第563号 ロジスティクスのゼミが「企業とコラボ」-担当教員の手記-(後編)(2025年9月4日発行)
執筆者 | 髙橋 愛典 近畿大学 経営学部 教授 |
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執筆者略歴 ▼
目次
- 3 大学教育としてのコラボの反省点
- 4 コラボが企業にもたらす示唆を考える
- おわりに:卒業論文こそ最終成果
(以上後編)
前回までのあらすじ
筆者のゼミは2024年7月から12月にかけて、コクヨサプライロジスティクス(KSL)との産学連携に取り組んだ。前篇ではその概要を示すにとどまったが、後編ではいよいよ、その評価を試みたい。まずは大学教育の立場から、3つの論点を提起する。
3 大学教育としてのコラボの反省点
第一の論点は、本稿の冒頭で指摘した、すでに一般的になっているB to C関連の産学連携をめぐるものである。テーマBは、コクヨのネット通販「カウネット」に関するものであり、見学した近畿IDCはその中枢を担う物流拠点である。カウネットは、表2にあるようにB to B(オフィス・工場向け)とB to C(消費者向け)の両方のサービスを含んでいる。テーマBを選択したチームの報告は、やはりB to Cに関する提案が中心であった。中には、KSLの方々が唸るような内容もあったものの、消費者の立場からの「こんなサービスがあると便利」という思い付きの域を脱することは、想像以上に難しいと筆者は感じた。消費財の商品開発に関する産学連携が花盛りであることは繰り返すまでもない。しかしその際は、教員が商品開発のプロセスを熟知した専門家として、学生にその方法(論)をじっくりと教え込み、学生もそれを活用するだけの能力を養わないと、十分な成果をもたらしえないというのが、偽らざる感想である。
第二の論点は、基礎知識の習得と活用に関するものである。ロジスティクスに関する産学連携らしく、見学から提案まで物流拠点に関する調査・研究が複数のテーマの根幹をなしていた。物流拠点の役割の根底にあるのはやはり「6つの物流機能」に関する基礎理論である。これはもちろん、筆者が3年生前期の講義科目「ロジスティクス論」で最初に説明するものであり、ゼミ生には全員に、この講義の履修を義務付けている。物流拠点の役割(要はこれら物流機能の組み合わせ)を理解するためには避けて通れない。さてゼミ生たちは、それを正確に理解し、物流拠点の新たな役割を提案する際に使いこなせたかどうか。これは筆者の講義の力量も試される論点である。
第三の論点は、調査の手法である。近大経営学部ではここ数年、学生がノートパソコン等を持参すること(BYOD: Bring Your Own Device)を前提とした教育がなされている。ゼミの時間におけるミーティングでも、ゼミ生たちがノートパソコンを開き、Wi-Fi接続して各種の検索をしたり、プレゼンテーション資料を作ってシェアしたり、という作業が中心であった。もっともそれだけでは、書籍や論文といった古典的な参考文献を駆使できているとはいいがたいというのが、これも正直な感想である。ノートパソコンを閉じて図書館に行き文献を探すことを、今日日の学生が億劫に感じることもよくわかる。筆者は、調査・研究の進め方に関する文献を、産学連携が始まる前にゼミで講読する必要性を痛感した。一方で最終報告会の際、若林社長から「各種調査の際に生成AIを活用することも考えてほしかった」というコメントを頂戴した。このように、調査手法と知的訓練はますます多様になっており、ゼミで学ぶべきこと学ばせるべきことは、増加の一途をたどっている。
4 コラボが企業にもたらす示唆を考える
続いて、産学連携が企業にもたらしうる示唆をめぐって3つの論点を提示する。とはいえこれはKSLの社員の方々のお考えではない。あくまでも筆者による推論に基づくものであり、今後の議論の一助になることをまずは期待したい。
第一の論点は、採用活動との関連である。こうした産学連携が「インターンシップに似たもの」になるであろうことは、ある同僚教員から伝え聞いていた。実際、KSLの住野・井上両氏のような、各チームにアドバイスする「メンター」の役割を担ってくださる社会人の方々からすれば、学生たちを部下予備軍と捉えて、優秀な学生を見い出せれば、自社のインターンシップや採用活動に誘導したいという思いに駆られることもあろう。どの企業もインターンシップといえば大学3年の夏休みから始まることが一般化しつつあり、それならば3年生前期に産学連携ができれば、採用活動上も有利であろう。しかし上述のように、3年次からゼミに属する体制で3年生前期から産学連携を始めてしまえば、ゼミの中で前述のような多様な調査手法や知的訓練に学生を触れさせる機会はぐっと少なくなってしまう。それにも増してKSLでは、新卒の採用活動は現在行っていない。それでも、KSLの社員の方々が何人も、この産学連携に熱心に携わってくださったのは、若林社長の思いとイニシアティブによるところが大きい。
