ロジスティクス・レビュー

第67号ロジスティクスの生成と今日的意味(2004年11月26日発行)

執筆者 山田 幸徳
キリンビール株式会社 西日本物流部 東海物流担当部長
    執筆者略歴 ▼

  • 略歴
    • 1978年3月  一橋大学 商学部卒業
    • 同    4月  キリンビール㈱入社
    • 以後 工場の原価管理、物流管理、製造計画、原料資材購買
           支社の受注業務、購買業務、需給調整、販売物流管理
           本社の物流情報システム設計・開発・運用
           の業務を歴任
    • 現職 キリンビール西日本物流部東海物流担当部長

目次

  どのような分野の学問においても、その歴史を学ぶことは学問の本質を知る上で欠かせない事である。また、実務の世界においても歴史を正確に評価することは、将来に向けた戦略構築において重要な役割を果たす。長い間実務あるいは学究の世界においてロジスティクスに関ってきた者にとって、これまでに経験して来たロジスティクスの歴史を整理して次の世代に伝えて行くことは大事な仕事と考える。そうした意味で私がこれまで経験し眺めて来たロジスティクスの歴史について若干の考察を述べたい。

1.ロジスティクスの生成

  アメリカにおけるロジスティクスの推進母体であるCLM(Council of Logistics Management)の前身NCPDM(National Council of Physical Distribution Management)が設立されたのは1963年のことである。その頃生産者と消費者を結ぶ機能としての流通のうちphysical distribution(=物流)は時間的・空間的移動を担い、商流が所有権の移動を担うと定義されていた。NCPDM設立の前年‘62年フォーチュン紙4月号においてドラッカーが流通を「経済の暗黒大陸」と呼び、「消費者が商品のために1ドル支払う時、そのうちの50セントは流通に吸い取られている」と述べたように当時の流通はエコノミストから見れば経済原則の働かない得体の知れない怪しげな世界と見られていたようである。当時の物流は付加価値を生まないコストセンターの位置付けであり、コスト削減により利益に貢献することはあっても収益の増加に繋がるような経営管理項目とは捉えられていなかった。  
  70年代後半から80年代前半にかけてアメリカでは消費経済が成熟期を迎えるが、そうした中にオイルショック以降国内の生産余力を輸出に振り向け出した日本の安価で品質の良い製品が集中豪雨的に流れ込んだことから、アメリカにおける需要と供給のバランスが大きく崩れ、供給過剰の状況に陥った。市場が飽和状態になってくると消費者は先を争って商品を買い求めることは少なくなり、自分が本当に欲しいと思ったときに購入行動を起こすようになる。こうした供給能力が需要を上回る「ポスト工業社会の流通・マーケティングの最大課題は、消費者主権に立脚して、売り手の論理から買い手の論理へ如何に有効にシフトするかであった」ⅰ。商品の供給という点から見れば、旺盛な需要が生産した商品を吸い込んで行く「生産=消費」という等式は成り立たなくなり、従来生産者を起点として組み立てられていた供給システムを消費者を起点とした供給システムに組替える必要が発生した。消費の主導権が消費者に移ると、生産と消費の間には時間的な隔たりが大きくなる。その生産と消費の時間的隔たりによって発生する過剰在庫や過小在庫(欠品)を如何に克服するかが経営課題として認識されるようになった。そして物流の時間的・空間的移動という機能を活用して商品の供給を的確に管理し、消費者の購買行動に同期の取れた供給を行なう経営システムとしてロジスティクスシステムという概念が脚光を浴びるようになる。Quick Response や Efficient Customer Response は消費者へのResponse(対応)でありその目的は消費者の要求と同期を取る(for the purpose of conforming to customer requirements:CLMのロジスティクス定義の一部、1993)ことであった。 消費者の要求に的確に同期のとれた供給を行なうことにより、
  ①顧客サービスが向上し売上が伸びる。
  ②供給にかかわる諸活動の生産性が向上する。
  ③生産やマーケティングの経営効率が向上する。
  ④在庫の減少、売掛金の減少、キャッシュフローの向上によりバランスシート
   が改善される。ⅱ
といった効果が生まれ、それゆえ目的に沿って商品を時間的・空間的に移動させることは付加価値を生むことになる。こうしてロジスティクスは企業競争戦略の重要項目の一つとして認識されて行くことになる。

  アメリカにおいてロジスティクスの概念が生成される過程を企業の組織の変化という視点からバワーソックスはその書“Logistical Management”ⅲのなかで以下のように紹介している。

