| 執筆者 | 寺嶋 正尚 神奈川大学 経済学部 教授 |
|---|
執筆者略歴 ▼
目次
1.はじめに
2025年9月12日、近畿大学東大阪キャンパスにおいて、日本物流学会・第42回全国大会が開催された。テーマは「物流における大学教育と大学教育における物流」であり、パネルディスカッションが行われた。パネリストは、神⼾大学大学院海事科学研究科教授・西村悦子氏、関西学院大学商学部教授・伊藤秀和氏、そして僭越ながら小職が務め、コメンテーターは、サカタウエアハウス株式会社代表取締役社⻑の田中孝明氏、ファシリテーターは、大阪商業大学総合経営学部教授・田中康仁氏が担当された。なお同企画の主要メンバーの一人は、本連載第562号の近畿大学・髙橋愛典氏であった。
私自身は「神奈川大学における物流教育の変遷」と題し、大学開学以降、およそ100年にわたる状況について、シラバス(履修要覧)等を用いた分析の結果報告を行った。その詳細は、神奈川大学の紀要に「神奈川大学における物流教育の変遷に関する一考察」なるタイトルで現在投稿中である。因みに現在投稿中の大学紀要の号は、2025年3月に神奈川大学経済学部を退任された、齊藤実名誉教授の退官記念号である。齊藤実先生は、日本物流学会に長く所属され、物流学会会長もお務めになられたが、学術・実務の両面において、物流業界に大きな貢献をされた。今回、本誌で紹介致すものは、日本物流学会の全国大会においてパネリストとしての発表したもの及び投稿中の論文の内容をベースにした 1。
余談ながら、上述の日本物流学会全国大会のパネルディスカッションにおいては、ご登壇された各先生のご報告も大変興味深く、また意義深いものであったが、何よりコメンテーターの田中孝明氏のコメントが聴衆の耳目を集めた。田中氏自身が大学や大学院で学ばれたご経験、そして社会人を対象に講義を行ったことなどを話されたが、大学における物流教育とはどのようなものか、どうあるべきか、またそうして育てた貴重な人材を企業でどう活用すべきかなど、何れも大変示唆に富んだ内容であった。
前置きはこれくらいにして、以下、わが国における物流教育の変遷を、神奈川大学のおける事例をもとに考察することにしよう。神奈川大学を分析対象とする理由及び意義だが、もちろん小職が勤務する大学であるため、分析に必要なシラバス(履修要覧)等が入手しやすかったという便宜上の側面は否めない。しかしそうした実際上の理由はともかく、神奈川大学は、東京海洋大学、流通経済大学等と並んで、物流教育に熱心な大学として知られている。神奈川大学経済学部の教授であった中田信哉氏及び齊藤実氏は、かつて日本物流学会会長を務めた。なお東京海洋大学は、2003年にそれぞれ120年以上の歴史を有する東京商船大学と東京水産大学が統合して誕生した大学であるが、その名の通り海運や港湾に関する研究に優れている。また流通経済大学は、1965年に学校法人日通学園として誕生したことからも、陸運大手の日本通運株式会社がその経営及び運営に深く関わっている。これに対し神奈川大学は、一般的な総合大学である。それにも関わらず、物流に強い大学として名を馳せてきた経緯を有する。神奈川大学における物流教育の状況を研究することは、他の多くの一般的な大学において大いに参考になることだろう。
2.横浜学院開学時代(1928年)
神奈川大学は、1928年、創立者・米田吉盛氏が横浜・桜木町の桜木会館に横浜学院を開設したことに端を発する。今からおよそ100年前である。2028年には、創立100周年を迎える。
当時の設置学科は、第二法学科及び第二商業経済科の2学科であった。神奈川大学百年史編纂委員会・神奈川大学資料編纂室による『神奈川大学百年史 資料編Ⅰ』を見ると、横浜学院要則が記されているが、その第三条に「授業時間ハ午後六時十分ヨリ同九時二十分迄トス」、また募集人員の項には、「法学科百二十名、商業経済科百二十名、本年ニ限リ無試験入学ヲ許ス(女学生席ヲ設ク)」とある。この第二法学科、第二商業経済科の「第二」は夜学を意味するものであり、横浜学院が夜学から始まったことが分かる。昼間は仕事をしている会社員等が、夜間に学ぶことが出来る、いわゆる「社会人を対象とした教育機関」だった。実学志向の教育機関である。また女性に広く門戸が開かれていた点も注目に値する。なお「本年ニ限り無試験入学ヲ許ス」は、何人学生が集まるか不透明の中、初年度に限り大きな特典を付した様子が窺える。
