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物流システム

第151号欧米ヘルスケア業界の医療安全への取組み動向 ~欧米医療情報システム実態調査団を実施~(前編)(2008年7月3日発行)

執筆者 黒澤 康雄
(財団法人流通システム開発センター 国際流通標準部 次長)
    執筆者略歴 ▼
  • 略 歴
    • 1989年から(財)流通システム開発センターに勤務。
      (財)流通システム開発センターは、世界の消費財分野の企業コード、バーコード、EDIの国際標準化組織であるGS1(ジーエスワン、旧称国際EAN協会)に所属し、国内の加工食品、酒類、文具、日用品、医薬品、医療材料等業界のシステム化、標準化を推進している公益法人である。
    • 2003年からは電子タグの国際標準であるEPCglobalの普及推進も行っている。
    • 研究開発としては、物流分野の共通商品バーコードシンボルであるITFシンボルのJIS原案の作成を担当すると共に、ISO/IEC国際標準規格の自動認識についての委員会(JTC1 SC31)において、一次元シンボル、二次元シンボルのデータ項目の標準化作業を担当した。
    • 現在、GS1において医療業界および加工食品業界のトレーサビリティ作業部会の委員を勤めるとともに、国内の医薬品、医療機器業界において、企業間の情報システムの標準化、共通化の構築について、業界団体と共に研究開発を行っている。

目次

*今回は2回に分けて掲載いたします。

欧米調査団を派遣

  現在、医療用医薬品メーカーは2006年9月15日付厚労省の「医療用医薬品へのバーコード表示実施要項」にもとづき、製品の識別とトレーサビリティ体勢を構築するために、製造販売使用についての記録報告を実現する管理業務のシステム化を進めている。また、医療機器・材料メーカーに対しても2008年3月28日付で厚労省が「医療機器等へのバーコード表示の実施について」を事務通知し、両業界ともにメーカー、卸販売業、医療機関での取り組みが全国的に進展している。特に医療機関では患者安全や業務効率化の取り組みをさらに推進し、医療経営の高度化を志向している状況にある。
  一方、多くの欧米医療機関では医療経営面で安定した成長を続けていると言われており、わが国との総合的な比較研究や分析が必要との認識にもとづき、(社)日本病院会と(財)流通システム開発センターは、昨年9月に欧米に調査団を派遣した。調査団は欧米の医療機関の経営ビジョン、運営方法、院内物流システムの実際、コスト削減のための具体的なノウハウを調査し、また、行政・規制当局の医療安全政策の具体的な情報収集を目的に実施された。以下、主な視察先の事例を紹介する。

NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)(イギリス)

(1)視察の概要

NHS(National Health Service:国民保健サービス)は、1948年創立の公的支払基金であり、全てを税金で賄っている。医療費は処方箋料を除き無料。ヨーロッパ最大の組織として120万人のスタッフを抱えている。
PASA(Purchasing and Supply Agency:購買供給庁)は、NHSの傘下組織として2000年4月に設立。英国全体で7つの物流センターを所有し、26,000品目以上を取扱う。国家レベルの購買管理のみならず、設備、人材を含めた、医療環境全体を管理対象としており、電子調達システムの促進を図っている。
厚生省(Department of Health)では、患者安全、医療ミスの低減(現行の10%を5%に低減目標)のため、医療機器、医薬品の標準コードとしてGS1標準システムの採用を決定。サプライチェーンの統合(単一化)を指導・推進している。

(2)購買供給庁の業務について

①患者の流れについて

患者は最初に「かかり付け医師」(家庭医、GP : General Practitioner)にコンタクトする(これらのGPはほとんどNHSと契約している)。
GP以上の治療が必要な場合は、地域の一般病院へ紹介される。事故・緊急の場合には、直接病院に運ばれるケースもある。
更に専門医の治療が必要な場合は、専門医や専門センターに紹介される(地域一般病院にスペシャリストが居る場合もある)。
NHSが投資・負担する医療費は、GDPの8.2%(2006年度)で、世界中の他の国と比較しても医療費は多いと考えていない、少ないと考えている。国民にとって医療は安いものであるが、医療の質は良くない。予算をさらに増やし、医療の質を向上させたいと考えている。
07~08年の投資額は940億ポンド(約21兆6,200億円)。

