第70号―弱体化する荷主の物流力―これからのロジスティクス人材と組織について(2005年1月14日発行)
執筆者 | 河西 健次 株式会社カサイ経営 代表取締役社長 |
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目次
はじめに
昨年(社)日本経営士会の全国大会で祝辞を述べた経産省の方から、中小下請事業者が親企業の購買担当者の無能に泣かされているという話があった。
下請事業者がVA提案を行い、「当社の納入する部品価格は5%アップするものの、他の部品や組立作業の削減が可能となるため、全体として2倍以上のコストダウンになるので採用して欲しい。」と訴えたところ、親企業の購買担当者から返ってきた答えは「トップから一律5%のコストダウンを指示されているので、お前のところだけ例外は認められない。いい提案なので採用するが現行価格の5%ダウンでなければ他社から購買する」と脅かされたという。経産省の方は、「親企業の購買部門のリストラでプロの購買担当者が減ってしまった結果だ」と締めくくった。
陽が当たってきたと言われる荷主の、ロジスティクス部門でも、似たようなことが起きている。その具体的な事例から問題提起を行って、今後の改善の方向性を述べて行きたい。
1.現状と課題
荷主のロジスティクス部門が弱体化している事例を、いくつか述べていこう。
(1)物流技術管理士受講者の構成変化
(社)日本ロジスティクスシステム協会(以下JILSとする)が主催する資格認定講座「物流技術管理士」は、極めて盛況で、年5回延約500人の研修生が参加している。私が受講した前身の「物流士」(当時は2団体だったが)は、77年不況のせいもあるが年1回で20名だから隔世の感がある。
ところが受講生の構成に変化が起きている。77年当時の参加者は、荷主7割物流事業者3割程度であったが、最近は、荷主2割、物流業7割(残り1例がシステム系その他)と、荷主の割合が激減している。
又、物流子会社がJILSに入会しているので親会社が大会する例もあると聞く。「経営トップは、口を揃えてロジスティクスは経営の最重要課題」だと言っているのに...。
(2)ロジリング・ジャパン南部社長の談
2000年9月に設立された我が国の求貨求車システムの本命として旧通産省、JILSをはじめ日本有数の企業が共同出資して誕生した(株)ロジリング・ジャパンが、今年4月20日あえなく解散した。
4月27日付カーゴニュースに同社南部周一郎社長は撤退の弁として
①使い勝手が改善できなかった
②荷主の「丸投げ」が主流になって...
③物流業者は情報を出さない
④本格的なサイトには固定費の助成を
の4点を挙げたが、私は②に注目した。その内容は次の通りである。
「当初このシステムは荷主の物流マネージャーが主に使うことを想定していたシステムだった。方面別に運賃などの条件を比較して、最適な事業者を選ぶことのできる”物流市場”を創造するという大きな目標もあったが、ここ数年、大手荷主は物流部を廃止したり、物流子会社を統合、廃止、売却するなど、中心的なユーザーとして想定していた優秀な物流マネジャーがどんどん少なくなっていった。『企業経営にとって物流は重要』とよくいわれたが、実際には物流管理部門はリストラの対象となり、物流事業者へ業務を『丸投げ』する企業が増えていった。これは誤算だった。」
南部社長の言う通り、物流部門や物流子会社の統廃合、売却が相次いでおり、
(1)の流れと一致する。
(3)運賃、料金実態調査から
今年全日本トラック協会が「輸送秩序に関する実態調査」を行って、1,242社の回答を得た。同調査によって「運賃水準低下の要因」が、次の通り明らかになった。運賃について平成14年度の平均運賃が平成5年に比べ「減少した」と回答した事業者は85%に達し、その要因とは次の通りとなっていた。
1位 荷主からの一方的な引き下げ要請 85.2%
2〃 元請け事業者からの値下げ要請 70.0
3〃 事業者同士の運賃ダンピング 57.7
4〃 他事業者による帰り荷等の運賃ダンピング 33.2
5〃 トラック協会未加入業者による運賃ダンピング 11.2
6〃 その他 3.4
直接「荷主からの一方的な引き下げ要請」というのが第1位、物流子会社等を含めた「元請け事業者からの値下げ要請」が第2位になっていた。
荷主からの要請が第1位で、しかも一方的というのが気になる。一方的値下げなら誰でもできる。そうならロジスティクス担当者のノウハウもシステム構築力も必要ない。
(4)コンペに参加して
仕事上、私は物流コンペに関する案件が増えている。事業者の場合、荷主側の場合、いずれも経験している。また、関連した情報も豊富に得られる立場にある。以上から総合的に判断して、荷主側の優秀な物流人材が減っていることを痛感している。
物流に対して、システム的アプローチが必要であることを理解している人材が少ない。スタッフは現場を知らず、机上での空論が多い。また、現場は総じてコンペの目的に対する認識不足や、コンペに必要な情報の提供に消極的である。
そのなかで、第3者から助言を求め、コンプライアンスの遵守と、オープンフェアーなコンペと取引関係を築こうとする企業は、結果として
・コンペの目的、業務範囲、詳細な業務内容提示
・見積や提案に必要な物流諸元の開示
・現場案内と説明会の開催
・提案書の統一書式による
・目的に沿った業者選定基準の事前設定
など、適正な手順とルールを踏んで進めていくために、荷主、物流事業者双方が納得する正しい選択をされる。そこには「一方的な要請」という言葉は存在しない。物流アウトソーシングを成功させるためには、プロのロジスティクス担当者による優良な物流事業者を選定する評価能力を欠かすことができない。アウトソーシングが拡大すればするほど少数であっても優秀な物流人材が必要である。
