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経営戦略・経営管理

第332号 第1回 止めない物流の行き着く先 -連載「二極化する物流」-(2016年1月19日発行)

執筆者  山田 健
(山田経営コンサルティング事務所代表 流通経済大学非常勤講師)

 執筆者略歴 ▼
  • 主な経歴
      1979年日本通運株式会社入社。1997年より日通総合研究所で、メーカー、卸の物流効率化、コスト削減などのコンサルティングと、国土交通省や物流事業者、荷主向けの研修・セミナーに携わる。2014年6月山田経営コンサルティング事務所を設立。
      著書に「すらすら物流管理(中央経済社)」「物流コスト削減の実務(中央経済社)」「物流戦略策定のシナリオ(かんき出版)」などがある。中小企業診断士。

 

目次


 

1.ドローンはどこへ行った

  ドローンがちょっとした騒ぎになっている。例の「官邸屋上墜落事件」に続く一連のトラブルである。
  騒ぎの始まるだいぶ前、NHKBSで登山者が山道を登っている姿を上空からとらえた映像を見た。後方から舐めるように登山者の頭上を追い越し、前に回り込んで正面から登山者とその後方の風景を映し出す。ヘリにしてはカメラと被写体の距離が近すぎるし、ローターの風による草木のなびきもない。何とも不思議な映像であった。
  後に、それがドローンを使って撮影されたものだという、種明かしの番組が放映され合点がいった。これまでの常識ではあり得ないアングルから映像をとらえる、ドローンの威力と可能性に衝撃を受けたことを覚えている。
  アマゾンがドローンを使って商品を届けるPVを見たのは、それよりさらに前であった。アマゾンらしいサプライズと巧みな宣伝だと思った。ただ、その後マスコミや識者などが「未来の宅配の姿」のような取り上げ方をしているのには、いささか違和感を覚えた。アマゾンの戦略にまんまと乗せられている、と思えてならなかった。
  一軒が広大な敷地と庭を持つアメリカの住宅ならいざ知らず、家屋が密集し、アパート・マンションが立ち並ぶ日本の住宅にドローンでどうやって配達しようというのか。GPSと画像認識だけで玄関先までたどり着けるのか?マンションの玄関にどうやって入る?宅配ボックスに入れるには?飛行可能時間20分はどこまで伸ばせる?日々数百万個の配送を行うのにどれだけのドローンが必要になる?現実的な疑問を挙げだしたらキリがない。
  まあ、「夢のない、野暮なヤツだ」と言われそうだからこのくらいにしておく。

2.二極化する物流~連載の最初に

  物流の世界は今、二極化しているように見える。ドローンに代表されるような、あっと驚く最新技術が登場する一方で、いまだ10トン車1台に手積み手卸しで1時間以上もかけている現場がある。時間指定の納品先でトラックが2時間以上も待たされている実態がある。トラック・ドライバー不足は深刻化する一方で、緩和の方向性すら見えない。
  このような物流の実態をわれわれはどうとらえていけばいいのか、理想と現実の中でどう対処していけばいいか、何回かの連載に分けて考えていきたい。

3.止めない物流

  第1回目のテーマは「止めない物流」である。「止めない物流」とはヤマトホールディングスが発表した「バリュー・ネットワーキング構想」のコンセプトの1つである。
  「バリュー・ネットワーキング構想」は、同社にとって1929年の「路線事業」、1976年の「宅急便」に次ぐ、第3のイノベーションだという。受注産業で事業の積極的なコンセプト作りが苦手な物流業界にあって、このような構想を発表すること自体画期的なことである。
  その構想の筆頭に挙げられているのが「止めない物流」である。「止めない物流」の意味するところは単純明快だ。文字通り、サプライチェーンのモノの流れを止めない物流のことある。「物流を止めないなんて、そんなの当たり前ではないか」と思われるかもしれない。しかし現場レベルで具体的に考えてみると、これは従来の物流業界の常識を覆す発想であることに気が付く。
  ヤマトの先進性は、こうした一見単純で当たり前ではあるが、一般的な物流業界の考えとは逆行する構想を掲げ、それを着実に実現してきたことである。そもそも宅急便は、当時の物流業界の「小口貨物は手間ばかりかかって儲からない」「全国翌日配送なんて不可能」「家庭が小口貨物を送るニーズなんてない」、といった常識の逆の方向を向いた構想から始まった。社長の小倉氏の提案に、役員全員が反対したというのも無理からぬことである。
  余談であるが、この「業界の常識」はある意味正しかったともいえる。実際、ヤマトと佐川を除き、宅配便に参入した多くの物流業者は「常識通り」失敗している。日通のペリカン便は開始以来数十年間一度も黒字を計上することなく、日本郵便に売却された。そのペリカンを吸収したゆうパックも、買収時に自民党から民主党への政権交代のゴタゴタに巻き込まれたという不運はあったにせよ、いまだ赤字から脱却できない。それどころか、多額の赤字で日本郵便と親会社の日本郵政グループの足を引っ張っているありさまである。他の宅配便にいたっては、ほとんどが消えたか、ごく小規模で事業を継続しているにすぎない。