Stage0 この時代、現在の概念で言うロジスティクスの機能は企業の中で財務・生産・マーケティングといった旧来の組織の中にばらばらに包含されており、それらの機能は企業活動の中では補助業務として扱われていた。
Stage1 1950年代後半から60年代前半にかけて財務・生産・マーケティングといった旧来の組織の中で、ロジスティクスの機能がグループ化され始めて来た。特にマーケティング部門の中でphysical distribution(物流)を束ねる組織が出現したが、旧来の部門をまたがってまで機能が統合されることは無かった。
Stage2 60年代後半から70年代前半にかけて物流機能がマーケティング部門から独立してひとつの部門として確立した。この変化をもたらした要因は物流機能が企業活動におけるコア・コンピュタンスのひとつとして認識され、単に原価を削減するだけの役割を果たすのではなく戦略上の影響力を持つことを他の部門も認めるようになったからである。
Stage3 80年代に入り原材料から製品にいたるまでの物の動きが完全に一人の上級管理者の権限と責任において管理される組織としてロジスティクス部門が成立した。組織の目的は企業業績の最大化のために原材料から製品にいたるまでの戦略的な管理であり、そのために輸送や保管といった物流機能だけではなく需要予測や生産計画、原材料調達計画、受注機能といった従来別々の組織の中に包含されていた機能が集約された

  80年代半ば頃にはただ単に機能を集めることが統合的なロジスティクスを達成するための最善の方法ではないことが様々な実例から次第に明らかになってきた。そして議論の中心は機能からプロセスへと移って行った。ⅳつまりStage2からStage3への移行の背景には、改革が単に今までより幅広い機能をひとつの組織に集積・統合ことにより成しうるという機能改革中心の考え方から、消費者の消費活動に同期の取れた供給活動を行なうという目的のもとに、目的を達成するプロセスに焦点を当てプロセスの改革を行なうという改革に対する根本的な考え方の変化があった。バワーソックスはStage3への移行をロジスティクスのルネッサンスと呼んだ。ⅴ
  ロジスティクスの発展に関する優れた研究として阿保栄司氏の「ロジスティクスの段階的発展論」があるがその中でも「前の段階の延長として次の段階が現れるわけではない。すなわち推移的な発展ではない。(中略)各段階間には非連続な飛躍があるということである。イノベーションを摂取することにより、各段階のロジスティクス・システムの構造に変革が起きる。そしてシステム行動に相移転が現出する。そのことが進化なのである。」ⅵと述べられている。
  以上まとめると、市場における需要と供給のバランスが変化し、消費の主導権が生産者から消費者に移った時に生産と消費の間に時間的な隔たりが大きくなり、過剰在庫や過小在庫(欠品)といった経営上幾つかの大きな問題が発生する。この隔たりを克服するために物流を中心とした諸機能を使って財貨及びサービスの時間的・空間的移動をコントロールし需要と供給の同期をとり、顧客への対応能力と経営効率の向上を達成すべく供給プロセスを管理する経営技術としてロジスティクスの概念は成立したといえる。

  消費が飽和状態の中では人々は供給側が提供する価値に先を争って跳びつくようなことはありません。従来型のマーケティング・ミックスを駆使して需要を拡大していくという成長路線は大きな壁にぶち当たり、従来とは異なるアプローチが求められるようになります。マーケティングの根本的課題は需要管理ⅶですが、それは大きく需要の創造と需要の充足という二つの側面に分けられます。需要の充足をより効果的に行なうために供給を管理するというシステム的アプローチとしてロジスティクスの概念が形成されていく様子を、この組織の変遷から読み取ることが出来ます。皆さんの会社は上記のどのStageに位置するでしょうか。私の周りを見渡す限り日本ではまだStage1から2が多いように思います。最近は形の上では3に近づいている会社も見られますが、システム的アプローチが十分でないために組織が完全に機能している会社はまだ少ないようです。実はバワーソックスの教科書にはまだStage4と5があるのですが、この段階に達している企業を私は知りませんのでここでは割愛します。それではこれまでなぜ日本ではロジスティクスのルネッサンスが起こらなかったのでしょうか。私の結論から言いますと「起こす必要が無かったからだ」と思っています。その当りについて私の考えを述べます。

