第46号コンペティター・インテリジェンス(Competitor Intelligence)の導入により「計画」の実効性を向上することについて(2003年12月24日発行)
執筆者 | 毛塚 耕史 ヘンケルジャパン株式会社 経営企画部マネージャー |
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目次
1.はじめに
企業経営のさまざまな局面における「計画」は如何にしてその実効性を高めることが出来るのか。経営学において近年漸く話題に上りはじめた「コンペティター・インテリジェンス(Competitor Intelligence)」の可能性につき述べる。
2.本文
2.1.計画の本質
2.1.1.計画とは
計画をめぐるプロセスは一般的に次の図1のように記述できる。また、企業において従来重点が置かれてきたのは前提条件決定から計画実施の部分(図中の濃い部分)である。
企業経営での「計画」とは、組織が目標に達するための道具ないしはガイドラインである。そのことから、「良い」計画とは、実行可能で、かつ実行後に組織が所期の目的をより果たしているようなものと定義できる。
2.1.2.計画の実効性
歴史的には、「計画」を単体ではなく、「計画 → 実施 → 検証→ 改善」といった所謂「PDCAサイクル」の一部としてマネジメントプロセスに内包させることで実効性を高めようとしてきたことは衆知のところである。
また、所謂「ローリングプラン」方式で直近過去の実績を見直すことによって、より計画の精度を高める努力も払われてきた。
それでは、なぜ、計画と現実の乖離が起きるのか。その理由は凡そ次のようにまとめることができる。
A | 情報不足、あるいは誤情報に基づいた前提条件の決定、乃至は計画策定(情報の問題) |
B | 計画策定の詳細プロセスでの誤謬(プロセスの問題) |
C | 計画に意図された記述とその読解の間の差異(書き手と読み手の問題) |
D | 計画実施時(資源配分を含む)の誤謬(オペレーションの問題) |
A~Dが完璧であったとしても、残念ながら完璧な計画になることは無い。なぜなら、その先には次のことが必ず待っているからである。
E | 「驚くべき現実」の到来。(世界観の問題) |
この、驚くべき現実の存在自体が、「計画」そのものに内包する根源的な問題を露呈せしめている。この根源的問題のために、計画の実施者は常に現実との橋渡し作業である、
“Bricolage”(Ciborra)を行わなければならない。
以上のことを言い換えるなら、計画が「良く」なることを妨げているのは次の2点である。
・ | 他者性の排除(計画自体の自己完結指向を含む) |
・ | 歴史の偏重(過去>将来) |
2.1.3.実効性の向上
「完璧な」計画は作れないが、その実効性の向上と組織が費やすエネルギーを効率化しようとすれば、2.1.2.中の項目Aから項目Dに関し、相当する「計画をめぐるプロセス」で改善することで、現実との橋渡し作業の極小化を図ることが肝要となる。
「PDCAサイクル」へ「計画」を組み込んだことが、他者性の排除を弱め、直近の過去の情報を取り入れることで歴史偏重指向を多少なりとも薄め、結果として実効性の向上を齎したのである、と言えよう。
2.2.コンペティター・インテリジェンス(Competitor Intelligence)とは
2.2.1.コンペティター・インテリジェンスの定義
「コンペティター・インテリジェンス」は、また「Business Intelligence」とも謂われ(ITベンダー謂うそれとは異なる)、「競合他社情報」などと屡々和訳される。業界や競合他社の動きを組織的に情報収集・分析を行い、経営判断に必要な情報を提供することである。
Fuld(1995)は、データ(data)、情報(information)、分析(analysis)とインテリジェンス(intelligence)を次のように明確に区別している。
・ | データ(data):散在した知識(knowledge)の断片 |
・ | 情報(information):知識の断片を集めたもの |
・ | 分析(analysis):抽出された情報 |
・ | インテリジェンス(intelligence):判断材料となる推論(implication) |
つまり、コンペティター・インテリジェンスとは、競合他社や外部環境に関する単なる「収集された情報」では無く、分析された競合情報に基づいた経営判断に資する推論のことである。そこにおいては、自企業が競合環境の中で相対化される。
2.2.2. コンペティター・インテリジェンス“不遇”の歴史
Gilad によれば、欧米企業は過去、インテリジェンスの可能性を十分に理解しておらず、そのために1980年代初頭の日本企業の動きに対する十分な対抗措置が採れなかった、とされる。
実際、経営教育の現場(ビジネススクール)あるいはアカデミックな世界において、戦略論、マーケティング、会計(あるいは財務)などの所謂「下流工程」が重視され、経営判断の材料となる所与の情報の妥当性や収集・分析方法については最近まであまり触れられてこなかった。
(もっとも、インテリジェンス自体が、極めて職人的なものであることから、学問として体系化することがいままで十分に行われて来なかったのも無理は無いかも知れない。インテリジェンスに関する書籍は、そのほとんどが職業人によって書かれている。)
2.2.コンペティター・インテリジェンス(Competitor Intelligence)とは
図2のように、コンペティター・インテリジェンスを、計画の上流プロセスに導入することにより他者性の排除が弱められ、結果として「計画」の実効性が向上され得る。
2.1.3.実効性の向上
当然のことながら、コンペティター・インテリジェンスであれば何でも良い、というわけではなく、その質が問われるべきであるが、その点についてここで述べる余裕は無い。
次に、計画の歴史偏重に対するコンペティター・インテリジェンスの可能性について述べる。
如何なるインテリジェンスも将来の競合状況を正確に予測することは不可能である。なぜなら、競合環境は時々刻々変化しているからである。しかしながら、もし、コンペティター・インテリジェンス活動をPDCAサイクルの中に組み込むと同時に別サイクルでコンペティター・インテリジェンス活動を行い(図3)、共時的に相互調整・修正行為が行われるならば、計画の実効性を高めることができる。
3.おわりに
コンペティター・インテリジェンスは、「計画」に欠ける他者性の一部を補うとともに、PDCAサイクルへ取り込むことにより「計画」が歴史へ偏重することの修正を促す。
このことは、PDCAサイクルが既に動いている企業においては、計画と実施との間、あるいは計画と組織との間の整合性(”fit”ないし”alignment”)よりも、コンペティター・インテリジェンスと計画との相互性(”interactiveness”)を重視すべきことを示唆する。
参考文献
Fuld, L. “Be Prepared.” Harvard Business Review (December 2003)
Fuld, L. The New Competitive Intelligence (New York: John Wiley & Sons, 1995)
Mintzberg, H. The Rise and Fall of Strategic Planning (New York: Free Press, 1994)
Mintzberg, H. Strategy Safari: A Guided Tour through the Wilds of Strategic Management (New York: Free Press, 1998)
Ciborra, C. Teams, Markets and Systems: Business Innovation and Information Technology (Cambridge: Cambridge University Press, 1993)
Gilad, B. “Strategic Intent and Strategic Intelligence.” In B. Gilad and J.P. Herring, eds., Advances in Applied Business Strategy, Supplement 2A (Greenwich: JAI Press, 1996)
Slaughter, R. Futures Concepts and Powerful Ideas (Hawthorn: Futures Study Centre, 1996)
以上
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