第3号守口剛*「無差別価格訴求の悪循環構造と顧客特定プロモーションの可能性」『マーケティング・ジャーナル』,72(Vol.18,No.4),1999年,4~11ページ。より(2002年04月05日発行)
執筆者 | 藤田 健 山口大学経済学部助教授 |
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目次
1.問題認識
加工食品・日用雑貨業界では、1990年代はじめから、流通過程の合理化・効率化を目指した取引制度の改訂が活発化してきている。具体的には、特約店制・建値制・リベートの見直し・撤廃などである。こうした取引制度の見直し・撤廃を行った多くのケースでは、生産者販売価格(生販価格)の引き下げが図られている。取引制度改訂の結果、期末の押し込み販売が減少し、メーカー出荷量の波動が小さくなるという効果が表れている。
流通過程では合理化・効率化に向けた努力が行われているものの、メーカー・流通業双方にとって大きな課題が残されている。それは、店頭での価格プロモーションに帰結する販売促進の問題である。現実に多くのメーカーは取引制度の改訂を行っているものの、販促費の対応に手をこまねいている。リベートを撤廃して浮いた費用が販促費の強化にまわされるケースも見受けられる。しかし、メーカーが販促費に頼った短期的な押し込みを実施するとともに、店頭段階での価格プロモーションで商品を売り切ろうとすると、後述するように様々な問題に直面する。
本稿は、販売促進と価格プロモーションによる構造的な問題が業界全体に存在することを認識し、以下のような検討を行う。(i)加工食品・日用雑貨業界を取り上げ、主にスーパーマーケットの店頭における無差別バラマキ型の価格プロモーションの問題点を整理する。(ii)従来型のプロモーションに代わる顧客特定プロモーションの可能性について考察する。
2.無差別価格プロモーションの問題点
(1)価格プロモーションによる需要の波動
加工食品・日用雑貨の代表的な商品カテゴリーにおいて、その売上の多くは、スーパーマーケットのプロモーションによる売上で占められている。より詳しく見ると、プロモーション売上比率(カテゴリー全体の売上にしめるプロモーションによる売上の比率)は、醤油で68.0%、サラダ油で77.2%、マーガリンで67.9%、ビスケットで63.5%、スナックで50.0%、牛乳で64.0%、シャンプーで71.2%、重質洗剤で84.4%に達する(いずれも大手スーパーマーケット6店舗の平均値:1993年)。
実際には、各ブランドのプロモーション実施日数はそれほど多くない。それにもかかわらず、各ブランドは、少ない日数のプロモーションで年間売上高の大半を稼いでいるのである。もちろん、そのプロモーションが当該ブランドの顧客ベースの拡大と需要の増加に貢献しているのであれば問題はない。ところが多くの場合、プロモーション時の売上は将来の需要を先食いすることで増加し、非プロモーション時の売上はその影響で減少してしまう。この結果、プロモーション時と非プロモーション時の売上波動は非常に大きなものとなり、売場の陳列スペース・在庫・配送などの様々な面で非効率が発生する。
(2)値引き効果の過大評価
プロモーション時の売上集中現象は、無差別な価格訴求によってあらゆる層の顧客を引きつけられることによって生じる。小売業者は値引き・大量陳列・チラシなどを組み合わせてプロモーションを実施する。大幅な値引き販売が行われると、対象ブランドの優良顧客だけでなく、価格に敏感な顧客、ゴンドラ・エンドの買い物を好む客、バーゲン・ハンターなどを含めたあらゆる層の顧客が店舗に吸引される。
あらゆる層の顧客を吸引して売り上げた結果は、単純に「値引きの効果」だと認識されてしまう。なぜなら、POSデータの分析には、販売価格と売上の数値が主に利用されるからである。流通現場の担当者が「販売価格を下げた」という情報と「売上の数値が増えた」という結果だけで分析を行うと、「値引きによって売上が増加した」と判断するほかない。流通現場に蔓延する値引き効果への過大評価は、まさにこうした評価のゆがみ(バイアス)によって頻繁に生じるのである。
