ロジスティクス・レビュー

第408号 コストは機会費用で考える(2019年3月19日発行)

執筆者 山田 健
(中小企業診断士 流通経済大学非常勤講師)
    執筆者略歴 ▼

  • 著者略歴等
    • 1979年日本通運株式会社入社。1997年より日通総合研究所で、メーカー、卸の物流効率化、コスト削減などのコンサルティングと、国土交通省や物流事業者、荷主向けの研修・セミナーに携わる。2014年6月山田経営コンサルティング事務所を設立。
    • 著書に「すらすら物流管理(中央経済社)」「物流コスト削減の実務(中央経済社)」「物流戦略策定のシナリオ(かんき出版)」などがある。中小企業診断士。

目次

1.作業応援のコスト

  以前勤務していた物流会社では、事務職による作業応援という「行事」があった。繁忙期などに、営業や管理に携わる事務系社員を配達や貨物の積み下ろし、引越し、オフィス移転などの作業に動員する臨時対応である。行事などとちゃかしてはいけない、重要業務である。
  物流事業者であれば、コア業務である物流作業に関わることは当然のことである。また、いざという時に現場の最前線を社員総出で応援するのは物流に限ったことではない。百貨店の社員がお中元やお歳暮の特設コーナーを応援したり、製造業の社員が緊急増産などへの対応で工場の生産ラインに入ったりするのは珍しくない。
  社員が一丸となって現場を支えることは、社員の意識を一体化し会社への帰属意識を高めるといった点でも意味があるし、普段接することの少ない現場を知るよい機会にもなる。事実、筆者も作業応援を通じて現場作業に直接触れることができた体験は、現在コンサルタントとして活動する上で、何物にも代えがたい貴重な財産となっている。
  おそらく、従事すべき職務と求められる能力、待遇などが明確に定められている外資系の企業では考えられない「文化」であり、日系企業の有形無形の強みの一つといえるのかもしれない。
  そのような貴重な文化に水を差すつもりは毛頭ないが、この作業応援について企業は「コスト」を明確に意識したことがあるだろうか。おそらく、応援する管理者や事務社員は「固定費」であり、いくら使ったところで追加コストはゼロ、といったところが大方の考えではないのか。実際、物流会社の作業応援などはこの発想で行われることが多い。
  臨時のパート・アルバイトを雇うよりも、費用が外部流出しない固定費を有効に利用すれば、その分はすべて儲けとなる。手っ取り早く利益を確保するには、経営者にとってこれほど都合のよい手段はない。作業者が顧客と直接接触する引越しや宅配などは、事務員の方が顧客対応が丁寧、ということもまれにある。
  社員の中には、普段の仕事ではまったく精彩を欠いているのに、応援となると俄然張り切る者もいる。社内報に「作業応援では微力ながら会社に貢献できて光栄です」といった文章を堂々と載せている管理職もいた。
  だが、本当に動員される社員のコストはゼロなのだろうか。筆者は作業行応援についてはどこかすっきりせず、引っかかるものをずっと感じていた。そもそも(スポーツは好きだが)作業が好きでないという、物流会社社員としてはまったくもって「非国民的」な思いを持っていたことも根底にはある。しかしそれが経営管理あるいは管理会計上どういうことなのか、明確な表現も切り口も見いだせず、もやもや感を抱えていたものである。
  のちになって、その答えらしきものが見つかった。それが今回のテーマである「機会費用」という管理会計上の考え方である。

2.失った利得が機会費用

  複数ある選択肢のなかから、ある選択肢を選んだときに、選ばなかった選択肢を機会費用と呼ぶ。
  つまり、「何らかの経済活動を行う(選択する)ことは、別の選択を行っていたら得られたであろう利得を犠牲にして選択を行っている」ことであり、その犠牲にした「得られたであろう利得・価値」が機会費用となる。失った利得・価値を「費用」として認識するところに違和感を覚えるかもしれないが、機会損失と言い換えれば、より分かりやすくなるだろう。
  例を使って説明しよう。
  いまA社の仕事を獲得すれば1,000千円の売上で費用700千円を差し引き300千円の利益が得られるとする。B社の仕事を獲得すれば売上1,300千円、費用1,200千円で100千円の利益である。
  両方の仕事を同時に行うことはできないので、A社の仕事を獲得した場合に失う「利得・価値」はB社の仕事を行ったときに得られる利益100千円である。したがって、A社の仕事を獲得したときの機会費用は100千円となる。100千円の利益を犠牲にして300千円の利益を確保したと考えるわけである。
  これがB社の仕事を獲得した場合は逆になる。100千円の利益に対して300千円の機会費用が発生するわけだから、普通ではこちらを選ぶ企業はないだろう。