2.ロジスティクスの今日的意味

  ロジスティクスの重要性が認識された背景には供給が大きく需要を上回る状況が発生したという事実があり、アメリカにおいてその事実を引き起こしたのはオイルショック以降国内の余った生産余力を輸出に振り向けた日本であることは先ほど述べました。繊維・鉄鋼・自動車・家電などで貿易摩擦が起こった結果、自主規制などという言葉が流行った時期もありましたが、こうした不均衡は1985年頃にひとつの頂点に達し、プラザ合意における為替による貿易競争力の調整へと向かいました。この1985年こそがロジスティクスにとっても大きな意味を持ちます。冒頭に述べましたNCPDM(National Council of Physical Distribution Management)がCLM(Council of Logistics Management)に組織替えを行なったのも、コンサルティング会社のKSAがQRを提唱したのも同年ⅷで、アメリカのビジネス界においてロジスティクスの概念が形成され、ルネッサンスと呼ばれるような変革はこうした経済環境下で進行して行ったのです。  
  ところが日本では1990年代後半までこうした事態は発生しませんでした。日本は世界でも最高水準の生産性を持った工業立国として強い貿易競争力を持ち、輸出や通産省及び国内業界団体内の調整という安全弁を持っていたために、国内市場において需要が停滞し需給の不均衡が生じても安全弁が働き需給バランスが極端に崩れることがありませんでした。従ってあえて供給の管理という問題にシステム的アプローチを行なわなくても、輸送や保管・流通加工といった個々の機能の改善を行なっていれば多くの会社では事足りたわけです。ルネッサンスが起きなかったのはこうした理由によります。  
  しかしここ数年はそうではなくなりました。日本の十分の一と言われる安い労働力を背景に中国の安価で比較的良質な製品がどっと日本になだれ込んで来た結果、様々な商品の価格が下落し、消費者物価は7年連続で前年比マイナスの状態が続いています。身近な例でいえば今まで7~8千円していたニットのシャツが千数百円で買えるようになってしまいますと、一時的に販売数量が伸びますが消費者がある程度の枚数を買ってしまうとその後は飽和状態になってしまいます。消費者は少々の需要刺激策では物を買わなくなります。最近小売業の決算発表の場でもよく物が売れなくなったという嘆きが聞かれます。70年代後半から80年代前半にかけてアメリカが経験したことを今日本が経験していると言えます。日中間の貿易競争力の調整を為替の変動により行なうのはもう少し先になるというのが一般的な見方で、IT家電のように技術革新が高付加価値を生む業界を除けば、まだしばらく価格の下落が続くと予想されます。  
  もう一つ国内の需給バランスを崩す要因が今静かに進んでいます。それは高齢化という問題です。戦後経済成長の需要を支えてきたのは団塊の世代といわれる昭和20年代前半に生まれた人達ですが、この方々がここ数年のうちに現役を退き年金生活に入ります。このために今、年金改革が非常に大きな問題になっていますが、年金生活に入れば当然今までのような消費生活は営まないようになるわけで、この世代の方々が形成していた需要は大きくしぼむことになります。あと20年もすれば人口の3分の1近くが高齢者になると予想される中で、今後国内の消費需要が拡大して行く可能性は皆無といっていいのではないかと思います。  
  こうしてみると、日本においても当分は需給バランスが好転するとは考えられず、商品が売り手側の思ったほど売れない時代は続くと予想されます。アメリカにおいてロジスティクス・ルネッサンスが起こったのはこうした経済状況下であったことは先に述べましたが、その結果A.T.Kearney の調査では1991年の時点でアメリカにおける企業のうち統合的ロジスティクス組織を持つ企業とそうでない企業との間には税引前利益で3.2ポイントの差が出ていると報告されています。ⅸ 日本の小売業や卸売業の売上高利益率が1%あるいはそれ以下の企業が多いことを考えると3.2ポイントは非常に大きな数字で、大げさに言えばロジスティクスの改革に成功するか否かが勝組と負組の分かれ道になるといっても過言ではないのです。実際特に卸売業の最近の実情を見ていますとこの事を実感します。ロジスティクスの改革に成功し高機能を提供する事が出来る卸とそうでない卸とは収益力で大きな差がついています。日本におけるロジスティクス・ルネッサンスは今まさに進行中といえ、ロジスティクス改革の成否が今後の企業の業績を大きく左右するキーワードといえるのです。  

  社内のロジスティクス改革に成功した企業は次なるステップとして勝組のメーカーと小売業が手を結びサプライチェーンを形成する事で、さらなるロジスティクスの高度化に向かう事になりますがこの点につきましてはまた別の機会にと思います。  

  最後に、ロジスティクスの経験豊かな方々にとって本分は稚拙で理解不足とお感じになるところもあるかと存じます。冒頭に書きました通り、私の目的はロジスティクスの歴史を正確に評価し次の世代に繋げていくことです。こうした事は一人の力で成しうるものではなく、多数の力を集める事でより完成度の高い作業が出来ると思います。出来るだけ多くの方々のご指導を賜れば と存じます。  

ロジスティクス経営士  山田 幸徳

田島義博「流通の進化」日経出版販売 2004年 23P
Donald J.Bowersox and David J.Closs “Logistical Management”
THE McGRAW-HILL COMPANIES,INC.1996.P604
Donald J.Bowersox and David J.Closs “Logistical Management”
THE McGRAW-HILL COMPANIES,INC.1996.P595-605
Donald J.Bowersox and David J.Closs “Logistical Management”
THE McGRAW-HILL COMPANIES,INC.1996.P597
Donald J.Bowersox and David J.Closs “Logistical Management”
THE McGRAW-HILL COMPANIES,INC.1996.P602
阿保栄司「サプライチェーンの時代」㈱同友館 1998年 P2
フィリップ・コトラー、ゲイリー・アームストロング「コトラーのマーケティング入門」第4版 ㈱ピアソン・
エデュケ-ション 1999年 P19
ジョセフ・アンドラスキー「次世代SCM CPFRがわかる本」日本能率協会マネジメントセンター、
   2002、P26
A.T.Kearney Improving Quality and Productivity in the Logistics Process: Oak Brook,Ⅲ、
:Council of Logistics Management,1991


以上



(C)2004 Yukinori Yamada & Sakata Warehouse, Inc.


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