第23号キャッシュギャップ分析(2003年01月10日発行)
執筆者 | 梶田 ひかる ブラクストン株式会社 マネージャー |
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目次
1.わかりづらい在庫削減効果
サプライチェーン・マネジメント(SCM)では、在庫削減と機会損失削減が大きくその効果としてとりあげられている。実際、在庫を削減すると、業績は大きく改善している例が多い。しかしながら、大きな効果をあげた企業で、SCMに取り組む際に、明確な費用対効果計算に基づいて取り組みを決定したという企業はほとんどない。たいていは、試算した費用対効果以上の効果をあげているのである。
在庫削減効果の試算は難しい。在庫を削減することで出る効果は、保管コストの低減よりはむしろキャッシュフローの向上、陳腐化リスクの削減、販売機会損失の削減である。そして、それらの試算は、明確な計算根拠がないために、手堅く行うためには、過少に見積もらざるを得ないのである。
本稿ではSCMにおけるキャッシュフローの向上に焦点を当て、分析方法を紹介する。
2.在庫金利と在庫削減効果
キャッシュフロー向上の効果をコスト削減効果に置き換える場合、在庫削減額に金利を乗じて求める。この金利の設定で喧喧諤諤の議論となる。銀行の長期貸し出し金利を用いる会社は多いが、そうすると在庫削減効果は小額になってしまう。
メーカーの場合、製造設備等の投資分析に用いるIRR(Internal Rate of Return:内部利益率)を用いることもある。IRRは、将来に得られるコスト削減額を現在価値に置き換えるためのものである。IRRを設定している企業の多くは、その率を「これくらいは儲けたい」という値に設定している。そのように設定していれば、当然ながら、銀行の長期貸し出し金利よりは高い在庫削減効果がでる。
そのような「投資額についてこれくらいでまわしていきたい」という意思をより前面に出している利率の一つに、EVATMで用いられるWACC(Weighted Average Cost of Capital)がある。IRRはともすれば設備投資のみに使われており会社の業績とは切り離されて運用されがちである。したがって、いくらそのとおりの効果をあげてもそれが会社の業績に結びつかなかったり、さらにはそのとおりの効果をあげられなくても何らおとがめはなかったりする。しかしながら、WACCは会社として資本家にどのくらいの利率で資本を運用するつもりであるかを明言したものである。これが設定されている企業の場合、在庫金利計算はぐっと簡単になる。在庫削減額にWACCを乗ずればいいだけなのである。
在庫金利を用いれば、キャッシュフロー改善効果を費用対効果の土俵に乗せることができる。しかしながら、この在庫金利計算の意味をまともに理解している人は少ない。多くは式を用いて機械的に計算するだけである。
3.キャッシュギャップ分析
キャッシュフローとは、わかりやすく単純化して言えば、資金繰りのことである。なんとか、このキャッシュフローを単純かつわかりやすく表せないかということで考えられたのがキャッシュギャップ分析(Cash Gap)である。英語では”分析”が付かないが、分析手法のひとつであるため、ここではキャッシュギャップ分析と言わせてもらう。
キャッシュギャップ分析は、米国の公認会計士協会(JICPA)が出しているJouanal of Accountancyの1999年10月号に取り上げられた、比較的新しいキャッシュフロー分析手法である。簡単かつビジュアルであることがこの手法の特徴である。あまりにも単純すぎるため、いくつかの問題が指摘されているが、簡単な財務データだけですぐに理解しやすい単純な図がかけるメリットが魅力である。
キャッシュギャップ分析では4つの棒を用いてキャッシュ実態を表す。
在庫日数は、棚卸在庫金額を売上原価で割り、これを日に換算しなおせば算出される。買掛金は原材料や商品を調達する際に発生するものであるので、その回転日数もやはり売上原価で割り、日に換算しなおす。一方の売掛金は販売に付随して発生するものであるから、売上高で割って日に換算しなおせば売掛金回転日数がでる。ここで算出したそれぞれの日数は、キャッシュフローの分析で用いる基本的なものである。
それぞれの日数がでたら、次はキャッシュギャップを計算する。
上図を例にとれば、キャッシュギャップは60日+60日-30日=90日となり、この会社では90日分の運転資金が必要であるということになる。
キャッシュギャップにはいくつかのバリエーションが考えられる。売上高と売上原価、売上原価と原材料費にかなりな開きがある場合、すべての日数を「1日あたり売上」に換算する、という方法も考えられる。また、日数ではなく、金額そのものでこのようなグラフを作ってもわかりやすい。いずれにせよ、財務諸表のみからだけで簡単に実態をビジュアル化できるのである。
上図の会社が在庫半減を実現したとする。売掛金、買掛金、売上高、売上原価ともに変化がなければ、キャッシュギャップは以下のようになり、キャッシュギャップを30日削減できるということになる。
4.SCMとキャッシュギャップ
物流の世界にいるとキャッシュフローの改善効果にはなかなか関心がいかない。関心があっても在庫くらいしか考えていない場合が多い。しかしながら、このビジュアル化された図はキャッシュフローの改善に何をすればいいのかを明確に物語っている。
①在庫を減らす
②売掛金回転日数を減らす
③買掛金回転日数を増やす
会社の業績が悪化すると、支払いサイトを長期化してもらうということを行うが、それはまさにの施策ということなる。さすがに長期の買掛金回転日数は取引先に迷惑をかけるばかりか、その会社が危ないという評価をされてしまうが、キャッシュフローの向上という点では検討する必要がある。
SCMの成功事例でよく取り上げられるといわれているPCメーカーのDELLは、まさにこの3つに取り組んでいる事例でもある。BTO(Build to Order)により在庫を減らすとともに、販売をカード支払いにすることによる売掛金の圧縮を行い、逆に支払いは掛けとし、結果としてキャッシュギャップがマイナス4日となっている。
細かく事例をみていくと、SCMでは売掛金の圧縮に力をいれている例が多い。プロクター&ギャンブルの小売直販開始のプレスリリース資料でも、売掛金の圧縮を狙ったキャッシュディスカウント、売掛サイトについての記述がみられる。
キャッシュギャップ分析は、あるひとつの企業におけるキャッシュフロー改善の検討に使用できるが、むしろ威力を発揮するのは、他企業との比較分析である。競合企業、あるいは異業種企業と比較し、どこが強くどこが弱いのかを分析するとっかかりとなる。簡単にできるので、手元にある財務諸表やネットに掲載されている財務諸表を元に試されることをお勧めしたい。
以上
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