それでは、本当に値引きが売上に決定的な影響を及ぼしているのか。この点を明らかにするために、スーパーマーケットで加工食品・日用雑貨を購入した直後の消費者に対して調査が行われた。この調査は、消費者にたったいま購入しようと意志決定した商品の価格を思い出してもらい、回答してもらうという調査方法を採用している。その結果から明らかになったことは、特売購入者の40%近くが価格を正しく把握しないまま購入の意志決定をしていたという事実である。その中には実際の価格よりも高く誤認している消費者も相当数存在した。
この調査結果は、次に2点を明らかにした。第一は、特売といえども価格だけが顧客に意識されているわけではなさそうである。第二は、価格に敏感な層もそうでない層も含めて、さまざまな層の顧客がプロモーションに吸収されている。つまり、この調査結果は、プロモーション時の売上集中現象が、値引き効果だけではなく、多様な層の顧客による多様な反応の結果として生じることを示している。すなわちこの調査は、値引き効果だけが過大評価されている実態を浮き彫りにしたのである。
(3)顧客価値の多様
今度は、小売業者とメーカーの視点から、顧客1人あたりの価値(特に売上への貢献度)について考えてみよう。前述したように消費者は多様であるはずなのに、流通の現場は消費者が価格に反応する点だけを過大評価して、値引きによる販売促進を重視する傾向にあった。企業にとって顧客1人あたりの価値が違うとすれば、同質的な顧客を想定した価格訴求型プロモーションが十分な効果を上げなくなってしまう。この点を確認するために、1人の顧客が企業にもたらす利益という点から顧客価値を考察する。
まず、小売業の視点から見て、顧客の価値が異なることを確認する。滋賀県を中心に展開するスーパーマーケット・チェーンの平和堂は、自社のカード・システムを利用して顧客価値の分析を行った。その結果は次の通りである。(i)全カードメンバーに対する売上の70%までが、上位30%のカードメンバーによるものである。(ii)人数ベースで28%のカードメンバーで粗利益の75%を占めている。(iii)逆に21%のバーゲン・ハンターは、利益ベースでは6%しか貢献していない。(iv)来店頻度が高い顧客ほど、客単価も高い。この結果は、少数の優良顧客が高い利益貢献をする反面、残りの多数の顧客は低い利益貢献しかもたらさないことを示している。すなわち、小売業にとって一人あたりの顧客価値は異なるのである。
続いて、メーカーの視点から見ても、顧客の価値が異なることを確認できる。ニッカウヰスキーによると、人数ベースでみて1~2割のヘビーユーザーが、家庭用ウィスキーの8~9割を購入している。加工食品・日用雑貨の一つの商品カテゴリーでも同じである。短期的な視点でみた場合、ヘビーユーザーとライトユーザーの1人あたりの購入金額に大きな差は存在しないので、顧客の価値の差が見えにくい。ところが、長期的な視点(例えばLife Time Value)で見た場合、顧客の価値に大きな差がでてくる。さらに、メーカーの製品ラインを束ねて捉えてみると、長期的に見た場合の顧客1人あたりの購入金額は大きくなり、顧客の価値の違いが明確になる。つまり、ここでの検討結果は、メーカーが短期的に顧客価値の差を見いだせなくても、長期的な視点で顧客価値を考慮することの重要性を示唆している。
小売業とメーカーの双方にとって顧客の価値は多様であり、前項で検討したように顧客の価格への反応度も様々である。ところが現実には、無差別に価格訴求を中心としたプロモーションが展開されており、この結果、必要以上の値引きによる利益の低下と売上の大きな波動によるコスト上昇が発生するのである。企業はこうした収益性の悪化に対応するために再び値引きプロモーションを実施する。しかし、それが新たな収益性の悪化を生む。つまり、値引きプロモーションによる収益の悪化と、収益の悪化に対処する値引きプロモーションの展開という悪循環構造が存在するのである。
