのものを否定しているように受け取られかねないので、もう少し正確に言えば、物流現場の特性を考慮すると、結果をそのまま料金交渉の材料として使用することは適切なのか、という疑問である。
この第二の点が本稿で明らかにしておきたいポイントになる。結論から言えば、物流ABCで算出した作業単価(単位当たり作業原価)に一定の料率を上乗せして料金(料金単価)を求め、総物量を乗じて算出した、「本来あるべき」支払い料金総額は、実際の支払い料金総額より必ず低くなる。つまり、物流ABCで算出した単価を適用すれば必ず値下げになる。
十分な検証手段や余力を持たない物流事業者が、このような単価提示と値下げ要請を受けた場合、まともに太刀打ちすることはほとんど不可能である。値下げは百発百中で成功する。
この点こそ、物流ABCが登場したときから筆者が感じていた不安と疑問であった。そこで、実際の物流現場での物流ABC導入経験をもとに、具体的にその不安と疑問、そしてその対処方法について順を追って検証していきたい。
2.物流ABCの何が落とし穴なのか
(1)物流ABCのできること、できないこと
物流ABCは「切れ味鋭い道具」である。物流ABCの結果は、明瞭な数字で示されるため何よりも説得力がある。「データにもとづいて語る」、「数字を使って検証する」。これこそいままでの物流業界のコスト管理で不足していた部分である。それゆえABCが物流コストの「見える化」として大きなインパクトを持って受け入れられ、普及が図られているところであろう。ただ、当然のこととして「切れ味鋭い道具」は使い方を誤ると凶器になる恐れもある。物流ABCにも同じような不安を持つのである。
物流ABCは、入庫にケース当たり100円、出庫にケース200円、パレット500円かかっているなど、物流事業者が物流センターなどの作業料金単価を作業負荷に応じて設定する際の手がかりとするには大いに有効といえる。手間のかかる作業はそれなりに料金を高く、そうでない作業は低くといった作業実態を反映した料金を設定するための貴重な資料を提供してくれる。少なくとも、作業負荷に応じて費用が増減するという認識さえ持たない現場への意識付けという点ではその果たす役割は大きい。
ただし物流ABCで算出した結果は、あくまでもある一定の物量のもとでのセンターの稼働率を前提とした作業原価である。固定費が多くを占める物流センターでは、物量が単価を設定した際より増えれば単位原価は減るし、物量が減れば単位原価は上がる。そうしたことを踏まえたうえで、物流ABCから得たデータをもとにどの水準に料金設定をするかを決定していく。これは物流ABCというよりは販売政策そのものの問題となる。また、物流ABCの結果には収受料金の対象となる作業以外の費用など、多くの「のりしろ」が含まれていることにも注意が必要である。
したがって、荷主との料金交渉に物流ABCの結果がそのまま使われるといろいろ不都合が生じる。今回のようにある一定の稼働率(=物量)をもとにした物流ABCによって料金が高い、安いという議論は的外れになる可能性がある。荷主は高い稼働率、つまり物量が多いことを想定して単価を決めたがるであろうし、物流事業者は反対に少ない物量を前提に単価を決めたがるであろう。結局、荷主、物流事業者とも物量の変動による単位原価の変動リスクをどの程度見込むかで料金水準が決定されるものであろう。また、「のりしろ」の扱いをどうするのか、といった問題も結構やっかいである。
(2)ABCの対象は間接費
ABCはもともと工場での管理業務などにかかわる製造間接費を合理的に製品に配賦する手法である。製造原価を算出する際に、かつてはこれらの間接費は出荷額や生産量などにもとづいて配賦されていたが、製造現場におけるオートメーション化が進んだ結果、製造原価に占める原材料や現場の人件費などの製造直接費が減り管理業務にかかわる間接費が増えるに従って、より合理的な費用配賦が求められたことにより開発された。
ABCが画期的であったのは、間接費のコスト・ドライバー(間接費を増やす要素)が生産量や工場の稼働率と直接的には関係しないところに見出されることが多いからである。たとえば、人事労務管理は労働者の数や給与の計算処理の回数などによってその忙しさが左右されるので、コスト・ドライバーは対象人員数や計算処理数などになる。また、資材の購買管理は納入業者数や発注回数に影響を受けるので、コスト・ドライバーは納入業者数や発注回数となる。
コスト・ドライバーが生産量と直接的には関係していないために、コスト・ドライバーを減らすことによって、生産量や稼働率に影響を与えずに間接費を減らすことも可能となる。たとえば、計算のまとめ処理や納入業者数の絞込みなどによってコスト・ドライバーの数が減れば、人事労務や購買などの間接費を削減する余地が出てくる。
