ロジスティクス・レビュー

第356号 物流人材育成の勘どころ (2017年1月17日発行)

執筆者  山田 健
(中小企業診断士 流通経済大学非常勤講師)
    執筆者略歴 ▼

  • 主な経歴
      1979年日本通運株式会社入社。1997年より日通総合研究所で、メーカー、卸の物流効率化、コスト削減などのコンサルティングと、国土交通省や物流事業者、荷主向けの研修・セミナーに携わる。2014年6月山田経営コンサルティング事務所を設立。
      著書に「すらすら物流管理(中央経済社)」「物流コスト削減の実務(中央経済社)」「物流戦略策定のシナリオ(かんき出版)」などがある。中小企業診断士。

目次

1.いまなぜ教育なのか

○ある移転作業で

  少し前、筆者の勤務していたシンクタンクの社員が、オフィス移転作業の応援に駆り出されたことがあった。消費税増税直前の物量の急激な増加が、シンクタンクの親会社である物流会社のキャパシティを超えてしまったことが原因である。本来頭脳を提供すべきシンクタンクにまで作業応援を頼まなければいけないほど、3月末の物量集中はすさまじかったわけである(シンクタンクに作業応援を頼むセンスもどうかと思うが)。
  筆者としては、親会社を離れて以来、18年ぶりの現場である。そこで「作業員」として経験したことを紹介しながら、物流人材教育の重要性、必要性を考えてみたい。
  移転は、搬出元であるある大手企業の39階と40階の什器、書類などを高速エレベータで1階の搬出フロアに降し、2トン車に積み込んで、移転先のビルに運び込んで設置するまでの一連の作業である。筆者は1階でのエレベータからの荷降しおよびトラックサイドまでの横持ちを担当した(下図参照)。
  少々大げさな表現を許してもらえるなら、このきわめて単純で簡単な作業の中に、物流の抱える多くの問題点が凝縮されているように感じたのである。それだけでも、腰を痛めながら不慣れな肉体労働に従事した価値は十分にあったかもしれない。同時に、20年近くの時を経ても変わらない物流現場の非効率性に落胆を覚えたのも事実である。

○詰所とけんか

  これは教育の問題と直接関係がないかもしれないが、当日の作業リーダーと作業員がいきなり口げんかを始めたのには驚いた。何が原因かはよくわからないが、書くのもはばかられるような汚い言葉を投げかけた大の大人のやりとりには、一種の恐怖さえ感じた。一緒に応援に入ったシンクタンクの同僚などは、初めて遭遇する事態にさぞ驚愕したことであろう。「女性の活用」や「優秀な若手の確保」などという言葉とは程遠い物流現場の実態を改めて認識させられたできごとであった。
  また、オフィスビルの地下には、ガスや電気など各種作業に従事する者のための「詰所」がある。詰所の中は暗く、汚く、狭い。これだけで、作業者のモチベーションは一気に下がること間違いない。

○手待ちが多すぎる

  本題に戻ろう。
  表面化していた当日の作業の最大の問題点は、1階フロアの作業員とトラックの手待ち時間が多すぎたことである。感覚的であるが、1階では全労働時間の6~7割は手待ち時間だったように思う。少なくとも、作業をしている時間より高速エレベータの前で降りてくる荷物を待っている時間の方が長かったことは確かである。
  1階搬出での手待ち発生の結果、集荷の2トントラックは常時2台程度待機している状態になり、搬出先へ輸送するトラックの回転は大幅に低下したに違いない。トラックの回転悪化は搬入先ビルで待機する作業員の手待ち時間発生につながっていく。定時で終了するはずの作業が深夜に及ぶことになり、人件費をはじめとするコストも見通しを大幅に超過したはずである。
  搬出元の1階で発生した手待ちが移転作業全体の効率を落し、作業の採算を悪化させたのである。物流ではこういうことがよく起こる。

