第246号『サプライチェーン・デザイン』 企業進化の法則~日本の製造業の危機的状況を考える~ (2012年6月19日発行)
執筆者 | 高橋 史人 MS LABO マネージメント&システム研究所 代表 NPO法人 技術データ管理支援協会 副理事長 http://masp-assoc.org/ |
---|
執筆者略歴 ▼
目次
1.日本の製造業の危機的状況を考える
日本の製造業が揺らいでいる。世界製造業のなかで驚異の成長・発展をとげた家電製品メーカーのパナソニック、ソニー、シャープなどが未曾有の減収減益となるとの新聞報道である。一方グローバル市場で建設機械のコマツ、医用器具・試薬メーカーのシスメックスなど主力製品で急成長を続ける製造業も存在する。また、キャノン 富士フイルムなど これまでの主力事業から新しい事業にシフトして 再び成長に転じた製造業もある。
3月28日、シャープの株価はストップ高となった。前日シャープは世界最大のEMS企業である台湾の鴻海精密工業*との資本業務提携を発表したことに市場はプラスと反応したのである。日本の製造業でなにが起こっているのか。
*鴻海精密工業:台湾の売上高9.7兆円を誇る世界最大のEMS企業。インテル、AMDなどのマザーボード、任天堂やSONYのゲーム機までの幅広い製品を受託製造。アップル製品の主力工場でもある。
生き物は適者生存を繰り返す。優位は一時的であり、殆どの生き物はやがて絶滅する。
J.D.ワトソンとF.クリックは「生命は遺伝学的に突然変異や進化により生き残れるか、絶滅するか」の”生命の秘密”を解明した。二人はショウジョウバエを使って遺伝子の分子構造(DNA二重らせん構造)と遺伝子複製の仕組みを解明した功績で1962年のノーベル医学賞を受賞している。
1999年チャールス・H・ファインは著書『サプライチェーン・デザイン』~企業進化の法則 で”企業は生命体と同じように企業固有の遺伝子特性を持つ。 企業の分子構造を調べれば、ビジネス遺伝学的な進化・衰退・絶滅が分かる”と主張した。同書を改めて精読した。以下はその要旨である。
産業の二重らせん構造とは、巨大企業によって縦に統合された企業のチェーンと横に分散する無数の革新的な企業の繋がりである。これらの革新的企業は大企業の取り残したニッチ市場を求めて競い合う。そして縦に統合された企業の繋がりは、やがて解体して横並び構造に変わる。その一方で横並び構造の中にあって 優位にたつ企業が企業の繋がりを縦に再統合する圧力を高める。
企業は進化を続ける連結体(チェーン)である。それは企業自体の能力とパートナーの能力を組み合わせた総合能力にほかならない。
産業にはクロックスピード(進化の速度=ライフサイクル)の遅い産業、例えば鉄鋼業とクロックスピードの速い産業、例えばコンピュータ産業 がある。クロックスピードは企業の遺伝的特徴といえる。
企業のどんな能力(組織/技術/ビジネス能力)/(製品/プロセス/サプライ)も孤立した状態では存続しない。即ち企業は進化し続ける能力の連合体(サプライチェーン)なのだ。遺伝子(DNA)構造の鎖の強度は一番弱い輪の強度で決まるが、企業でも全く同じである。
企業の遺伝子(DNA)地図作りはサプライチェーンの3階層(組織サプライチェーン、技術サプライチェーン、ビジネス能力サプライチェーン)毎にDNA地図を作ることである。
DNA地図作りで重要なのはビジネスを構成する各要素(DNA)の弱点と利点及びクロックスピードの分析である。
クロックスピードの分析は次の様なステップになる。
① チェーンの各要素と所属する産業のクロックスピードはどうなっているのか
② どんな要因が各要素のクロックスピードを変化させるか
③ 予想される競争の激化や技術革新の度合いによってチェーンの各要素はどのように変わるのか
④ その産業は二重らせん構造のどこに位置しているのか。
(水平/モジュール化構造か、垂直/統合構造になっているのか
⑤ チェーンの各要素を現在、強力に動かしているのは何か
サプライチェーン・デザインは企業の最も重要な基本的能力である。そしてサプライチェーン・デザインはどの仕事をサプライヤーにアウトソーシングし、どのサプライヤーを使い、どういう契約をするか と言うことから成り立っていると言える。それは製造/仕入れの決定は「垂直統合か、外注委託か」「作るか買うか」の問題ではなく「サプライチェーンの統合化か、モジュール化か」の問題である。
2.筆者の所感
日本の製造業が危機に遭遇している背景には二つの基本的な構造上の問題がある。一つはC.Hファインの書にある「企業の遺伝子的構造の二重らせん構造=水平/モジュール化構造と垂直/統合構造の循環」に対する洞察の問題である。企業は成功事業であればあるほど、過去の延長上で判断する。併し企業の遺伝子は外部環境の変化に応じた変異が出来ないと消滅する。
二つ目の問題は如何に優れた技術、製品でも、永遠に顧客に支持されるわけではない と言う極めて当たり前のことを忘れることである。厄介なことに顧客自身が時間と共に変化していく。最終的に選択をするのは最終顧客である。これは永久不変の法則である。
「サプライチェーン・デザイン」~企業進化の法則は1999年に発刊されているが、今読み返してみてもその洞察力、視点の新しさには驚くばかりである。予測のつかない、混沌とした現代社会では、既存のシステムをマネージメントするSupplyChainManagementに注力することよりも、これからどのようにしていくのか SupplyChainDesignの見直しが求められると痛感する。企業が自身のサプライチェーン3階層(組織サプライチェーン、技術サプライチェーン、ビジネス能力サプライチェーン)毎にDNA地図作りをおこなう事を強く勧める。
3.余談
これまでサプライチェーンの問題は「サプライチェーンをどのようにマネージするか」
と言う視点、すなわち『SCM』(Supply Chain Management)が主な視点であった。 SCMは企業内の 『 Life Cycle Lime』と『企業間のSupply Chain』を綜合してマネージされる。今日の日本の製造業で発生している危機的状況は 「サプライチェーン・デザイン」が環境変化のスピードに対応出来なくなったことに起因していると考える。SCMが機能しないからでは決して無い。
企業は進化を続ける連結体(チェーン)である。 サプライチェーン・デザインを”受注から納品までのモノの動きのプロセスのデザイン”だけに止めてはならない。企業自体の能力とパートナーの能力を組み合わせた総合能力である。その能力は時間と共に変貌する。サプライチェーン・デザインは常に見直しを図る必然がある。
SCMの捉え方は一様ではない。製造業の物流部門、物流専業、3PL、流通業に属する人は「受注から納品までのモノの動きのプロセス」を想定する。製造業の生産管理部門は ライフ サイクル ラインにおける「原材料・部品調達と生産計画の連携プロセス」をイメージする。不幸なことに日本の製造業ではこの両機能を統治する部門は希有である。そのような役割をもつ部門を設置しても、引率出来る人材を見いだすのが非常に難問であろう。日本の製造業は極めて困難な局面に立たされている。
シャープの事例はD・H・ファインに指摘する「産業の二重らせん構造」を通して見ると
起こるべくして起こった、想定の範囲の事態と考えるべきである。
以上
(C)2012 Chikahito Takahashi & Sakata Warehouse, Inc.