(図1)患者の流れ

(図2)NHS Levels of Purchasing NHSの購買レベル

②購買について

NHS PASAは、2000年4月1日に設立され、医薬品、医療機器の購入から、設備、人材まで、医療環境全体を管理対象にしている。
物とサービス(good & service)の予算は170億ポンド(約3兆9,100億円)。170億ポンドの4分の1の約40億ポンド(約9,200億円)が国家(国家契約レベル)で使用され、残りの130億ポンド(約2兆9,900億円)が地域、トラストで使用される。
NHSの購買に関しては、4つの階層となっている(図2)。
下から、病院レベル、NHSトラストレベル、地域レベル、国家(イングランド)レベル。国家レベルでは、NHS PASA(購買供給庁:Purchasing and Supply Agency)と NHS Supply Chain(サプライチェーン)の2つに分かれる。政府の商務省(Office of Government Commerce)が全体を統括している。
共同購買組織の主な役割は、資源を共有化して重複を省き、効率を図ることである。
供給サービスをさらに近代化させ、商品・サービスを標準化して行きたい。現在15に分かれている組織を10に統合する予定である。
英連邦全体としては7つの配送センターがあり、1500人が働いている。イングランドでは、500を超えるNHS関連組織に配送をしており、1日の発注が6万件以上、1日にトラック200台で1,200箇所へ配送を行なっている。配達ポイントは1万ヵ所以上となる(予算:36億ポンド)。また、2006年10月より民間の配送事業者であるDHLに配送委託をしている。
他の国と比較して、消耗品の割合が多いと考えている。
在庫している医薬品・医療材料は、48時間以内に出荷するが、26,000以上の品目を1週間以内に届けることができる。
③Q&A

Q: ACバイパスの患者が手術を1~2年待たなければならないと聞いたがどうなっているか?
A: 目標として、患者の最初のコンタクトから18週の待機にしたいと考えている。
Q: 病院は公的病院か?
A: ほとんどが公立である。プライマリケア・トラストとして公立以外の病院もあるが割合は少ない。
Q: 購入にあたり、手術器械・用具などの選択は誰がするのか?
A: 選択肢の段階では色々な人が関わるが、最終的には医者が決定する。
Q: 日本では、1患者当たりの年間費用は26万円(約1,000ポンド)だが、イギリスではどうか?
A: 年間費用:900億円/6,000万人(1国民当たり39万円(約1,500ポンド))。
Q: イギリスに卸売業者(Wholesalers)はあるのか?
A: 3つある。2つは医療関係に特化。医薬品では別のディストリビュータがある。

(3) NHSにおける電子調達システム

①電子調達システム概要

NHSは90年代の初めに電子購買を始め、主に薬剤の発注に使用しているが、各病院の病棟内の在庫管理も行なっている。
NHSには600以上の組織があるが、各々が異なる電子システムを持っており、共通プロセス・共通データシステムになっていないため、コストが必要以上に掛かっている。よって、それらを相互に連携させ、系統立てた結び付けにしたいと考えている。
プロセスの自動化、サプライヤーの統合、購買交渉の戦略化などの改善をすれば、コストの約20%が節約できる。
診断結果や診療状況を説明するコードを作り、診療記録をデータベース化することにより、購買や医療サービスの分析・効率化が図れるようにしたい。これらは、費用対効果の透明性を高めるためにNHSの中でネットワーク構築をする必要がある。また、メッセージの標準形も開発中である。
NHSは2007年6月に3つデータ標準を設定した。製品コードはGS1標準であるGTINを使用する。サプライヤコード(企業、事業所を特定するコード)はダンズ&ブラッドストリートのコードで、クラス分類はUNSPC (国連標準製品およびサービスコード)を基本とした分類コード(NHS eクラス)である。
NHS 電子調達プログラムを、2007年8月~2009年10月の3年間に導入して行き、サプライヤー側のシステムも最終的にはNHSのシステムで統合し、共通化する。
このようなコード化により、患者・患者情報・医療機関が連携しつながって行く。また、患者と製品の識別手段としては、製品へのGS1コード表示が重要と考えている。
②Q&A

Q: イングランド、スコットランド、北アイルランド、ウェールズの4ヵ国でシステムは統一されているのか?
A: システムは異なっている。スコットランド、北アイルランド、ウェールズは同じデータ標準だが、イングランドは異なっている。だが、GS1標準の製品コード表示(GTIN)など、全体で連携しながらやっている。ただし、イングランドは規模が大きいので足並みが揃わない場合もある。
Q: 薬と医療材料は同じシステムに統合するのか?
A: サプライチェーンによってバラエティはあるが、同じシステムに統合しようとしている。
(4)厚生省の製品識別と患者安全に対する方針