4.モノを止めないのは非常識

  では「止めない物流」のどこが常識からはずれているのか。それを理解するため、宅配便も含めた特別積み合せ便(以下特積み)の仕組みを説明しよう。特積みには、集荷された貨物を集めるターミナルが必要である。このターミナルは文字通り、列車の駅のような役割を担っている。各地から集荷された貨物はここで届け先方面別に仕分けられ、幹線トラックに積み込まれて到着地のターミナルまで運ばれる。届け先ターミナルに到着した貨物は、配達地区別に仕分けられ、配送車によって最終的な受取先へ届けられる。この「集荷-仕分け-幹線輸送-仕分け-配送」の仕組みによって、不特定多数の送り主から不特定多数の受取先へ効率的に貨物が届けられる。
  特積みの仕組みでカギにを握るのが、ターミナル間を運行する幹線トラックの積載率である。幹線トラックは貨物があろうがなかろうが常時一定台数を運行させなければならない。極端な話、貨物がゼロでも走らせなくてはならない。行きが空でも帰りに貨物を運んでこなければならないからである。
  つまり幹線トラックは固定費である。積載率が高ければ利益は上がるし、低ければ下がる。幹線トラックの積載率で特積みの採算がある程度決まる、といっても過言ではない。また、積載率が高ければ、仕向け先のターミナルへ直行させられるが、低ければ積載率を高めるためにいくつものターミナルの貨物を混載していかなければならない。そうすると、時間がかかるので当然配達は遅くなる。幹線トラックの積載率は配送サービスレベルをも左右するのである。
  したがって、特積みは、積載率を高めるためにターミナルに貨物が十分集まってから幹線トラックを出発させる。積載する貨物をなるべく増やすため、ギリギリまで貨物が集荷されるのを待ち、遠いターミナル行きの幹線車から順に出発するのである。これが「止める物流」である。ターミナルは貨物を仕分ける場所であると同時に、貨物を一時的に「プールする」ための施設でもあるのだ。この仕組みでは、モノは必ずターミナルで「一時停止」する。

5.止めないための「さみだれ輸送」

  これに対し、ヤマトの「止めない物流」とは下図にあるように、ターミナル間をさみだれ式に多頻度運行する幹線トラックにより、貨物をターミナルにプールしない物流である。ここで、「さみだれ式に運行したら積載率が落ちるのでは」と思うかもしれない。
  ヤマトは中間に「ゲートウェイ」と呼ばれる巨大ターミナルを経由させることによって、この課題を解消しようとしているようだ。これが「ゲートウェイ構想」である。ゲートウェイは、すでに羽田(お馴染みの羽田クロノゲート)と厚木に設置、さらに中部、関西地区にも設けられる。少数のゲートウェイに集約された貨物により、ゲートウェイ間を走る幹線トラックの積載率は自ずと向上する。
  従来のターミナルとゲートウェイ間の横持ちトラックの積載率は落ちるかもしれない。ただ、関東、中部、関西という地域内での横持ちでトラックの回転率は上がるため、影響は少ないものと推測される。「止めてプールする施設」から「仕分けて通過するだけの施設」へ。まさに逆転の発想である。


「止めない物流」ヤマトホールディングスHPより
*画像をClickすると拡大画像が見られます。

  さらに、この仕組みでは朝夕に集中しがちなターミナル内での仕分け作業を平準化する効果も見込まれる。ターミナル作業は到着、出発するトラックのスケジュールに合わせて組み立てられることが多いからである。ヤマトのしたたかともいえる「深慮遠謀」を感じさせる構想である。

6.「止めない物流」の目指すのは

  「止めない物流」によって、関東、中部、関西間の当日配送が実現する。そのターゲットはズバリ「ネット通販」であろう。逆に言えば、緊急輸送などを除いて、ネット通販以外に当日配送をそれほど求める業界は見当たらない。仮にあったとても、マーケットとして成り立つほどの物量を伴うとは思えない。
  ネット通販といえばアマゾンである。しかしよく知られているように、アマゾンの配送はすでにヤマトが事実上の独占状態である。あくまでも推測であるが、そのアマゾンの扱い個数はすでにかつてのペリカン便の全扱い個数を超えているものと思われる。これだけの個数があれば、いちいちターミナルを経由させずとも物流センター(アマゾンではフルフィルメント・センターと呼ぶ)から着ターミナルへの直行便を仕立てられる。すなわちゲートウェイを利用する必要はそれほどないはずである。くわえて、アマゾンは全国に10カ所以上のフルフィルメント・センターを保有している。つまりほとんどの地域で当日配送が可能な体制はある程度できあがっているのである。別な角度から見れば、貨物量が少ない時はアマゾンをゲートウェイ間の「ベースカーゴ」として活用することも可能といえる。
  こうなるとターゲットはアマゾン、楽天など大手以外のネット通販業者であろう。いまや実店舗を保有する多くの流通業がネット通販に参入している。というより参入せざるを得ない。何もしなければ確実にネット通販に客を奪われてしまうからである。全国に無数に散らばる、こうした中小規模のネット通販を一網打尽にしてしまおうというのが「止めない物流」の目指すところであろう。