神奈川大学百年史編纂委員会専門委員会・神奈川大学資料編纂室による『神奈川大学90年のあゆみ』を見ると、「横浜学院は無名の各種学校であったが定員を上回る241名が入学し、ほどなく約2㎞離れた西戸部町富士塚(境之谷電停近く)へ移転、専門学校としての設置を申請して翌年認められた。設立者米田の理想追求はここに『横浜専門学校』として新たなスタートを切ることとなった。」とある。1928年度の開学初年度に大いに人気を博した横浜学院は、翌年の1929年、横浜専門学校に改称された。そしてその後、戦後となった1949年、学制改革により「神奈川大学」になった。
先ずこの横浜学院開学当初のカリキュラム表を見てみることにしよう。
現在の4年制大学と異なり3年制である。そして第1~第3学年に、それぞれ授業科目が配当されている。第1学年は基礎的内容が多く、第2、第3と進むにつれて、専門的な科目へ進化している。またこれを見ると、既に横浜学院時代から、実学的要素を取り入れた科目が多いことが分かる。卒業生がそのまま社会で活躍できるよう、ビジネスを行う上で不可欠な知識を中心に授業内容が設計されている。「商業経済科」でありながら、「民法」「商法」「憲法及行政法」など、法律関連の授業が充実している点も興味深い。現在のように、「経営学部」「経済学部」「法学部」のように細分化されておらず、幅広い視野から、包括的な教育を行う方針であったことが窺える。
物流教育の萌芽は、第2学年に配当された「交通論」「交通政策」「関税及び倉庫」といった科目に見出すことが出来る。物流教育の出発点は「交通論」関連であり、経営学や商業学というより、経済学の一領域として産声をあげたのだろう。また「関税及倉庫」に関しては、横浜学院が横浜の地に誕生した点も大きく影響していよう。横浜及び横浜近辺で働くにあたり、港、海運、貿易などに関する科目は、必要不可欠なものであり、そのニーズに応えるべく、科目構成がなされていたと想像される。
3.神奈川大学誕生直後(1950年頃)
先に見たように、横浜専門学校が学制改革により「神奈川大学」として誕生したのは、1949年である。なお、教務課に現存するシラバスは、最古のもので1951年のものであった。開学してから2年後のものである。この1951年のシラバスは、手書きのわら半紙のものである。ちょっと触っただけで、手にわら半紙の小さな破片が付き、破れそうになる代物である。付箋を貼ることも許されないほどの、脆く、壊れやすいものであった。余談ながら、巻末には全教員の住所録が掲載されており、個人情報保護がことさら叫ばれる今日にあっては、隔世の感のあるものである。
新制大学として生まれ変わった1949年当時は、設置学科は「第一商経学部」「第二商経学部」「工学部」の3学部体制であった。1950年に、「第一商経学部」「第二商経学部」が「法経学部」「第二法経学部」に組織改編された。

(注)担当教員に関しては敬称略。以下の表も同様。
(資料)昭和26年度學修案内
横浜専門学校時代にすでに開講されていた「交通論」がある。また横浜の地に開校された大学の特徴とも言える、「外国貿易論」「貿易実践」なる科目がある。理系学部である工学部では、「鉄道車輛」「運搬操縦機」といった実務に即した授業が行われている。
このように、①大学設立当初から物流関連の科目の萌芽とも言える科目があったこと、②横浜という場所を反映した科目が設置されていたこと、③物流関連科目が文理両方の学部で提供されていたこと、などが特徴と言える。
4.「物的流通論」の登場(1970年頃)
