物流人材育成

第485号 なぜ日本では物流の地位が低いのか(2022年6月9日発行)

執筆者 久保田 精一 (合同会社サプライチェーン・ロジスティクス研究所 代表社員 城西大学経営学部 非常勤講師、運行管理者(貨物))  執筆者略歴 ▼ 略歴 1995年 東京大学 教養学部教養学科 卒 1997~2004年 財務省系シンクタンク(財団法人日本システム開発研究所) 2004~2015年 公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会 JILS総合研究所 2015年7月~ 現職 活動 城西大学 非常勤講師 流通経済大学 客員講師 日本工業出版「流通ネットワーキング」編集委員 ほか(いずれも執筆時点) 著書 「ケースで読み解く経営戦略論」(八千代出版)※共著 ほか   目次 1.はじめに 2.経済・社会の各所で見られる「物流軽視」 3.「物流軽視」を生む背景 4.残された課題 1.はじめに   このところ、一般経済誌が物流を取り上げることが多くなった。先日も「週刊ダイヤモンド」が「物流危機」をテーマとした特集を組んでおり(2022/3/12号)、ご覧になった方も多いと思う。この特集の中で、物流部門の地位の低さを(ここで引用するのが憚られるような表現で)揶揄するような記事が掲載されており、一部で波紋を呼んでいた(注1)。ここではその内容は紹介しないが、このようなマスコミの扱いに見られるように、「物流の地位の低さ」は物流業界内では「当たり前のこと」のように受け入れられているのが実情である。   百歩譲って、日本の物流が効率的で、経済活動に何ら問題を生じていないのであれば、物流の扱いを特に問題視する必要はないかもしれない。しかしながら、時代はまさにダイヤモンドの惹句のとおり「物流危機」であり、輸送の非効率、人手不足、さらには諸外国に比べた物流インフラの脆弱さに至るまで、「物流軽視」に関係があるとしか考えられない問題が多発している。   「物流の地位向上」は、往々にして「物流部門のポジショントーク」と捉えられがちだが、実際には、より根深い日本経済の構造的課題である。 2.経済・社会の各所で見られる「物流軽視」   このように大風呂敷を広げるのは、「物流の地位の低さ」に起因する問題が、企業レベルのミクロな事例に留まらず、経済・社会の様々な場面で広く観察されるためである。すでに各所で指摘されている事ばかりだが、思いつくままに挙げるだけでも、次のような問題を指摘することができる。 ①高等教育   高等教育機関における物流人材育成の脆弱さは政府レベルでもたびたび指摘されている(物流施策大綱で「高度物流人材育成」が掲げられている等)。大学における物流専攻の学科・コースは数えるほどしかなく、物流専任の教員も少ない。諸外国と比べてみると、国家政策で物流強化に取り組む中国はもちろん、米国等に比べても著しく脆弱であり、教員数や学生数などは文字通りケタが違うレベルである。 ②荷主企業   主要なメーカーを見回しても、「物流職(あるいはSCM職)」といった新卒採用はほとんど見られない。営業職や生産管理等で採用した人材にジョブローテーションの一環で物流を任せている企業が大半である。①で見た大学教育の脆弱さは、人材を採用する企業側の姿勢を反映したものだと見ることができる。   その背景には、企業の組織体制における物流軽視がある。ダイヤモンドの記事でも言及されているのだが、「物流担当」「SCM担当」などの役員が非常に少ない。経営レベルでは「物流はコア領域ではない」といった見方が根強く存在し、物流機能はアウトソーシングが主流である。管理機能を「物流子会社」として外部化する場合が多いが、これも日本企業の特徴である。 ③行政(国・地方)   物流は、トラック、海運等の各モード、道路、港湾等の各種インフラ、さらには都市計画、交通安全、労働安全衛生等の幅広い行政機関を「ヨコ串」に刺すテーマであるため、省庁横断で強い調整能力を持った組織が必要である。行政組織論は一言では語れないが、現状に課題が多いことは異論がないと思う。   地方行政は国以上に物流面の課題が山積である。地方における物流政策の主たる担い手となるべき都道府県レベルでは、そもそも物流を明確に所管する部署自体が置かれていない。地方行政は直接民主制だが、物流インフラを整備するといった政策が「住民ウケが悪い」ことも影響するのか、選挙でイシューとして取り上げられることもほとんどない。 ④軍事/防衛   物流の技術は軍事面で発展してきたことは周知の通りだが、国内では軍事/防衛面でのロジスティクスに関する研究・文献が非常に少ない。実務家教育や産官学の交流なども聞いたことがない。例えば米国では、代表的な専門団体であるCSCMP、SOLEには多数の現役・退役軍人が参画しており、技術交流も盛んであることと比べると、対照的である。 3.「物流軽視」を生む背景   このように「物流軽視」の風潮が広く行き渡っているのはなぜだろうか。   「物流は単純作業だから職業として軽視されている」というのは一つの(良くある)説明だが、上の事例をすべて理解するには単純すぎるロジックである。物流の地位の低さは現場実務といった狭い範囲に留まらない問題だからである。   と言いながら、残念ながら筆者としても現状を上手く説明できる定説を持っているわけではないが、業界内で良く問題視され、議論される論点としては、以下のようなものを挙げることができる。 ①マネジメントとオペレーションの不分離   物流に限らないが、日本の雇用環境の特性として、マネジメントレベルとオペレーションレベルの職能が分離していない。先進国でも新興国でも、物流のマネジャーは大卒・院卒で英会話能力を有する等の高いビジネススキルを持つのが一般的であり、オペレーション層とは職能的にほぼ完全に分離されている(これにはもちろん、社会階層が分断するといったデメリットもある)。日本でも例えば建設業では計画・管理・施工が制度的に分業化されているが、分業には相応のメリットがあるためである。   なお物流のマネジメントがプロフェッショナルな職能として分離・確立していないことが、上述の大学教育の脆弱さの直接的な背景でもある。 ②専門性への帰属ではなく組織への所属   これも物流に限らない問題だが、採用システムが「ジョブ型」ではなく「メンバーシップ型」であるため、専門性よりも組織への所属意識が優先される傾向がある。結果的に各社の組織に適合したゼネラリスト人材が重用されることとなり、①で述べたような物流のプロフェッショナルな職能の確立が阻害される。   様々な職種の中でも物流は、組織の枠を超えたオープンな(汎組織的な)仕組み作りを志向するため、組織内で専門化する方向性とは相容れないとも言える。なお、米国のCSCMP等団体が(日本の業界団体と異なり)「専門職」の個人参加を前提としていることも示唆的である。 ③融合領域、業際領域への低評価   学問的に見ると物流は工学・経営学・情報科学などの融合領域である。また業種としての物流業は、製造業・流通業などとの業際領域ということになる。融合領域の学問領域が軽視されているという指摘は、他分野でも良く聞く話である。   これら領域の評価の低さは、前項で述べた「所属する組織内の評価」が重視されることとリンクする。出身母体の組織内での評価がないと出世できないのは、企業も学会と同様であり、「SCM担当」といった組織横断的な役割が重視されないことと同根だとも言える。 ④応用技術の軽視と問題解決への動機付けの低さ   メーカーにおける「基礎技術志向」や、ある種の「職人志向」も、たびたび指摘される。物流は多くの場合「枯れた」基礎技術を組み合わせた応用技術であるため、荷主企業内で軽視される一因となっている。   なお物流が応用技術志向になるのは当然である。「サプライチェーン全体の在庫削減」「港湾周辺の渋滞解消」など、現代の物流課題は複合的な問題であるから、単体技術での解決は難しいためである。 […]

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