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  ポイントとなるのは、失った売上ではなく利得、利益が機会費用となるという点である。つまり売上からそこで発生する費用を引いた純粋な儲けの部分が費用になるということである。
  こう考えると、先の作業応援における機会費用は事務員の人件費ではない。よく、こうした費用を計算する際に対象人員の1時間当たりの人件費を基準にすることが多い。たとえば、時間当たり2,500円の社員が何らかの業務に3時間従事した場合、「2,500円×3時間=7,500円」のコストをかけた、と想定する。これでは時給7,500円のパートを使ったのと同じなってしまう。
  機会費用では、作業応援を行っていなかった場合に生み出したはずの利益となる。営業マンなどでは比較的単純で、その人の獲得したであろう売り上げから変動費用を引いた「限界利益」が機会費用となる。固定費である本人の人件費は応援してもしなくても発生するので考慮しない。
  本来上げたであろう利益を犠牲にして応援に駆り出すのだから、それなりに「代償」を払った動員であることがわかるだろう。「固定費だから使うだけ得」とはならないのである。
  これに対して、管理部門など直接利益を生まない部署に勤務している社員の機会費用の算出は難しい。もともと利益を生まないなら応援してもしなくても同じであるので、動員したほうが得なのであろうか。
  ここからが重要なのだが、管理部門は営業活動や現場活動を支援し、会社がより儲かるよう側面から貢献するのが本来の役割である。だとしたら、管理部門の活動は何らかの金銭的、定量的価値としてとらえられるはずである。経理部門であれば、資金調達や運用の効率化による資金コスト低減、総務部門であれば社内事務合理化による管理コスト削減、人事部門なら人材育成、モチベーションなどの効果把握(現実にはかなり難しいが)などである。
  なかなか管理部門の貢献度を定量的に把握、評価するまでには至っていない企業も多いかと思われる。逆に、そのような企業はコーポレート・ガバナンスが機能していないともいえる。部門の貢献度を定量的に表現できなければ、評価ができない。部門の評価ができなければもちろん個人評価もできない。経営者が恣意的に評価を行っているといわれても反論できないだろう。
  また、管理部門の機会費用がゼロ、つまり失うものが何もないのであれば、残念ながらその部門は社員で運営する必要はない。なかには管理部門が人を管理統制することと勘違いをして、営業活動の邪魔をするケースさえある。これでは管理部門はアウトソーシングした方がまし、という判断も成り立つ。
  このように、機会費用を認識することは、営業部門であれ、管理部門であれ、本来生み出していなければならない価値、利得までを精査することでもある。単なる管理会計上の数字だけではない深い意味も含んでいる。

3.機会費用は人によって違う

  機会費用は失った価値、利得であるから人によって変わってくる。
  身近な例で考えてみよう。明日、東京から博多まで移動しようという時、どの移動手段を選ぶであろうか。
  JR在来線を乗り継げば13,440円で行けるが丸1日かかる。新幹線なら22,000円で半日、航空機なら36,000円、2時間で行けるとしよう。どの手段を選ぶかはその人の犠牲にする価値、すなわち機会費用で決まる。
  学生であれば、機会費用はほぼゼロであるから1日かけて在来線で行ってもいいかもしれない。私事で恐縮であるが、実際、貧乏学生であった筆者は夏休みに20日間有効の列車乗り放題周遊券を使い、急行と各駅停車を乗り継ぎ北海道まで旅したことがあった(もっとも、バイトなどを犠牲にしていくとなれば機会費用が発生するので、こんなのんびりした旅行はしないであろうが)。
  しかし、ビジネスマンともなれば移動に1日費やしている間に犠牲にする価値、すなわち機会費用は桁違いに大きいので、2時間で行ける航空機を選ぶだろう。企業のエグゼクティブともなると機会費用はさらに大きくなるので、ヘリに数十万かけたり、ビジネスジェットを使ったりする人も出てこよう(ミエの要素も大きいとは思うが)。
  その意味では少々酷な言い方になるが、社内報で「貢献した」と胸を張った先の管理職氏は、自分には作業応援以上の価値がない、と自ら宣言したに等しい。

4.アウトソーシングでコストが減る?