○「搬出能力」がボトルネック

  原因を考えてみよう。
  この作業のボトルネック、制約条件は「エレベータ」である。高速エレベータが搬送できるスピード以上に作業全体のスピードは上げられない。最も効率よいやり方は、ボトルネックであるエレベータを遊ばせないようその能力を目一杯使い、そのスピードに他の作業のスピードを同期化させることである。つまり他の作業の人員配分はエレベータの能力を基準として決まる。このTOC(Theory Of Constraints:制約理論)の理屈はご存知の方も多いだろう。
  今回のケースでは、エレベータの能力不足が手待ちを招いたのだろうか。あるいは、それ以前にエレベータの能力を最大限活用していたのだろうか。
  答えはどちらも「ノー」である。ここに第1の原因が推定できる。まず、エレベータは高層ビル用の高速仕様であった。しかも作業専用として途中階は通過するので順調に稼働すればかなりの量が運べる。エレベータに「遊び」が生じたのは、39階や40階の「積み込み場所」で待機する時間が多かったからである。
  筆者がこれに気づいたのは、1階でのエレベータサイクルタイム(昇ってから降りてくる時間)が10分以上に及ぶこともあれば、数分のときもある、というようにバラツキが激しかったためである。搬出サイドで手間がかかる荷物とそうでない荷物、あるいはエレベータから近距離のフロアと遠距離のフロアなどの作業条件の差がこのバラツキをもたらしているものと推測できる。作業条件がいい時は遊びが発生しないが、少しでも悪くなるとエレベータを「待たせて」しまう。搬出能力、つまり搬出側の作業員の不足は明らかであった。
  搬出フロアの作業員は常に100%の稼働を強いられたため、疲労の蓄積が激しく、次第に能率も低下していく。

○組織の壁

  では1階から搬出フロアへ要員を柔軟にシフトする、あるいは同じく手待ちの生じている搬入先のビルから応援をよこせばいいではないか、ということになるが、ここに壁があった。これが第2の原因である。
  この物流会社は、図のように搬出フロアはA支店、1階はB支店、さらには搬入先のビルはC支店というように担当が分かれていたのである。大型移転作業の場合はよくあるケースである。不思議に思われるかもしれないが、組織が分かれてしまうと柔軟な要員配置はかなり難しくなる。こんな当たり前のことがなかなかできないのが物流現場の実態である。
  全体の作業進捗を常に見据え、臨機応変に人員配置を変更していく現場リーダーの存在が不可欠なのである。

○モチベーション

  第3の原因はモチベーションの低下である。フル回転を続ける搬出フロアの作業者のモチベーションが低下するのは言うまでもない。さらに、1階や搬入先のオフィスで待ち受ける作業員には、搬出フロアでの作業の進捗情報がほとんどもたらされなかった。あとどれくらいの什器が残っているのかまったくわからないまま、長い手待ち時間の末、いつ果てるともしれない搬出物がエレベータから延々と流れてくる。モチベーションを保てというほうが無理であろう。残念ながら、現場のリーダーは進捗状況を的確に伝えることによって作業者のモチベーションを高め、能率をアップするという発想は持ち合わせていないようであった。

○根は教育にあり

  おそらく現場の人たちは、こうした課題を感覚的にわかっていることと思う。問題は、そうした原因をきちんと整理・分析し、解決へ向けて論理立てた道筋を作り上げていく手法を学び、訓練する機会が与えられていなかったことである。すなわち教育・人材育成の問題である。
  この移転のケースでいえば、課題はすでに述べたとおり「ボトルネック」「組織の壁」「モチベーション」の3つ、さらにはこれらの要因を迅速にとらえ、柔軟に対応していく能力、リーダーシップを兼ね備えたリーダーの不在である。
  前置きが大変長くなってしまったが、物流業界における現場の実態と人材育成の重要性・必要性を再確認するための一例をご紹介した。ただ、この例は「たまたま」遭遇したのではない。筆者の拙い経験に照らしてみても、同じようなことは多かれ少なかれどこの物流現場でも起きているといっても過言ではない。問題の根は深く、そして広い。

2.試行錯誤の教育事業

  筆者は総合物流事業者での現場、営業部門を経験したのち、子会社の物流専門のシンクタンクで11年ほど物流コンサルティングに従事した。このシンクタンクが教育部門を設立することになり、責任者として事業の立ち上げから教育研修の運営までを担った。
  もちろん、社内に教育・研修のお手本となるような部門は存在しなかった。コンサルティングのかたわら外部向けセミナーを細々と開催したり、親会社の営業社員向け講習の講師を務めたり、といったところが数少ない教育経験である。文字通り試行錯誤の中で日々学びながらやっていた、というのが実情である。
  したがって、きちんとした理論的根拠や背景などを踏まえているわけではないが、本稿では自ら経験の中で学んできた「実践的」物流人材育成とマネジメントについて整理していきたい。