我が国において物流の概念が登場するのは1966年のことである。産業構造審議会が発表した「物的流通の基本政策について」という答申書において、「物的流通」に関し、「有形・無形材の供給者から需要者に至る実物的流れ」として記述された。この答申書では、物的流通は具体的に「包装、荷役、輸送、保管および通信の諸活動」を指すものとして示され、物流活動の主要機能が包括的に整理されている。その後、運輸白書などにおいて「物的流通」という用語が多用されるようになり、その略語である「物流」という言葉が一般化した。
日本に初めて物的流通という言葉が誕生したそのわずか4年後の状況を見てみよう。1970年(昭和45年)である。

(資料)昭和45年度講義要項
1951年の状況に比べ、物流関連の授業が増えたことが分かる。なかでも文系学部である経済学部における増加が著しい。物流関連の科目が、経済学部において一定程度の存在感を有していた状況が窺える。なお、横浜にある大学という本学の存立基盤を強化するかの如く、「海運論」なる「海に関連する科目」が提供されている点も興味深い。「海運論」が初めて登場したのは、1961年(昭和36年)であり、以降、長期にわたり開講された。
そして何より特筆すべき点は、工学部において「物的流通」なる授業が、平原直氏により開講された点であろう。物的流通と言う言葉が世の中に出現してからわずか4年後に、学部教育における科目名に採用されたわけで、神奈川大学における物流教育を見る限り、時代のニーズ、社会のニーズに合致した、先進的な授業内容が行われていたことを物語っている。
この平原直氏(1902~2001)は、物流業界において「荷役近代化の父」と呼ばれる、当時、物流業界の第一人者であった。平原氏は、戦前は国際通運株式会社(のちの日本通運株式会社、現NIPPON EXPRESSホールディングス株式会社)に入社し、鉄道貨物輸送業務に携わりながら、作業の機械化・合理化を提唱した。そしてその後「荷役研究所」を設立し、月刊誌『荷役と機械』を38年間にわたって発行し、荷役の近代化や物流理論の開発普及に尽力した。こうした実務と理論に精通する第一人者が、神奈川大学で教鞭をとっていたことが分かる。
平原氏の物的流通のシラバスをより細かく考察することにしよう。
|
物的流通
担当教員:平原 直
講義の対象は、主として、近代経営における物的流通の役割、機能などその本質論の解明におく。しかしながら、物的流通論は、最も新しい学問分野の1つであり、体系化も未熟であるばかりでなく、多分に実務応用学に属するものであるから、講義のすすめかたとしては、その背景をなす産業界の実情の解明とともに、実地応用のシステム化手法や事例研究に重点をおくことは、もちろんである。 |
(資料)昭和45年度講義要項(工学部) p.167
物的流通論を「最も新しい学問分野の1つ」であるとし、「体系化が未熟」であるとしている。幾分試行錯誤しながら授業運営をしていた状況が窺える。さらに「実務応用学に属するもの」であるとし、「実地応用のシステム化手法や事例研究に重点をおく」と記している。まさに物流に関する教育は、その黎明期から、実学教育そのものであったことが分かる。
5.「ロジスティクス」の登場(1990年代後半)
今日、多くの大学における物流教育は、「物流論」から「ロジスティクス論」へと名称変更している。2000年における物流関連科目を見てみよう。

(資料)2000年度履修要覧
工学部において、これまで「物流工学」だった科目が、「ロジスティック工学」に名称変更している。1995年に名称を変更している。「物的流通」なる授業が誕生したのも、「ロジスティクス(ロジスティック)」の名称を使用した授業が誕生したのも、文系学部より、理系学部が先行した点が興味深い。文系学部においては、2007年(平成19年)に経営学部で「国際ロジスティクス論」が、2015年(平成27年)に経済学部で「ロジスティクスⅠ」「ロジスティクスⅡ」登場している。齊藤実氏のロジスティクスに関するシラバスを見てみよう。
|
【ロジスティクスⅠ】
担当教員:齊藤実