Quality Strategy Teamは、厚生大臣の直属組織として、ヘルスケアの戦略と政策立案を業務としている。各専門家と対話を行い、政策をとりまとめる仕事をしているが、地域の人々に正しい医療が施されるのが最終目的である。
2年前からコード技術(Coding Technology)に関わり、これによって患者安全が向上すると考えた。様々な物にコード化は適用できるが、機器・薬品・患者のそれぞれを認識するシステムは重要である。
投薬・処置などの10%にミスが発生していると考えているが、その半分はコードの活用により防げたものと考えている。正しい処置により、過剰な入院日数を減らすことができれば、約20億ポンド(約4,600億円)の予算節減ができると考えている。
正しい患者に正しい薬が正しいタイミングで投薬されているか、また、製品(医療機器・材料)にシリアルナンバーが正確に付いているか、製品のトレース、回収の問題について、ビジョンを作り上げた。それがガイドブック”Coding for Success”である(下写真参照)。
医療現場レベルでは、リストバンドで患者を認識し、医療提供者もネームカードで同様に認識を行い、手術・治療が正しく行われるようにする。更に、それをカルテに電子記録し反映させ蓄積し、今後の処置に役立てたい。
特に入院患者のリストバンドは重要である。イングランドでは全国民が固有のNHS番号を持っており、これを患者特定に使用する。
電子カルテも重要であり、医療行為が始まる前に患者を確認し、薬歴、処置の履歴、身体に入っている機器の情報を把握することにより、医療行為に役立てる。特に、英連邦では既に手術器具の特定が厳しく要求されており、手術詳細情報と使用器具の情報(製品コード、シリアル番号等)を電子カルテに入れるようにしたい。

(図3)ビジョン

(写真1)Coding for Success

コード化によって業務上の効果があった事例は下記のとおりである。チャリングクロス病院では電子処方とピッキングロボットによる自動調剤、ベッドサイドでのリストバンドのバーコード読取によって、処方・投薬のミスは半分になった。オックスフォード・ラドクリフ病院では輸血の際にバーコードで間違いを防止している。 バーミンガム(病院名不明)では診療前に患者チェックをすることによって待ち時間が減り、時間当たりの診察可能患者数が増えたため、年間に27万ポンドの節約になった。発注ごとに7.05ポンドかかっていた管理経費が39ペンスまで下がった。
手術器具の滅菌処理におけるバーコード管理は一般化しつつあるが、技術的な課題もある。手術器具が、いつ、どこで使われたかを正確に知るにはRFIDが一番良いが、現状では消毒滅菌処理に耐えられない。
コード付番の状況であるが、医薬品の90%にはGTINが付いているが(編集部注 いわゆるEAN-13桁、UPC-12桁が表示されている)、機器については未だばらばらの状態であり、更にNHSの仕組みが広がって行くことが必要である。
ガイドブック「coding for Success」の中で、GS1標準コード体系が広く普及することが必要と主張しているが、GS1からも技術的なサポートが必要であるしリストバンドの仕様等、より細かいガイドラインも必要である。
GS1のヘルスケアユーザグループ(HUG)と連携をとって、国際基準を設けることを目標としている。2008年の終わりまでには整理したい。
(5)NHS のeビジネスと医薬品にについて

病院薬剤師として、eビジネスと薬局について話をしたい。
薬剤コードはユニークなものでなければならないが、1つの製品で130通りの呼び名がある薬剤も存在し、更にコード化を進めねばならない。
eTradingとして、薬剤の電子購買が実験的に始まっており、2008年までには単一の電子取引手段として100%行き渡らせたい。
現状では病院の電子購買は全部で10のシステムがあり、これらを集約して行きたい。
例えば、図4では、左側の2つの仕組みを中央のPMS(Pharmacy Messaging Service)という受注システムに集約させているが、このように、必要と思われる業者をまとめて行く。

(図4)

(写真2)

イングランドの製薬会社は卸業者を使って薬剤を配送するが、製品のプロモーションは製薬会社の人間が行う。GPを主としてプロモーションするが、病院に対しては新薬の紹介以外ではあまり訪問しない。
技術的な部分では、調剤業務の自動化(ピッキングロボット利用等)はNHSが一番進んでいると考えている。

※後編(次号)へつづく



(C)2008 Yasuo Kurosawa & Sakata Warehouse, Inc.

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