2.購買と物流のアウトソーシングとの違い
物流のアウトソーシングに際してコンペが主流になってきているが、購買と物流の違いを理解しておく必要がある。
(1)購買と物流の基本的な違い
調達物流から販売物流までがロジスティクスの範疇だと言われているので、類似しているように見えるが、基本的な考え方、必要とされる人材、スキルはまったく異なる。一言で言うと
①購買はネゴシエーション能力
②物流はシステム構築力
という違いがある。購買は、日産のゴーン社長のようにコストカッター、イコールタフ・ネゴシエーターが理想とされる。
物流は正販物の一体化、サプライチェーンマネージメント力が問われる。つまり、物流、経営全体、サプライチェーン全体でのシステム構築力のできる人材が求められる。
いかに物流業務のアウトソーシングを拡大していこうと、経営戦略、SCMと、物流システム斉合性を検証し、常にあるべき姿を追究していく人材、スキルを欠かすことができないのだ。
(2)モノとサービスの違い
有形の物の購買と、無形のサービスである物流業務の管理は当然違う。
私が勤めていたA社は、エネルギー多消費型の産業であるために、第1次オイルショックの際多大の影響を受けた。それに懲りて備蓄用の石油タンクと省エネルギー対策を実施し、危機に備えるようになった。ところが物流業務はサービスで即時財(備蓄、在庫ができない)という宿命をもっている。
生産しても、販売が努力して受注しても、物流力を伴なっていないと売上は立たない。物流は空気と水のように当然あるものだというのが理想であるが、それが物流の重要性を忘れさせていないか?阪神淡路大震災を想い出してみよう。物流はライフライン、生命線であり、ロジスティクス部門はこれを守る使命がある。
ネゴシエーション能力のみに頼っていてはいけない。物流力の安定供給とシステム構築力による効率化が、ロジスティクス部門の任務なのだ。
(3)適正な価格の決定方法
(1)項では購買は一言で言うとネゴシエーション能力と述べたが、すべてをこれで片付けることはできない。購買対象品の特性によって、適性な価格決定の方法は当然違ってくる。次が、購買品の特性による適正な価格の決定方法である。
①汎用品(コスト志向型)
品質、規格、納期、数量等をチェック
・どこでも、いつでも手に入るもの
徹底的な競争入札方式
電子入札(市場相場の把握)も検討
②特殊品(コストと安定供給バランス型)
・かなり入手先が絞られているもの
安定供給を配慮
ⓐ複数競争見積による購買
ⓑVA提案等に基づく購買
ⓒ最優遇条件を引き出した1社購買
原価計算の重要性
③稀少品(安定供給重視型)
・入手さきが非常に少ないか、独占の場合
ⓐ設計段階のVA協議
ⓑギブアンドテーク方式
ⓒ系列化の検討
原価分析の重要性
以上の特性別価格決定の方法を、物流業務、輸送を例にあてはめてみると
①汎用品(コスト志向型)
普通車、貸切、パレット又は定型一般貨物、復路便利用などの輸送
②特殊品(コスト安定供給バランス型)
納品先から厳しいサービス要求があり、ドライバー、車両指定など、経験も
含めたノウハウを必要とする輸送など
③稀少品(安定供給重視型)
高度な技術を要する組立、据付、工事等を伴うような輸送や、荷主専用特殊
車両を要する輸送
となり、コスト志向と、安定供給のいずれを重視するかによって、適正な価格決定の原則は変わる。物流業務は安定供給、サービス確保が第1であることは前述の通りである。また、物流業務は多品種少量化、多頻度化、JITの増加に伴い②、③に該当する業務のウエイトが大きくなっていることを認識しておくべきである。②と③では原価計算、原価分析とVA(Value Analysis:価値分析)が重要で、VAを物流ではロジスティクス、SCMのシステム構築力と考えればいい。プロの物流人材の確保は絶対に必要である。
3.改善の方向性
物流業務のアウトソーシングの拡大、3PL事業者の発展の一方で、環境課題は山積みしている。しかし、経営資源をコア事業、コア業務に集中する流れを止めることはできない。
しかし、ロジスティクス部門の役割りとして事業戦略における物流戦略(ビジョン )の立案、物流コスト管理、物流事業者の選定、契約業務は残る。
これに対処するために、ロジスティクス部門の組織と人材について、次に改善の方向性を述べることとする。
①経営トップのロジスティクスに対する再認識(正しい理解)
②少数精鋭の優秀な物流人材の育成
・経営企画的位置づけをもったロジスティクスに精通した本社スタッフ
③製造現場等でIE、QC活動を主導するインストラクターの活用
・ロジスティクス現場の改善、監査も可能な現場スタッフの強化
④本社スタッフと現場スタッフの融合
・経営(事業)ビジョンと現場主義の一致
⑤ 物流事業者とのパートナーシップと業務監査(品質、安全、サービス)
制度の確立
・合理化提案に対するゲインシェアリングを含めて
⑥IT活用の先頭集団に立つ
・ERP、SCMとの連動
むすび
むすびとして、私と諏訪東京理科大津久井教授と共著の「SCMへの道」の一節から、「SCM時代に求められる人材」としてあげた3項目を紹介しておく。
①トータルアプローチに習熟すること
②異なる組織、異なる企業とのコミュニケーションできる能力をつけること
③事実(データ)に基づく意志決定の習慣を社内に定着させること。
以上
(C)2005 Kenji Kasai & Sakata Warehouse, Inc.