この講義では、現代経済においてロジスティクス(物流)が占めている役割を理解していく。ロジスティクス(物流)は、企業にとって必要不可欠な活動の一つである。現代の企業はこのロジスティクス(物流)の機能を単に充足するだけでなく、それを高度化して効率化することが重要になっている。こうしてロジスティクス(物流)は現代企業の重要な経営戦略の一つとなっている。このような現代企業の不可欠なロジスティクス(物流)の実態を明らかにする。まずロジスティクス(物流)の基礎的な概念を把握したうえで、小売業、卸売業、メーカーといった業種別のロジスティクス(物流)の特徴を明らかにする。
【ロジスティクスⅡ】
担当教員:齊藤実
この講義では、現代経済においてロジスティクスが占める役割を理解していく。ロジスティクスとは企業にとって必要不可欠な経済活動の一つである。現代の企業はこの物流の機能を単に充足するだけでなく、それを高度化して効率化することが必要不可欠となっている。こうしてロジスティクスは現代企業の重要な経営戦略の一つとなっている。 |
(資料)2015年度シラバス【履修要覧】
ロジスティクスⅠでは、基本的なロジスティクス機能について扱い、サプライチェーン上の小売業、卸売業、メーカーといったポジション別のロジスティクスの特徴について説明している。それをベースにロジスティクスⅡでは、グローバルの視点からロジスティクスの在り方について論じ、環境に配慮したロジスティクスなどより専門的な内容に進んでいる。時代のニーズ、社会にニーズに合わせ、ベースとなる知識の習得に始まり、より細分化かつ専門化された内容に至るまで、充実した授業内容になっている。
6.終わりに
以上、非常に簡単にはあるが、神奈川大学における物流教育の変遷を考察した。
恐らくどの学問も、多かれ少なかれ同様であろうが、物流教育が、時代のニーズ、社会のニーズに合わせ、その学問内容を様変わりさせてきた実態を確認できた。
物流は、実際にモノを運んだり、保管したり、荷役をしたり、と言うように、実際の世の中の事象を取り扱う学問である。学問の為の学問ではなく、実社会において役立つことを目的に授業内容が設計される実学である。大学における物流教育も、大学で学んだことが、実社会に出た後活用出来るよう、組み立てられている。
しかし実際に日本物流学会に所属し、その実態を見ていると、物流を取り扱う大学は減少し、大学院生等が活躍する院生セクションにおいては、発表する学生に関しては、日本人学生の少なさが顕著になりつつある。アジア諸国とりわけ中国からの留学生が主流になってきている。このように大学における物流教育は、供給面から見ても需要面からみても、あまり明るい状況ではない。今後、日本人の学生も大いに魅力を感じるような、物流を学ぶ環境整備が急務になってこよう。
物流教育のあるべき姿は、今後さらに時代のニーズ、社会のニーズに沿って、様変わりしていくのだろう。AI等の技術進歩も目覚ましく、物流分野への活用も進んでいる。これまでの物流教育は、理系及び文系の双方で行われてきたが、今後ますます文理の壁を越えた、総合的見地からの教育の必要性が増していくものと思われる。
大学における物流教育はどうあるべきか、そこに企業や社会はどのようにかかわっていくべきか、社会人による学び直しいわゆるリカレント教育の必要性が叫ばれるなか、物流業界における人材育成に大学等の教育機関はどう応えるべきか、様々な視点から今後考察していく必要がある。小職の研究は端緒に就いたばかりであるが、今後こうした分野に関する研究が、産官学の枠組みを超え、大いになされていくべきと考える。
以上
1.本文は寺嶋正尚・叶尭「神奈川大学における物流教育の変遷に関する一考察」商経論叢、神奈川大学経済学会(現在投稿中)をベースに、その要点を抜粋したものである。また同論文は、叶尭の修士論文(叶尭「物流発展段階説の視点に基づく物流教育の変遷~神奈川大学における物流教育を例に~」神奈川大学大学院・経済学研究科(修士論文)、2025年3月)の内容を参考にした。なお寺嶋・叶論文は、神奈川大学における物流教育に関し10年毎の状況を定性的に詳述したものであり、一方叶論文は、物流発展段階説に則り物流関連科目の趨勢がどのように変化したか、定量的に明らかにしたものである。