第二の論点は、こうした経営者の方針と関わってくるところである。若林社長は産学連携に非常に熱心であり、2021年度から千葉商科大学(大下剛ゼミ)で実施されていた上、2025年度からは名古屋学院大学(杉浦礼子ゼミ)や久留米大学(近江貴治ゼミ)とも実施の予定である。担当教員は筆者を含めいずれも日本物流学会に所属し日頃より顔を合わせているとはいえ、学会や研究のみならず教育に関しても大学間の連携が深まる意義は大きい。もっとも、若林社長もいつまでもKSLに留まってくださるとは限らない。次期社長に交代したときに、産学連携に関する判断が大きく変わる可能性は否めない。それに備えて産学連携において企業が享受するメリットを明確かつ多大なものにし、経営陣にアピールし続けられるようにする必要がある。そのためには上記のように、採用活動に直接貢献することが考えられるが、前述したような限界も認識する必要がある。もう一つは、ゼミ生の報告・提案の質を引き上げ、企業の方々に「産学連携して学生にアイディアを出してもらってよかった」と毎年度感じていただくことである。それにはやはり、教員による指導の力量が問われる。
最後の論点は、産学連携の時期の固定による「パッケージ化」である。表1のとおり最終報告会を12月初頭に設定したのは、JILS班の報告会と日程を合わせたことはもとより、年末と年度末というKSLの繁忙期を避けることを優先したからである。逆にいえば、秋に産学連携を行うことは、物流企業さらには荷主企業の商慣習から見ても馴染みやすいのではないか。実際、若林社長は、トラック運送業者をはじめ他の物流企業にも産学連携への参加を呼びかけ、業界内の連携を深めることも真摯に検討されている。それなら、時期を固定した上で、それぞれの大学(の教員)が産学連携の「売り込み」を企業にかけることも可能になる。複数の企業との産学連携を目指すことは、上述のように連携先企業の経営陣や方針が変更になった際などにリスクを軽減しうる。もっともそれには、繰り返すまでもなく、企業が享受するメリットを高める必要があり、教員の力量が一層問われる。握る手に力がこもる。
おわりに:卒業論文こそ最終成果
このようにして産学連携は、3年ゼミ後期の活動の柱となった。最終報告会を終えた後は、就職活動と並行した卒業論文(以下「卒論」)の作成と報告に、ゼミの柱は代わる。
卒論は、大学院進学志望者以外のゼミ生にとって、長い学生生活の集大成かつ最終目標である。近大経営学部ではゼミへの所属と単位取得のみならず、卒論の提出と審査を経ないと、原則として卒業できない。筆者としては、卒論のテーマを物流・ロジスティクスに限定するいわれはない。筆者の教育・研究上のライフワークである「交・流・通」=「ヒトの交通(transportation)と、モノ・情報の流通(distribution)によって、ヒトとヒトとの交流(communication)を実現する」のどこかに通底する問題意識がある限り、ゼミ生個人の興味・関心に沿って卒論のテーマを選べるように心がけている。
本稿の執筆時点において、第19期生の卒論のテーマは全員決定しており、就職活動の合間を縫って4年ゼミで毎週、中間報告が行われている。第19期生の特徴は、物流と防災を関連づけたテーマを選んだゼミ生が3名もいることである。もっともその背景にあるのは、コクヨ班というよりJILS班の活動であろう。JILS班では荒木協和氏(元・サンスター)がコーディネーター(本稿でいうメンター)として、表1にある9月28日の講演ならびにテーマ提示を担当された。そこで荒木氏が、災害時のロジスティクスの重要性、とりわけ南海トラフ地震への対応について強調されたことが、ゼミ生たちの心に大きく響いたと思われる。上述のゼミ生3名のうち2名はJILS班に属し、チームの活動でも災害時のロジスティクスに関するテーマを選んでいた。
これをもって、コクヨ班の活動が卒論に影響を与えなかった、というわけでは決してない。テーマ選択以外にも、ゼミ活動が卒業論文に及ぼす効果とその理路は多様である。そして教員の立場からすれば「おもろい卒論を書いたゼミ生が一番可愛い」ことを、卒論のテーマ仮決定の段階から強調している。これはえこひいきでは決してなく、筆者の研究者としての本心である。産学連携を経験した第19期ゼミ生が卒論を提出するのは2025年12月であり、そのときに改めてゼミ活動、そして産学連携を振り返ることになろう。
追記
本稿は、若林智樹・住野博紀・髙橋愛典「物流教育における企業と大学の連携 -コクヨサプライロジスティクスと近畿大学の事例-」日本物流学会関西部会(2025年5月9日、中央電気倶楽部)の報告内容のうち、筆者が担当した部分に加筆修正を施したものである。コクヨサプライロジスティクス(KSL)の社員の方々、とりわけ若林智樹社長、住野博紀氏、井上真一氏に大変お世話になったことはいうまでもない。この場を借りて感謝の意を表したい。KSLの広報ご担当の吉村南菜氏のご尽力もあり、本稿で紹介した産学連携の取り組みは、KSLのプレスリリースでも大変わかりやすく紹介されている。以下のウェブサイト(2025年5月15日アクセス)を参照されたい。
https://www.kokuyo-supplylogistics.com/news/2024/12/post-14.html
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