  次は物流に置き換えた事例で考えてみたい。
  ある荷主企業が1,000坪の物流センターを所有しているとする。そこでは社員10名が働いており、自家物流費(社内で発生する物流費)は月間10,000千円かかっている。10,000千円のすべてが建物の償却費や人件費などの固定費である。
  ある日、物流会社A社が、この物流センター業務を同社に全面的にアウトソーシングしてもらえば、月間8,000千円で受託できると提案してきた。
  ここで、A社にアウトソーシングすることによって、この荷主企業は「10,000千円-8,000千円=2,000千円」のコストダウンを実現することができる、と考えた。これは正しいであろうか。
  答えはNOである。たしかに計算上はこのとおりだが、アウトソーシングするだけで何もしなければ、社外流出費用は8,000千円となり、その分コストアップになってしまう。アウトソーシングしても自家物流費の固定費10,000千円はそのまま残るので、アウトソーシング費用が余計に出ていくだけになるからである。
  きわめて当たり前のことであるが、所有している土地や建物、社員を別な用途に活用して、新たに月間10,000千円の利益が得られる、あるいは土地・建物を売却、社員を解雇して月間10,000千円のコストダウンが図れる、といった場合に初めて2,000千円のコストダウンが実現する。つまり機会費用が10,000千円であれば、はじめて2,000千円のコストダウンとなる。機会費用が大きければコストダウンの効果は増えるし、小さければ減る。
  こう書くと単純な話であるが、往々にして数字上の計算だけで判断してしまうことがある。
  似たような例で、次のような話をよく聞く。
  お役所で職員が行っている業務を民間に委託すれば、安くできるといった理屈で民間委託を行うが、本当であろうか。この場合も先の例と同じように、その業務を行っていた職員を解雇する、あるいは定年退職者の補充を行わない、新卒採用を抑制するなどのコスト削減を行わない限り、委託した金額分だけ支払い費用が増えてしまうはずである。
  公務員は簡単に解雇できない(もちろん民間も同じだが)ため、そのままにしておけば、担当者が楽になるだけ、といった結果も招きかねない。いうまでもないが、「民営化」を否定しているわけではない。民営化してコストダウンし、サービスレベルをアップしていくことは極めて有意義なことであり、議論の余地はない。その後の処置が重要といっているのである。

5.仕事をとるか、とらないか

  次は物流事業者側の立場で考えてみる。
  自社所有のトラックの原価が1日30,000円とする。内訳は人件費、車両償却代など固定費が20,000円、燃油費など変動費が10,000円である。いま、1運行15,000円の仕事がオファーされたとする。この事業者のトラックは1日に1つの仕事しかこなせない、と仮定した場合、物流事業者はこの仕事を獲得すべきだろうか。
  ここでまず注目しなければならないのは、15,000円もらえれば変動費10,000円は吸収できるということである。売上高から変動費を引いた残りを「限界利益」と呼ぶ。限界利益がマイナスなら、完全な赤字だから、よほど特殊な戦略や事情がない限りそんな仕事を受ける事業者はいないだろう。しかし、収入が変動費を上回っている状況(=限界利益が確保できる状況)であれば、2通りの答が考えられる。
  「獲得を見送る」場合は、この仕事を行うことによって、他のもっと魅力的な(運賃の高い)仕事を失う可能性がある場合である。つまり機会費用が高ければあえて安い仕事を獲得する必要はない。安い仕事は見送って、もっと儲かる仕事がオファーされるのを待てばいいのである。おそらく昨今の状況はこれに近いのではないか。
  「獲得する」のは、他に魅力的な仕事が見込めない場合である。この仕事を獲得することによって失う仕事がない、つまり機会費用が低いと判断すれば、たとえ5,000円でも限界利益がでればいいと考える。仕事を獲得することによって5,000円分の固定費負担を減らすことができるからである。
  物流現場でははなから思考停止して、固定費を含めた原価を30,000円として「15,000円-30,000円=15,000円の赤字だから獲らない」と判断してしまうケースがある。大きな間違いである。機会費用が低い状況では他の仕事を獲得できる可能性が低いのだから、仕事がなければ固定費分がまるまる赤字になってしまう。
  これは固定費を変動費的な原価としてとらえることによる「錯覚」であり、大変危険である。原価に占める固定費の割合が比較的大きい物流では犯しやすい過ちである。

6.価格は変動する

  重要なのは、機会費用を考慮することによって価格は柔軟に変動する、という認識である。単に原価を積み上げ、その上に管理費と利益を上乗せして料金を決める、といった固定的な原価積み上げ方式では差別化できないし、環境の変化に対応できない。単なる価格勝負の泥沼にはまっていくだけである。
  機会費用を加味した状況判断こそマネジメントが担わなければならない本来業務といえる。需給のバランスが大きく崩れつつある昨今の物流業界にあって、機会費用の考え方にもとづき変化する状況に臨機応変に対応して利益を確保していくことが、荷主にも物流事業者にも求められていくのではないだろうか。

以上



(C)2019 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.


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