3.教育の2面性

  まず、企業における教育の位置づけについて整理してみよう。実務に携わっている現場への教育を行おうとする場合、常に相反する問題に直面することになる。それが教育の2面性である。

○理論と実践の2面性

・現場を知らなきゃ始まらない
  現場からはよくこうした声が聞こえてくる。「仕事は机に座って頭で考え覚えるものではない。現場で自分の目と耳と体で身に着けるものだ。教室で研修なんか受けたって、現場では使えない」。
  たしかにそうである。とくに物流の場合、本で読んだり話を聞いたりしただけでは到底理解できない部分がある。現場に身を置き、仲間と会話して、初めてわかることが多い。人から教わるのではなく、自分で実際にやってみて学んでいかなければ、本当の力はつかない。物流は現場を知ることから始まるのである。
  先の移転の例でも、筆者が現場に身を置いたからこそ実感できたことであり、頭で考えていてもあそこまで生々しく理解することはできなかったであろう。

・経験と勘に頼っているからダメなのだ
  一方で、知識層や上級マネジメント層、コンサルタントなどからは、こうした声もよく聞こえてくる。「現場は経験と勘だけで仕事をしている。きちんとした理論体系に基づいた仕事の組み立てがなされていないから、いつまでたっても同じミスを繰り返すし、進歩がない。人も育たない」。
  たしかにこれも真実である。わけもわからない新人をいきなり現場に放り込んで、見よう見まねで仕事を覚えさせることを、OJTと称してあたかも教育の一環であるかのように勘違いしている例を目にするが、単なる放任にすぎないことも多い。だいいちこれでは時間がかかるし、体系的な知識が身につかないから応用もきかない。「何も教えてくれない」といって貴重な新人が辞めてしまうことも珍しくない。
  物流現場では非常に多いパターンである。移転の例で示した問題点とはまさにこのことである。

・理論と実践は車の両輪

  実はこの2つの立場や考え方のどちらが正解ということはではない。結論から言えばどちらも真実であり正解である。
  つまり理論と実践は、車の両輪なのである。どちらか一方だけでは走れない。両方の車輪がバランスよく回転して初めて安定した走行ができる。この絶妙なバランスを確立することこそが企業における教育の役割といえるのではないか。

・プールで泳ぎを覚え、海へ出る
  筆者が講習などで使うたとえで、別な角度からこの理論と実践の関係を表現してみよう。
  教室で学ぶ研修とはすなわち「プールで泳ぎ方を覚える」こと。それに対して、現場で実践することは「海で泳ぐこと」である。
  泳ぎ方を知らない人が、いきなりドボンと海に放り込まれたら、よほど天性の才能に恵まれた人でない限りたいていは溺れてしまうだろう。現場での実践だけの教育とはそういうことである。溺れてしまうか、幸運にも溺れなかったとしてもきちんと泳げるようになるまで相当の時間がかかるだろう。

  まずは安全なプールで、水に浮き、次に平泳ぎ、そしてクロールといった具合に泳ぎ方の基本をしっかり身に着けていくことが大切である。でもプールは水深も浅いし、潮の流れや風、波もない。基本は身につくが応用は学べない。やがては海に出て、自然の中でさまざまな経験をしながら本当の泳ぎを覚えていくしかない。
  また、海の中での応用ばかりでは、知らず知らずのうちに基本のフォームが崩れ思ったように泳げなくなる時がくるだろう。その時には、もう一度プールに戻って基本を学び直しフォームを矯正してから再び海へ出ていく。この「プール→海→プール→海」のサイクルの繰り返しで実践的な泳ぎが身に付いていく。

4.バランスが難しい

  大切なのは理論と実践のバランスをどの程度にするのが望ましいか、という点である。理論に重きを置きすぎると、頭でっかちになり現場で疎まれる。それこそ「研修要員」などと陰口をたたかれ、現場で浮いた存在になってしまう。
  かといって、理論面が弱いのでは先の「経験と勘」の世界に逆戻りしてしまう。
  正直なところ、最適なバランスがどこにあるのか筆者にもまだわからない。それを見出すために試行錯誤を繰り返していくしかないのだろう。
  ただ、物流業界に限って一つだけ言えることは、現時点では圧倒的に理論面が弱い、ということである。その点で、教育にかかわる潜在的なニーズは限りなく大きいといえる。

以上



(C)2017 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.


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