いま物流ABCが対象としている費用の多くの部分は、減価償却費、施設使用料、リース料、人件費など物流現場で発生する「直接費」である。直接費を作業工数に応じて製品に配賦する手法は本来のABCではなく、従来から行われていた「伝統的作業原価計算」である。
(3)単位原価は稼働率で変わる
固定費を配賦している物流ABCで注意しなければならない点をもう少し具体的に掘り下げてみよう。
第一は、「物流センターの稼働率によって単位原価は変わるのか」という問題である。物流センターの稼働率とはすなわち、物流センターを通過する物量にほぼ左右されるので、これは「物量によって作業原価は変わるのか」と読み換えることができる。
物流ABCでは最終的にアクティビティ(作業活動)ごとに集計された原価(アクティビティ原価)を処理した物量で割って、ケース当たり単価やピース当たり単価といった単位原価を求める。この単位原価の変動は、処理する物量に応じてアクティビティ原価が変動するかどうかにかかわってくる。
たとえば、ピッキングなどのアクティビティの多くを占めるのは人件費であるので、処理する物量に比例して人件費などが増減すれば単位原価は一定となるが、人件費が物量とはあまり関係なく一定であれば単位原価は変動することになる。
平たくいえば、物量が増えて忙しくなったときに作業者は一生懸命仕事の能率を上げ、ヒマになったらのんびり仕事をするのか、あるいは仕事の能率は物量に関係なく一定であるのか、という問題である。
一般的には疑問の余地なく後者が正しい。物量にかかわらず、1ケースのピッキングをするための時間(=作業能率)は一定であるのは自明の理である。この理屈に従えば、単位原価は物量にかかわらず一定である、と考えるべきであろう。ところが物流現場ではこの理屈どおりにいかない。現実的には能率は上下し、単位原価は変動するのである。
物量を自らコントロールできない物流現場では、ある程度余裕を持った人員配置をせざるをえない。そこでは、「忙しいときは忙しいなりに」「ヒマなときはそれなりに」処理していく結果、本来ではありえないはずの物量変動による能率の変化と単位原価の変動という現象が起きてしまう。
(4)配賦不可能、料金対象外の作業が存在する
物流ABCで作業原価を算出するときにもっとも気をつけなくてはならないのは、料金収受の対象となる作業に配賦できない「配賦不可能」「料金対象外」の作業が存在することである。先に、原価に「のりしろ」が含まれると表現したのはこの作業をさす。もちろん、多かれ少なかれどのような作業にも対象外は発生するが、問題はその存在自体というよりも、費用に占める大きさである。
ある現場で計測したところ、料金収受の対象とならない「配賦不可能作業」が全体の2~3割にも達することがわかった。この作業は、手待ち、棚卸、はい替えなど、いずれも料金対象となる入出庫や流通加工以外の作業である。実際、これはこの物流センターだけの特殊な傾向ではなく、数字の差はあれ他のセンターでも同じような傾向がみられる。
いずれにしても問題は、全体の2~3割もの配賦できない作業時間、つまり費用が発生している状態で、正味のアクティビティだけから求めた原価にもとづいて料金設定はできないということである。物流ABCにもとづいて算出した料金単価に総物量を乗じて算出した「本来あるべき」支払い料金総額は、一般的には実際の支払い料金総額より必ず低くなる、と表現したのはこの「のりしろ」によるところが大きい。
先の事例ではこの「のりしろ」として、便宜的に正味原価の2割を一律上乗せして「本来の料金」を算出していたが、「活動基準」であるはずのABCにおいて、便宜的に2割以上もの原価をあいまいな配賦基準によって一律に上乗せしたのでは、もはやABCとはいえないだろう。
3.おわりに
以上述べてきた課題は、おそらく物流ABCを実施しようとするどの物流現場でも直面する事態と思われる。その意味では物流ABCの基本手順を習得するのと同時に、ふさわしい対処方法を考えておくことは重要なことであろう。物流ABCは便利なツールであるが、同時に独特の「クセ」ともいうべき特性を持つ。要は物流ABCの持つそのクセを十分理解したうえで、上手に使いこなすことである。間違っても出てきた数字を鵜呑みにするようなことがあってはならない。
本文中でも触れたとおり、コスト意識さえ薄かったかつての物流業界において、作業負荷に応じて費用を配賦する考え方を浸透させるために、物流ABCの果たす役割には疑念の余地がない。ただ、コストに対する意識付けという初期段階を経たいま、物流ABCはその使い方についての検証と啓蒙、普及に取り組むべき時期に差し掛かっているのではないだろうか。
以上
(C)2015 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.