  事実、同社はバリュー・ネットワーキング構想の中で、「止めない物流」と並んで「クラウド型のネットワーク」を提唱している。「クラウド型のネットワーク」は、最寄りの宅急便拠点に少量の在庫を分散し、在庫を圧縮しながら通販の顧客など複数の相手に届ける仕組みである。独自規格の流動型ラックを用いたソリューション「FRAPS(Free Rack Auto Pick System)」を利用すれば、全国各地の顧客へ商品を素早く配達できるうえ、倉庫や人手など自社の資源を極力使わずに済むため、固定費を減らしてトータルコストを削減することができる(同社HPより)。自社で物流センターを保有するほどの規模を持たないネット通販業者の「当日配送」を想定した商品である。

7.顧客満足は後戻りできない

  ネット通販の世界ではいまや、配送無料で注文翌日配送は当たり前、当日配送も珍しくないサービスとなってしまった。抜きん出たサービスが登場し普及するにしたがい、それ以下のサービスに対してはすべて「不満」を感じるようになってしまうのが消費者の常である。たとえば、ディズニーのキャストやスタバの店員の洗練された対応を経験した消費者は、他の娯楽施設やショップでごく普通の応対をされても「対応が悪い」という印象を持ってしまう。顧客満足の水準に限界はないし、後戻りすることもない。
  「止めない物流」が目指す当日配送にも同じことが言える。ネット通販を含め多くの商品配送サービスが「当日当たり前」になる日も遠くないだろう。
  問題の第一は、この当日配送が消費者にとって本当に必要なサービスなのか、単なるわがままなのか、あるいは社会的にみて価値のあることなのか、という点である。
  ネット通販が当日配送を求める理由には諸説ある。ネット通販の注文時間のピークは夜中の0時を超えるらしいが、この時間帯の注文での翌日配送というと二晩待つことになるので、注文即キャンセルが多いそうである。そのキャンセル防止のために当日配送が必要だという説。注文からピッキング、荷揃え、梱包といった物流センター内での出荷作業中にキャンセルされると、出荷途中の膨大な商品の中からキャンセル品を見つけ出すのに大変な手間がかかる。これに対し、注文即出荷の最短リードタイムであれば、配達過程でキャンセルされる確率が高まる。宅配便での配達中であれば1台のトラックからキャンセル品を見つけ出すのは容易である。これが当日配送の理由だとする説。
  真偽のほどは定かではないが、少なくとも筆者の知る限りにおいては、どれもそれほどの必要性、逼迫性があるとは思えない。

8.「止めない物流」の行き着く先

  理由はどうあれ、「サービスを求める消費者がいて、それを提供できる企業があるのだからいいではないか、それがビジネスの基本である」と考える方も多いだろう。その点が第二の問題であり、本稿のテーマである「二極化する物流」の課題でもある。
  おそらくこの「止めない物流」を実現できる特積みは、国内では1社ないし2社であろう。こうした手の届かないかなたを走っている「先端企業」が存在する一方で、いまだ情報化はおろか、低賃金、長時間労働から抜け出すすべもなく、ドライバーの確保さえままならないトラック事業者が多数存在する。この「二極化」は拡大することはあっても縮まる可能性は極めて低い、というのが筆者の実感である。
  全国にくまなく配送ネットワークを持つ大手特積みと、中小のトラック事業者では活動分野と範囲が違うので、この二極化は関係ないのではないか、と思われるかもしれない。ところが両社は密接に関連する。
  一般的に大手の特積みは集配車こそ自社便であるが、ターミナル間を運行する幹線トラックは傭車であることが多い。幹線トラックは当然のこととして長距離を走る。そして、いま最も深刻な人手不足に直面しているのがこの長距離トラックなのである。一度家を出たら1週間から長い時には1カ月も帰れない「超長時間勤務」の職場に人が集まらないのは自明の理である。そもそも、大手では運行できないほど過酷な条件であるから傭車しているのである。
  現在新たに長距離トラック・ドライバーに従事しようという若者は皆無に近い。長距離トラックは、高齢化したベテラン・ドライバーのふんばりによってかろうじて運行できている。彼らが引退した後の後継者はいない。その意味では、長距離トラックは貴重な「有限資源」なのである。宅配便、特積みの生命線ともいえる幹線トラックは、いつ崩壊するともわからないスノーブリッジの上に成り立っているといっても過言ではない。
  つまるところ、「止めない物流」の行き着く先は、物流の二極化と崩壊の危機である。貴重な資源を使って「止めない物流」を築くことによってどれほどの社会的価値が生まれるのか、消費者は本当にそれを望んでいるのか。本当の危機が顕在化するまでに残された時間は決して多くはない。

以上



(C)2016 Takeshi Yamada & Sakata Warehouse, Inc.

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