3.顧客特定プロモーション
顧客価値が多様であり、価格への反応度も様々であると明らかになったいま、価格に対して一様に反応する消費者を想定したプロモーションはもはや有効な手段とはいえない。それでは、どのようなプロモーションが有効なのだろうか。
ここで主張する新しいプロモーション方法は、顧客の価値や購買実績に応じて顧客特定的に展開することである。具体的に見ると、近年、日本の小売業が導入を進めているフリクエント・ショッパー・プログラム(以下、「FSP」と記す)である。FSPは、小売業にとっての顧客価値を基準とした顧客特定プロモーションの仕組みである。FSPのねらいは、基本的には顧客の購入金額に対して累積的な特典を与えることによって、自店にとって価値の高い優良顧客を固定化し、準優良顧客を優良顧客化することである。
優良顧客への特典の与え方は様々であるが、主に顧客別に特別な価格を提供する方法が採られている。例えば、米国のユークロップスというスーパーは、顧客の購買履歴に応じて割引対象商品と割引額を決定し、電子クーポンによって割引処理をしている。また、フード・ライオンというスーパーは、カードメンバーの1回あたり購入金額によって割引対象商品の割引率を変えている。つまり小売業者はFSPによって顧客一人ひとりにプロモーションを展開できるようになる。顧客特定的プロモーションは、優良顧客を優遇することにより、優良顧客の固定化・準優良顧客の育成を可能にするのである。
こうした新しいプロモーション・ツールは、メーカーにとっても大きな効果をもたらす。メーカーは小売業者と共同取り組みを展開することで、メーカーの特定製品の購買実績に基づいた顧客特定プロモーションを展開できるようになる。メーカーはこのプロモーションによって、カテゴリー内のヘビーユーザーに対するロイヤリティの育成・維持、カテゴリー横断的なプログラムによる企業レベルでロイヤリティの育成・維持などの効果を得られるのである。
従来からメーカーは、自社ブランドのパッケージにクーポンを添付して、それを収集して懸賞に応募してもらうキャンペーンを実施してきた。たしかに、クーポンを求める顧客は自動的にヘビーユーザーとして特定化され、一時的にヘビーユーザーとなる。しかし、小売業との連携によって行われる顧客特定的プロモーションは、対象顧客の長期的な購買実績に応じて柔軟にプロモーション・プログラムを展開できる点で有力な方法だと思われる。
4.むすび:プロモーション活動の効率化に向けて
本稿は、(i) 加工食品・日用雑貨業界における現状のプロモーションの問題点として、無差別バラマキ型の価格訴求プロモーションによる悪循環構造を指摘し、(ii) そこからの脱却の方向としてカード・プログラムを基盤とする顧客特定的プロモーションを取り上げ、その役割を説明した。小売業が顧客の購買履歴情報を保有し、その情報を元にした新たなコミュニケーション手段を持つことは、たいへん重要なことである。
しかし、小売業だけでFSPのようなプログラムを運用することは困難である。そこで、異業種間の協業化やメーカーと小売業との協業化が必要となる。そもそも、メーカーと小売業は共通の顧客を有している。そのため、メーカーがプログラムの運用に参加することで、小売業の優良顧客優遇策と連動した効率的なプロモーションを展開する機会を得ることになる。
流通過程の合理化・効率化に向けた努力の中で、プロモーションの領域では効率化の見えにくい分野であった。しかも、無差別価格訴求の悪循環が、効率化を阻む構造的な障害として立ちはだかっている。メーカーと流通業は、協働して構造改革に取り組むことを求められている。
以上
【注】
守口 剛 氏:
早稲田大学卒、東京工業大学理工学研究科経営工学専攻修了・博士(工学)、
財団法人流通経済研究所を経て、立教大学社会学部産業関係学科教授(現職)。
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